味噌売り(携帯版 その1)

これは、旅に目覚めた学生時代の出来事でございます。


春夏にドカンドカンと無条件の長期休みが存在した学生時代。
ああ、古き良き時代よぉ!!
ただしボンビー学生であったワタクシめには、経済問題が大きくのしかかったのだ。

「パパァ、旅行に行くからジェニちょうだい」
などとオネダリ出来る訳も無く、さりとて日頃からコツコツとバイトで稼ぐ地道さも無く・・・
ワタクシが選んだ道は、
「休みの前半に集中的にバイトで稼ぎ、後半を一気に遊んで暮らす」
という作戦。

ある年の夏、どういう訳だか良いバイトに恵まれずにアセり始めていたワタクシは、
「今日こそ良いバイトが見つかりますように!!」
などと念じながら、駅の売店まで「日刊アルバイトニュース」を買いにチャリを漕いだ。

オウチに帰り、さっそくチェックするのだけれど・・・
すでに手元には、ここ数日分が何冊も転がっているのだ。
毎日買った所で殆どが同じような内容なのは承知しているものの
「今日こそはラッキーバイトを!!!」
なるアセリから、ついつい買ってしまうのだ。
「今日こそコイツから決めてやるぅ!」
そんな意気込みで丹念にチェックし、目に留まったバイトは・・・

『手作り味噌の販売。日給は固定給5000円+歩合。年中無休で出勤日は自由』

当時のバイト代の相場は、日給5000円なら大歓迎な時代。
歩合がどのくらいになるのかは判らないけれど、仕事内容は苛酷ではなさそうだし、やる気になれば集中的に稼げそう・・・・
早速デンワ。
「明日の朝、カイシャに来なさい。具体的な内容はそこで説明する。納得できたらそのまま働いてもらう。」
おおっ、なんとも簡単な!
過去にはイロイロとツラいバイトもこなして来たけれど、今回は、快適な室内で
「ミソいかがっすかぁ?」
などと叫んでいればいいだけの楽チンな仕事らしい。
この時点では、そんな甘い期待をしていたのであった。



とある駅から徒歩10分弱の所に、なにやら怪しげな事務所が鎮座していた。
不安げに立ち尽くす新規バイト6名の前に現れたのは、どっかの教祖のようなヒゲオヤジ。
まるで布教でもするかのように静かに語り始める。
「こりは信州の老舗に特別に作らせた、タイヘンに素晴らしい味噌なのですよぉ。」
「な・なるほど・・・」
「品質には自信を持っています。貴方達も自信を持って売って下さいよぉ。」
「は・はぁ・・・」
「班分けをしますので、さっそく出発してくださいねぇ。」
「ど・どこに?」
イロイロと思い違いも有ったようで、実態は味噌の訪問販売だったのだ。

・チームででクルマに乗込み、リーダーが定めた団地や住宅地などに着いたら一旦解散。
・それぞれ味噌などの試食品を手にして住宅を訪問し、味噌や野沢菜を売りつける。
・ある程度の時間が経過したら集合し、次の団地に移動する。

しかも、支払条件がヘンではないか。
『固定給5000円』というのはインチキで、
『一日に5個売れた者のみに固定給が支払われる。それ未満の者は1個につき千円』
というヒゲオヤジ。また、歩合給の内容は
『6個目からは、1個に付き千円』
つまり、早い話しが単純に
『1個売れば千円の報酬』
なのだ。

未経験の訪問販売だし、売る味噌がデカ樽仕様で高額なのだ。
果してホントに売れるのだろうか。
まあ、とりやえずやって見ようと思ったのが間違いだった。


軽の1BOXに味噌や野沢菜の樽を満載し、4人で出発するワタクシのチーム。
リーダーは長期の経験者で、自信満々にハンドルを切る。
他の3人は今日からの新人で、体育会系の角刈り兄ちゃん、おとなしくて清純そうな女子大生、そしてワタクシ。
程なく、最初の団地に到着。
「よぉしっ、行きますかぁ。1時間後に集合ねっ」
リーダーの掛け声とともに、試食のタルを抱えて散っていく。
しかし、現実は手強い。
まず、ドアを開けてもらうのが一苦労。
「間に合ってます」
の一言で撃退されてしまう。
やっと顔を見せてくれても、試食まで持ち込むのでさえ困難で、んもぉイバラの道。
オロオロと右往左往するだけの時が過ぎ、アッサリと集合時間を迎えてクルマに戻る。
「みんなぁ、何個売れたぁ?」
バインダーを手に成果を書き込むリーダー。
リーダー:2個
ねぇちゃん:1個
角刈り:0個
ワタクシ:0個

そして次の団地へ。
ここでも同じパターンの繰り返し。
リーダー:1個
ねぇちゃん:2個
角刈り:1個
ワタクシ:0個

やばいっ!
一人だけ売れていないではないかぁ!

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