罪深き絆

 

第三章・炎心・8

 






 この夜が二度とないことは、ふたりとも知っていた。
 短い時間だからこそ、いとおしみ、思いの丈を一挙一動に込めて触れ合う。
 ………俺は忘れない、オスカーはそう思った。
 俺の愛する人は、この人だけだ。
 言葉を交わさずとも、ジュリアスが同じ気持ちでいることがわかる。
 甘い香りを放つ髪を咥え込み、奥にある耳を探り当てる。
 甘い吐息を放つ口唇を深く貪り、体中に所有の刻印を刻み付ける。
 ふたりの心と体が一体化した瞬間、言いようもない幸福感が駆け巡った。








 翌朝目覚めたオスカーは、寝台の傍らに立つジュリアスの姿を見つけて幸福そうに笑った。
「おはようのキスはしてくれないんですか?」
 ジュリアスは上体を屈めて、そっと口唇を重ねてきた。オスカーはジュリアスの体を引き寄せると、そのままふたりは早朝の愛をゆっくりと交わした。
 オスカーは陽光に照らされたジュリアスの裸身に見とれながら、熱い口づけをその上に降らし続けていた。
 数刻後、ジュリアスは身支度を整えながら、オスカーに向き直った。
「オスカー、私は生涯娶らぬ」
「ジュリアス様…」
 まるで人事のように、ジュリアスは告げた。
「このことは前々から考えていた。私を最後にこの血脈を断ち切るのだ。幸い前当主のご子息はまだ年若い。私は彼を養子に取ることにした」
「………………」
 オスカーは複雑な気持ちで、聞いていた。
「そんな顔をするな、お前のせいではない。ずっと考えていたことだ」
 そう力づけるように笑う。
「…だが……お前と再会したことで、ようやく決心がついた。……私は、私も…」
 ジュリアスは言いよどみ、ためらいを見せた。
「私はお前を愛しているから、もう誰も愛することが出来ぬ。……私は幸せだ、再びお前に会えるなどと、思ってもみなかった。…天に、天に感謝する」
 オスカーはその時、ジュリアスがこの館でずっと孤独であったことを、直感した。人々は元“光の守護聖”を遠巻きに見つめるだけだったらしい。無理もない、守護聖であった頃から、この人は近寄りがたい雰囲気を身に纏っていた。
 オスカーは腰に差していた剣をジュリアスに差し出した。
「ジュリアス様、これをお受け取り下さい」
「……オスカー、貰えぬぞ、これはそなたが故郷から持って来た。命の次に大切な剣ではないか。気持ちだけで充分だ」
 ジュリアスは首を振り、差し出された剣を押しやった。
「いいえ、俺は去りますが、これからは俺の分身であるこの剣が、あなたをずっとお守り致します。離れていても、俺は常にあなたと一緒です。………永遠の愛と忠誠とともに」
 オスカーは跪き、再び剣を差し出すと、ジュリアスは感無量の面持ちで受け取った。
「…重いのだな。わかった、この剣はしっかと預かっておこう。そしてお前は、私のこれを預かっていてくれ」
 剣を抜いたかと思うと、背中に流れる黄金色に波打つ髪をバッサリと切り落とした。
「ジュリアス様っ!!」
 驚いて叫ぶオスカーの手のひらに、一房の髪を置いた。
「これを、私だと思うように」
 オスカーは震える手で握り締めた。
「承知しました。お預かりします」
 その日が決して来ないことは、ふたりとも知っていた。





 オスカーが聖地を去る日も、また快晴だった。
「寂しくなりますね。これでわたくしが聖地に来たときにいた守護聖はいなくなりました」
「そうだな、だがランディやマルセル、ゼフェルも一人前だ。俺たちの出る幕はもうないさ」
「…そうですね、わたくしもここを去る日は、近いようです」
「…そうか。予兆はあったのか?」
 コクリと水の守護聖は頷き、銀青色の髪が揺れる。
 「なあ、リュミエール。お前とは決して仲良しだったとは言えなかったが、……俺はお前のことが好きだったよ」
 オスカーは照れながらそう言った。
「ええ、わたくしもあなたのことは決して、嫌いじゃなかったですよ」
「チェッ、最後まで憎まれ口を言ってやがる」
 オスカーは赤い髪を掻き毟った。
「これ以上あんたと話してると、ケンカになりそうだ。そうなる前に退散するとするか。…じゃあな」 「さようなら、オスカー」
 軽くオスカーは手を振って、聖地の門を出た。
「さてと…、これからどうするか」
 聖地の門を出たオスカーは荷物を置いて、腕組みをして考えた。
「………オスカー様ですね?」
 声をかけられて振り向いたオスカーは驚いた。後ろにに立っているのは、金色の髪の青年、その碧い瞳はオスカーを見つめている。
(……ジュリアス様? まさか…)
「これを…」
 青年は古ぼけた、しかしよく手入れのゆきとどいた剣を差し出した。
「当家の言い伝えで、炎の守護聖様が退任される際にお返しするよう、命じられて来ました。どうぞお納め下さい」
 それはあの日、ジュリアスのもとに置いてきた剣だった。
(…………そうか、だからこんな錯覚が)
 よくよく見ると青年の髪は、少しくすんでいるし、瞳も緑がかっている。
「…いや、いいんだ。この剣は差し上げたものだ。それに俺が持っていても、今どき剣なんて流行らないしな。君が持っていたまえ」
 オスカーがそう言うと青年は頬を紅潮させて、何度も何度も礼を言うと、馬車で去って行った。オスカーは遠ざかる馬車を万感の思いで見送った。
「…ったく、あなたって人は、変なところが律義なんだから……」
 胸元からペンダントを取り出し、そう話しかけた。
 ペンダントを開くと、黄金色の髪が光を受けてキラキラと煌いた。
(     いつまでも、輝きを失わないものはある     )
 オスカーはそう心の中で呟くと、ペンダントをそっと閉じた。
 足元の荷物を持ち上げると、一歩足を踏み出す。日差しがオスカーの背中に降りかかった。その暖かさを感じながら、オスカーは力強い足取りで歩き始めた。









このエピソードで『罪深き絆』は完結です。ともあれ、初めてのシリアス挑戦。初めてのオフセット誌。暖めていた題材を吐き出した満足感と、みんなに受け入れてもらえるのかとドキドキしたものでした。読者の方からの反応はあまりなかったのですが、オスジュリの仲間の人たちに暖かい言葉をいただいて、力づけられました。
そしてまだまだ力が及ばなくて書き足らなかった部分を、『光の行く道標』として、今度はジュリアスの視点で書いてみました。まだ、この頃は『緋の輪郭』がでてなくて、『無限音階』だけの設定ですが、その点はご容赦下さいね(汗)。

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