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味噌売り


これは、旅に目覚めた学生時代の出来事でございます。

 長い休みが近づくとソワソワするのは、社会人となった現在でも一緒なのだけれど、両者の違いと言えば、一つ目は旅立つ時期。二つ目は期間。
GWやお盆に有給休暇を気合と努力で張りつけ、束の間の自由を謳歌しなければならない現在に対し、学生時代には春夏にドカンドカンと無条件の長期休みが存在したのであった。
ああ、古き良き学生時代よぉ!!
などとうらやむ反面、三つ目の違いである経済力は、ボンビー学生であったワタクシめには大きくのしかかる問題だったのだ。

「パパァ、旅行に行くからジェニちょうだい!!」
などとオネダリ出来る訳も無く、さりとて日頃からコツコツとバイトで稼ぐ地道さも無く・・・・・
ワタクシが選んだ道は、
「休みの前半に集中的にバイトで稼ぎ、後半を一気に遊んで暮らす」
という作戦。
半月から一月くらいの間でまとまったカネを稼ぐからにはヒサンなバイトも数多くこなすしかなく、とにかく悪の道にさえ足を踏みいれなければ何でもOKで、コギレイでお上品なシゴトではダメなのであった。


 ある年の夏、どういう訳だかなかなか良いバイトに恵まれずにアセり始めていたワタクシは、朝飯を食い終わるや否や駅の売店まで「日刊アルバイトニュース」を買いにチャリを漕いだ。
「今日こそ良いバイトが見つかりますように!!」
などと念じて帰ろうとすると、駅前ロータリー付近で呼びとめられる。
「ちょっと待ちなさい」
んにゃ?あなたはケーサツではないかぁ!!
「な・なんですかぁ?」
「こんな人混みでチャリはアブナいよぉ。ちょっと来て!」
にゃ・にゃにおう?他にもウジャウジャとチャリは居ますがな!
「ちょっとチャリを調べるからねぇ。コリはチミのぉ?」
「母親のです。登録は兄の名前にまってますけどぉ」
へん。
どうやら盗難チャリの調査かい。
それにしちゃアブナいなどとミエミエの言いがかりつけやがって。
ヤクザだねぇ。
おっ!!こりって別件逮捕?なぁんてね。
などと面白がっているうちは良かったのだけれど・・・・
「なんでカゴの中に懐中電灯なんか入れてるの?」
「そ・そりは・・・」
このチャリ、ライトが壊れているのだ。
街中を走る分には問題無いけれど「無灯火」などとケーサツにイチャモンをつけられないように、兄貴がカゴに入れっぱなしにしていたのだけれど、それが逆効果になろうとは。
「(アヤシイやつめ。)ちょっとコッチ来て」
駅の裏に連れていかれる。
そこにはパトまで止まっていて、ワタクシに声を掛けた初老のケーサツの他にも、3〜4人もタムろっているぞぉ!。
こりはただの盗難チャリ調査ではあるまい!
なにか事件でもあったのかぁ!。
そしてその容疑者はもしかして・・・・・
 初老のケーサツはパトに乗り込み、なにやら無線で交信を始める。
パトからちょっと離れた場所に立たされたワタクシに、若いケーサツが尋問を始める。
「名前は?住所は?」
「さっき言いましたよぉ」
「いいから!!」
初老ケーサツは穏やかな口調だったのに対し、こちらは命令口調。

 パトに向かう若いケーサツ。
入れ違いに現れた別の若いケーサツ。
「名前は?住所は?」
「だからぁ!!2回も言いましたよぉ」
「にゃにおう?黙って答えろ!!」
そんなニホンゴがあるか!!この筋肉ノウミソがぁ!!
 つかみかからんイキオイの筋脳ケーサツ。
「おい、人の目があるから・・・・」
いつのまにかパトから出てきた初老ケーサツが、若いケーサツをたしなめる。
「あのぉ、何かあったんですか?」
「いいから待ってなさい」
なんだと言うのだ!!
このまま府中あたりに連行され、時給数円の木工なんかをやらされてしまう運命なのかぁ!!

 再びパトから戻ってきた筋脳1号、初老ケーサツに何やら耳うちする。
そして初老ケーサツ、
「判った。チャリはチミのお兄さんのだねぇ。帰っていいよぉ」
にゃ!にゃにおう!!
無罪放免と決まれば、コチラが怒る番なのだ。
「何があったか知らないけれど、シトを犯人扱いしやがって!!!口の聞き方も知らんのかぁ!!えっ?ケーサツよう!!何か調べたいんなら、正直に言いやがれ!!ヘンな言いがかりで呼びとめやがって。えっ?黙って答えやがれ!!」

筋脳2号がヒクヒクと動く。
ヤバい、言いすぎたかぁ!!!
初老ケーサツ、それを制しながら
「まぁ、我々もシゴトだから。気を悪くしないでね」
「ふざけるなぁ!!」
アタマワルい上に凶器を持っている相手をあまり刺激するのも得策ではなく、捨てゼリフを残し、そそくさとチャリで逃げ出すワタクシなのであった。

ピーポくん


 やっとの事でオウチに帰り、さっそくチェックする日刊アルバイトニュースなのだけれど・・・
すでに手元には、ここ数日分が何冊も転がっているのだ。
毎日買った所で殆どが同じような内容なのは承知しているものの
「今日こそはラッキーバイトを!!!」
なるアセリから、ついつい買ってしまうのだ。
しかし今日のは気合が違うぞぉ!!!
苦労して入手したからには、今日こそコイツから決めてやるぅ!!!!
そんな意気込みで丹念にチェックし、目に留まったバイトは・・・

『手作り味噌の販売。日給は固定給5000円+歩合。年中無休で出勤日は自由』

 当時のバイト代の相場は、喫茶店などで時給500円台で、日給5000円なら大歓迎な時代。
歩合がどのくらいになるのかは判らないけれど、仕事内容は苛酷ではなさそうだし、やる気になれば集中的に稼げそう・・・・
早速デンワ。
「明日の朝、カイシャに来なさい。具体的な内容はそこで説明する。納得できたらそのまま働いてもらう。」
おおっ!!なんとも簡単な!!
 過去には『肉体勝負のドカチンもどき』や『灼熱・酷寒・不眠の交通量調査』などのツラいバイトもこなして来たけれど、今回は、快適な室内で「ミソいかがっすかぁ?」などと叫んでいればいいだけの楽チンな仕事らしい。
この時点では、そんな甘い期待をしていたのであった。



 三多摩地区の駅から徒歩10分弱の所に、なにやら怪しげな事務所が鎮座していた。
不安げに立ち尽くす新規バイト6名の前に現れたのは、どっかの教祖のようなヒゲオヤジ。
まるで布教でもするかのように静かに語り始める。
「こりは信州の老舗に特別に作らせた、タイヘンに素晴らしい味噌なのですよぉ。」
「な・なるほど・・・」
「品質には自信を持っています。貴方達も自信を持って売って下さいよぉ。」
「は・はぁ・・・」
「班分けをしますので、さっそく出発してくださいねぇ。」
「ど・どこに??」
イロイロと思い違いも有ったようで、実態は味噌の訪問販売だったのだ。

・チームででクルマに乗込み、リーダーが定めた団地や住宅地などに着いたら一旦解散。
・それぞれ味噌などの試食品を手にして住宅を訪問し、味噌や野沢菜を売りつける。
・ある程度の時間が経過したら集合し、次の団地に移動する。

 おんやぁ??支払条件が違っているではないか。
『固定給5000円』というのはインチキで、
『一日に5個売れた者のみに固定給が支払われる。それ未満の者は1個につき千円』
というヒゲオヤジ。また、歩合給の内容は
『6個目からは、1個に付き千円』
つまり、固定給などと紛らわしい言い方をする必要は全く無く、早い話しが単純に
『1個売れば千円の報酬』
なのであった。

 未経験の訪問販売だし、売る味噌がデカ樽仕様で高額なのだ。
果してホントに売れるのだろうか。
そんな不安はある物の、とりやえずやって見ようと思ったのが間違いだった。


 軽のワンボックスに味噌やら野沢菜の樽を満載し、4人で出発するワタクシのチーム。
リーダーは長期の経験者で、地図も見ないで自信満々にハンドルを切る。
他の3人は今日からの新人で、体育会系の角刈り兄ちゃん、おとなしくて清純そうな女子大生、そしてワタクシ。
程なく、最初の団地に到着。
「よぉしっ、行きますかぁ。1時間後に集合ねっ」
リーダーの掛け声とともに、試食のタルを抱えてワラワラと散って行く面々。
しかし、現実は中々手強い。
まず、ドアを開けてもらうのが一苦労。
「間に合ってます」
の一言で撃退されてしまう。
やっと顔を見せてくれても、試食まで持ち込むのでさえ困難で、んもぉイバラの道。
オロオロと右往左往するだけの時が過ぎ、アッサリと集合時間を迎えてクルマに戻る。
「みんなぁ、何個売れたぁ?」
バインダーを手に成果を書き込むリーダー。
リーダー:2個
ねぇちゃん:1個
角刈り:0個
ワタクシ:0個

 そして次の団地へ。
ここでも同じパターンの繰り返し。
リーダー:1個(3)
ねぇちゃん:2個(3)
角刈り:1個(1)
ワタクシ:0個(0)
(カッコ内は通算)

 やばいっ!!
一人だけ売れていないではないかぁ!!!
それにしても、ねぇちゃんの健闘が光る。

 またまた次の団地へ。
ちったぁ作戦を考えなければならない。
まず自分で売り込むよりも、他のシトの行動をコッソリと偵察する。
まずは角刈り。
ガッチリしたガタイに巻かれた藍染めの前掛けが、坊主頭に良く似合う。
「まいどぉ!!!味噌屋ですぅ!!」
まるでお馴染みの酒屋の配達のような、サワヤカ&堂々とした掛け声!
アッサリとドアが開かれる。
おおっ!!見事だぁ!!
 しかし、次のねぇちゃんはそれどころでは無かった。
「こんにちはぁ。お味噌はいかがですかぁ?」
けっして商売慣れした掛け声ではなく、どちらかと言えば弱々しく不器用なしゃべりなのだけれど・・・・・
ドアが開いてしまうのだ。
そして・・・・
ロクに説明するでもなく、売れてしまうのだ。
 化粧っけも感じられなくけっして美人系では無いけれど、スレンダーな体に地味なブラウス、チェックのスカート。
まるでイナカから出てきたお手伝いのネエチャンのような前掛け姿。
ひ弱ささえ感じさせるそのネエチャンが、まさにリーダーとトップ争いを演じているのだ。
「その日の売り上げトップのシトは、トップ賞3000円ですよぉ」
店主のヒゲオヤジの薄笑い顔が思い起こされる。
ワタクシには無縁であると思い知らされたトップ賞。
ひそかにオネェチャンに取って欲しい思い始めているのであった。


 負けてはいられない。
気分新たに元気一杯&サワヤカな声でインターホンを押す。
「こんにちわぁ、お味噌はいりませんかぁ?」
「はぁいっ。ちょっと待ってぇ」
おおっ!!
アッサリとドアが開いたぁ!!
40台くらいの主婦が出てきたぞぉ。
ここからが勝負!!。
笑顔だ。偽りでも何でも笑顔だ!!
ブキミにならない程度の笑顔だぁ!!
「こ・こりは信州の・・・・」
「あらそう。ちょっと待ってね。おカネ取って来るから」
な・なんですとぉ?
買ってくれるのぉ・・・
「そ・そりでは味噌を持ってきますぅ」
そんなに慌てる必要も無いけれど、思わずクルマまでダッシュで走る。



 昼飯を挟んで、ひたすら団地やマンションを回りに回る。
徐々に夕暮れがせまりくると言うのに、更に次の団地を目指すリーダー。
 ドアなどに張ってある『押し売りお断り』のステッカー。
今まで何気なく見ていた時には何とも思わなかったけれど、いざ訪問販売をする側になると、出鼻をくじくには十分なプレッシャーなのだ。
少なくともワタクシのようなシロート押し売りの気合を半減させるには十分な効果がありそうである。
この時点での各人の売り上げは

リーダー:8個
ねぇちゃん:7個
角刈り:4個
ワタクシ:2個

 どうやら、意地でもオネェチャンに負けるわけにいかないと思っている様子のリーダー。
彼が「今日は終り」と宣言しないかぎり、チーム全員での味噌売り稼業が続けられるラシイ。
ワタクシはと言えば、初売り上げで高揚したのも一時で、その後は再び不振の連続。
イイカゲンに気合も抜けて、そろそろ帰りたいと、試食のタルの重さが身にしみる。
 ここでの成果もゼロのまま、重い足取りでクルマに戻る。
全員が揃うのを待って、リーダーが呟く。
「ケッ。ここはダメだなぁ。売れねぇや。そろそろ今日は止めっか。皆はどうだった?」
「ダメですぅ」
「売れないですよぉ。もっと小さなタルにして、金額を安くしなければキビシイですよぉ」
角刈りとワタクシが口々に訴える。
なのにオネェチャンったら、
「あのぉ、わたし2個売れました・・」
などと、申し訳無さそうに報告するもんだから・・・・
「にゃ・にゃにぃ??よぉしっ。次の団地に行くぞぉ!!」
リ・リーダー、またですかぁ。
オネェチャンも、もう売らないどくれよう!!

 すでに完全なる夜となり、偽りの笑顔も電池切れとなる。
いざるようにマンションの呼び鈴を押す。
「すいませぇん、味噌はいかがですかぁ」
「あ〜ん?」
インターホンから聞こえるのは男の声。
こりゃダメかぁ・・・
ほどなく、ガチャガチャとカギを開ける音。
そして出てきたのは、神経質そうな50台くらいの男。
「味噌がなんだって?」
思わずそのまま逃げたくなる気持ちを押さえ、最後の気合を振り絞る。
「信州の高級な味噌なんですぅ。いかがですかぁ」
「なんだそりゃ。高けぇよ。そんなデカいタルでなんかいるか。」
不機嫌そうな口調。
思い切りミジメな気持ちになり、んもぉ国連軍に援助物資をねだる難民のような視線を送りながら哀願する。
「お願いしますぅ。野沢菜もあるんですぅ」
「そっちはいくらだ」
「4000円ですぅ」
「ケッ。しかたねぇなぁ。んじゃそっちを買ってやる」
「ホ・ホントですかぁ!!!有り難うございますぅ」
やったぁ!!
しかし、喜びの気持ちは15秒ほどしか持続しないのだ。
こりは完全なる同情か、もしくは厄介払い的に買って貰っただけではないか。
人の情にすがって儲けた金なんて!!!
そんなカネ、嬉しいもんかぁ!!

「おつかれぇ。ここでは1個だけだぁ。ホントに今日は止めよう。」
さすがに疲れた顔のリーダー。
「すいません、2個売れました。1個は野沢菜ですけど・・・」
またまた、申し訳無さそうに小声で報告するオネェチャン。
「・・・・・・」
リーダーは角刈りやワタクシの報告を聞く事も無く、無言でエンジンをかける。
「あのぉ、ワタクシも野沢菜を1個・・・・」
「あっそう。」
もしや、また次の団地ですかぁ・・・・
そんな心配に反し、本日の成果分だけ軽くなった軽ワンボックスは、怪しい教祖店主の待つ事務所に辿り着いたのであった。



 翌日。
昨日の疲れも然る事ながら、とても気の重い目覚め。
旅には出たい。そのためにはカネが要る。
気合で味噌でも何でも売らなければならない。
でも・・・・・
昨日の最後の1個の野沢菜、あれは売れない方が気が楽だったかも知れない。
オナサケでカネを稼いだ事が、なんとも気まずい。
大層なプライドなどは持ち合わせていないけれども、こんなミジメな思いをしてまで・・・
 それでも中央線に乗り、味噌屋の事務所を目指す。
やっぱり旅の魅力は捨て難く、心の底では、あのオネェチャンと仲良くなりたいという期待があったのかも知れない。
何も、オナサケで買ってもらわなくてもいいじゃないか!!
明るく、元気な商売をすればいいのだ。
やるぞぉ!!!
しかし、事態はヤバい方向に向っていたのだ。


 事務所に到着すると、教祖は苦悩の表情を浮かべ、腕を組んで突っ立っていた。
ワタクシに手招きし、事務所の奥に引きずり込む教祖様。
「キミィ、ちょっと困った事になったんだよ」
「はぁ?ど・どうしたんですかぁ?」
「キミにはタイヘンかもしれないけれど、頼むよぉ!!」

 このバイト、出勤する日は自由なのだけれど、なんと、今朝やって来たのは本日初めての新人ばっかり。
経験者は、昨日のトップ賞だったセミプロおやじと、経験者とは名ばかりで3個しか売れなかったワタクシ、この2名だけなのだ。
「2チーム出したいんだよ。キミ、リーダーやってくれる?」
「ム・ムチャですよぉ。ワタクシ、昨日はロクに売れてないんですよぉ」
「大丈夫。頑張ればイケますよぉ」
「そ・そんなぁ・・・」
「売れそうな団地を、ボクがチェックして地図に書き込んでおくから」
「そ・それにクルマの運転だって・・・」

この頃、ワタクシは免許取りたてのペーペーのペーパーで、助手席に教官が乗っていない、もしくは補助ブレーキが付いていないクルマを運転した経験も無かったのだ。
「大丈夫。ちゃんと運転できるのも1人付けるから」


 新人の中から選ばれたドライバー役を含め、総勢4名でボロ軽ワンボックスに乗込む我がチーム。
さっそうと(売れそうも無い)味噌を積み込んで出発。
見送りに出てきた教祖が、ドライバーに叫ぶ。
「これは4輪ついているけれど、エンジンなんかバイク並みなんだからねぇ。ブン回しちゃダメだよぉ」
そして、助手席のワタクシに
「何かあったら、カイシャにデンワしてねぇ。みんなで頑張るんだよぉ」

 教祖がチェックしてくれた団地に辿り着き、ちりぢりに第一ラウンドに挑む。
ここはリーダーとして、何としてでも良いスタートを切らねば!!!
などと気合ばかり空回り。
結局ひとつも売れず、全員玉砕。
そして第二ラウンド。
結果は散々たるキビシイ現実、全員玉砕。
「なんかさぁ、売れる気がしないっすよぉ。悪いけど、俺、ヤメてもイイっすかぁ」
おおっ!!早くも脱落者の登場だぁ!!
「ちょ・ちょっと待っとくれよう。カイシャに聞いてみる!」

オロオロとデンワをする。
静かに語る教祖様。
「帰ってもらいなさい。」
「は・はぁ」
いつのまにか、力強い励ましの口調に変わる。
「ヤル気の無いヤツが居ない方が、皆で頑張れるよ」

藍色の前掛けを外し、申し訳無さそうに去っていくチーム員A。
残る3人で次の団地へ向うものの、全く売れる気配すらない。
コリはマズい。
更なる脱落者が出てしまう。
頑張れば売れるというフンイキが必用なのだ。
誰か一人でも売れなければ・・・
あのオネェチャンさえいれば。
あんなに売れたのに、なじぇ今日は来ていないのだぁ。
売れる売れないもモチロンだけれど、別の意味でも寂しいよう・・・
そんな感傷に浸っているバヤイでは無かった。
「オレもダメっす。」
おおっ、また脱落者。
しかしコリはヤバい。
彼は運転手なのだ。
「リーダー、一応は免許持ってるんでしょ?悪いけど、帰りますわ」
そそくさと前掛けを外すチーム員B。
その前のチーム員Aの逃走が許されているだけに、教祖のお許しを待つまでもなく、申し訳無さそうな顔を浮かべながらも去っていく。
再び、オロオロと教祖にデンワ。
「運転手が逃げちゃいましたぁ」
「にゃ・にゃにぃ??。もう一人居るよね?彼は免許は?」
「持っていないそうです」
「そうか・・・」
しばしの沈黙の後、一気に命令口調の教祖。
「大丈夫だ!!。気を付けて運転しなさい。2人の方が動き易いじゃないか」
「は・はぁ・・」
「頑張るんだ!!頑張りなさい!!!」
「・・・・」
減っていくチーム員。
増えていくのは主を失った前掛け。
残ったチーム員C、
「先を越されちまったい。最後の一人じゃ逃げ出し辛いじゃんかよう!!」
不安げな表情に、そんな言葉が喉まで出掛かっているのが判る。
ワタクシだって、リーダーじゃ無ければ逃げ出したい心境なのだ。


 ソロソロとクルマを動かす。
ノッキングやら空ぶかしなどを繰り返し、クルマ社会のメイワクのような速度で、一つも売れない味噌を満載して走る。
教祖に渡された地図を抱えたナビ役に就任のチーム員C、免許どころかバス以外のクルマに殆ど乗った事も無いらしい。
大きな交差点で
「あっ、そこ左ぃ」
「えっ、ここぉ?。遅いよう!!ええいっ、ムリヤリ曲がっちまえ」
「違った!!真っ直ぐだったぁ」
「そ・そんなぁ!!!」
気が動転し、左ウインカーを出したままヨタヨタと直進。
急ブレーキとクラクションの音が交差点内に響き渡る。
引きつるチーム員C、もちろんワタクシの顔だって能面化しっぱなしなのだ。
 団地内に入り込んで一安心。
大きな溜息のハーモニーの後に、二人して味噌売りを再開。
と言っても、すでにパワーは運転に使い果たしてしまっているワタクシ。

「すいませぇん。味噌はいかがですかぁ」
「はぁぁぁい」
出てきたのは、3〜40台の主婦。
妙に声が明るい。
「信州の、最高級味噌なんですぅ」
「あぁぁら、そうなのぉ」
おっ、反応が良いぞぉ!!
「そこいらの味噌と違って、味噌が生きているんですよ」
「へぇぇぇぇ、そうなんですかぁぁ」
受け答えが妙に大袈裟だ。
「だから、冷蔵庫に入れる必要も無いんですよ」
「そぉなのぉ!!すごいわぁ!!」
こちらの言う事に、いちいち感激の声をあげる主婦。
「お買い上げ頂いた方々から、次々と追加注文も頂いているんですよぉ」
「そんな凄い味噌なんですかぁ。お一つ頂くわぁ」

う・売れた。
ワタクシのセールスの力量などとは無関係に何でも買っちゃいそうな主婦だけど、とにかく売れたのだ。
もちろん口からデマカセな口上を並べた訳では無く、バイト初日に教祖から教わった通りにPRしたに過ぎない。
この味噌がワタクシのPRどおりなのかどうかはワタクシには判らない、と言うよりも信じられない。
ホントに冷蔵庫に入れずに、腹でも壊したりしないのだろうか?
説明だってたどたどしかったに違いないのに、完全に信じきって買ってしまう主婦。
こんな得体の知れない味噌を、そんな善良なシトに売りつけてしまって良いのだろうか?
昨日のオナサケの時よりも、強烈な罪悪感に襲われる。


 クルマに味噌を取りに戻ると、集合時間よりも早くチーム員Cが待っていた。
「そぉっすか、売れたんですか。良かったですね。」
「う・うん。この団地の続きは後にして、メシでも食いに行こうか・・」
クルマを団地内に停めたまま、歩いてファミレスに向う。
結局、午前中は合計1個のみ。
これをハズミに一気に盛り上る気配などは全く無く、お互いに無言のままで日替わりランチを貪る。
相手が
「俺達も辞めちゃおうよ」
と言うのを双方とも待っていながら、互いに口には出せないでいる・・・・
そんなオーラがあからさまに感じられる。


「あと30分くらい、ここの団地で頑張ろうか」
心とは裏腹の言葉と共に、それぞれの分担の棟に別れる。
いつのまにか雨が降り出し、気疲れした心を余計にグッタリさせられる。
そんな心境で一つも売れる訳が無く、まるで示し合わせた様にピッタリと30分後にクルマに戻る二人・・・
その時、異変に気が付いた。
満載した味噌が1個だけ減ったボロ軽ワンボックスの様子がおかしい!!
車体が妙に傾いて停まっている!!
ゲゲゲゲゲゲ!!!!
パンクだぁ!!!!!


荷台の味噌樽の山を掘り返し、辛うじてミゾが残っているスペアタイヤを発見するも、ついにジャッキや工具類は見当たらない。
仕方が無いので先程のファミレスの斜向かいにあったガソリンスタンドまで、雨に濡れながら歩いていく。
「パンクなんですぅ。工具類を貸してください」
「貸せったって・・・・そりゃダメだ。クルマはどこ?」
「すぐそこの団地なんです」
「じゃあここまで乗っておいでよ。出張修理は高いよぉ」
「ここまで乗ってきても、おカネはかかるんですか?」
「そりゃアタリマエでしょう。商売なんだから」

後で請求出来なかったらシャレにならない。
教祖にデンワをする。出たのは教祖ではなく、聞き覚えの無いオネェチャン。
「今、教祖は出掛けてます。アタシ?ここの事務員。と言っても、今日からのバイトだけど。パンクの修理代?領収書持って来れば教祖が払ってくれるんじゃないですかぁ?」

完全に空気が抜けてしまったタイヤ。
まるで砂地を走るが如く、右へ左へとタイヤは流れ、車体が揺れるたびに味噌だるが踊る。
歩くよりも遅く、余りにも長い時間の経過を感じながらガソリンスタンドに到着。
お揃いのユニホームのスタンドの兄ちゃん達がテキパキと修理を開始する。
それをボンヤリと眺めながら・・・
彼らもバイトであろうか。
ベテラン社員に指示を受けながらも和気あいあいと作業が続けられていく。
パンクしたタイヤが外され、そしてスペアタイヤがはめられ、みるみるうちに復活していくボロ軽ワンボックス・・・・
建設的というには大袈裟だけれど、そんな光景と全く先の見えない我が姿が交錯した途端、ついに決心がついた。
「やめよう。もうイヤだ!!」

自分の力量不足が原因なのは判る。
根性無しと言われたって正解であろう。
でも、もう限界なのだ。
チーム員Cも異存がある訳も無く、クルマをスタンドに預けて帰る事をカイシャにデンワする。
先程のオネェチャンが出た。
「あらそう。伝えておきます」
どうした事か、一気にこれまでのウラミツラミが爆発!!
そんな必要も無いのに、顔も見た事も無いオネェチャンに向ってブチまける。
ウソの固定給の事・イキナリのリーダー押し付けの事・規定個数に達していない為にこれまでの賃金も貰っていない事・・・・
「ふぅん、そんなに酷いんだ、ここのバイト。アタシも辞めちゃおうかなぁ」



 雨の中、傘も無いままトボトボと駅を目指して歩くワタクシとチーム員C。
「元気でな。またどっかで会おうぜ」
「うん。今度は、マトモなバイト先で会おう」
バスターミナルと言うには小ぢんまりした空間に溢れるバス。
そこから吐き出される人々と共に改札口を目指す。
ふと足を止めて売店の日刊アルバイトニュースに視線を送る。
明日の為にはまたコレを買わなければならないのか・・・・・
毎日表紙の色が変わるこの雑誌の今日の色は、一歩後退してしまった旅の空の色とは似ても似つかない毒々しい青だった。

押し売りお断り

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