夏草のランデブー



(1)


あなたの安らぎになれればいい。  
あなたが心地よく感じてくればいい。  
それが俺の無上の喜び。          



ドサッと机の上に置いた大きな包みに、ジュリアス様は驚くより先に、ムッとしたように俺に視線を向けた。
「書類が散らばってしまったではないか」  

確かにいつもジュリアス様の机はいつも整然と整えられている。  
でもきっちりしすぎていているので、たまには少し乱したかったりするのだ。
「ジュリアス様、これは俺からのプレゼントです。どうぞお受け取り下さい」
「……そうか、それはありがとう。…オスカー、そなたはいつも私を心に掛けてくれて、その点は感謝しているぞ。だが、時と場合を考えてくれねば困る。これでは書類が下敷きになって取れぬではないか」  

素直に礼を言うところが、可愛らしいところだ。  
その後のお叱りの言葉も、チャームポイントに感じる。  
俺はけっこうマゾなのかも知れない(苦笑)。  
これらのことを全部踏まえたうえで、困らせたいのである。  

俺はジュリアス様だけの困ったちゃんとして、ずう〜っと構ってもらいたいのだ。  
そしていずれは困ったちゃんになったジュリアス様に、甘えられたいという野望もある。  
あくまでこれは俺の秘密の野望であるのだが……。  

しかしこれ以上おイタをすると、怒られかねない。せっかくの素敵なプレゼントにケチがつきそうだ。
「はい承知いたしました。ですがこれをご覧になって下さい。一刻もジュリアス様に見ていただきたくて、持参したのです」  
俺は机の上で包みをスラッと解いた。そこから現れたのは、一枚の布。

「………ほうっ…」  
ジュリアス様から感嘆の声が漏れる。
「これは美しい……」  
それはまるで日の光を浴びたような、鮮やかで清涼感のある若草色の布。  
窓から差し込む日の光を受けて、まるで匂い立つように輝いている。  

ふと訪れた店で一目見るなり、気に入ってありったけ買い占めてきたのだ。  
その美しさに、さすがのジュリアス様も見とれている。  
俺はその布にそっと指を走らせて、そっと耳元に優しく囁きかける。

「あなたにお似合いになると思いませんか?」
「なっ、私にだと? 緑と言えば緑の守護聖の色だ。マルセルの所にでも持っていけばよい。それともこれほどの美しい布ならば、オリヴィエが喜びそうだ」  

そうお断りになるが、視線は布から離れない。  
…………本当に正直な方だ。  
俺の顔に自然と笑みが浮かぶ。

「この布を初めて見た時、真っ先に浮かんだのはあなたの顔です。どうぞお受け取り下さい」  
ここまで言われれば、断る理由はないよな。
「そうか、それならありがたく受け取ろう。ありがとう」  

ジュリアス様は柔らかな表情でお礼を言った。  
この表情は執務中には滅多に見られないので、感激も一塩なのだ。  
実はこの表情を引き出すために、そして一回でも多く、少しでも長時間見るために、執務中も密かに努力しているのである。  

プライベートではさんざん見ている癖に、変だよな、俺って。  
すっかりジュリアス様マニアです。  
おっと、言っとくが、これはくれぐれもオフレコだぜ。そこんとこ、よろしく!          
そしてガードが揺るまってきたなと感じた俺は、すかさずさりげな〜く、つけ込んでいく。  
俺はジュリアスの前にひらりと布を広げ、さっと背後に回ると、布をジュリアス様の肩から胸に当ててみる。
(この技はオリヴィエに教わった)

「ほらっ、やっぱりお似合いだ。まるであなたのためにあつらえたようです。この微妙な色合いが何とも言えないですね」  
いつもジュリア様が身につけているのは、光の守護聖の3原色の白、青、金が基本である。  

むろんその色はジュリアス様にとても似合っているし、正装したお姿はとってもゴージャスだ。  
しかし私服では白かオフホワイトの、至って実用的でシンプルなお召し物が多い。  
もちろん白はジュリアス様にとても似合っているし、ジュリアス様がどんな物をお召しになっていても、俺の愛に変わりはない。  

だからどうでもいいって言えば、いいのだが……。  
どうやらこの間一緒に飲んだ時のオリヴィエの力説が耳に残って離れなかったんだ。


       

「ジュリアスってばさー、元はとってもいいんだからもっとおしゃれすればいいのにね〜。あのゴージャスな髪にちょっと宝石をちりばめてみるとか、もっと柔らかい雰囲気の服を着るとか、そうすればもっと親しみが持てると思うわ☆」

「おい、オリヴィエ……そんなこと、ジュリアス様がするわけないじゃないだろうが!」


「あ〜ら、わかんないわよー♪ ジュリアスだって人の子、適切な人が側にいて、アドバイスしてあげればおしゃれにも目覚めるんじゃないかしらん? まあ、腰巾着のアンタがいつも側にいるから、付け入る隙はないんだけどねっ☆」
「なんだとーー!」
       




「そうか……」  
あなたはそう短く答えるのみだが、どうやら興味をそそられているようだ。
「では、たとえばほら、テーブルクロスにするとか、カーテンにするとか、クッションカバー、枕カバー、ベットカバーとかにも出来ますよ」  

とっておきの甘い声でひとこと付け加える。
「みずみずしい緑の上に広がる、あなたの姿を想像してしまいそうです。……そしてその横には俺が…」  

調子に乗った俺の顎に、見事に鉄拳がクリーンヒットした。  
さすがこういうときの反応は早い。  
畜生、痺れるぜ!  

ジュリアス様だけには、やっぱりマゾでマニアな俺なのである。  
ちょっと度を超したおイタをしてしまったが、プレゼントは気に入ってもらったらしい。

そんなこんなで執務が滞ってしまったが、俺は怯まず慌てず堂々と部屋を辞した。  むろん、これは信頼関係があってこその堂々なのだが、あまりつけあがりすぎないよう、その微妙な具合の加減も大変なのである。  

俺はいつでもどこでも確信犯の男なのである。  
って、これじゃあ、バレバレか?(笑)  
でもできればこうして自分でコントロールするってのは、それはそれで男のロマンだと思うんだけどなぁ。  

そう思うのは俺だけ?  
だからといって、毎回毎回うまくいくとは限らないんだけどな……。(苦笑)            



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