寓話 猫の事務所
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大きな事務所のまん中に、事務長の黒猫が、まっ赤な羅紗をかけた卓を控えてどっかり腰かけ、その右側に一番の白猫と三番の三毛猫、左側に二番の虎猫と四番のかま猫が、めいめい小さなテーブルを前にして、きちんと椅子にかけていました。 ところで猫に、地理だの歴史だの何になるかと云いますと、 まあこんな風です。 事務所の扉をこつこつ叩くものがあります。 「はいれっ。」事務長の黒猫が、ポケットに手を入れてふんぞりかえってどなりました。 四人の書記は下を向いていそがしそうに帳面をしらべています。 ぜいたく猫がはいって来ました。 「何の用だ。」事務長が云います。 「わしは氷河鼠を食いにベーリング地方へ行きたいのだが、どこらがいちばんいいだろう。」 「うん、一番書記、氷河鼠の産地を云え。」 一番書記は、青い表紙の大きな帳面をひらいて答えました。 「ウステラゴメナ、ノバスカイヤ、フサ河流域であります。」 事務長はぜいたく猫に云いました。 「ウステラゴメナ、ノバ………何と云ったかな。」 「ノバスカイヤ。」一番書記とぜいたく猫がいっしょに云いました。 「そう、ノバスカイヤ、それから何!?」 「フサ川。」またぜいたく猫が一番書記といっしょに云ったので、事務長は少しきまり悪そうでした。 「そうそう、フサ川。まああそこらがいいだろうな。」 「で、旅行についての注意はどんなものだろう。」 「うん、二番書記、ベーリング地方旅行の注意を述べよ。」 「はっ。」二番書記はじぶんの帳面を繰りました。 「夏猫は全然旅行に適せず」するとどういうわけか、この時みんながかま猫の方をじろっと見ました。 「冬猫もまた細心の注意を要す。函館附近、馬肉にて釣らるる危険あり。特に黒猫は充分に猫なることを表示しつつ旅行するに非れば、応々黒狐と誤認せられ、本気にて追跡さるることあり。」 「よし、いまの通りだ。貴殿は我輩のように黒猫ではないから、まあ大した心配はあるまい。函館で馬肉を警戒するぐらいのところだ。」 「そう、で、向うでの有力者はどんなものだろう。」 「三番書記、ベーリング地方有力者の名称を挙げよ。」 「はい、ええと、ベーリング地方と、 はい、トバスキー、ゲンゾスキー、二名であります。」 「トバスキーとゲンゾスキーというのは、どういうようなやつらかな。」 「四番書記、トバスキーとゲンゾスキーについて大略を述べよ。」 「はい。」 四番書記のかま猫は、もう大原簿のトバスキーとゲンゾスキーとのところに、みじかい手を一本ずつ入れて待っていました。 そこで事務長もぜいたく猫も、大へん感服したらしいのでした。 ところがほかの三人の書記は、いかにも馬鹿にしたように横目で見て、ヘッとわらっていました。 かま猫は一生けん命帳面を読みあげました。 「トバスキー酋長、徳望あり。眼光炳々たるも物を言うこと少しく遅し ゲンゾスキー財産家、物を言うこと少しく遅けれども眼光炳々たり。」 「いや、それでわかりました。ありがとう。」 ぜいたく猫は出て行きました。 |