水底の虜囚

 

 最終章・炎の傷痕・7

 



 ジュリアスは夜の聖地を歩いていた。
 馬車を先に帰し、供も連れずひとりきりで歩く。

 今夜の出来事は、何だったのだろう。
 麻痺してしまったような頭で思い返す。

 オスカーが、オスカーが、あのような振る舞いを自分にするなんて。
 そしてそうしたいといつも思っていただなんて。
 自分はオスカーの何を知っていたのだろう?
 リュミエールはともかく、常に行動を共にしてきたオスカーの考えていることがわからなかったとは……。

 瞳を閉じるといつものオスカーの声が聞こえてくる。
『ジュリアス様、夜道の独り歩きは危ないですよ。館までお供しますよ』
 ジュリアスは頭を振ってその声をかき消した。

『……御褒美を下さっても、いいじゃないですか』
 オスカーの低い声。

怖かった。
 肉体的にも、もちろん怖かったが、それ以上にオスカーの冷たい炎を宿した瞳が怖かった。
 そして悲鳴をあげ続ける自分を見つめるリュミエールの澄んだ湖面を思わせる瞳が。

 一陣の風が梢を揺らめかせる。
 ジュリアスはいつの間にか森の奥まで来てしまっていた。
 いつの間にか、いや、自分はここに来たかったのだろう。

 森の奥にはひっそりと隠れるように古ぼけた館が立っている。
 ジュリアスは迷いなくそこに入る。
 館の主はバルコニーで星見をしていた。

「クラヴィス……」
 後ろからそっと声をかける。
「お前がここに来るなど、ましてやこのような深夜に、珍しいこともあるのだな」
 クラヴィスは背を向けたままそう言った。

「…………」
ジュリアスは押し黙った。
 暫しの後、クラヴィスは振り向き、椅子に腰掛けるとジュリアスにも座るよう促した。
 ジュリアスはおとなしく椅子に座ると口を開いた。
「……そなたは、私の知っているそなただな? 幼き頃より共に過ごしてきたそなたに相違ないのだな?」

「わたしは、わたしだ」
 その応えにジュリアスは安心したように笑った。
「…よかった……」
 そしてそのまま机に突っ伏して眠りだした。

「やれやれ、世話がかかるな」
クラヴィスは着ていたガウンを脱ぎジュリアスにかけた。

「わたしは、わたしだ。だが、お前の知らないわたしもまた確かに存在する。お前の知らないお前がいるように」
 クラヴィスは眠っているジュリアスを見つめながら、小さく呟いた。



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