おしゅかー、3歳児になる!

(2)

 
「……あー、エルンスト、それはどういうことなんですかね〜〜〜」
 間延びした声で、ルヴァは尋ねる。ふたりの目の前のソファーにはジュリアスとオスカーが仲良く並んで座っている。
「ええ、脳波を始め、全ての項目を検査をしましたが、どこにも異常は見あたりませんでした」
 眼鏡に手を当てて、エルンストは答えた。
 空間のねじれが発生して、すぐに駆けつけてきたエルンストがふたりを発見した。
 状況を把握するとエルンストは回れ右して、急いでルヴァを呼んできた。
「…その……簡単な学習検査をしたのですが……」
 言いにくそうにエルンストは切り出した。
「オスカー様の体の方は異常なしなのですが、精神がかなり退行していると結果は示しています」 「つまり、心だけ子供に戻ってしまった、ということですね。それは興味深いですね〜」
エルンストは黙って頷いた。そしてふたりはため息をつきながら、ソファーへ目を向ける。オスカーは片手にゼフェルのメカロボを持ち、そしてもう片方の手はジュリアスのローブをギュッとつかんでいた。
 時々ローブを乱暴に引っ張るオスカーをたしなめはするが、ジュリアスの顔はとても穏やかだ。
「………そうか。だが、オスカーの炎の守護聖としての力には、問題はないのだな」
 ジュリアスは念を押すように言った。
「はい、サクリアの力は安定していますし、宇宙の均衡が乱れる気配はありません」
「そういうことなら、しばらく様子を見るっていうことにすれば、いいじゃないですね〜。幸い、これまでの事件も終結は早かったし、すぐにもとのオスカーに戻りますよ〜」
 うん、うんと笑いながら、ルヴァは頷いた。
「そうか、元に戻るまで、オスカーの面倒は私が見よう。……なぜか私の側から、離れようとしないからな」
 そう言いながら、どこかジュリアスはまんざらではないご様子。
 すっと上品に立ち上がると、ローブをくっくと引っ張った。それに促されてオスカーも立ち上がる。
「それは置いておきなさい」
 ジュリアスはメカロボを指さす。
「いやだっ!」
 オスカーはギュッとメカロボを抱きしめたが、やすやすと取り上げられてしまった。
「ゼフェルに返しなさい。借りた物は返すべきだ」
 恨めしそうにオスカーは見つめるが、ジュリアスは全く取り合わない。オスカーはシュンとなる。  状況だけを見れば、とても微笑ましい。だが大男のオスカーがだだをこねる姿を見るのは、気持ちのいいものではない。いつも無表情なエルンストでさえ、だんだんと顔から血の気が引いていくのを感じていた。



「さすがはジュリアス。オスカーの扱い方を心得てますね〜〜。では、これからのオスカーの世話はジュリアスにお願いしましょうね〜〜」
 ルヴァは全く動じず、呑気にそう言った。
「ですが、ただでさえジュリアス様は激務なのです。そのうえ子供の世話など、以ての外です」
 王立研究院は守護聖の健康も管理している。当然のごとく、エルンストは反対した。
「……いや、よい。私が引き受ける」
 なおも言い募ろうとするエルンストに、ジュリアスは即座にこう言わたした。その顔と口調はどこか嬉しげだ。
「あ〜〜ジュリアス、あなたなら、そう言ってくれると思ってました。オスカー、よかったですね〜〜」
 にこにこ〜〜〜とルヴァはオスカーに笑いかけた。
「うんっ!」
 オスカーは目をキラキラと輝かせながら、強く頷いた。ジュリアスもまた滅多に見せない優しい笑顔を浮かべている。
 状況だけは、あくまで微笑ましい。
 さすがのエルンストも、クラッと眩暈がしてきた。
「あっそうだ、オスカーは今何歳ですかぁ〜〜?」
 間延びした声で、ルヴァは尋ねる。
「しゃんさい(三歳)だよ!」  元気いっぱいにオスカーは答える。それを聞いてルヴァは、エルンストにすかさず目配せをした。やはり、さすがは地の守護聖だと、エルンストは感服した。
 ということで、心は三歳児、体は二十二歳のままのオスカーが、ジュリアスの後ろをちょこちょこと移動する姿が、聖地のいたる所で見られるようになった。
  最初の日は、腰に差した剣に自分の足をひっかけて、転ぶというアクシデントがあったが、子供に刃物を持たせるのは危ないというジュリアスの判断によって、オスカーの愛剣は取り上げられた。
 最初はみんなとても驚いたが、1週間もすれば見慣れてくる。
 そしていつもと変わらない日常が戻ってくる。
 ただ、ゼフェル、ランディなどは、日頃の恨み(?)を晴らすべく、機会がある事にオスカーをからかっていた。
 といっても本気で怒らせると力ではかなわないし、すぐにジュリアスが飛んでくるので、たいしたことはできないのだが。(笑)



 今日はジュリアスが陛下から召還されたので、オスカーはひとりでポツンと座って留守番していた。
 ジュリアスからいない間読んでおくようにと手渡された『しゅごせいはがんばっている』と『サクリアってどんなもの?』の2冊の絵本を一生懸命読んでいるが、どうも頭に入らない。
 ジュリアスの執務室はだだっ広くて、主がいないと大理石の床や壁、大きく飾られた神鳥のモチーフに威圧されてしまう。ジュリアスが優しく微笑んで、接してくれる時には、全く気にならなかったが、三歳の子供(の心を持つオスカー(笑))がひとりでいるのは、怖くて怖くてたまらなかった。
(男の子だから、大丈夫だもん。じゅりたまの言いつけを守れるもん!)
 涙を堪えて、オスカーは気丈に耐えていた。
 そんな時、ドアがガチャッと開いた。
「おいジュリアス、言われていた書類、持ってきてやったぜ」
 いかにも渋々といった口調と態度でゼフェルが部屋に入ってくる。そしてひとりっきりでいるオスカーを見つけた。
「あれっ? オスカー、ひとりかよ?」
 オスカーは顔を上げると、コクンと頷いた。
「うん、じゅりたまは、へいかのおめしなの。おしゅかーはお留守番なの」
(うっ、ゲロゲロ〜〜〜〜〜〜〜ッ!)
 ゼフェルは口に出すのをグッと我慢した。なにしろ、体は大人でも心は三歳なのだ。傷つけて泣かれたら、たまらない。
「こんなだだっ広いトコにひとりだなんて、退屈じゃないのか?」
 彼にしては、きわめて優しい口調で話しかける。
「たっ退屈じゃないもん! ひとりでも平気だもんっ!」
 強がってオスカーはそう言うが、真っ赤になった顔と涙をいっぱい溜めた瞳が、図星だったことを物語っている。
(だ〜〜〜〜〜〜っ。いい加減にしてくれよな〜〜〜〜)
 外見は大人なのだから、気持ち悪くてしょうがない。
「おい、オスカー! 行くぞ」
 ゼフェルはオスカーの手をグイッと引っぱった。
「ジュリアスの野郎も過保護すぎるんだ。ひとりっきりで留守番なんかさせて……」
「おしゅかーはひとりでお留守番出来るもん! じゅりたまのことを悪く言うな、バカーーッ!」
 オスカーは怒ってゼフェルの手を振りほどいた。
(……ったく、ジュリアス馬鹿のこういう所は、ガキでも大人でも変わらねえな…)
 ゼフェルはため息をついた。そして精一杯にっこりと微笑んでオスカーに話しかける。
「なあ、後で俺からジュリアスの野郎に言っておくから、俺とこれから外へ行かねえか? 特別にメカチュピの操縦をさせてやるぜ」
「えっ! いいの?」
 オスカーは途端に目をキラキラさせる。
「ああ、いいとも。そのかわり、はしゃぎすぎて遠くへ行くんじゃねえぞ」
「うんっ!」
 野太い声で頷いて、スキップする姿を見るのは楽しいものではないが、無邪気に喜ぶ姿は、ゼフェルまで楽しくさせるから不思議だ。
(……ったく、ジュリアスの野郎、相手は子供なんだから、たまには遊ばせてやれよな。こういう時には、やっぱり子供は子供同士に限るよな……)
 突然、ゼフェルはハッとした。
 つい自分を子供だと認めてしまった。……どうも調子が狂って仕方がない。
(………畜生め……)
 ムシャクシャしてペッと唾を吐き出す。
 先に駆け出しているオスカーがクルッと振り向いて、必死でゼフェルに早く来てと手招きした。
 はい、はいとオスカーの後を追いかけながら、あとで元に戻す方法を早く発見しろと、ルヴァやエルンストにせっついてみようと考えていた。

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