水底の虜囚

 

第一章・水底の虜囚・5

 




 ジュリアスはビクッと震え、思わず後ずさりする。だが、リュミエールの手が強く肩を掴んで押し止どめ、強ばった肩を軽く揉み解し始めた。
「…リュミエール、絵とその手は関係ないと思うのだが」
 リュミエールの予測もつかない行動に、ジュリアスはうろたえた声を出す。
「……ふふっ。ジュリアス様は絵について、何もご存じでないようですね。手で確かめることによって、肌の光沢、弾力、なめらかさ、筋肉の動き一つ一つを逃さず覚えるのです。これは、絵を描く上での基本中の基本です」
 リュミエールは平然と屁理屈を並び立てる。ジュリアスはその言葉に首を傾げながら、肩から首へと撫でまわされる手の感触をぐっと堪えた。触れられた部分が熱を発し出し、そこから得体の知れない感覚が湧き上がってくる。ジュリアスはかすかに体を震わせ始めた。


 リュミエールはその反応に満足そうに低い声で笑うと、興味を胸へ移した。ジュリアスは細身だが、乗馬を嗜むせいか、全身に適度な筋肉がついている。男としては並外れた肌理の細かい肌の下に息づく筋肉の動きを丹念にたどり始めた。
 神の造形。この表現こそ相応しい。
 リュミエールは浅く上下する胸の上に手を滑らせた。親指が桜色の突起を軽く掠るたび、ジュリアスの口から吐息が漏れる。リュミエールは幾度も繰り返し、すっかり立ち上がっているそこを強く摘まみ上げた。
「うっ…!」
 ジュリアスは自分のあげた声に驚き、口唇を強く噛み締める。その強情さにリュミエールの瞳は深い色合いを増した。ジュリアスに軽く侮蔑したような視線を投げかけると、手をさらに下へと滑らしていった。
 ジュリアスは熱く息づいていた。
 リュミエールは優しく、竪琴を奏でるようにそっと触れる。
 ジュリアスの体が跳ね上がり、痙攣した。
 それはジュリアスの意志と関係なく強く脈立ち、指が動くたびに耐え切れずに頭を振った。その度に長い金の髪が揺れて、リュミエールの頬を掠める。
 ジュリアスの頬は赤く染まり、全身にうっすらと汗をかいている。リュミエールは欲望の中心を強く握りしめた。
「……はぁ…」
 その強い刺激に声を漏らしたジュリアスに、追い打ちをかけるように激しく扱く。
 ジュリアスは立っていられなくなり、そのままその場に崩れ落ちるように蹲った。


 リュミエールは手を放すと、床に倒れたジュリアスを無情に見下ろした。
「そんな状態では、モデルなど無理ですね」
 途中で放りだされたまま、荒い息を吐いているジュリアスに囁きかけた。
「…や……約束…だ。返し…てくれ………」
「ああ、忘れていました」

 リュミエールは笑うと、口の中から取り出した。
 唾液を拭おうとせず、濡れたままジュリアスの右耳にピアスをつける。ジュリアスは耳たぶに触れられる感覚に、再び体を震わせた。
「…リュミエール……」
「お辛いでしょうが、ご自分で対処なさって下さいね」
 リュミエールはジュリアスに安心させるように微笑みかけると、床から竪琴を拾い上げた。去り際、まだ床の上に横たわったままのジュリアスに向かってこう言った。
「わたくしが、何故このようなことをするのか、あなたはわからない、わかりたくないと言いました。ですが、わたくしがあなたを愛しているから…と言えば、納得していただけるはずです」
「そんなもの、愛などではない。…私は信じない」
「でもこれが真実なのです。愛には様々な形があるのです」
 謎めいた言葉を残してリュミエールは去って行った。残されたジュリアスは頭を抱えて、リュミエールの言葉を締め出そうとする。無理矢理、体を引きずるように立ち上がると、自分の聖域である執務室に帰った。
 扉を閉めもたれ掛かると、深く息を吐きだした。
「愛だと、愛だとっ……」
 ジュリアスは吐き捨てるように叫んだ。
 放り出されたままの欲望が痛いほどに疼く。リュミエールは知っているのだ、これから自分がしようとしていることを。それでも伸ばす手を、止めることが出来ない。
(私はもう昨日までの私ではない。捕らわれて逃げ出すこともできない)
 痛みを感じるほど高ぶっている中心に触れると、しびれるような快感が全身を貫いた。 そのままジュリアスは自らの欲望に身を任せていった。











 ジュリアス様、知ってますか? わたくしの名前の由来を。
 リュミエール、そう“光”
 わたくしは初めてあなたに会った日、あの日のことを忘れることはないでしょう。
 目の前に立った、光の美神を見た瞬間から心の全ては奪われてしまいました。
 しかし、あなたは常に光の中心にいて、わたくしには眩しすぎて、近づくことさえもかないません。
 わたくしはこれ迄ずっと仕事も精一杯真面目にこなしできました。
 職務の滞りがちのクラヴィス様のお世話も進んでしました。
 あのかた、クラヴィス様とわたくしは、よく似ています。
 光を直視できず、かといって目を逸らすこともできない。
 冷たい表情の仮面を被り、ただ見つめるだけ。
 でも、わたくしは違います。
 あのかたのように、諦めるつもりなど露ほどもありませんでした。
 わたくしはずっと機会が巡ってくるのを待っていたのです。
 あなたは自分から飛び込んでいらした。
 わたくしはその唯一の機会をものにしたのです。
 もう、逃れられはしません。
 あなたはもう、わたくしのもの。
 この光の届かぬ、水底の虜囚なのですから。



(第1章・完)


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