罪深き絆

 

第三章・炎心・7

 



 オスカーは立ち尽くしていた。
 彼のいる場所、主星の首都の豪華な屋敷の前に立ったまま、三刻の時が過ぎようとしていた。  勢いよく聖地を飛び出して来たのはいいが、特に規律に厳しかったジュリアスが自分に会ってくれるだろうかと、不安も込み上げてくる。
 既に夜も更けて、辺りは静まっている。やはりこのまま帰ろう、今更どうなるんだと思い引き返そうとした時、ほのかに浮かび上がる窓の明かりが視界に入ってくる。オスカーの脳裏に、あの夜、聖地のジュリアスの館の窓の明かりが浮かび上がった。ジュリアスに何も言えなかったあの夜の、明かりが………。
 オスカーは意を決して、屋敷の呼び鈴を鳴らした。





 通されたのは、屋敷の外観にも劣らないほどの見事な設えの居間。執事が去った後ひとり残されたオスカーは、まじまじと室内を観察した。聖地の宮殿以上に豪華な住まいに、思わず感嘆が漏れる。
 これが、ジュリアスの生家。
 つくづく自分とは住む世界が違うのだと思い知らされる。
 オスカーの心に再び後込みする気持ちが沸いてきた。このまま何も言わずに帰ってしまおうかと考え始めた時、扉が開かれた。
 屋敷の主は寝ようとしていたところだったらしく、ゆったりした夜着の上にガウンを纏い、その背中に無造作に輝く金髪を流していた。部屋の中央にいるオスカーを少し咎めるような瞳で見つめる。
 真っすぐな視線、強い光を称えた碧い瞳。
 以前と寸分違わないジュリアスの姿がそこにあった。
(……いや、違う。俺は、俺は、この人がどんなに美しいか忘れていた。この人こそ光の化身だ。守護聖であることをやめてもそれだけは変わらない)
「それで、何用だ」
 無言で突っ立ったままのオスカーに向かって、重々しい声で言う。
「あっ、あの、ジュリアス様。ご婚約おめでとうございます」
 そう言ってオスカーは頭を下げた。
(ま、間抜けだ〜こんなこと言うつもりじゃないのに)
 内心冷や汗を掻きながらオスカーは作り笑いを浮かべた。ジュリアスは一瞬驚いた表情をし、次はいきなり笑い出した。
「そなたはそんなことを言いに、わざわざこんな深夜に訪ねて来たのか? 生憎だな、それはただの噂だったのだ。そなたは一体いつ聞いたのだ? もう半年も前の話だ」
 可笑しくてたまらないというようにジュリアスはオスカーを見つめた。
「………先週のことですけど」
 情けない声でオスカーはそう答える。
「そうか…。聖地と外界では時の流れが違うから、無理もないな」
 くっくっとまだ笑いをこらえ切れないようにジュリアスは言った。
 自分が躊躇していた間にも、外界では確実に時間は無情に流れていたようだ。
 こんな柔らかな笑い声をだすジュリアスをオスカーは知らない。この人はもう自分とは違う時間を生きているのだ。
 オスカーは勇気を振り絞った。
「違います、ジュリアス様。実は、その、私はあなたに言い忘れたことがあったんです。どうか、どうか聞いていただきたいのです」
 オスカーの真剣な様子に、ジュリアスは冷静に続きを促した。
「……言ってみろ…」
 「私は、あなたを尊敬していました。炎の守護聖として、あなたの片腕として支え、手助けをすることが私の喜びでした。光の守護聖として我々の中心で燦然と輝くあなたをどんなに誇らしく思ったことでしょう。………しかし、オスカー個人としては…。俺はその輝きを自分だけのものにしたかった。あなたはいつのまにか俺にとって目標でなくなっていたんです。…自分でも気がつかないうちに、どうしようまないほどあなたを愛してしまったんです。守護聖としてではなく、一人の人間として………」
 オスカーは熱い視線をジュリアスに注いだ。
「こんな事を言うとあなたはお怒りなるかも知れませんが…。実のところ、俺は守護聖になるために生まれたんじゃなくて、あなたに会うために生まれたんだって。……あなたに出会うためだけに守護聖になったんだと」
 オスカーは一歩、一歩とジュリアスに近づいた。
「触れさせて下さい、あなたを。感じさせて下さい、あなたが目の前にいるということを」
 無言のままジュリアスの体をそっとを引き寄せて、その胸に抱きとめた。
「………ジュリアス様、愛しています」
 まるで離してしまうと消えてしまうかのように、オスカーは強くジュリアスを掻き抱いた。
「……痛い、そんなにきつく締め付けると息ができぬ」
「すっ、すみません。ついっ…」
 くぐもった声に、オスカーは慌ててジュリアスを放した。
「…そなたは、謝るようなことをしたのか?」
 ジュリアスは問い返す。
「まあよい」
 ジュリアスは柔らかい笑い声をたてると、自分からオスカーを引き寄せた。
「そなたの想いとやらを証明してみせてくれ。私とても守護聖という制約が取り払われてから、気づいたことがある。そなたが私の側にいない事実にどうしても慣れることができぬ。他の誰も、そなたの代わりは務まらぬのだ。…………どうやら、そなたがいないことに堪えているらしい。オスカー、これの気持ちは愛と言えるのだろうか、そなたがここにいるだけで、とても心強い。こんな気分は久しくなかった。……もっと早くこのことに気づいていれば、……馬鹿だな、私は」
 ジュリアスの手がオスカーの肩から背中へ、優しく滑り降りた。
「………いいえ、ジュリアス様。これでよかったんだと思います。やっぱりあなたはあくまでも誇り高い光の守護聖であるべきだったんです。俺はあなたにはいつも輝いていて欲しかった。俺なんかが汚しては、駄目だったんです」
「では、ただの人間になった私なら、汚してもいいと言うのか?」
 オスカーの言葉尻を捕らえて、少し拗ねたようにジュリアスがそう言う。オスカーは心外だと言わんばかりに首を振った。
「まさか、俺はあなたの嫌がることは決してしません。……でも、よろしいんですか?」
 ジュリアスはこくりと頷いた。そしてオスカーの手を取ると、屋敷の奥に誘った。


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