海原の軍門に下ったチームはすでに10を超えた。
アメリカ人はすでに誇りを失いかけていた。外国の高校生チームに国技フットで連戦連敗の彼らには、もはや花井京太郎を葬り去った大規模テロルを敢行する気力さえないように思われた。
生きる気力を失い、働く気力を失ったアメリカン達・・・ゴーストタウンのようになったウォール街を、海原イレブンが行く。
たまに行き交う白人たちは、顔を伏せて道を譲った。
しかし、只一人大道の真ん中に立ちはだかる影があった。その手には、フットボール!
「勝負だ、ジャッパス」
ただ一人、ただ一人が11人の国敵に戦いを挑む!
そのハートは海原のハートさえ揺さぶる行為。
広い。アメリカは広い!アメリカには未だ、男がいる。
津軽とぶつかり合い、遅井と駆けあい、飛田と飛び合う!
その男の見せた身体能力はアメリカの底力を感じさせた。
「見事だな。貴様が11人いれば、俺たち海原も危ないかも知れねえ。・・・どこのチームだ?正式に11対11でやろうじゃねえか」
しかし、獅子土の予想は外れた。
「俺は数にも入らねえ鉄砲玉だ。お前らに裏NFLの凄みを教えてやっただけよ」
拳銃を取り出す。緊張が走る!
「3日後のイースターの夜に、マジソンスクエアガーデンの地下に来い。これが、貴様らへの招待状だ!!」
男はいい終わると拳銃を咥えて引き金を引いた!!
これほどのプレイヤーを惜しげもなく使い捨てする裏NFLとは!?
「命、引き換えにされちゃあ、行かないわけにはいかなくなった・・・」
海原の義侠心をも冷徹に計算する恐怖の敵に、いかにして闘えと言うのか。
危うし!海原イレブン
裏NFLの凄みを見せ付けられた翌日、ひしひしと迫る最終決戦の予感に闘志を高める海原イレヴンであった。
が、ひとり、フランカー市楽馨のみが己の死を予感していた。
今まで常にチームのムードメイカーであり、その根拠の無い楽観主義がみなを支えていた市楽が、である。
仲間に黙って、一人町に出た。今までのNFLとの勝負で、得た金を日本に送金するためである。
裏社会でギャンブルの対象となった海原VSNFLで、全財産を海原に賭け続け、倍倍ゲームで儲けた大金である。
日本で、奇病の手術のために大金を必要としている妹のためであった。
しかし!通りすがりの男が見せたのは、その妹の写真であった。
どことも知れぬ一室で目隠しをされ、銃を突きつけられている写真。
突きつけている男が、その、写真を持参する男そのものであった。
「俺は、愛国者でね。おまけに、ひいきのチームが負けると暴れだすかんしゃく持ちでもある」
遠まわしな脅迫だが、言葉の意味するところは明白だ。
市楽にはなす術が無い。
危うし、海原!
危うし、市楽馨!
危うし、市楽の妹!!
ニューヨークの裏道を、謎の男が歩いていた。
頭からズダ布を被って顔は見えないが、ただならぬ殺気を漂わせるその男に、本場の犯罪者たちもちょっかいを出しかねていた。
何より不気味なことに、その男はヒノキの白木の棺おけを引きずっていたのだった!

市楽馨の予感は妹の死であったのか?
それとも、それは海原の死であったのか?
試合まで2日。海原が勝つことは妹を見捨てることになる。
ギリギリの勝負になったとき、自分はゲームを決めるパスを捕ることができるのか・・・・
こんな気持ちで試合に出る資格など無い!獅子土に申し出て、一人妹を探しに行くはずの市楽であったが・・・獅子土は他のメンバーに全てを語ってしまったのだった。
「仲間の妹ならば、俺たちの妹も同然!俺たちも行くぜ!!」
試合まで1日!前日の夜ついに、オージーボール出身のジャッキー河内の案内で、海原イレヴンは市楽の妹が拉致られている場所を探り当てた。
「ニューヨークにも根を張る、オーストラリアンのネットワークをなめてもらっちゃ困る」
一行はメトロの駅の奥にある一室に辿り着いた。そこには果たして、市楽の妹が椅子に縛りつけられていた。
「逃げて!罠がッッ!」
猿轡を外すなり叫ぶ妹。
しかし、時はすでに遅かった。
「動くなよ、海原の諸君。その部屋に仕掛けられた108の地雷を今、ONにした」
なにッ!?爆弾に立ち往生させられた恐怖よりも、海原の心を縛ったのは、ジャッキー河内の声である。
裏切ったのか、河内?
「最初っからこのつもりだったな。俺たちにNFLを潰させ・・・しかし俺たちの大勝利の直前に試合放棄で栄光を失わせる。オージーボールに漁夫の利を呼び込むために!」
獅子土は悔しそうに歯噛みした。この天才すらも騙しおおせるとは。さすがジャッキー河内。
飛田のジャンプ力や須之内の忍術に匹敵する河内の超人能力とは、それはこの神業にも似た演技力だったのか。
「そのまま、試合終了時間まで立ち往生していればいい。一度は仲間と呼んだ貴様らの、命までは取らん」

数時間後。マジソンスクエアガーデンに終結した裏NFL魔人イレヴンの前に、海原の顔は無かった。
キックオフの時間が迫る。しかし、メンバーは現れない。このまま恥辱の試合放棄となるのか??
誇りを取り戻しかけたアメリカ人たちの嘲笑が、観客席に、そしてグラウンドに溢れ始めるころ、しかし、一人の男が控え室からの廊下を渡ってくるのだった。
ヘルメットを脇に抱え、海原マーク輝く胸を燦然と張り、堂々と入場してきた男。
22人のモンスター相手に、ただ一人堂々と入場する男。
そう、ここで出るヤツは一人しかいない。
こんなことができるやつはひとりしかいない。
「さあ、キックオフといこうぜ!」
グランドキャニオンに沈んだはずの花井京太郎は、今、ここにいる!!
アメリカン・モンスターマンが哄笑した。
「バカめ、一人で何ができる?」
ふふふ・・・ニヤリ。
「一人じゃあ、ねえのさ」
地雷部屋に監禁されてから試合開始までの数時間、我らが海原イレヴンは何をしていたのか?
それは、試合直前のチームならば当たり前に行うコト。作戦会議であった。
死と隣り合わせの緊張感の中、当たり前を行うコトがいかに度胸が必要か?諸君葉考えたことがあるかね?
しかし、それ以上に獅子土虎之助の話す海原フォーメイションの解説は、地雷の恐怖を一時失念させるほどに興味深い講義であったのだ。
今まで個別に与えられていた指示の全体としての意味、敵戦力を確認した後の力点分散の微調整、予想される裏NFLの攻撃に対する防御陣形のヴァリエイション、試合の転換点で使うべき鬼をも殺す奇襲技の着想。
知性派の妻鹿、吉岡、南部はメモを取ってその内容を逐一確認する。話し終えたころには、みながいっぱしの軍師になったような気分であった。
「これで、俺がいなくともみんなそこそこの作戦で闘えるだろうよ。大丈夫、お前らのそこそこは裏NFL程度、遙に凌駕する」
獅子土の体が宙に飛んだ。なんと、自らの体を地雷の盾とし、イレヴンに行く道を示すつもりだったのだ、彼は。
作戦会議はその、遺言であったということか・・・
しかし、一瞬早く、須之内巌流の腕が彼を引き戻したのだった。
「こんなこったろうと思ったぜ」
「離せ、俺にやらせろ。監督がいなくても試合はできる」
「バカ言っちゃいけない。ちょっと教えたぐらいでこの脳みそ筋肉どもがまともな作戦作れやしねえぜ。アンタは俺たちに必要なんだよ」
「一人だけ、試合に必要じゃない人間がいるわよ!」
誰もが予想していなかったことに、市楽の妹が、その身を投げ出した。一瞬の躊躇も無いクソ度胸。
誰がそれを予想した?誰が止めるまもなく、その華奢な体は入り口近くの床に向かって落下して行くのだった。
「やめろ、碧!!死ぬな〜〜〜〜!!!」
市楽の悲痛な叫びが轟いた・・・・・・
ヒーロー登場!
襤褸布で顔を隠した男が、市楽碧の体を抱きとめた。
この男こそ、数日前から棺桶を引きずってニューヨークを徘徊する謎の男である。
「魂の熱い方向へ向かえば海原に会えると彷徨っていたが・・・一番の熱源が女の子だったとは、驚きだ」
我が身を省みぬ碧の熱いダイブに呼ばれて現れたというのか、この男は?
そして、地雷は無いのか?この部屋には?
男は無造作に床板を踏みつけてこの部屋に入ってきたというのに、一切の爆発は起きていない。
「夢想剣を極めれば・・・地雷にすら俺は斬れぬ!!」
なに〜〜!?
すると、こいつは!
この男は!!
アメリカ全土を幽鬼のようにさすらった生駒鹿之助は、テキサスのアラモ砦跡で野宿した夜、突然の天啓を受けて夢想剣を完成させた。
真の夢想剣は、それまでの形とはまるで異なるものであった。
己と宇宙のつながりを全て断ち切り、我を無とする。
いわば、“無想剣”であった。
しかし、この辺りの話は海原イレヴンとは特に関係ないので特に描写はない。外伝「最強最後の剣道」に語られることだろう。
さて、そんなこんなで地雷部屋から生駒の無想剣により救われたメンバーはジャッキー河内と最後の対決を迎える。
河内以外のオージーは、すでに生駒に眠らされた後だからだ。
「河内・・・俺たちはお前を、信じていたのによ、」
しかし、河内の手には自爆装置。海原を道連れに死ぬしか、彼には残されていない。
「何度お前らの仲間になろうと思ったことか。だが、俺の祖国はオーストラリア。それを裏切るわけには、いかん」
「花井京太郎は全てを知っていた!!」
何!?津軽犀象の衝撃的な告白。それでも、花井は河内を受け入れたのか?
「獅子身中の虫を抱え込むことによって海原にいい刺激になるなどと理屈はつけていたが、しかし、花井はお前を信じていたんだ。いつまでも安易に俺らの仲間にならず、初心を貫き続けるお前の一途さに共感していたんだぜ」
「判った。・・・・・・行け。行って、アメリカンどもをきりきり舞いさせてやってくれ」
皆が警戒を解き、出口に向かおうとしたその時、河内は再び自爆装置に手をかけた。
まさしく、彼の身も心も、骨の髄までオーストラリアに捧げられていたのだ。
しかし、生駒の引きずっていた棺桶から飛び出した肉の塊りが、それを制した。
河内は肉に埋もれて緩やかに失神した。
この窮地に復活した最後の戦士。
説明するまでもあるまい。
試合開始時刻はとうに過ぎていた。
ことによっては、屈辱の試合放棄負けが決まっていたとしても文句は言えない。
焦りに身を包みながら試合場に現れた12人。メンバー10人と獅子土、そして生駒の目の前に、花井京太郎の姿があった。
ゴールポスト上に血まみれで磔にされた哀れな姿が・・・・・・
さながらそれは、ゴルゴダに磔刑にあったキリストを見上げる12使徒の如くであった・・・・・
第1クォーターが終了して40対6。負けていた・・・果てしなく。
だが、12人は歓喜の涙にむせていた。
生きていた・・・花井京太郎は生きていたのだ!!
これは、勝利など無くとも・・・
「勝てる!勝てるぞ!!花井が来た以上、勝利は貰ったぞ!!」
喜び以上のもの。それは勝利の確信であった!!
ゴールポストの上で、花井が笑った。
不屈の笑みだ。
彼は仲間の登場に確信があった。
この瞬間、花井京太郎はキリストを越えたのだ。
死んだと思った仲間が帰って来た!
「俺は地獄をくぐって、またこのフィールドに帰って来た・・・おまえらも地獄をくぐったような顔をしているぜ」
その一言で充分だった。
何故、大峡谷に落下して生きているのか、チームの要を失ったイレヴンがどれだけの苦難を乗り越えてこの裏NFLとの決戦に辿り着いたのか、その一言で全てが判り合えた。
「三日会わざれば刮目して見よ、という。お互い地獄帰りだとすりゃあ、成長しきって初対面みたいなもんさ。自己紹介してもらおうか」
と、右手を差し出した獅子土。にやり、と手を握り返した花井に率先して自己紹介を始める。
「獅子土虎之助。将棋8段。作戦立案のプロだ。手駒に花井京太郎の無い将棋は不利すぎて面白かったんだが・・・戻ったからにはしょうがねえ。アンタにも見せ場の一つは用意してやるぜ・・・・
「飛田鷹虎。相変わらず幅跳びしか能のねえ男だ。変わったことといえば、命知らずじゃなくなったってことかな・・・俺は、命の大切さを知った!」
「ああ、命の大切さを知って、それでも命を捨てられる男の顔になったな、飛田」
ガッチリ!
「俺は津軽犀象。相撲を離れれば、チームではただの壁さ。物語が俺の背後だけで行われていることに、もう慣れた。この頃はそれを誇れるようになったよ」
「チームの盾になって、よくみんなの命を守ってくれた。俺はお前の命だけが心配だったよ。他の命はお前が守ってくれると判っていたからな」
ガッチリ!
「相撲の南部豪。相変わらず地味でね。報告するような活躍はなにも無いよ」
「だけどお前には自信があるだろ?ずうっと縁の下でチームを支え続けてきたその粘り腰。そいつに今日も期待させてくれ」
ガッチリ!
「陸奥六介だ。いつもながらのプレーをするよ。成績も残していないから、あんまり期待しないでね」
「いつだって、自分のことより友達のことだろ。それでいつも周りにはお前の凄さが伝わらないんだ。今日は主役になって大暴れしてくれ!」
ガッチリ!
「遅井浩二・・・。タイムが0.05秒縮んだ・・・」
「実は、お前へのパスは届かないだろうな〜ってところに投げてたんだ、いつも。きょうは、絶ッ対に届かないはずの先にパス放るからな」
ガッチリ!
「今日は、この市楽馨・・・チームのために死ぬ」
「試合終了までは生きていろ。勝利を分ち合う相手が一人減ったら興醒めだぜ」
ガッチリ!


「逃げて逃げて逃げまくるのがこの妻鹿憶也の誇りだ。昨日も今日も俺は立ち向かわないぜ。悪いけど」
「逃げ切れ。お前が自由でいるってコトは、どんなに追い詰められても俺たちにはつねに逆転のチャンスがあるってことだ。お前に逃げはいつだって、心強い」
ガッチリ!
「俺は、吉岡元は走れない。踏ん張れない。だからせめて、花井さんが戻るまでは決してキックだけは外さないと決めたんだ。俺は・・・」
「確率が凄いんじゃない。吉岡のキックには一発一発に夢がある。俺たちに夢を与えてくれるフィールドゴール、久しぶりに見せてくれ」
ガッチリ!
「今さら自己紹介もねえだろう。俺は忍者。初手から全てが謎の存在だぜ」
「その須之内巌流の謎が、裏NFLの秘密を上回っているから、どんな虚仮脅しの敵が来ても、俺たちは安心して闘えるのさ」
ガッチリ!
「お久しぶりです。細田幸則です。必死で飯喰って怪我を治しましたが、遅くなってすいません。役立たずかもしれないけど・・・」
「よく間に合ってくれた!最終決戦はベストメンバーで臨みたいからな!」
ガッチリ!
「そして、俺が地獄帰りの花井京太郎だ。みんな、ここまでよく来てくれた。こんなイカした仲間たちと、この数試合一緒にプレーできなかったことが、俺は一番悔しいんだ。今日は最後まで一緒にプレーしよう。俺の大好きなアメフトを、みんなも思いっきり楽しんでくれ!!」

第2クォーターが始まった。海原の逆転劇の幕が開く!
と、思いきや・・・・・・な、なに〜〜〜!飛田鷹虎の命懸けジャンプが効かねー!?
そう簡単にロングパスの通じるはずがない裏NFLチームを相手に、ランニングバック飛田鷹虎の中央突破を印象付ける作戦を選択した花井であったが、しかし、飛田のジャンプの着地点には、毎回アメリカンモンスターマンの巨体が待っているかのように先回り。無防備な着地の瞬間にアメリカン殺人タックルの雨あられでインコンプリートが続いたのだ。
「やはり・・・アメリカ最高峰のフットボーラーは飛田の“あの弱点”に気づいていたか・・・」
頭を抱える獅子土。知って、知っていたのか、獅子土。何故教えてやらない??
そのチームの同様を見逃す裏NFLではない。
アメリカンモンスターマンの合図と同時に、サンドイッチ地獄が始まった。
サンドイッチクロスで次々潰される海原イレヴン。咄嗟に避けた妻鹿以外の全員がグラウンドに失神した。
かろうじて妻鹿にパスを送りながら、意識を失っていく花井京太郎の頭には、絶望しかなかった。
たとえ奇跡的に妻鹿がこの地獄をすり抜けてタッチダウンしたとしても、防御は一人ではできない。
海原のメンバーが死屍累々倒れたグラウンドで、裏NFLは何点でも入れ放題だろう・・・・・
点差が100点以上あっては逆転もできない!
危うし、海原イレヴン!危うし、妻鹿雄太!!

第2クォーター、残り12分53秒65(厳密なジャッジを必要とする裏NFLでは、時間は1/100秒の単位で表示されるのだ!)まだ、ほとんど残っていた。
例え妻鹿が敵をすり抜けタッチダウンできたとしても、動ける選手の一人もいない状況では、裏NFLの攻撃は素通し、海原に攻撃権が移ってもプレイ開始できなければ裏NFLにターンオーバーされてしまう。第1クォーターで花井一人をいたぶった余裕を裏がかなぐり捨てれば、100点でも入れることは可能だろう・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
どれだけの時間が経っただろう?
かすかに開いた花井京太郎の目に飛び込んできた残り時間は、10秒66、
そして、スコアは・・・・・
0対0!!
第2クォーターのスコアは0と0、トータル6対24のままであった!!
カバティ   カバティ カバティ   カバティ
   カバティ カバティ    カバティ カバティ
 カバティ    カバティ カバティ    カバティ
そう、妻鹿は最後にはないに託されたボール。それを繋いでいたのだ!
12分53秒65を、11人の裏NFLに囲まれて、アンタッチャブルでニーダウンもタッチダウンもせずに走り続けていたのだ!
それがいかに人間の限界を超えたプレーか・・・・第2クォーター終了のブザーと共に、血反吐を吐いて彼はグラウンドに倒れ伏した。
その決死のプレーによってようやく気づいた海原イレヴンが駆け寄る。
「へへへ・・・すまねえ、鬼ごっこに夢中になって、得点するのを忘れてたぜ。第2クォーターも、0点だ」
なんという強がり。なまじっか得点するより、13分弱逃げ回ることがどれだけ大変か皆、わかっているというのに。
「妻鹿!お前がスコアボードに刻んだ0と0は、あわせてだ!お前のたたき出した無限大の勝利なんだ!!」
全てが沸き返るハーフタイムショウ。遅井浩二はトイレに吉岡元を呼び出した。
「残酷な頼みだが・・・吉岡、お前の残った左足、俺のために折ってくれ」
「・・・・・・・・遅井、君は死ぬ気なのか!?」
「・・・・・・・・・」
「君は無償で頼みごとをできる人じゃない。俺の命である左足を折れということは、君が死ぬ気だってことだ!!」

2人はそれ以上何も言わず、しかし、判りすぎるくらい判って第3クォーターのグラウンドに並んだ。
今、点差を縮めなければ永遠に追いつけない。それは誰にも解っていたのだから。
遅井は、自陣エンドラインに立っていた。彼の眼は100ヤード向こうの敵陣エンドラインだけを見ていた。
メートル法に換算して実に91.44メートル!!
もう吉岡には何も言うことは無い。遅井がベストを尽くすなら、吉岡もベストを尽くすだけだ。サッカーに、キックにかけた青春を思い起こす。
悔いは無いか?いいや、ある。サッカーへの未練でてんこ盛りだ。
だからこそ、その悔いの全てをこの一蹴りに集約したい。
蹴った。全力で蹴った。いいや、全力の数倍の蹴りが、炸裂した。その威力に耐え切れず、ただ一本残った左足は砕け散った!!
同時に第3クォーターの時計が廻りだした。同時に遅井の命をかけたダッシュが始まった。
吉岡のサッカー人生を乗せたボールが放物線を描いた。
遅井のダッシュがグラウンドを貫いた。
電光掲示板が1/100秒単位の正確な時を刻んだ。
動くものはこの3つのみ。
遅井の人知を超えた走りが陣地を越え、時は凍りつき、全てのプレイヤーが動けなかった。
タッチダウンキャッチは確実かと思われたがしかし、吉岡の決死のキックが、生来の正確なコントロールを超えていた。
ボールは、エンドラインを超え、更に10ヤード向こうのゴールポストに向かって伸びたのだ。
コレが当たれば、全ては無意味だ。高い代償を払って、海原は大事な戦力をムダに失う!!
その最後の瞬間、人知を超えた走りの、その限界を遅井は更に越えた。
超加速!
エンドゾーンのギリギリ向こう側で遅井はボールをキャッチした。
110ヤード。100.584メートルを限界を超えて走り抜いた遅井の肉体は活動を休止し、その場に崩れ落ちたのだった。

会場は沸いていた。海原のタッチダウンに彼らは注目した。時計に注目するものなど誰もいなかった。
15分ジャストからカウントダウンされた時計は、正確にタッチダウンの瞬間、14分50秒23を表示したまま止まっていたのだった。
トライフォアポイント
タッチダウン後にキック、若しくは残り3ヤードのランプレイを選択できる。
ここまで、ランニングバックの飛田は不調だが、しかし、既にキッカーのいない海原にはランプレイしかない。
ゴー!
飛田のジャンプはタッチダウンラインを超えた!!しかし、
着地点に待っていたアメリカンモンスターマンのタックルが、彼をフィールドに弾き返してしまった・・・
攻守交替のタイムアウト。ついに、獅子土が飛田に弱点を告げる。
「飛田、お前のジャンプはいつも同じ飛距離だ。飛んだ瞬間に着地点が丸判りなんだよ!」
「そんなこと、俺だって知ってるよ!でも、どうしても全力以外のジャンプができないんだ!力がセーブできないんだよ!!」
超熱血漢の飛田には全力以外のプレイはできない!!
致命的な弱点であった。
24対12。ダブルスコアまで追い上げた海原イレヴンだが、厳密にはすでにイレヴンではなかった。
人間の限界を超え、ピクリともしない遅井、妻鹿を人数合わせのためフィールド内に寝かせ、左足が砕けてもゴールキックは蹴ると言ってやはり寝かせられている吉岡を抜いて、8人!
海原エイトでは、野球すらできない・・・
天才獅子土虎之助の策を持ってしても、3人抜けた穴で裏NFLの攻撃をカットする防御布陣は考えようが無いのだった。
「くそっ!せめてあと一人・・・あと一人いれば」
着実なランプレイで距離を刻む裏NFLは、ついにタッチダウンラインまで5ヤードと迫った。
1プレイでタッチダウン。点差はまたもや18点差?
誰もがそう思ったが・・・
海原防御布陣の穴を確実に突き、タッチダウンへのショートパスが通る寸前、しかし、須之内の肉体がインターセプトに踊った。
「な、なに〜〜〜」
アメリカンモンスターマンの目が驚愕に見開かれた。
須之内は、逆サイドにいるはず!それを確認してのパスプレイだったはず。
そう、確かに須之内は逆サイドにいた。
否、逆サイド“にも”いた。
まさか、まさか、まさか!!
忍法影分身!
逆サイドの虚像が消え、ただひとりとなった須之内巌流の腕から力ないパスが飛んだ。そして、須之内はフィールドに崩れ落ちた。影分身は、術者の命さえ削る諸刃の剣。

須之内巌流の命と引き換えのインターセプト!
切り札の早すぎる戦線離脱を前に、海原に戦慄が走った。
いざとなれば俺たちには須之内がいる・・・知らず知らず、彼らにはそんな自信が芽生えていたのだ。
だが、
だが、須之内巌流といえど不死身ではなかったのだ。
ただ今は、プレーを続けるしかなかった。この須之内の魂のこもったボールをエンドゾーンに運ぶ!
それができなければ勝利は無い!!
須之内のラストパスを受けた市楽には、悲壮な決意があった。
たとえこの身が滅びようとも、俺はこのパスを向こうのエンドゾーンに運び込む!

死ぬ!俺は死ぬ!市楽馨は覚悟を決めた。
仲間たちは命を懸けて妹を救ってくれた。
あの、ドライな須之内が、己の命を削って出したパスを得点に繋げられないなら、男として生きている甲斐が無い。
走った。集団で突進してくるアメリカの怪物たちの鼻先を掠めて、大回りに回り込む。
ボールは、無意識に背中側にまわしていた。しかし、いつもならばノールックで背中のボールを掠め取り市楽を追い抜いていく遅井はもういない。
魔術のように、敵ディフェンスを攪乱する須之内は、今倒れた。
蝶のように舞う妻鹿だっていやしない。
一人では、突破不能。ならば、命と引き換えにこの軍団を超えるのみ。死を決意して、市楽は地獄の軍団と向き合った。
いや、待て!!
一人しかいない。もはや、走れるバックは俺一人!?
市楽はボールを抱えてその場に跪いた。
インターセプトでワンプレイ終了。海原は自陣奥深くからの攻撃開始を余儀なくされた。
「俺は、死ねなかった・・・須之内の命のパスを得点に繋げられなかったんだ」
「いや、生きていてくれてありがとう。お前にとっては屈辱だったろう。だが、この上お前がいなくなっては、俺たちはもう勝てない。市楽、チームのためにお前が犠牲にしたその誇り、決して無駄にはしないぞ」

海原イレヴンの更にピンチは続く。
妻鹿、遅井、須之内を失い、走れるのは市楽ただ一人。
吉岡の足が壊れ、フィールドキックの可能性は消えた。
飛田の飛込みが読まれきっている以上、ランによるゲインすら望み薄なのだ。
何たること・・・八方が、塞がっちまった。
「なあに、どってことァねえ」
飛田鷹虎の快笑が、海原の絶望ムードを割った。
「毎回、俺が飛ぶ。着地点を狙い撃たれても、ボールさえ放さなきゃ、俺らのゲインだ。向こうのゴールまで刻んでやるさ」
まさか!?確実に喰らう殺人タックルを、数ヤードづつ、100ヤード向こうのタッチラインまで貰うつもりか?
タックラーは史上最悪の殺人プレイヤー、アメリカンモンスターマンなんだぞ!



最終章“脅威!裏NFL編”は徒然肉にて、徒然不定期更新中。



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