罪深き絆

 

第二章・波紋・1

 



 宇宙全体を覆っていた滅びの波動が消え去った後、聖地は再び平穏な日々を取り戻した。負傷したランディとリュミエールの傷も癒え、守護聖も以前と変わらない日常生活に戻った。
 リュミエールはいつものように宮殿内にあるクラヴィスの執務室を訪れる。部屋の主は奥の私室でタロットカードを操っていた。
「何を占っていらっしゃるのですか?」
「………」
 クラヴィスはリュミエールを無言で一瞥すると、再びカードに注意を戻し、一枚、一枚とテーブルの上に並べていった。
 リュミエールは軽く微笑み、テーブルの向かいにある長椅子に座って、竪琴を奏で始めた。リュミエールが聖地に来てから、幾度となく繰り返されてきた光景。
 しかし今日はいつもと何かが違った。
 リュミエールが奏でる調べはどことなく物悲しさを秘め、その瞳はその想いを覆い隠すように伏せられていた。何事にも無関心なクラヴィスは気にならないのか、カードを操る手を休めようとしない。
 クラヴィスの掌からはらりとカードが滑り落ちた。リュミエールは自分の足元に落ちたカードに何げなく注意を向け、はっとなった。
 “塔”のカード。落雷が直撃し、塔が崩壊している絵が目に入る。
 リュミエールは演奏を止めてクラヴィスを見る。淡い湖面の水色と紫水晶の瞳がつかの間、絡まり合う。クラヴィスは無言のまま立ち上がると、カードを拾いテーブルに並べ直した。リュミエールは凍りついたように、カードが落ちていた場所を見つめていた。
 滅びの波動は消え去ったというのに、なぜまたこのような不吉なカードが出てくるのだろう。別の意味、我々の宇宙が終末に近づいているという暗示なのか、女王の力が限界となっているのか、それとも自分の心の均衡が崩れつつあるのか、リュミエールにはわからなかった。
 ただ今朝、偶然立ち聞きした兵士たちの話が、リュミエールの心に重い影を落としていることは間違いない。
 クラヴィスが兵士に襲われたジュリアスを助けた、という話を………。
 守護聖として、互いに助け合う事は当然のこと。しかし、ジュリアスを無視続けていたクラヴィスが、ジュリアスの窮地を救ったというのだ。
 もし自分が同じ状況に置かれた場合、クラヴィスは救いの手を差し伸べてくれるのだろうか……。
 リュミエールは心の中に靄が大きく広がっていくのを感じた。
 軽く息を吐くと、演奏を再開する。
 しかし部屋に立ち込めている重苦しい空気は、清らかな旋律によっても拭い去ることは出来ない。暫くしてノックの音がし、パスハが執務室に訪れてきた。
 クラヴィスはカードを操る手を中断し、パスハと二言三言交わすと、一緒に部屋を出て行った。
 ひとり取り残されたリュミエールは、闇の空間であてもなく演奏を続けていた。

BACKNEXT