罪深き絆

 

第二章・波紋・

 



 ソファーにもたれ掛かっていたジュリアスは、ふと戸口に人の気配を感じた。
オスカーが戻って来たと思い、「下がれと言っただろう」と不機嫌に言った。
 返事がない。苛立たしげに顔を向けると、クラヴィスの姿が視界に入る。
  顔が途端に強ばる。
「何しに来たのだ、そなたには用はない」
 ジュリアスはクラヴィスを睨みつけた。
 クラヴィスはジュリアスの怒りを何食わぬ顔でやり過ごすと、ゆっくりと腕組みをした。
「……無断で人の部屋に入ったのは、お前の方が先だぞ」
 口の端を心持ち上げると、クラヴィスは部屋の中へ足を進めた。壁一面に広がる大きな窓から日差しに、眩しそうに眉をしかめた。光が目に入らないように、窓を背にして立ち、おもむろに口を開いた。
「言ったのだな…」
 その問いかけに、ジュリアスは静かに頷いた。
 クラヴィスは顔の表情は、光線の陰になって読み取れない。
「…何が言いたい」
 黙っているクラヴィスに、苛立った声でジュリアスは言った。
「いや……何も」
 クラヴィスは窓を見上げた。午後の陽光がクラヴィスの横顔を照らし出す。
「水晶球に映ったお前の光…いつもと違うな」
「私にだって、調子の悪い時くらいある」
「…それは違う。あの光には尊大さがない、お前らしくない」
 クラヴィスはくすりと笑いながら首を振った。
「私は尊大などではないっ…」
 ジュリアスは声を荒くした。
「そなたまで何を言い出すのだ。リュミエールにしろ、オスカーにしろ、今日に限ってなぜ私に構うのだ。一人にしてくれ」
 ジュリアスは額に手を置き、こめかみを摩りだす。クラヴィスはうすい笑みを浮かべた。
「…お前の悪い癖だ。必要なときに休養を取ろうとしない。休養を取ることは、恥ではない…」
「休みっぱなしのそなたに言われても、説得力がないぞ」
 二人は睨み合った。
 暫く睨み合った後、はっ、はっはっとジュリアスは笑い出した。自分たちの滑稽さがたまらなくおかしかった。
 笑いの発作が収まると、力無く項垂れた。
「……そうだ。私は逃げたのだ、あの時…」
 ジュリアスは自分一人に言い聞かせるかのように、小さな声で呟いた。
「宇宙の崩壊に怯え、過去に留まれば終末を見ずに済む。…そう考えたのだ」
 クラヴィスは押し黙ったまま、ジュリアスの話すままにまかせた。
「笑いたければ、笑うがよい。私もまた疲れたのだ。この運命の環が未来永劫途切れることがないことをを、そして周りの者の運命まで巻き込んでしまうことに」
「……お前は、あのまま消滅したかったのか」
 クラヴィスの問いかけに、ジュリアスは考え込んだ。
「そうとも言える。一つの時代に光の守護聖は二人いらない。ましてや両者とも原初の光、おそらく宇宙はその力を持て余し、どちらか一方を排除しただろう。………つまり部外者である私を」   ジュリアスは苦笑いを浮かべた。
「結局、私はあの時のそなたと同じだ」
 クラヴィスのから瞳を逸らしてそう言った。顔を背けたジュリアスは、とても弱々しく、儚く見えた。
「…お前らしくない。そのような世迷い言は、さっさと忘れるのだ。…さあ、休め」
 クラヴィスはジュリアスの額に手をかざし、闇のサクリアを送り込んだ。
「私たちは、どうしてこうなってしまったのだろう。…昔はそなたのことは、手に取るように理解できたのに。今は近くにいながら、遠い。我々は別の道を歩み始めてしまったのだろうか」
 安らぎに包まれながら、とぎれとぎれにジュリアスは言う。
「クラヴィス、…そなたを、愛することができればよかった……」
 眠りに落ちる瞬間、そう小さく囁く。クラヴィスは寝入ったジュリアスの体に自分のトーガを掛けた。
「出来ぬことは、言うな。……これが我らの定めだったのだ」
 ジュリアスの寝顔を見下ろしながら、やるせない想いを込めてそう言った。






 今夜は眠れそうにない、館に戻る道すがらクラヴィスは思った。
 日は陰り、黄昏が世界を支配する。これから闇の時間が始まるというのに、とてもくつろげそうにない。
 空に浮かび始めた星々が、去り行くクラヴィスの影を追い始めた。
 その夜、ジュリアスの夢は虚空を彷徨い、オスカーは闇の中に馬を走らせていた。竪琴を奏でるリュミエールの瞳は愁いを帯び、クラヴィスは瞳を閉じ、過ごした時を回想した。
 この苛立ちと不安は、聖地中を満たしていた。宇宙の終末は現実のものになろうとしていた。






 翌朝、女王の招集で守護聖全員が招集された。そして正式な発表がなされた。
 女王が近々退位し、女王試験が行われるということを。



この話をですね〜〜書くのにものすごく苦労しちゃいましたよ(汗)。本当は
『罪深き絆』は1996年末の冬コミで発行したかったんですよ(涙)。それが
延びてしまったのは、いきなりリュミエール様が変な行動を起こしてしまった
から(爆)。だから諦めて、冬コミは突っ走ったままのリュミ様でコピー本を出
して、思いっきり顰蹙ものでしたよ(笑)夏コミではオフセットで出しちゃうしね。
なにかに、いや、リュミ様に取り憑かれていたワタクシ。そのうちアップする
ので石、投げて下さいね(死)。この章はインターバルの章ですね。ラストへの
つなぎとなります。いよいよオスカーが出てきました。彼の活躍は今後です。


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