「俺たちは……うまい麺を喰いすぎたんだよ」


いつもながら、親分の言葉には余計な粉飾が無い。
言葉を最短距離で突き立てる。
……毒舌のブルースも避けていた。
食い物には正直にがモットーの俺、肉弾頭も言葉を選んでいた。

しかし、親分は言ッた!!
「俺たちは……うまい麺を喰いすぎたんだよ」

ここは、香川県綾歌郡。讃岐うどんの本場。
その、本場のうどんを食べながら放った、親分の何気ない一言。しかしそれは、讃岐平野を震撼させる一言だった。



話を元に戻そう。
我々は四国に向かった。
最初は台湾に行こうと言ってたんだが、なにも世界的に感冒が恐れられている今、海外に行って余計な警戒をされる必要もあるまい、という思慮もあり、また、久々の讃岐うどん、まだ親分は食べていない本場の讃岐うどんを喰いに行くのも十分に魅力的な目的だから。
そして、ついでだから土佐にも足伸ばそうぜ、ってな感じで出発した。

変則2泊。
初日の夜に高速バスで東京を出発。翌日朝高松に到着。レンタカーで香川県内で讃岐うどん食べまくって、高松泊。翌朝土佐に向かい、高知泊。そのまた翌日高松でレンタカーを返して、岡山まで出て新幹線で帰る、という強行軍だ。

なにはともあれ、シーズンオフで客が少ないゆえに、停車予定をすっ飛ばして1時間早く到着してしまった高速バスを降りた俺たち。
マンネリだが、とりあえず言うぜ。

そう、ここはもう、うどんの国!



まず、高松駅構内に半分食い込んで営業しているうどん屋で一食喰らう。
駅の中からでも外からでもうどんが喰える画期的な店。そして、開店時間は午前5時。さすが、讃岐の表玄関はうどんについては至れり尽くせりだ。
まあ……うどんだ。讃岐うどん。久しぶりの讃岐うどん。ちょっと柔らかい気がしないでもないが、駅うどん、そして本場綾歌郡ではないことも考えなければな。
それぞれにぶっかけと肉うどんを喰らう。






高松駅前のレンタカー屋が開くのを待って、いざ、綾歌郡へ、ナガイGO!
ブルースが予約していたレンタカーだが、しかし、この格安レンタカー、立体駐車場の経営者がどうやら片手間で経営しているっぽい。事務所もなにもなく、駐車場の管理人のあんちゃんが無造作に止めてあった車を出して来ただけなんだもん。
まあ、合理的といえば合理的。お陰で安いからな。


綾歌郡へ直行し、何はともあれ、赤坂うどん。



今回唯一のリピート店だ。詳しくは旧食べまくりバカの「おそるべしうどんの国」を参照願いたい。

「おばちゃんまだご存命かな」などと失礼な会話を交わしながら店に入ると、
当たり前だが、いた。前よりも更に元気そうだ。
うどんの写真を撮らせてもらおうとすると、「今からうどん切るから、撮って来な〜」と相変わらずサービス精神満点だ。

きどったうどん屋で、ガラスの後ろで麺きり包丁で生地をカッコよく切るところを見せている店も多い中で、このおばちゃんの堂々ッぷり…





数年前に讃岐うどんを喰いまくって、その後、いろいろなうどんを食べてきた。
そのうえで、久しぶりに赤坂うどんを食べてみて思ったのは、このうどんは讃岐うどんではない。
赤坂うどんだ、と呼んで差し支えないのでは。



ツユはイリコぷんぷんのまごう事なき讃岐式なんだけど、うどんそのものがなんか独特なんだよね。
俺たちは大好きなんだけど。でも、まだ本場の讃岐うどんを食べていない親分を連れて、これから綾歌郡、仲多度郡、坂出市の讃岐うどんの本場、中讃地方を回るよ。



小麦粉の粒子を感じさせない滑らかさ。ぐっと歯を跳ね返すコシ。確かに讃岐うどんだ。
有名店とか、県外の客が集まる行列店とかにも行った。旨い。間違いなく、このうどんは旨いんだけど……
「俺たちは……うまい麺を喰いすぎたんだよ」
親分がとうとう言った。
俺とブルースが美化しすぎていた幻影とのギャップに悩んでいる間に、親分がとうとう言ってしまった。

間違いなく、讃岐うどんは旨い。俺とブルースが初めて食べたときの感動は間違いではなかったはずだ。
あのときの感動が、俺たちがいろんなご当地うどんを食べまくるようになった原動力だ。
だから、讃岐うどんは唯一無二ではなくなった。あちこちにあるうまいうどんのうちの一つになっていた。それに、今回の食べまくりで気づいたのだ。

更に言えば……もういいや、書いてしまおう!
讃岐うどんは驚きがない。
武蔵野うどんはねっとり感と食べ応え。吉田うどんは吃驚する硬さと辛味噌のパンチ力。稲庭うどんの反則ギリギリの細麺の繊細さとしょっつるの旨み。
そのどれよりも完成されているから、だから讃岐うどんには突出したものがない。
「やりすぎている」部分がない。

遠出してでもまた食べに行きたいのは、上に挙げた「やりすぎ」のところをもったうどんたちなのだ。
それが、解った。
実は、高松駅で食べたときから解ってはいた。だけど、初めて讃岐うどんを食べたときの、あの、感動の記憶がそれを塗りつぶしてしまったのだろう。
それを親分の一言が解き放ってしまった。

誤解しないで欲しい。讃岐うどんが旨くないわけはない。日本一うどんが好きな県民の厳しい舌に評価され、淘汰され続けたうどんは、日本を代表するうどんだ。
ただ、他にもいっぱい旨いうどんはあるということだけだ。

とか言うことを真剣に考えていると、とんでもない看板を発見。地方都市はこれだから堪らない。



アリかね?
苦情とか出ないのかな?



夜は高松に戻って一泊。
駅の近くの郷土料理屋で一杯、というここのところの定番行動。
てっちゃんの親分が琴平電鉄の発着に釘付けになっているのをひっぺがし、なんとか開いている店に滑り込むと、
やっぱり魚が旨え!あらためて四国は島と認識。何だかんだ言って、海っぺりで魚食ってまずかったことなんかない。





例えばこういう定番でも、全然違う味わいなんだよ。
まあ、タコの本場は瀬戸内海。これは当たり前のコトだしな。



地鶏の塩焼き。歯応えがあって、噛むほどに味が出て旨えよ。あちこちに地鶏あるけど、やっぱり旨いなあ。

お店の人に、地物の魚でお勧めがありますか? と聞いて出てきたのが「ちぬ」と「びんぐし」


これがちぬで、



こっちが「びんぐし」

ちぬはさっぱりとしてるけど、身が詰まってる感じの味の深い白身だ。多分黒鯛の仲間なんだろうけど、地物はやっぱり旨いなあ。
びんぐしはもっと脂が多くて旨みが濃いぞ。ご飯が欲しくなる。イサキっぽいけど、もっとギュッと旨みを濃縮した感じ。

まあ、あれだ、これから讃岐に行く人に言っておこう。
確かに、そこはうどんの国。
しかし!!魚が旨い海っぺりであることを努々お忘れなさるな。


さて、翌日は一路土佐へ。急険な山道を越えて太平洋岸にでるわけだが、しかし朝の腹ごしらえはまず香川県側で必要である。
てなわけで、これ



セルフのうどん。
なんだかんだで俺たちうどん好き。
結局こういうことなんだよな。





途中、徳島県大歩危渓谷で吊橋を渡ったのでココに記す。
といっても、渡ったのは二人だけ。高所が苦手なブルースは途中で戻ってしまう。
地元のおばちゃんがやってきて、腰の引けた俺たちをからかってきたり。
孫を急流に投げ込んで泳ぎを覚えさせた話とかを喜々として喋る。びびった観光客弄りが趣味なんだろうなあ。
びっくりしたのは、この超地元(下の急流の真横に家があるそう)のおばちゃんが訛ってないということ。
阿波、土佐には訛りがないの?今回の旅で親分が一番不満そうだったのがそこのところ。



さて、昼飯は高知県南国市の道の駅だ。
道の駅、いいね。鰹タタキ定食をいただく。


いいね。鰹タタキ。この血なまぐさいところがまたいい。
と思いきや、それほど血なまぐさくない。
でも、肉質の旨みは逆に強いくらい。
これは焙りのテクニックか、魚自体が違うのか。
多分両方なんだろうな。
正直、鰹みたいな関東で食っても濃いい味わいの魚は、地元で喰ってもそんなに凄い差はないんだろうなと思ってタンだけど……やっぱ違うわ。

つーわけで、山越えに精根使い果たした結果の土佐入りは、午後遅くなってから。
ドライバーのブルースの回復をはかった後にできることと言えば、もう晩飯のみ。
いいや、晩飯いっこありゃあ後は何もいらねよ。そう思うだろう、アンタも?

高知駅から盛り場まで1キロ弱と聞いて、歩いても大した距離じゃないだろうけど、せっかくだから路面電車に乗ることに。

普段乗らないから、なんか面白いなあ。基本的には路線バスと大して変わらないんだけどね。



適当に歩き回って、もういいや、と入ったお店。
まず、オススメの生シラスをいただきながら適当にいろいろ頼む。
もちろん、土佐の地物を頼むのは忘れないよ。
カツオ、ウツボ、マンボウ。ここら辺が土佐独特か。
「マンボウはやめとけ。後悔するぞ」
え、何言ってるの親分?
「悪いことは言わないからマンボウだけは……」
でも、知らぬままよりいい。後悔も経験のうち!
「まあ、そこまで固い決心なら何も言わんよ」



つーわけでタタキだ。
タタキは昼にも喰ったでしょ。って?
解ってるよ。でも、頼んじゃうんだよ。名物なんだよ。
というか、昼のよりもさらに上品な口当たりですよ。土佐の地物って逆にもっともっと強烈なのかと思ってたんだけど、さらに口当たりがよくなって、しかし味はこれのが濃厚なんですよ。
やっぱすげえな、地元って。俺、カツオ舐めてたわ。……ごめん、磯野。



そんでな、これウツボのタタキ。
ウツボだよ、ウツボ。あの怖い顔した蛇みたいなヤツ。
これがさ、信じられないくらい上品で淡白な味わいなのよ。しかし、それでいて、ゼラチン質がぷりぷりこりこりで、いや、ホント旨い。サイコーに旨いよ。
土佐行ったら、絶対ウツボ喰え。すげえ旨いよ。
「デブ製造機だな、これ」
ブルースがぼそっといやなことを言う。
確かに、淡白でいくらでも喰えそうなんだけど、ゼラチン質ってコトは要するに脂肪なんだよな。


で、親分が後悔するぞと言っていたマンボウ。
刺身と胃と肝の三種盛りですけどね。
身は、味がない、水っぽい、歯応えがないの3拍子。酢味噌を付けて食べるので、薄切りのこんにゃく食べてるような気分だ。
かすかに甘みがあるのが面白いけど。確かに旨いもんじゃない。クセがないので、まったく「不味く」はないんだけどね。
湯がいた胃袋は歯応えがこりこりしてて、肝は肝のくせにさっぱりとした味わい。
確かに、他に類はないが、あってもどうしても食べたいと思わせるものが何も無いなあ。
親分、後悔はしていない。
でも、もう食べることはないね、マンボウ。



さっきから気になってる、刺身の横に必ず付いて来る野菜。なんなのか、これ。
スの入ったきゅうりみたいで、しゃくしゃくした食感はなにやら面白いが、特に自己主張もしない味。刺身のツマには丁度いいけど、俺たちこういうの初めて見た。
「ああ、ずいきですね」
と、お店の話。
こっちでは刺身のツマと言えばこれが定番だそうで。
香川でも見なかったなあ。土佐に行く人は、これを気にかけてみてください。



名物芋けんぴアイスで締め。

ってーか、甘えよ!!
どれだけ甘いんだ、芋けんぴ。
アイスを甘みの緩和に使ったのなんて初めてだよ。


そして、酔いどれてホテルに帰る途中、イってる看板発見。


「イチャイチャって、あんた……」
屋号がイチヤさんなんだろうけどね。斜めから見たらこうなるって、解ってやってるんだろうかねえ。
香川のお好みハウスに較べれば全然イカレてはいないけど……

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