山梨と長野の県境で若い姉妹が切り回している北欧料理店に北欧料理を喰いに行く!
珍しく、明確にして解り易い目的に向けての旅がブルースから提案されたのは2007年6月であった。
更新はされなかったが、2007年の間、食べバカは死んでいたわけではなかったのだ。
ま、ただ単に、ブルースのおふくろさんの実家の方で、知り合いの女性が店を出して独立したので、興味があったら食べに行ってあげてくれと、そういう話があったらしいが、しかし、俺には知ったことじゃない。
要は、うまいか、それ以外か、ということだけだろう?
「北欧料理」という言葉にはそそられる。以前「辺境シリーズ」などと言っていたころには、地中海沿岸から東欧にかけてで止まってしまい、北の方には足を伸ばしていなかったからな。
そして、なんと言っても、北欧といえばヴァイキング!荒々しい海賊たちの冒険は、今でも俺たちの心の中で活き活きと光を放っているのだ。
「いいね、ヴァイキング料理。つまりは食べ放題か!?」
「貴様は北欧料理を誤解している。その認識を改めてやろう」
てなわけで、例によって例の如く、2人だけの特攻隊は食べまくりに向かった。




店ではない。これは竪穴式住居。縄文遺跡である。
朝早く出発したために、長野山梨県境付近に到着した頃は、昼飯時にもまだ多少の時間があった。だから、小学生時に一時期ここらに住んでいたというブルースの案内で、遺跡。
甲信越地方は縄文中期は意外と人口が多く、遺跡が結構発掘されてたりするのだ。ここから諏訪神社、ひいては出雲神話に連なる文化があったことを誰か証明せんかね?などと妄想を繰り広げる余裕など実はなかったことを、俺たちはこのあと知ることになる。
ああ!時は金であり、少年は老い易いくせに学問は成り難いのだ。


ここで、当日の計画について説明しておきたい。
ブルースの母ちゃんの知り合いの店、メーラレンは長野県よりの山梨県内(小渕沢)に存在する。しかして、山梨県よりの長野県内(茅野)にも、同じく北欧料理店が存在する。それほど人口の多くないこの地域に珍しい北欧料理店が2店も立ち並ぶとは…まさに北欧銀座。
実はこの長野のほうの店「ガムラスタン」が本家。ガムラスタンで働いていた女性が、店を辞めスウェーデンで修行。そして、地元に帰ってきてお姉さんの協力で最近建てた店がメーラレンだというのだ。
相克する師弟!本場帰り!ヴァイキング!縄文遺跡!!
嵐が嵐を呼ぶ燃えるフレーズの詰め合わせである。
もはや我々は、師弟の闘いを冷静に監視する見届け人の心境である。
「つまり…両方喰らえ、と?」
当然見届けるとはそういうことだ。
しかしね、わざわざ遠出して、昼、夜2食とも北欧料理ってのはいかがなものか?と言う至極尤もな意見も出たので、事前に2人会議でその成否はじっくりと話し合われた。
結論から言えば、2日で10食讃岐うどんを喰ったお前が何を言う。いや、それを言うならお互い様だろ。
台北行ったら3日4日中華料理しか喰わないだろ?いや、お前もな。
と、いうことで何の問題もないことが判明。
確かに、「北欧料理」という大きなカテゴリーを2回繰り返したくらいで「ばっかり食べ」になるんじゃないかなどと、贅沢言うにもほどがある!!
ちなみに、当時の俺たちは、8ヵ月後の自分たちがそれどころじゃない禁忌を犯すことを知らない(「大衆食堂」の項参照)

さて、長野と山梨を股に掛けて、日本と北欧を股に掛けた師弟の味の違いを見極めてやる旅(日帰り)はかくして成ったのだ。
さて、縄文と現代を股に掛けた旅にも一区切り付け、我々はまずメーラレンに向かった。
店の住所は予め調べてある。頼んだゾ、カーナビ君。
……そんな住所はない?
何を言っているんだ、カーナビ君。
ソンナ、ジュウショハ、トウロクサレテイマセン…ソンザイスルジュウショヲ、ニュウリョクシテクダサイ……ニュウリョクシテクダサイ……
おいおい、カーナビ君、戻って来い!戻って来いィィ〜〜!!!

平成の大統合。
いいかね、諸君。これを忘れてはならない。ナビゲーションシステムに住所データが登録された後に変わってしまった住所地に向かう場合…カーナビ君は時代遅れの地図表示マシーンに過ぎないのだ!!

政府があちこちの地名をいじくった平成の大統合の影響で、俺たちはいつまで経っても目的地に辿り着けない迷走集団と化した。
政府の陰謀だ!政府の陰謀だ!

激しく憤りながら、それらしい地名の山道を駆け巡る。頼りは、ブルースが母ちゃんに聞いた大雑把な道案内だけである。廃線の下をくぐり、田の間を抜ける。
堪らずに母ちゃんに電話するブルース。しかし…
「ダメだ。大雑把過ぎる」

政府の、政府の黒幕の声が妄想の中でこだまする。
「さて、他に店を探す方法はあるのか?まさかカーナビだけじゃないだろうな?」
「あ、あとは…あとは喰う気だけだ!」

そう、永らく使っていなかったが、俺たちには旨いモンレーダーがある。食欲で動くレーダーに従って働けば、必ず出会えるはずだ。
会えなかったらその時は……その時は、旨くなかったからレーダーが働かなかったことにしておこう。
あの葡萄は酸っぱいに違いない!

開き直るといい結果が出る。(こともある)
ペンション銀座の角を「きっとここだ。うりゃっ!」と思い切りよく曲がったブルースを褒めてやってほしい。



そう、ここがメーラレン。北欧帰りの弟子の店である。

明るくて感じのいい店。問題は客が少ないことである。開店したての週末にこんなことで大丈夫なのか?
いや、昼飯時だから…夕飯の時にはきっと繁盛している。そう思うことにしよう。きっと…
さて、ランチはコースのみ。望むところ。初めての北欧料理。北欧のズイを込めたコースを喰らってやろうじゃないか。



前菜はいわしのマリネ。マスタードソースで。
付け合せの野菜は漬物みたいだがちょうどいい酢加減でさっぱりしている。
青魚には酢が合うよ。実に旨い。これは、期待できるぜ。


ダックスフントのフォーク置き。ちょっと気になったので撮っておく。
しかし、これがあとで重要なことに!?





更に盛り合わせ料理。これはくどい味付けとかソースとかなし。シンプルな味のヤツをレモンでさっぱり喰ってくれとの心遣い。痛み入る。
豆料理や海老の大好きなブルースは大喜びの様子。素朴で穏やかに旨い。これが北欧料理全般の傾向ならば、俺は好きになれそうだ。というかもう、好きになっている。というか、なんですか、この左下の魚の燻製。とっても旨い。よく知っている味のようだが。
サバだ。
うまい、うまい、サバの燻製。その横のサラミみたいのはトナカイの燻製。結構珍しいし、個性的でおいしいんだけど、よく知っている昔馴染みのサバの旨みが増幅リニューアルして襲い掛かる破壊力には敵わない。
グレート!ヴァイキングのスモークサバ





ここらあたりでパンが来ました。
とってももちもちで味のあるくるみパン。
こういうの喰うと、やっぱりヨーロッパはパンが主食って納得。これだけで喰っても充分旨いので、時に、困ることがある。
皿に残ったソースをしゃくり取るのが勿体無くなってしまうことだ。
もっとソース味わいたい。皿に残すと勿体無い。だけど、パンそのものの味もっともっと味わいたいのだよ!ってなときに俺はどうすりゃいいのだろう?



スープはクリーミーでほっとする味だが、ここでも強い調味料は使わない心構え。野菜の甘みで勝負っていうか、とにかく具沢山に溶け込んでて、安心するおいしさ。
そろそろヴァイキングの荒々しさ、と無理矢理結びつけるのがバカバカしくなってきた。正直に言うと、かなり優しい旨さだ。



ホタテのグラタン。ここまでくると、かなり普通。そう、想像通りの味。しかし、さっきの海老といい、この貝といい、海鮮がなんか旨い。
海に囲まれたスカンディナビアの料理。日本人の共感を感じさせる海鮮は流石だ。



メインはそれぞれ、仔牛とスズキを選択。
ここらへんでバターとか入って漸くソースが濃厚になってきて、おっ、西洋料理だって感じになって来た。
ここで白身魚は、前菜の青魚の印象に負けちゃってる感じするな。
やっぱり、心象に残ってるのはいわしとサバだもの。特に、サバの燻製は、これがメインでも大喜びで喰いそうなくらい心に残っている。

しかし、それにしても客が少ない。本当に大丈夫かいな、と心配しいしい、しかし料理はおいしいので、それは安心。
しかしな、俺たちがおいしいと言っても、潰れる店は潰れるのだ。
いや、むしろ、俺たちがおいしいというと潰れるのだ。
メーラレンに幸多からんことを。




とか言ってる間に、次の皿。
メインの後だからデザートで締め、と思いきや、これは、サラダか。
浅漬けのピクルスっぽいね。さっきの数少ないこってり料理のあとにもう、こうやってさっぱりさせに来る、さっぱりっぷり。本気で俺たちを優しい気分で返す気かッ!




今度こそ本当にデザート。
ケーキ、アイス、メロン。デザート3種の神器は決して外すことのない定番。
終わってみると、そう、なんと言うか繊細で完成度の高い、安心させる味、と言ったところか。
誰だ!?ヴァイキング、ヴァイキングと騒ぎ立てたのは?
俺か、そうか俺か。
なにはともあれメーラレン。不思議と安心、そしてそれなりにリーズナブルなお店だ。
近所ならよく来れるのに。なんでこんな山奥に…
まあ、いい。おなかに優しい料理は、道に迷って昼飯時を遅らせてしまった俺たちには福音。今からでも少し時間を潰せば、ベストの腹具合でもう一つの店にも挑めそうだ。
ガムラスタン…男っぽい名前だ。メーラレンとはまるで反対の語感じゃないか。
ふふふ、その違いを見極めるために、俺たちはここに来た。

さあ、北欧の師匠よ。
食べバカが往くぜ。


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