夏草のランデブー



(4)


で、その理由とは?  
ジュリアス様は口を開いて、説明を始めた。        
 




数時間前の聖地でのこと。  
ふと、ペンを机に置いて、ジュリアスは軽くため息を付いた。
 
いつもそうだ。オスカーが出張へ出かけると、いつのまにかボーっとして、ため息を付いていることが多い。
 

別に執務に支障はないし、オスカーのことは信頼している。
 
だが、何故だか落ち着かない。やはりオスカーの不在が気持ちにゆとりをなくしているようなのだ。
(心を強く持ちたいが、私もまだまだ未熟だな……)  

本当は、こんな風に無事だろうかと案じたり、悪いことが怒らないようにと祈ったりしている。
 以前の自分だったら、自らを叱責していただろう。  
だが今では心の弱さだとは思っていない。
 
………だが…………。

「……ふう…」

「あらあらあらら〜〜っ、ジュリアスってば何ため息ついているのかしらぁ☆」  
いきなり背後から聞こえてきた声に、ジュリアスは飛び上がった。
 
鼻を突く強烈な匂い……こ、これは……。


「オリヴィエ、ど、どうやって入ったのだ」
 
背後にいきなり次元通路が開いたのだろうか?
 
相変わらず神出鬼没の地獄耳で困ったものだ。


「あっらぁ〜〜。アタシはちゃんとノックして、返事を待って、もう一度ノックして返事がないから、お邪魔します〜と言いながらドアを開けたら、アンタがボーっとしてるじゃないの。ちゃんとごきげんよう〜〜って手を振りながら入ったのよぉ。アンタが自分の世界に入り込むなんて、珍しいこともあるものだねぇ」  

口振りは感心したようだが、目つきはとっても思わせぶりで、キラキラと輝いている。
 
だがここで怯んだら負けだと思い、ジュリアスはキリリッとした。

「…よ、用はそれだけか? すまないがそなたの世間話につきあうほど私は暇ではないのだ」


「お話につきあってもらわないと困るのですが……」
 
オリヴィエの反対側の後ろからヌッとリュミエールが顔を出した。
「うっ」
 
またもやいきなりの出現にジュリアスは怯んだ。
オリヴィエに出来るのならリュミエールに出来ないはずはない。

「リュ、リュミエール、そなたもいつの間に……」
「ジュリアス様? わたくしはオリヴィエと一緒に来ましたが…」  
首を傾げて当惑しながらリュミエールは答える。

「そ、そうか、ならばよい……」  コホンとジュリアスは咳払いをして、体制を整え直そうとした。

「とか言って、本当は全然よくなんかねえんだろぉ?」  
いきなりゼフェルの声が真横から聞こえ、またその反対側からも……。

「ゼフェルっ、またそんな乱暴な口のきき方をして!いけませんっ。断じていけませんっ!」  

ルヴァの言葉尻に便乗して、そのまた横からランディが話に割って入る。

「そうだ、そうだ、ルヴァ様の仰るとおりだ。だからいつまでたっても背が伸びないんだぞ」
「何だと! もう一回言ってみろ、てめえなんざボコボコにしてやる!」

「もうっ、またゼフェルもランディもまた喧嘩して!ボク怒っちゃうからね!」
ゼフェルの横からマルセルが、言い争いを始めた二人を止めに入る。  
次から次へとわらわらと現れて、ジュリアスは驚いて言葉も出ない。
 

そしてついに正面を黒い物体がヌッと立ちはだかり、ぽつりと呟いた。

「……ここは、騒がしいな………」
「ク、ク、ク、クラヴィス……な、何しに来たのだ」  
ジュリアスは驚いて息が止まりそうだ。

「……何しに来ただと? 知りたいか……ふっ…」  

思わせぶりのクラヴィスの態度と、それに呼応したようににっこりと笑っている他の守護聖たちを見ていると、なにやら企んでいるのは一目瞭然だ。

「…………オリヴィエ、何を企んでいる?」

「ギックーーーーッ! あら、バレちゃったのぉ? でも言い出しっぺはアタシじゃないわよ♪」
 
否定しながらも、オリヴィエはニヤニヤ笑る。
 
いくら鈍いジュリアスでも、思いっきり思わせぶりなのはわかるのである。


「企みあるところに、オリヴィエあり。聖地の常識だ」
「ジュリアス様……たとえオリヴィエが発案者だとしても、わたくしたち全員が賛同したのです」  
リュミエールが憂い笑いを浮かべながらそう言った。
 
そうだ、そうだと、その場全員が認めた。
 

ジュリアスは頭がクラクラするのを押さえて、もう一度尋ねた。
「それで何の用でここに来た」
「決まっているではないか、仕事をしに来た……」  

そう答えるクラヴィスに、ジュリアスは開いた口が塞がらない。

「そ、そなたが、自ら仕事を……?」  
守護聖になって以来、積極的になったことのない、クラヴィスが今頃になって言い出すのである。
 

二十年間無気力に過ごしていたのに、突然その気になったのか、理解に苦しむ。
 
もしかしてこれは夢?
 
全員がいきなり現れることといい、白昼夢を見ているのかも。
 
オスカーが出かけてから、どうも睡眠がしっかり取れない。信じていてもやはり心配は心配なのである。
 夢だからこんな現実的でないことが起こるのか…。

「私はきっと夢を見ているのだ……」
「何言ってんだ、このボケっ! これはマジで現実だぜ。とうとう脳まで腑抜け菌が回ったか? そりゃあ、めでてえぜ」
 
パッカーーーンとゼフェルが、ジュリアスの後頭部をどついた。


「ゼフェル!……乱暴はおよしなさい。あぁ〜〜ジュリアス、あなたは働き過ぎです。せっかくのお誕生日だというのに、一日中働きづめですか? 日の曜日でなくても、休息をとってもいいじゃないですか」  
控えめに、だがハッキリとルヴァは本題を切り出した。


「そうなんです。ジュリアス様、ボクたち、いつだって助けていただいてばっかりで、ボクたちだってジュリアス様のお役に立ちたいんです!」  
マルセルの瞳に嘘はない。


「ジュリアス様、今日一日だけでも俺たちに任せてくれませんか? 俺、頑張りますから。お願いします!」
 
ポンと胸を叩くランディの姿は、いつの間にか逞しさを増していた。


「わたくしもクラヴィス様も、ここにいるみんな全員がジュリアス様のお力になりたいのです。この特別な日だけは、ジュリアス様ご自身のために使って欲しいのです」  
リュミエールの言葉からは、優しさが満ちあふれている。


「ほ〜〜ら、ほら、いつまでもそんな風に悩んでるんじゃないよ! アンタの仕事を代わって片づけるんだから、感謝しなさいよ!」  
ポンとオリヴィエはジュリアスの背中を押した。


「………観念するのだな。お前の仕事はもうない…。さっさと休むことだ」


「そなたたち……」
 
ジュリアスは仲間たちを見つめる。

「……だが、私は何をすればいいのだ!」

「アラ、簡単じゃない〜〜。ちゃんと根回しはしてあるみたいだし、ちょっと行って来れば? うふふ、アンタの一番会いたい人の所へね」  
オリヴィエに更に背中を二押も三押しもした。



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