4月29日
29日は“にく”の日。
で、4月29日は“しにく”の日。
みんなで屍肉を貪ろう。ハイエナのように。
まぁ、もともと屍肉しか喰ってないけど。


4月26日
何日か連続で風邪引き続けている。こんなことは久しぶり。体力は段々落ちるものなのか?

22日の徒然で書いた「博多ラーメンと熊本ラーメンの差」について、ブルースから教示があった。
わかりやすい部分で言うと、おろしニンニクを入れるのが博多(久留米)ラーメン、揚げニンニクを入れるのが熊本ラーメンとのこと。
その確認って訳でもないが、また、行ってみた。遅い昼飯で。
ところでそういえば、前回行った時カウンターの下の棚に本忘れてきたんだった。
ちなみに、24日に駅ビルで買った本と同じ作者である。
どうでもいいが。
飯喰った帰りがけに、「数日前、文庫本の忘れ物とかありませんでしたか?」
知らなそうなカンジ。
誰か見つけて、レジの奥にでも保管しててくれればと思ったが。
アレ!?
あった!
22日に俺が座ったカウンター席の、その下の棚のところに同じようにおいてあった。
・・・・・・4日間も??

4月24日
川崎駅ビルの有隣堂書店にて文庫本購入。
その際気づいた張り紙
当店は私服警備員常駐店です。ご安心してお買い物ください。
もちろん、本屋で警備員が私服を着ているかどうかなど、買い物客の安心とは何の関係もございませんね?
“アンタの判らない所で目を光らせてるぜ。万引きしたら一発で引っ張るからな!!”
とは、流石に角が立つのでこういう書き方になったのだろうが、それでも「ご安心ください」は言い過ぎだろう。
ウソだろう。
「万引きの方は不安がって下さい」だろう、むしろ。

4月22日
件の熊本ラーメン、食す。
孫子の兵法に曰く、敵を知り、己を知れば百戦して危うからず、と。
しかし、俺には熊本ラーメンと博多ラーメンの区別がつかない。
とんこつスープ、細麺、きくらげって、いっしょじゃん。
だが、しかし、この店には絶対的に“熊本ラーメン”を名乗れる根拠が、ある!
熊本ラーメン(材料は全て熊本からの直送品を使用しています)
え!?
関係あるの?
関係ねーだろ!
ただ、ラーメンは旨かった。
脂ばっかで出汁の出てない流行のナントカ系ラーメンよりはよっぽど。
4月21日
1月31日の徒然で、池袋の客家料理屋が熊本ラーメンの店になっていたことを紹介した。
俺ん家の近所でも、中華屋が潰れ、そして熊本ラーメンの店になってしまっていたのだった。
熊本ラーメンは中華屋を押し潰しながら、関東に根を張りつつあるのだろうか?
肥後もっこすの陰謀は、首都圏を制覇してしまうのだろうか?

4月19日
17日はクレヨンしんちゃん夕陽のカスカベボーイズを見る。
確かに面白いし、痛快で大笑いもしたが、しんちゃん映画としてはむしろ凡作の部類。
評点が辛いのは、俺がしんちゃん・ザ・ムービーのシリーズを邦画の最高峰に定義しているからであって、今までのしんちゃん映画との比較でなく、映画単体の絶対評価で言えば間違いなく傑作の部類に入る映画。
お子さんをお持ちの皆さんは手を引いて見に行こう。
そうでない皆さんは、一人でもいいからとにかく見に行こう。

17日の夜と18日と続けて運動をしたら、19日は左肩の後が妙に張って痛い。筋肉痛のような、ちょっとは気持ち良く感じるような痺れるような痛みでなく、筋が攣る前のようないや〜な痛み。
一日で消えてくれればいいが。
4月15日
塊り肉、無し。
あれから何度か肉屋を回ったが、スライス、切り落としはあれど、塊りは無し。
何故だ?需要が無いのか?

さて、それはそれとして、屋台でメロンパンを食す。
縁日とかで焼ソバやフランクを売っているような、アノ類の屋台で幟に「メロンパン」とあるのを川崎駅前で発見。
仕事の関係で昼飯も喰えずにいた午後だったので、好奇心も手伝い、ふらふらと屋台前に。
焼きたて。
ガスボンベが見えるので、後にガスオーブンがある模様。天板に乗せた焼きたてメロンパンが、無造作に並べられている。
種類は2つ。プレーンとチョコチップ。こういうときはまずベーシックなのをいただくのがジャングルの常識。
「この、普通の1つ」「はい、120円です」
しかし、そこは焼きたて!香りが尋常じゃあない。
焼けたチョコレートの、あの香ばしさの破壊力。ご存知か?
とてもじゃないが、とてもじゃない。
「スンマセン、やっぱりチョコの方にして下さい」
すっげえホカホカ。おまけに、表面が固い。袋に入って売ってるメロンパンは、心持ちしっとりしていると思うが、この焼きたてはサクサク。
ウマイ!
表面はバリバリサクサク。内側は、餅っぽいと思うほど柔らかく、なおかつふわふわ。
口中に広がるこの、香りと食感のハーモニー。
パンは焼きたてがウマイのは当然だが、メロンパンは更にそうだ。
何故、俺はもっと早く、焼きたて!メロンパンを喰っていないのか?
みんなも、メロンパン屋台見たら、即買いをお奨めする。
そして、その場で食べることは必須と言わせてもらおう。

4月12日
ステーキが喰いたくなった。
でも、焼いただけの肉の塊に高い金払いたくないので、肉を買って焼くことにした。
前もやったのだ。オージービーフの肩ブロック、ガッツリ買ってガッツリ焼く、というのを。
ステーキに「柔らかさ」を求めないので、肉汁さえ出ればいいので、なにも高い肉を買う必要もねえのだ。
無かった。
ニュークイックに塊り肉が無かったよ。
前は、パックして特売コーナーにゴロゴロ転がってたってのに。
狂牛病騒ぎはオージービーフには影響ないはずだが・・・
しょうがないので、代わりにソーセージを買ってみる。
明日は、もっと早い時刻に肉屋に行ってみるかな。
4月10日
JJ機関は海外で苦しむ日本人を政府にかわって救う機関
部下は命をすてて戦う男たち
世界のどこかで日本人が苦しめられていると聞けば
24時間以内に飛んで行く・・・世界の果てでも・・・
そして・・・どんな汚い手段を使ってでも日本人を守るそれがJJ機関だ!!

「優しい鷲JJ」望月三起也著 より

特に意味はないが、タイムリーなので引用しておく。
さて、ところで、
柳葉魚食す。
シシャモを漢字ではこう表記するらしい。
北海道は鵡川産のホンモノのシシャモらしい。
普段我々が喰っているのはほとんどがカナダ、ノルウェー産のカペリン。
その、カペリンとの違いを味わうために通販で注文してみた。3日で届いた。早い。
早いぞ、フーズフーズ(http://www.foods2.com/)
雄、雌、両方あり。オスはメスより一回り大きく、メスはカペリンと同じくらいの大きさだが腹があれほどボテっとしていない。
説明書きどおり、軽く焙っていただく。
ウマイ。
カペリンよりも、脂がのってジューシー。身も食べでがあって、そして香ばしい。
較べてしまうと、カペリンは干し過ぎた干物の印象が強くなってしまうだろう。
ただ、当たり前だが本シシャモは、高い。一尾辺り180円くらいの計算だ。
そして、カペリンの方が卵が多い。卵の食べではカペリンの方がいい。
特に、ししゃもをタラコやイクラと同じような魚卵モノとして楽しみたい人にはやはりカペリンがお奨めだ。
魚としては圧倒的に本シシャモ。卵ならカペリン。総合すれば、安い分カペリンがお得に決まっている。
カペリンが日本全土を席巻した訳がわかるよ。
もっとも、無理に較べるのは無意味かもしれん。イワシとタイを較べてもしょうがないのと同じで。
4月9日
最近思ったこと。
食卓には汁が必要だということ。
この汁と言うヤツ、もっと端的に言えば肉汁が必要だということ。
獲物が獲れればジュウジュウと脂の染み出る焙り肉を一族総出で食べていた太古から、この、たんぱく質と脂の溶け込んだ汁の口中に広がる幸せを、人は求めて過ぎたのではないか?
俺がココでよく書く「温かいとうまいと思う信仰」も、肉の中に肉汁が溶け出している温度を好むことが始まりであったろうし、食卓に上るスープ類はまさしく、この肉汁をお湯に混ぜたものに他ならない。
日本では、昆布という非動物性食材による肉汁の代替汁が多く使われるが、やっぱりアラ汁、とかの魚肉の肉汁を溶け出させた汁のほうが好きなんだと思う。
そういう意味で、ラーメンが日本を席巻した理由に、この塩と脂を使いまくり、血と脂の充分に染み出した取れたての肉汁を再現したことが、人間の本能に触れたんだなあと思うのだ。
4月7日
夕陽の春日部ボーイズ
毎年恒例、クレヨンしんちゃん・ザ・ムービー。今年は西部劇の模様。
西部劇もしんちゃんも大好きなので楽しみです。
昔、西部劇が好きで見まくった時期があった。特にマカロニウェスタン。
“マカロニ”とは、イタリア製西部劇に日本の映画評論家がつけたものらしく、アメリカではスパゲッティ・ウェスタンというらしい。どっちもどっちだが。
精神性のない、残酷なだけのバカバカしさが受けたのだと、評論家は言う。
馬鹿な、と思う。中学生の俺はマカロニでニヒリズムを学んだのだ。
マカロニにないのは精神性ではなく、思想性だろう。確かに、古いアメリカ映画に必ず見え隠れする“フロンティアスピリット”が、マカロニにはない。西部劇をアメリカ開拓史と絡めて語るコトしか知らない映画評論家では、確かにマカロニを無意味、と評価するしかないだろう。
まさに、ココの開拓精神ってやつが、俺が古いアメリカ西部劇を嫌いなわけなんだが。
特にジョン・ウェインとか大嫌いなわけなんだが。
春日部ボーイズは、無意味で精神性のないウェスタン・アクションを、俺に見せてくれるだろう。
楽しみだ。
そして、ニヒリズムではなく、笑いを。
4月4日
花見の予定が、集合中にポツポツ来始めたため、急遽変更。どっちにしても、寒すぎて花見どころじゃあないが。
俺と、親分、すの字、ブルース、杉並、それと近畿から旅してきた久しぶりのふなっとぴんから。さらに、2人が連れてきたもっともっと若いゲスト2人の、計9人。
恒例の花見にこんなに集まるというのは素晴らしいことです。
花見はしなかったけど。
あ、いや、しました、しましたよ、花見。
遅刻者を待つために入った喫茶店から、公園の桜が数本見えたから、親分が、
「お、桜だ、桜。…見たか?はい、花見終了」とのこと。
若すぎる2人が帰った後、7人で夕飯。
雨降りだったので、歩くの省略。久しぶりに喰い物市場TAPAへ。
ドクターストップ中の親分を気遣ったメニューを集中的に注文していたつもりだが、そのルールは徐々に崩れだす。
崩した急先鋒は当の親分だ。
いつものことだが、体、大事にしろよ!

帰り着いた川崎駅で、何やら子供が泣きながら母親に腕を引きずられるようにしているのを発見。
子供は懇願している様子で、嫌な気持ちになる。
子供であるということは、惨めなことだ。
人一倍の欲望を持ちながら、それを達成する自働能力が著しく低いのだ。
自然、身近な大人に頼らざるを得なくなる。
それは自分ではできないことと見切りをつけられるニヒルな性格であればともかく、そうでなければ実も世もないほどの懇願、土下座でも何でも簡単にするような気持ちにならざるを得まい。
それは、今思うと惨めな立場であったな、と思う。
大人になると、それは忘れる。相手が惨めであることに思い至れなくなる。
それがまた、子供の惨めさに拍車をかけるのだ。
勿論、大人がこの惨めさを汲みすぎて言うことばかり聞いてたら、子供は欲望に見切りをつけるニヒルを持たずに成長し、惨めな大人になってしまうのだろう。
それは、あまりにも悲惨すぎる。
4月1日
バカの日。
毎年のび太がジャイアンたちを騙そうとして果たせない日。
イギリスとかでは大新聞までがウソ記事を1面トップに持ってきて、「やっぱり欧米人は粋」とか言われるのに日本で真似すると「ふざけてる」とか言われる日。
今年も、大きな嘘はつきませんでした。
だって、いつもウソついてるもん。
職場で、「どうしていつもウソばかり吐くんですか?」と言われたこともある。
ウソじゃあないんだ、冗談だ。だって、「妄想特急」なみの荒唐無稽薀蓄を、ちょっとマジメな顔で 言うだけなんですよ。
うそじゃあないんだ、うそじゃあ。
たまに、妄想以上に荒唐無稽な実話を混ぜるのがいかんのだろうか?
「やるな、ブライト。妄想の中に一つだけ事実を混ぜるとは!」

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