水底の虜囚

 

最終章・炎の傷痕・1

 




 部屋にはねっとりした濃密な空気が漂っていた。  
「…うっ……ん…」
 ときおり押し殺した声と、荒い息遣いが吐き出される。

 ここはリュミエールの館の奥深い場所。
 薄暗い部屋の寝台の上、ジュリアスはその艶やかな黄金色の髪を乱して横たわっている。  
「これでもまだ辛抱しますか? …強情な、意地を張り続けると、これからどうなるのか、あなたが一番知っているはずですよ」
 リュミエールはジュリアスを見下ろした。ジュリアスはその視線から目を逸らす。リュミエールは目を細め、意地の悪い笑みを口の端に浮かべた。  
「……ふふっ淫乱な…。あなたは待っているのですか? いいでしょう、お望み通り始めさせていただきます」
 リュミエールはのしかかるのをやめて立ち上がると、絵の道具の用意を始め出した。  
「ジュリアス様も準備をお願いします」
 寝台の上に仰向けに横たわったまま、ジュリアスは無言で乱衣服の前を開いてゆく。
 しだいにあらわになる白い裸身が目に飛び込んでくる。リュミエールは感嘆の面持ちで息を吐いた。ジュリアスの造形の見事な美しさには、何度見ても驚かされ、新鮮な感動を与えられる。
 あの常に威厳に満ちたジュリアスが、自らリュミエールに全てをさらけ出すのだ。
 ………正直言って、これはたまらない。  リュミエールは絵筆を手に取り、寝台のジュリアスに近づいて行く。
 これから起こることを想像して、ジュリアスの体が戦きだしているのを、リュミエールは敏感に感じ取る。  
「よろしいですか」
 そう優しくリュミエールは言うと、ジュリアスの口唇の形を確かめるように、筆でなぞりだすと、ジュリアスの頬がピクッと動いた。
 そのまま口唇の中を筆で探ると、固く噛み締められた歯に遮られ、それ以上奥に進めない。少しためらったのち、執拗に歯茎を撫でる。  
「さあ、口を開いて……」
 異物感と、目覚めていく感覚に耐えられないように、ジュリアスは口を開いた。  
「………やめっろっ…」
 弱々しく、抵抗の言葉を吐く。
 リュミエールはその懇願を無視した。むしろ待ってましたとばかりに、口内に筆を滑り込ませると、思うまま蹂躙を開始する。逃げる舌を捕らえかき回し、上顎の肉を繊細な動きでそっと撫で上げる。
 ジュリアスはガクガクと体を震わせ始める。リュミエールはその反応に笑うと、重いきり筆を喉の奥に突き入れた。  
「ぐうっ……っ…」
 ジュリアスは嘔吐しそうになるが、リュミエールは何度も何度も突き、奥を撫で回した。
 これは辛い。だが喉の奥の内壁をなぞる筆毛の柔らかさが、それとは別にゾクゾクした感触を彼に与える。
「苦しいだけでは、ないようですね」
 リュミエールは涙に霞んだジュリアスを見つめて、耳元に囁きかけた。
 ジュリアスの口からは、くぐもった声と滴が溢れ出す。
 リュミエールは筆を中から取り出すと、唾液がねっとりと糸のように、追いかけて光る。リュミエールはその濡れた筆でジュリアス自身をそっとなぞると、それはしだいに息づき始める。  
「……っ…はぁあ…」
 リュミエールはそこを何度も何度も執拗に責めると、ジュリアスあえなく陥落した。  
「あぁっ……!」
 放たれた白い液体が、リュミエールの手と筆を濡らし、ぐっしょりと筆の先から滴がしたたり落ちる。濡れていない方の手で後方を確かめると、濡れた筆をその中に突き入れた。
 ジュリアスの白い背中が反り返った。
 リュミエールはジュリアスの反応を見届けながら、中の構造を確かめるように筆でそっと掻き回し始める。ジュリアスはもう何が何だかわからなくなり、リュミエールのなすがまま流されていった。
 そうして一際大きな声をあげると失神した。

 チガウ、コンナツモリジャナイ

 気を失ったジュリアスを無表情に見下ろすリュミエールの耳に、抗議の声が聞こえてくる。

 ワタクシハ、ナニヲ……

 これは心の中から発せられた声。

 マチガッテイル、ヤメナケレバ

 リュミエールは耳を塞ぐと、その声を追い出すように頭を強く振った。  
「……わたくしが望んだことなのです。こうでもしないと触れることさえ出来なかった…。こうするしかなかったんです」

 ソレハ、チガウ、マチガッテイル  

「止めて下さいっ!」
 リュミエールは叫んだ。  
「わたくしは永遠を手に入れたのです。邪魔はさせません。誰にも渡しません。これはわたくしのものなのです」
 ジュリアスの上気してローズピンクに染まった肌、荒い息を吐く濡れた口唇。
 他の誰も知らないジュリアスの姿。
 リュミエールは浅く上下する胸に、恐る恐るそっと口唇を寄せた。  
「……うっ…」
 その感覚に反応したジュリアスが意識を戻し始める。リュミエールは素早く離れると、新しい筆を手に取ると、描きかけのキャンパスの前に陣取った。
 リュミエールはあの日以来、直接ジュリアスに触れていない。
 彼はジュリアスを抱くことよりも、この瞬間のジュリアスを絵に描くことに情熱を傾けている。
 だがどんなに頑張っても、完全に捕らえきることができない。さまざまな手段で導き出しても、いざ描こうとする段階になると消え去ってしまう。
 目の前でみるみると収まっていくのだ。所詮同時進行は無理なのだろうか。  
(ここまでが、限界なのでしょうか……)
 リュミエールは次第に焦りを感じ始めていた。


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