氷の薔薇



 シャトルはどんどんと聖地から遠ざかり、窓には無数の星が輝いている。
 星の一つ一つに守護聖のサクリアが満ちている。
 サクリアとそれをコントロールする女王の力がないと、宇宙の運行と均衡は保たれない。

 だが、彼らの心とて、無数の星に暮らす、無数の人々と何ら変わることがないのだ。
 守護聖だけが特別ではない。すべての人々が宇宙にとっては、必要とされている。たった一人のための特別な存在なのだ。

 オスカーにとって、特別なひと、ジュリアス。
 限りなく尊敬し、愛するひと。
 ジュリアスにとっても、オスカーは特別な存在。
 深い信頼をよせた、たった一人の恋人。
  こうして何も言わずに、ふれ合っているだけでいいのだ。

 ………30分ほど経った後で、シャトルは減速を始めた。
 スクリーンに目的地である惑星の姿が大きく映し出される。
 蒼く、輝く惑星、それは惑星全体が氷に覆われているせいでそう見える。
 そこは無人の氷の惑星だった。

ジュリアスは静かに語り始めた。
「ここは昔は人々が暮らす豊かな惑星であった。だが、太陽に隕石が落下したため、その影響でたった一日で、この惑星は一面の氷で覆われてしまったのだ。私はその折り、調査のためここを訪れたのだ」
 ジュリアスは当時を思い出しながら、懐かしそうに言葉を続ける。

「私はその時、守護聖になりたてで始めての調査だった。私はまだ小さな子供で、主星と聖地しか知らなかった。だが、この惑星を見た途端、なぜか懐かしかったのだ。泣きたくなるほど無性にこの惑星の姿が私の心を捉えたのだ。どうしてかわかるか?」
 ジュリアスは瞳をオスカーにまっすぐに向けた。

「……同じだったのだ。おまえの瞳の色と、同じ色だったのだ、この氷に囲まれた惑星色がだ。おまえが始めて聖地に来たあの日を、決して私は忘れられない。おまえのその蒼い瞳を見た瞬間、私の心に驚きと喜びが同時に駆けめぐったのだ。…………いつかその事をそなたに伝えたかった。私はこの日か来のを待っていただと思う」

「ジュリアス様……」
 ジュリアスの告白に、オスカーはそう言うことしかできなかった。
「私はまだ見ぬおまえの瞳に恋していたのだな」
 笑いながらジュリアスはオスカーに口づけた。
「そなたにいつか会える、そう信じていたのだ」
 オスカーは無言のまま、強くジュリアスを抱きしめた。




 シャトルは惑星の上に静かに着陸した。ふたりは外に出た。
 ジュリアスの瞳はオスカーと、その背後に広がる氷の大地を見つめる。
「……おまえが生まれたこの日に、おまえとここに訪れたかった。……ふふっ…しかしこうして見てみると、おまえの瞳の方が数倍私には好もしく思える」

「俺の瞳など、ジュリアス様のその宝玉のような瞳に比べれば、取るに足らないものですよ」
 オスカーはそう囁きながら、ジュリアスを引き寄せ、マントですっぽりと包みこんだ。空気は身を切るように冷たいというのに、心はとても暖かい。

「あれを見るのだ」
 ジュリアスは前方に輝くものを見つけると、指さした。
 オスカーはゆっくりと振り返ると、その光景に目を奪われた。

 それは一見すると小さな氷の固まりがいくつか固まっているように見える。しかし、目を凝らしてみると、紛れもなく薔薇の花だった。花びら全体を氷に覆われながらも、健気に凛として美しく咲いていた。

「こんな人の暮らさぬ場所にも、植物は根付いているのだ。私は常に惑星の状態をずっと見守っていた。最近になって、かすかながらようやく生命の兆候が見られるようになってきた。そして私は再びここを訪れたのだ。その日はいつかわかるか?」

「さあ、俺にはわかりません……」
 オスカーがそう答えると、ジュリアスは静かに笑った。
「そなたに薔薇を貰ってから数日後だ。私はそなたの気持ちが薔薇と共に枯れていくのが怖かった。……だからここに置いて、永遠に保存しようと思ったのだ…………」

 白く透き通ったジュリアスの頬が、紅潮してきたと思うのは考えすぎだろうか。その吐く白い息ですら、愛おしくなってくる。ジュリアスの言葉は続く、見つめ合うだけで、だんだんと心が温かくなっていく。

「私は薔薇を枯らしたくないと思った。だがどうだ、薔薇は、枯れるどころか根付いて、新たな命を生み出している。私とおまえのサクリアのせいかと思いもしたが、それは違う。…………これは奇跡なのだ。美しく素晴らしき奇跡、おまえと出会えたことも、奇跡なのだな」

「ご心配なく、俺の愛は決して枯れることはありませんよ。あなたへの想いは日に日に積もっていくばかりです。こんなに愛してもいいのだろうかと思うほど、想いは尽きることはありません」


「そうか……」
 ジュリアスは嬉しそう言うと、オスカーの胸に顔を埋めた。

 遙か頭上にオーロラが広がっていき、光のシャワーが氷の大地に降り注いでいく。
 氷の薔薇はオーロラの光を受け、キラキラと反射しながら輝き出した。
 まるで愛し合う二人を祝福しているように、その輝きは増していく。

「ジュリアス様、ご存じですか? 来年は外界のとある惑星では千年紀・ミレニアムだそうです。よく考えてみたら、この新しい宇宙も誕生したばかりですね。俺は次のミレニアムもあなたと共に祝いたい。そして俺たちが出会ってからのミレニアムもあなたと共に過ごしたい。………承知してくださいますか?」

「………今日はおまえの誕生日なのだぞ、私を喜ばせてどうするのだ」
 ジュリアスは憮然となる。
「あなたの喜びは俺の喜びなんです。誓っていただけますね?」
 質問というより、強要するようにオスカーは言った。

「もちろんだ、それはもとより私の望みでもある」
 ジュリアスは憮然としたまま、そう言った。そしてプッと吹きだした。
 オスカーもまた笑う。

 今日の日は決して忘れないだろう。
 二人で過ごす日々は永遠なのだから、その誓いは破られることはない。
 決して……!


 特別な一日は、たまたまオスカーの誕生日となったのです。



                                        終わり



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