氷の薔薇


 早朝、オスカーはいつもの時間に起きると、カーテンを開けて、窓の外を見た。今朝も空は抜けるように青く、まるでジュリアスの瞳の色のようだ、などと考えながら、大きく伸びをした。

 今日もまた、いつもと変わりのない一日が始まる。
 そんな平凡で暖かな毎日だから、幸せを実感できるものなんだろう。
 そう思いつつも一抹の寂しさも感じてしまうのだ。

(………やっぱり昨日の夜は一緒に過ごしたかったな……)
 ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。
 筆頭守護聖であるジュリアスの仕事は多忙を極める。恋人だからといって、毎晩一緒に過ごせるとは限らない。ジュリアスのみならず、オスカーもまた視察に出かけたりするので、何日も会えないこともざらだ。

 最初のうちはそんな状態に苛立ちも感じたが、ふたりの間に強い信頼関係がある限り、そんなことは全く問題ではなくなっていた。
 ジュリアスがオスカーのことを誰よりも深く信頼してくれる、だからこそオスカーもまた強くあれるのだ。

 と言いつつも、寂しく思ってしまうのは、今日がオスカーの誕生日なのだからだろう。

 聖地の1年は外界とは流れが違う。だから厳密な意味では今日が誕生日ではないのかも知れない。
 しかし、節目やお祝い事は数少ない娯楽として、みんなで楽しむようにしている。現在の女王陛下や補佐官のロザリアの誕生日の時は、守護聖全員、そして聖地をあげてお祝いをしたものだ。マルセルやランディの誕生日にもみんなが集まって、昼食会が催されている。

 しかし、中堅組、そして年長組は自分のこととなると、お祝い事に少々構わなくなる(オリヴィエを除いて(笑))
 特にジュリアスは自分のことには、何も構わないのである。
 自分のために、わざわざ他の人物の手を煩わせるなど、以ての外なのだ。

 この前のジュリアスの誕生日。
 その事を思い出すだけで、オスカーの顔に苦笑が浮かぶ。
 ジュリアスの誕生日は月の曜日であった。
 いくら自分の誕生日だからって、執務を疎かにするような人ではない。
 それがわかっていたから、オスカーは白い薔薇の花を一輪だけ持って、ジュリアスの執務室へ入った。

 誕生日おめでとうございます、とさりげなく言いながら、オスカーはジュリアスの机の上に並べてある書類の上に、そっと薔薇の花を置く。

 ジュリアスは少し驚いた顔で花とオスカーを交互に見ると、ありがとう、と小さく礼を言った。
 そしていつものように執務を始めたのだ。いつもと違うのは、机の上に小さな花瓶が置かれ、薔薇の芳しき薫りが漂っていることだ。

 もちろんその時にはすでに、ふたりは恋人同士になっていたが、互いに守護聖である限り、執務を優先するのはあたりまえのことだった。

 ふたりが心おきなく恋人同士として過ごせるのは、週末だけ。
 あの日もジュリアスと、喜びを分かち合うことは出来なかった。
 わかっていても、なんとなくやりきれない思いを捨てきれない。

 今日もそんな思いをするのか、と思いながらオスカーは剣を腰に差す。
 むろんその感情を表に現すような愚挙をするつもりはないし、そうやってだだをこねることは、ジュリアスに対して失礼だ。考えるのもバカバカしい。

(所詮、俺もまだまだ子供だな)
 オスカーは苦笑しながら、マントを取る。
「あの、オスカー様、ジュリアス様から伝言が届いていらっしゃいますが」
 召使いがおずおずと部屋に入りながら、そう言った。
 その手には書簡を携えていた。

『スペースポートに今すぐ来たれしジュリアス』
 几帳面で明晰なこの字は紛れもなくジュリアスの手のもの。光の守護聖自ら早朝の出張命令とは、よほどの緊急事態に違いない。
 オスカーの顔が厳しく引き締まった。さっきまでの感傷は、すっかり消え去っていた。

 素早くマントを羽織るり、足早に玄関に向かうと、用意されていた愛馬に飛び乗る。
 その顔には、任務に対する意欲で満ち満ちていた。

 スペースポートへ着くなり、オスカーは矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「状況はどうなっている? 報告はどこに届いているんだ、それより責任者はどこにいるんだ」
 係りの者が追いつけないほど、オスカーは足早に搭乗口に向う。
「シャトルはすぐにでも出発できるように準備は整っています。責任者はシャトルの中でオスカー様のおいでを待っていらっしゃいます。報告もそちらでお願いします」
 ようやく追いついた職員は、奥歯に物が挟まったようにそう言った。その様子に少し苛立ちながらも、オスカーは急いでシャトルに乗り込んだ。


 


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