水底の虜囚 |
最終章・炎の傷痕・2 |
目の前の人をオスカーはじっと見つめる。 最近どこか物憂げな暗い陰を、彫刻のように整った顔に浮かべている。 聖地にやってきてから、オスカーはジュリアスだけを見つめてきた。 右腕として常にサポートし、彼のことなら何でも知っているつもりだった。 そう、知っているつもりだったのだ。 しかし、このところジュリアスはどこかよそよそしい。遠乗りに誘っても断られる。館に訪ねて行っても会ってもらえない。執務室でしか会うことができない。その執務時間中でもどこか上の空だ。 ジュリアスらしくない、とオスカーは心配した。 何があったのだろう、力になりたいと気遣う気持ちと裏腹に、ガラス細工のように精巧で透き通った美貌が青白く輝く姿はどこか儚げで、いつまでも見つめていたいとも思ってしまう。 悩み事があろうとも、誇り高いジュリアスのことだ他人に相談などしないだろう。 これまでジュリアスに出来ないことなど何も無かった。 自分の出番はないとオスカーは思っていた。 そう、昨夜までは。 深夜の外出の帰り道、オスカーはリュミエールの館から、一台の馬車が出て来るのを見た。見間違うことないジュリアスの馬車が。 そのまま愛馬を駆って追いかけると、馬車は案の定ジュリアスの館に入って行った。 馬車は灯りの灯った玄関に止まり、扉が開きジュリアスの姿が中から出てくるのが見える。遠目でも豊かな黄金色の髪が、月の光を受けて煌めいている。 ふとジュリアスは視線を感じたように振り向いた。 暫く訝しげにオスカーの潜んでいる所を見つめ、ふいっと踵を返すと館の中に姿を消して行った。 オスカーは血が滲むほど手を握り締めていた。 ジュリアスのかすかに上気した頬、長い金髪が肩からはらりと滑り落ちる。 まるで情事の後みたいだ。 遠くだろうが夜目だろうが、愛に長けたオスカーにはそれが手に取るように理解できる。 (ジュリアス様とリュミエールが?……) まさかと思いながらも、ジュリアスが深夜リュミエールの館から出てきたという事実は動かしがたい。 オスカーの心の中に大きな疑惑が育ち始めた。 |