夏草のランデブー |
(5)
「だから、ここに……?」
バカの一つ覚えのように、そう言い続ける俺にジュリアス様はこう仰った。 「そなたは用意周到かも知れぬが、詰めが甘いな」 「えっ、なんのことですか?」 ドキドキッッ! 俺の胸の鼓動がマッハに高鳴っていく。 様々な感情が去来するが、まずはお祝いを言わないと。 「ジュリアス様、お誕生日おめでとうございます。このような辺境の惑星に起こしいただけで、光栄です」 「うむ」 満足そうにジュリアスは頷かれた。よし、よし掴みはオッケーだ! 「俺としては、こうしてお会いできて嬉しいのですが、なぜここに?」 オウム返しのように、同じ質問をすることしかできない情けない俺……とほほ。 「お前に会いたかったからだ……」 え、えっ、まさか、と思いつつ、やっぱりそうかと確信し、俺の顔はだらしなくはニヤけるのをやめられない。 「ジュリアス様、感激です! やっぱり俺に会いたかったんですね!」 俺はガバーーーーーーーッと勢いよくジュリアス様を抱きしめた。 ああ、素敵だ、この感触、出張に出てからというもの、何度思い浮かべたことか……昼も、夜も。 やはりジュリアス様へのプレゼントは俺自身なのだ。 これが一番正しい形だったんだな、俺も嬉しいし! そしてここぞとばかり、必殺の甘い声で囁いた。 「俺とあなた、ふたりきりでこの異国の地で、愛のランデブーを過ごすのですね。あなたの誕生したこの記念すべき日に……感激です」 もうこれでめくるめく愛の営みにレッツ・ゴー!と思っていたら、ジュリアス様が窮屈そうに身じろぎをなされた。 「違うのだ……違うのだ、オスカー……」 ジュリアス様は申し訳なさそうに、俺を見る。 なんだ〜ななななんだーーー、もしかしてプレゼントが俺自身が嫌なのか? し、しまったーーー! プレゼントは持っていない。 俺って肝心なことが抜けているのね、とほほん。 ほんの一瞬の間に、これらの考えが俺の頭をよぎった。 「すまない…………オスカー……」 俺の前髪をそっと掻き上げるジュリアス様の横顔は、どこか悲しげだったりする。 ぬぁ、ぬあんだと〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!! なぜ、なぜ、なぜに〜〜〜ジュリアス様が俺に謝る必要があるのだ? も、もしかして、わ……わ、わ、別れよう、とか? 俺が聖地でゴネて大騒ぎする(たぶんする、きっとする)のを避けるために、ここに来たのかと……? マイナスな考えが俺の脳裏をまたもやよぎる。 イカン、イカン、ブルブルと大きく頭を振る。どうもここ最近の働き過ぎのせいか、どうも気弱になりつつある。俺らしくないぜ。 「オスカー、そなたにはいつも感謝している」 ……え、なに?……ぎくっ! 「いつも、いつも感謝しても足りないくらいだ」 え、え、え、え……うっ、認めたくないが、もしかして、もしかするのだろうか、これは悪夢だーー早く目覚めろ〜〜俺! だが、そんな思いでグルグルとしている俺の気持ちを知ってか知らずか、ジュリアス様は言葉を続ける。 「今日は私の誕生日だ。お前に出会うまでは誕生日のことなど、気にしたことがなかった。お前が祝ってくれるまで、そのようなことは私に必要のないことだと、思っていた」 ……えっ、ち、違う? 俺の早とちり? 俺はようやくジュリアス様の言おうとしていることに、気づき始めた。 「お前はどんな時も、折にふれ、私に日々の色々なことを気付かせてくれた。季節の素晴らしさや、記念日を祝う喜びに気づかせてくれた。私にはそれがとても大切な思い出になっている」 あ〜〜ジュリアス様、俺は生きていてよかった。 俺もまた、心の中でウンウンと大きく何度も頷いた。 「………実はと言えば、私は今回お前がこの惑星に行くことになって、寂しく思っていたのだ。守護聖の職務や、この惑星のことを心配すべきなのに、誕生日をお前と過ごせないことを、少し残念に思っていたのだ」 キュッとジュリアス様は唇を噛みしめる。 「それは俺も同じことです! 俺がジュリアス様の誕生日のために、どんなに苦労して準備……」 ハッ! いけない言ってしまった! これは秘密のはずだったのに! 「えっ、あの、その、それは……」 「いいのだ、オスカー」 慌てて必死にごまかす俺に、ジュリアス様は一枚の紙を見せた。 そこに書かれているのは…………。 《ジュリアス様、お誕生日大作戦・極秘》 「うっ、そ、それは……っ!」 俺としたことが、やはり目立つところに置きっぱなしにしたのか? うう、一生の不覚! 「ふふふ、そなたはこの計画書をあらゆる所に配布していたそうだな。陛下やロザリアや、チャーリーまでにもだ。そのくせ守護聖たちには隠していたのだから、怪しんでいたオリヴィエがすぐに嗅ぎつけたらしい」 ぐっ、詰めが甘いぞ俺! やはりオリヴィエの勘の鋭さと、情報の素早さは侮れない。これからも要注意だな。 「オスカー、そなたが私の誕生日の計画を立ててくれていたことはとても嬉しく思う。だがそなたは一番大事なことを忘れている」 「え? 何をですか? 完璧なつもりでしたが…」 俺がそう言うとジュリアス様は人差し指で、俺のおでこをちょんとつついた。 「この計画書には、そなたが自身がいないではないか。やはり誕生日にはそなたがいないと始まらぬ」 ああ、ああ、ああ、ジュリアス様〜〜〜〜!!!!! 俺は、俺は、本当はそれを願っていたんですぅ〜〜〜〜!って、感涙にむせびながら、手を取りたいところだけど、ここはグッと我慢の子である。 「もちろん、特別メニューで考えていましたとも」 ふっと気障って甘い声で言うが、これがまたいつも通りの行き当たりばったりの口八丁である。 「オスカー……」 ジュリアス様はうっとりしている。このまま抱きしめ、キスして、めくるめく愛の世界にゴー!だ!! ガシッ!(抱きしめる音) 「そう、これが特別メニューです……」 「メ、ニュー……か。………………あっ!」 いきなりジュリアス様が屈んで、俺はの唇は思いっきり空振りした。キスどころか、惑星の大気を大量に吸い上げてしまった。 「思い出した、これを持ってきた」 そして起きあがったジュリアス様の頭が、またもや俺の顎を見事にクリーンヒットした。 強烈な痛みで俺は叫び声を上げた。 「ぐぉぐぐぐぐっぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜」 「大丈夫か、オスカー! オスカー!! 私はここにいるぞ! しっかりしろ、オスカーー!」 ああああ、ジュリアス様の声が遠くの方から聞こえてくる。 こんな状況も二度目、でも今回はなんてトホホな状況なんだと思いながら、俺の意識は闇の中に沈み込んで行ったのだ…………おそまつ……ぐっ………。 俺は草原の中で眠っていた。 懐かしき故郷の草原で。 ここには愛しい人もいる。 ジュリアス様は俺の頭を膝に乗せ、俺の髪の毛をそっと撫でている。 ああ、あなたの安らぎでありたいと思いつつも、あなたの存在こそが俺の安らぎなんだと、気づかされてしまう。 「ジュリアス様、俺は幸せです」 そう呟いてみる。 「ああ、私も幸せだ」 その言葉が夢でも、空想でもなく、現実のことだと俺は知っている。 そっと目を開けてみる。そこには見慣れた金髪と、心配そうな碧い瞳。 「大丈夫か?」 「はい、このままこうしていて下されば、すぐにでも直ります」 「………そうか」 あなたは膝枕している俺の頭を、居心地よくしようとそっと体の位置をずらす。その時にふわっと香るあなたのぬくもりを、感じるのは大好きだ。どうやら気絶してそのまま爆睡していたようだ。 「俺はどれくらい眠っていたんですか?」 「3時間ほどだと思う」 「えっそれじゃあ、重いでしょう! 痺れたりしていませんか?」 俺は慌ててガバッと起きあがった。 「よいのだ、オスカー、気にするな。こうして無防備なそなたの寝顔を見るのはとても楽しいぞ。よいプレゼントをもらった」 そう嬉しそうににっこりと笑うジュリアス様に、俺も照れながら笑い返す。 「寝顔だなんて、あなたが望めば俺は何でもかなえることが出来るように、せっかく準備を進めていたのに」 「オスカー、お前がいるだけで充分だと言っただろう?」 またもや嬉しいことを言ってくれるジュリアス様を俺はすかさず押し倒した。 「そんなことを仰ると、もう保証できませんよ」 「…構わぬ……」 どさりと二人で寝転がったのは草原の上。 …………え? ここは研究院の俺の宿舎のはず。 ビックリしてキョロキョロと首を動かして、その理由を察すると俺は思わず笑ってしまった。 「……悪いか…………そなたが望んだことではないか」 ジュリアス様はツンと顎を上げた。 そう、俺が先日プレゼントした布がベットカバーの上に広げられていたのである。 「そうですね、そうでした。ありがとうございます」 こうしているとなぜこの布を買ってきたのか、初めて理解できた。それはこの色が俺の故郷の草原の色に似ていたからだったんだ。 いつかあの草原をジュリアス様と馬で駆けめぐってみたい、そう考えていたのだ。 たとえ、それが叶わぬ夢でも、あなたがいればそれも叶うような気がする。 「愛しています」 そんな当たり前の言葉も、まるで奇跡のようだ。 いつか、きっと叶えよう。 それがつかの間のひとときでも。 きっと、忘れえぬ、それは……。 ふたりだけの、夏草のランデブー。 完 |