罪深き絆

 

第一章・奈落・

 

「ああ、クラヴィス。戻ってきたのか」
 気がつくと、わたしは再び偵察艇のキャビンにいた。冷たい床に横たわり、現実へと引き戻された感覚に、体がついていかなかった。
 だるい、それに体を思うように動かせない。
 持てるだけの力を使って、ようやく瞳を開いた。私の目の前には、ふたつの碧く輝く瞳。その瞳は潤んでいるみたいだ。
 泣いている? あのジュリアスが? わたしのために?
 そしてわたしの体が動かせないのは、ジュリアスが力任せに抱き締めているせいだと知った。 「苦しい、その馬鹿力で抱きつくな。……暑苦しい」
「離さぬ、そなたが私を二度と置いて行かぬと約束するまでは」
 強情なジュリアス。
 どういう形であれ、わたしを必要としていることを、認めなかったジュリアス。
「約束しなければ、どうするつもりだ?」
 わたしの言葉にジュリアスはカッとなって、声を荒げた。
「約束させるぞ、力づくでも!」
「弱っている人間に無理強いか、光の守護聖のすることとは思えないな」
 その言葉に頬を赤らめたジュリアスはわたしから離れて、顔を背けた。その姿はとても頼りなげで痛々しく見える。
「………約束しよう」
 わたしは体を起こすと、口を開いた。
「我々の役目が終わるまで、わたしはお前の側から離れない」
 わたしは優しくそう言い、微笑んだ。
「……クラヴィス、私は、私は、そなたのために何もしてやれなかった」
 背を向けたまま、ジュリアスはそう言った。わたしはジュリアスを後ろから抱き締め、光の糸であるその髪に顔を埋めた。
「………いいのだ、それで。お前が私を必要としている、それだけでいいのだ。わたしはお前と共に生きてきた。だから最後まで見届けたいのだ、この宇宙がどうなるのか、そして我らがどこに行き着くのかを」
「クラヴィス……」
 ジュリアスは振り向いた。
「お前が、わたしを引き留めたのだ」
 ジュリアスを見つめると、真っすぐな視線が返ってくる。わたしは唇をよせた。
「……クラヴィス…」
「何も言わないでくれ。今この瞬間だけは、わたしだけを見つめてくれ…」
 のけ反ったジュリアスの美しい顔、熱い吐息、わたしは二度と忘れられないだろう。そうして闇と光りは刹那、ひとつに溶け合った。
 聖地に戻ったわたしたちは、女王と他の守護聖たちと力を合わせ、少女の作り出した邪悪な大陸“ナドラーガ”を封印した。

 


「どうかなさったのですか、クラヴィス様」
 クラヴィスはリュミエールの演奏が終わっても構わず、物思いに浸っていた。
「…………リュミエール、お前も感じているのだろう」
 クラヴィスは閉じていた瞳を開くと、物憂げに口を開く。
「何をですか…」
「…しらを切るな。なぜ、そのような悲しげな音色を出すのだ。…陛下の力が弱まっていることは、お前も薄々と気づいているのだろう」
 リュミエールは悲しげに微笑んだ。
「…ええ、そして我々のサクリアが高まっていることも。恐らく女王交代の時期も近いのではと」  クラヴィスは遠い目をして、虚空を見つめた。
「………思い出していたのだ。遠い、遠い昔に行われていた女王試験のことを」
「そう、ですか…」
「フッ…だが、それは、過ぎ去ったこと。思い出したとしても仕方がないことだな」
 クラヴィスは再び瞳を閉じると、演奏を促した。
 リュミエールは複雑な表情を浮かべながら、演奏を再開した。

                                                      了

 

 


この話を書いたのは、1996年の秋の土曜日。それまではショートやギャグしか書いていなかったのですが、一度シリアスに挑戦してみようと思って書き始めました。
コンセプトはクラヴィスはどうしてこんなに厭世的なのか、たかだか失恋ごときで暗くなるのはちがうかも〜〜と徒然に思うまま書き出したら、こんなのが出来てしまいました。
この話、一日で書いちゃったすよ。しかも訂正もしなくてもいいほど(いつもは訂正の鬼(涙))つじつまがあってるし(それなりに(笑))。なにかに取り憑かれていたようです。そんなことは考えてみれば、あの時しかなかったっすね。いつもはもっと苦しんでます。(笑)ということでこの話の設定をコンセプトにオフセット誌で『罪深き絆』と続編『光の行く道標』を書きました。「奈落」のジュリアスバージョンは「記憶の幻影」という名前で書いています。よろしかったら、読み比べて下さいませませ。(宣伝(笑))



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