おしゅかー、3歳児になる!

(1)

 
「……では最近起こった、一連の事件の原因はわからぬ、ということなのだな」
 ジュリアスは報告を聞きながら、考え深げに額に手をあてた。
「はい、エルンストが言うには、解析不能な事態だそうです。現在、王立研究所の総力をもって、取り組んでいるそうです」
 幾分、硬い声でオスカーは答える。聖地に異変にジュリアスが心を痛めていることがわかるからだ。
「解析不能か、そうであろうな……」
 そう呟いてジュリアスはふっと微笑む。その様子はどこか楽しそうだ。
(………??……)
 つい先ほどまで、聖地に異変について真面目に話していたというのに、いきなり笑い出すなんていつものジュリアスらしくないことだ。
「オスカー、私には、その原因がわかるような気がするのだ」
 ジュリアスは言葉を続ける。
「さすがはジュリアス様です。その原因とは?」
 何か変だと思いつつ、すかさずオスカーは言葉を返す。ジュリアスは満足気に頷くと、自信満々に言い切った。
「妖精の仕業だ」
 オスカーはうっと言葉に詰まった。
(よっ、よ、妖精〜〜〜〜〜???)
 だんだんと目の前が真っ白になってくる。
(……ジュリアス様、あなたこそが、天から遣わされた俺だけのフェアリー……、違う、ちっが〜〜〜〜〜〜うっ!)
 心の中でオスカーはブルンブルンと頭を強く振った。
「妖精ですか」
 最大限の努力を発揮して、いつもの口調でオスカーは相づちを打つ。
「そうだ、知っての通り、ここ聖地には様々な妖精が生息している。この一連の事件には妖精が関わっているに違いないと、私は考えている」
 ジュリアスはあくまで真顔のままだ。
「…そっそう、で…すか…」(俺は知らないぞ、妖精なんて)
 最大限の努力を発揮して、自制心を呼び起こしても、声が震えてくる。ピクピクとしているオスカーをジュリアスは不思議そうに見つめている」
「オスカー、どうしたのだ?………ふっ、おかしな奴だな」
 ジュリアスはますます楽しそうに笑う。その輝くばかりの笑顔に、そして心地よい笑い声に、オスカーの理性が、プチッと切れた。
(あ〜〜あ〜〜〜〜〜〜、ジュリアス様〜〜〜〜〜〜〜!! 貴方はなんてかわいらしいだろう! 妖精なんているはずがないのに、そのような真剣な表情で信じていらっしゃるなんて! もう、もう、もう、もう、もう、もう、もう! なんて愛らしいんだろう! ついさっきまでは、完璧な守護聖の長だったのに、今の貴方は汚れを知らない天使。そう……)
 オスカーはジュリアスの後ろに回り込み、ジュリアスの肩を両手でそっと包み込んだ。
「妖精でしたら、ここにひとりいますよ」
 ジュリアスの耳元に甘い声でそっと囁く。
「オスカー……」
 頬を赤らめ、困惑気味にジュリアスはそう言った。その声に切ない吐息が混ざっているのをオスカーが聞き逃すはずがない。オスカーはそっと唇を寄せていく。
「……俺だけの、たったひとつのフェア…リー…」
「……オスカー……」
 ふたりの唇がそっと重なり合う。
 その時、いきなり、空間が激しくねじれた。

 ふっと気がつくと、ジュリアスは机の上に突っ伏していた。
「……?」
 ふらつく体を起こしながら、記憶の断片をつなぎ合わせる。
 確かあの時、オスカーが……。
「そうだ、オスカー、オスカーっ!」
 呼んでも呼んでも、返事がない。
 まさか、またもや守護聖失踪事件か!
 ジュリアスは慌てて立ち上がった。
 すると、オスカーがうつぶせになって倒れていた。どうやら机の陰になって気づかなかったらしい。 ジュリアスはホッとして、息をつく。
(いや、安心はしておれぬ! オスカーにもしものことがあったら、私は……)
 ジュリアスはみるみると青ざめると、オスカーに駆け寄った。
「……っオスカー、オスカー!」
 体を抱え起こしながら名前を呼ぶ。そしてオスカーの顔に耳を寄せると、規則正しい呼吸の音が聞こえてくる。どうやら気絶しているだけらしい。ジュリアスはホッと胸をなで下ろす。
「オスカー、オスカー…」
 優しく頬を叩きながら、ジュリアスはオスカーの名前を呼び続ける。ついさっきまでの状況のせいか、なんだかとても甘やかな気分になってくる。せっかくいいところだったのにと、少しだけ恨めしい気持ちにもなったきた。
 その時、突然ひらめいた。
(……たまには私から…)
 ジュリアスはそっとオスカーに唇を寄せる。これまで仕掛けてくるのは、オスカーの方からだ。たまにはこちらからお返しをしなくては……。
 律儀なジュリアスである。
 ピタッと唇があわさった。
 5秒ほどその状態で、ジュリアスは待った。
 ………だがオスカーは目覚めない。
 唇を放して、ジュリアスは大きく息を吸い込んだ。そしてもう一度オスカーに覆い被さる。(←人工呼吸じゃないって(笑))
 そのままじ〜〜〜〜〜っと待つこと1分30秒、荒い息をしてジュリアスは起きあがったが、依然としてオスカーは眠ったままだ。
(ふんっ)
 ジュリアスはオスカーを睨み付ける。もうこのまま朝まで放っておこうか、それとも水でも顔にかけてやろうかと思った時、かすかにオスカーは身じろぎをした。

「オスカー、オスカー、私の声が聞こえるか?」
 ジュリアスは優しく体を揺すった。
「う、ううん」
 額に手を当てながら、オスカーは目を開けた。ジュリアスの姿を認めると、嬉しそうにニカーっと笑う。
「ママ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 オスカーはそう叫ぶと、いきなりジュリアスに抱きついた。
(まっっっママ……だ、と…………? この光の守護聖である、この私がだと?)
 ジュリアスはその場にフリーズする。そしてオスカーに、すりすりと頬ずりされるがままになっていた。

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