氷の薔薇



「よく来たな」
 デッキに入った瞬間、耳慣れた声がして、オスカーはハッとなる。
「ジュリアス様!」
 信じられない気持ちで、オスカーはそう言った。守護聖の首座、光の守護聖ジュリアスが直接出向くようなことは、滅多にありえない。宇宙の存亡に関わるようなことが、起きたのだろうか……。

「ジュリアス様、どうしてここに。緊急事態でも起こったのですか?」
 オスカーは緊張した面もちで、そう尋ねる。
 ジュリアスはくつろいだ表情でソファーに腰掛けており、オスカーの言葉を遮ると、こう答えた。

「私がそなたを誘ったのだ。だからここにいるのだ。……いつまでそこに突っ立ているのだ、ここに座るとよい」
 ジュリアスは笑みを含んだ声音でそう言って、ソファーの横を指し示した。

 オスカーは変だと思いつつも、言われた通り腰掛ける。隣に座るジュリアスを見ると、視察や調査へ出向くにしては、服装がくだけた感じだ。
「……あの、ジュリアス様。この呼び出しのの目的は」
 訳がわからないなりに、とにかく状況を把握するために、オスカーは質問した。

ジュリアスはふっ、と婉然と微笑むと、こう答えた。
「目的はそなただ」
「えっ?」
 思いっきり呆気にとられたオスカーに、ジュリアスはつい吹き出してしまう。愛しい人の嬉しそうな笑い顔に、見とれながらもオスカーは質問を続ける。
「目的は俺ですって? 差し支えなかったら、その理由をお教え願います」

 今日は火の曜日、本来なら執務日である。ふたりっきりの週末の時のように、くつろいでオスカーをじっと見つめている。
 オスカーは頭がクラクラしてきた。

 ジッと見つめるジュリアスの美しい瞳、芳しい髪の香り、暖かな息づかい、そして伝わってくる体温は、まさしくオスカーの愛するジュリアスのものに間違いないからだ。

「そなたは、これを覚えているか……」
 ジュリアスは懐から小さなものを取り出して、黙ってオスカーに手渡した。
「……これは…………勿論です」
 オスカーは言葉に詰まりながら、答える。
 それは小さな栞だった。色褪せた花びらが一枚だけ、押し花にしてある。

「それはそなたから貰ったものだ。私は大切にいつも身につけていた」
 ジュリアスはオスカーから栞を受け取ると、そっとそれを胸に寄せ、いくぶん頬を赤らめた。

「オスカー、あの時はその、とても嬉しかったのだが、礼を言いそびれてしまった。執務中だったし、私自らそのきっかけを逃してしまったのだ。……だが、私はいつでもそなたに感謝している。そなたがあの薔薇を渡してくれるまで、自分に誕生日などあることを忘れ去っていた。そなたがそれを思い出させてくれた……」

「私はおまえの誕生日である、今日この日に、そなたに礼をしたいのだ。そして、そなたのために私も祝わせてくれ」
 真摯な瞳でジュリアスはオスカーを見つめる。

「ジュリアス様、でも今日は火の曜日では……」
 自分のためにジュリアスは執務を放棄したというのだろうか、嬉しい反面、申し訳ない気がする。

 なぜなら、ジュリアスがどれほど聖地や宇宙のことを大切に思っているか、オスカーはわかりすぎりほど、わかっているからだ。

「……オスカー、そなたの言わんとすることはわかっている、だが私がそうしたいのだ。今日一日休んだとはいえ、機能が停止するような、やわな聖地や宇宙ではない。今日一日滞りなく行くようきちんと手は打ってある。今日は他ならぬそなたの誕生日だ。私はそなたと共に祝いたいのだ……」

 少し悲しげにジュリアスは目を伏せた。
 オスカーは感激して、ジュリアスを両手で強く抱きしめた。こんな大がかりなことをしなくても、笑顔一つ、言葉一つで十分に幸せになれるというのに。

「……ジュリアス様…」
 オスカーは優しく囁いた。

 いつも、強く正しく毅然として美しいジュリアスが、この時、この日だけはオスカーだけを見つめてくれる。
 それだけで十分だった。 



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