2008年も台北に行ってきました。
3泊の旅行で、深夜到着だったので実質2泊。その、2回の貴重な夕食を俺たちが如何に過ごしたのか?
雲南料理以来の満悦に浸ったとだけ言っておこうか。
これだけ言えば、聞く準備もできたというものだろう。
じゃあ、語ろうか…それは、雨に濡れそぼる、年の瀬の台北だった…
<註>確かに、我々滞在中は雨がよく降っていた。
  また、滞在期間は旧正月の1週間前。


一泊目の食事は台北市内到着が深夜零時を回っていることもあって、そこらの店で麺をそれぞれ頼んだ程度。3人で5、600円の質素な食事であった。
さて、翌日の飯はガンガンやる気で行きましたぜ。
とはいえ、あんまり歩き回るのも嫌なので、常宿「緑峰飯店」近隣のお食事事情をちょいと調べてみると、歩いて15分くらいのところにいろいろな店が集まった地域がありそう。いつもどおり適当に歩いて決めることに

狭い通りにひしめく飯屋の密度は、ただでさえ高密度の台北市内でも特に高いと思われる。
「あ、麺線だ」
「夕飯には、ちょっとな」
「お、海鮮だぜ、海鮮」
「あそこ、扉ねーじゃん。今日は最低でも扉のある店でゆっくり喰いてーよ」
というブルースのわがままで何店も見送り。この通り、安くて気軽な大衆向けの店が並んでいるお陰で、実に、俺らの下卑た食欲をそそってくれるわけだが、そのせいで端から扉なんかない店が多いのよ。
「これ以上行くと、食い物屋なくなるぜ。妥協しろよ、妥協」
「ううん、何処に入っても旨いと思うと、どうもな…」
「じゃあ、さっき通った店に扉あったからそれでいいな」
てなわけで、ただ、扉があるから、というどうでもいい理由で選ばれた店。その名も「大衆食堂」




こ…これは…
ああ、これは、ヤバイな。やっちまったかもしれん。

これは、店先のケースに食材が並べられた店。まあ、よくあるスタイルと言えるが…しかし、俺とブルースの脳内で苦い過去が蘇る。
いっつも台北でまずい飯は喰えない!何故なら存在しないから!!
と、豪語している俺たちだが、一度だけ台湾で確実にまずい飯に当たったことがある。
台北の北隣にある港町、「淡水」でのことなので台北市の負け星には入れていないが、しかしその店は生簀や店先の並んだ海鮮を客に選ばせる店だったのだ。
そして、それがまずい…とは!?
まさに「台湾まで来て炒飯がまずいってどーいうことよ!」のブルースの悲鳴に象徴される店だったわけよ!
ま、だから俺たちは警戒してるわけよ。これ見よがしに食材並べた店をな!

閑話休題、正露丸。
まあ、そんなこんなで腹が減ってあっちのこっちの言っていらんねえ。入って喰ってから考えりゃいいてんで、いつものとおり安易極まる考えで入店。
何故か奥のテーブルに3人通されて、まあいいやビール、とりあえず台湾ビール!あれ、親分医者に酒止められてなかったっけ?まあいいや乾杯くらい。さて、飯頼もうぜ。おう、メニュー、メニュー。
おい、メニューはどこだい……?

さあ、困った。メニューがねえ。壁に麺とか湯(スープ)とか炒飯くらいのメニューは貼ってあるが、まさかそれだけってこたぁねえよな?
それじゃあ、外に並べてある食材は飾りってことになっちまう。
まさか、ここ、常連しか好きなもん喰えない店?…まさかな。それじゃちっとも大衆的じゃないじゃん。それじゃあ大衆食堂じゃないジャン!
「ね、メニューないの?ホントはあるんでしょ、メニュー…」
泣きそうな顔の俺たちを手招きするおばちゃん。
え?え?そっち厨房じゃないの?え?もっと奥?もっと先って、ここ、外じゃん!

いつの間にやら店先に誘導されていた俺たち。
そこには、先ほど俺とブルースを警戒させた食材が所狭しと並べられている。



「なにたべる?さかな、おいしいよ。かい、あるよ。しじみ、あさり、はまぐり」
ランニングシャツに前掛けのおっちゃんが、ゼンジー北京のようなイントネーションで問い掛ける。
<註>逆だ!ゼンジーが真似なんだよ。

へえ…とりあえず、台湾で酒と一緒に喰うなら醤油しじみだよな。
「じゃあ、これ、しじみ。コレ、コレ」
指差すと、
「どーする?いためる?にる?むす?」
「え?どーしようか、えーと、えーと」
「いためる、おいしいよ」
「じゃ、じゃあそれで」
「肉も欲しいな。これ、牛肉ちょうだい」
「ぎゅうにく、おいしいよ。いためる、にる、む…」
「炒めて。炒める、で」
「ナニといためる?やさい、おいしいよ。これ、これ…これもおいしいよ」
「いや…えっと、何がいいのかな…」
「ぎゅうにく、このやさいとあうよ」
「じゃあ、それ、それと炒めて」
「やさい、おいしいよ。やさい、たべるか?」
…と、このあたりでわけが判ってくる。
「どの野菜、旨いですか?」
「たけのこ、おいしいよ」
「じゃあ、それ。料理、まかせるッス」
「魚も食べたいね」
「うん、これなんか、食べたことないよね」
「あ、これ、この魚ください。…あ、おまかせで」
「やきそば、おいしいよ」
「OK、まかせます!!」

最後には、声を揃えて積極的に主体性を放り投げた。任せるよ。だってあんた、旨そうだもん。
以前から、好みに合いそうな店に反応していた旨いものレーダーが、今日はこのおっちゃん個人を指し示している。こんな日には…なにかが起こる。
それはそうと、どうでもいいことだが、頼んだ食材を一人前分そのまま皿に乗っけて後ろの鍋担当に渡すの、合理的で面白いな。
と、思っていたら、席に戻ってビールに口をつけるまえに筍の炒めたのがもう来た。
早ぇッ!頼んだ時間から逆算するまでもなく、純粋に炒める時間くらいしか経ってないよ。
いくらなんでも早すぎだよ。丁寧な下ごしらえとか無用かよ、この店は。
「うわあ、旨めえ!」
「うわ、何の変哲もないのに何故か旨い」
「なにこれ。当たり前のように旨いよ!」
とか言ってる間にしじみの炒めたのが来た。
ってか、貝殻空だよ。身のあるのとか、抜け落ちてるのとか、下のほうに身だけ溜まってたり、これ、無造作すぎるよ。
「でも、旨いな…こんな無造作なのになんかすげえ旨いぞ」
調理法おまかせしてたから、バジル炒め。これがすごい臭くてうまい。「貝のバジル炒めだめなんだよなあ」とか言ってたブルースが、5分後には
「一口目は鼻につくけど、3口目あたりから病み付きになるな、この匂い」

何がなにやら判らないうちに適当に頼んだものが、おそらくは本当にテキトーに調理されて、あっというまにもう出てくる。
それがとにかく、わけもなく旨いのだからしょうがない。
「うー、海老!俺は今日海老を喰うぞ!あったよな、海老」
突然エビ魔人になったブルースが外に飛び出して追加注文。奴が席に戻って暫くもしないうちに、皿に山盛りの、海老。
十尾はあろうか?猛然と喰い出した。
尿酸に不安のある親分が手控えている間に、欠食児童のように海老に執着するブルース。俺、肉弾頭も負けちゃいられねえ。2人とも、よく分からないが頭から尻尾まで殻ごといただいた。
しょうがない。だって、頭から尻尾まで旨いからな。
しかし、それにしても、これは中華じゃない。ただ海老を塩で焼いただけだ。でも、旨い。いや…「だから」こそ、旨い。

ところで、おっちゃんの勧めてくれたやきそば。



これは別にたいしたことなかった。所謂普通のやきそば?これだけ破壊的に旨い旨い言ってるなかで、純粋なお勧め品だけが平凡な味って、どうよ?逆に面白いくらいだ。

ところで、一番驚かされたのが調理法から一切をおまかせした魚だ。
写真にも写っているので見ていただきたい。
なんとなく、イサキとか、そこらへんの白身魚に似た感じの初見の魚。さて、中華の技法でいかに料理されるものか、と期待もありしが、
「し、塩焼きだと〜〜!?」
見た目と匂いで判る。これは塩焼きだ。技法もクソもない。確かに俺ら日本人もこういう魚が入ったら刺身か塩焼きを真っ先に思い浮かべるが…こんなもん日本でも喰えるわッッ!
まったく、サービスの本質を履き違えている。異国の地で食べなれた味に会えば喜ぶような、俺らがそんなありがちな旅行者だとでも思っているのか?
「うわー、何の変哲もない塩焼きのクセに…この魚、旨いよ」
なんと言うかね、白身の肉質がしっとりというか、もちもちした食感になるぎりぎりの火加減なのに、皮がパリパリで旨いの。
味付けはありきたりの塩焼きであることを示している。しかし、このおいしさは…
謎の中華の技法か?蒸してから焼き入れるとか?
とかなんとか、そういうことを考えているような場でもないし、そんな余裕のある精神状態でもない。
ただただ喰らって、ただただおいしい、おいしいと嬉しがっていればいい。
ただ、それだけだ。
「お前ら、周り見ろよ。みんな会話を楽しみながら、ゆっくり料理つついてるじゃないか。もっと穏やかに喰えって」
とか言ってる親分も、結局ガツガツ行ってるでねえの。




ま、なんだかんだで驚異的な量とスピードで喰い進んだ俺たちも、そろそろゴールに近づいていた。
「なあ、最後の締めはやっぱ炒飯だな」
うむ、炒飯。肉絲蛋炒飯と海老蛋炒飯があるが、
「ここはやっぱエビタマゴチャーハンだよな!」
どふッ!…ブルースよ!貴様は一体に如何ほどの海老を喰らえば気が済むというのだ?貴様…海老を喰いに来たのか?それとも飯を喰いに来たのか!?
もはや、海老に取り付かれたとしか思えないヤツを止める術はない。
…違うか。海老に取り憑かれていたら共食いになっちゃうもんな。
とか何とか言いながらも、やっぱりみんな海老が好き。もちろんわざわざ止めるまでもない。
最後は空芯菜炒めと、そして…エビチャーハン。






べと。
あ…あ〜あ。
やってしまった。炒飯を大皿から取り分けるときに、その感触に、俺とブルースは、軽い絶望を味わった。
べとついている。
炒飯がべとついている。スプーンの感触で判った。淡水でもそうだった。
いや、ここまで楽しませてくれたんだ。これくらいは…
そうじゃなかった。
べとついてても旨い炒飯初体験!
びっくり。
オマケに海老も、やけくそ気味にこれでもか、これでもか…
「ブルース、お前海老食べすぎ」

しかしね、これだけ海老たっぷりで、いくら大衆食堂とはいえ、おいくらよ?
困ったことに、最後の炒飯以外は値札のない料理。つーか、料理名すら分からないと来たもんだ。
「バカ、飯喰ってるときに金の心配するような寂しい人生は送るなと言ってるだろう」
出た。親分の「ここは俺にまかせろ」だ。
もう結構いい年になっても、親分に奢られるのは全く何の抵抗もない。だから親分は親分なんだなあ…

時に親分、おいくらだったんで?
3人で1860元
一人頭2千円弱、といったところか。
「やべえ、これ、日本なら海老とビールだけで超えちゃうよ」
炒飯にやけくそ気味に入っている海老の量を考えたら、これ、大げさな試算ではない。

強烈な多幸感に揺らされながら、ホテルへの道筋を辿る親分とブルースに、しかし俺は自らの失敗を告げねばならぬ。
「待ってくれ。こんなに素敵な店だと知っていたら、やはり俺は店先の食材を撮っておくべきであったぜ」
「あ〜、そういやそうだなぁ」
「やっぱり撮って来る。先に部屋戻っててくれ」
「あ〜〜、俺ら来た道をゆっくりふらついてるから、まあ適当に追いかけてきてくれ」

置き忘れたものを取り戻すために、大衆食堂に猛ダッシュする俺。
しかし、これこそが大失敗であったとは!?
まさか、翌日にあんなことが起きようとは!
一体俺の身になにが!?
以下、次頁!!

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