味噌売り(携帯版 その2)

またまた次の団地へ。
ちったぁ作戦を考えなければならない。
まず自分で売り込むよりも、他の人の行動を偵察する。
まずは角刈り。
ガッチリしたガタイに巻かれた藍染めの前掛けが、坊主頭に良く似合う。
「まいどぉ!味噌屋ですぅ!」
まるでお馴染みの酒屋の配達のような、サワヤカ&堂々とした掛け声!
アッサリとドアが開かれる。
おおっ!見事だぁ!
しかし、次のねぇちゃんはそれどころでは無かった。
「こんにちはぁ。お味噌はいかがですかぁ?」
けっして商売慣れした掛け声ではなく、どちらかと言えば弱々しく不器用なしゃべりなのだけれど・・・
ドアが開いてしまうのだ。
そして・・・・
ロクに説明するでもなく、売れてしまうのだ。
化粧っけも感じられなく美人系では無いけれど、スレンダーな体に地味なブラウス、チェックのスカート。
まるでイナカから出てきたお手伝いさんのような前掛け姿。
そんなネエチャンが、まさにリーダーとトップ争いを演じているのだ。
「その日の売り上げトップは、トップ賞3000円ですよぉ」
店主のヒゲオヤジの薄笑い顔が思い起こされる。
ワタクシには無縁であると思い知らされたトップ賞。
ひそかにオネェチャンに取って欲しい思い始めていた。


負けてはいられない。
気分新たに元気一杯&サワヤカな声でインターホンを押す。
「こんにちわぁ、お味噌はいりませんかぁ?」
「はぁいっ。ちょっと待ってぇ」
おおっ!
アッサリとドアが開いて、40台くらいの主婦が出てきたぞぉ。
ここからが勝負!
偽りでも何でも、ブキミにならない程度の笑顔だぁ!
「こ・こりは信州の・・・・」
「あらそう。ちょっと待ってね。おカネ取って来るから」
な・なんですとぉ?
買ってくれるのぉ・・・
「そ・そりでは味噌を持ってきますぅ」
そんなに慌てる必要も無いけれど、思わずクルマまでダッシュで走る。


昼飯を挟んで、ひたすら団地やマンションを回る。
徐々に夕暮れがせまりくると言うのに、更に次の団地を目指すリーダー。
この時点での各人の売り上げは

リーダー:8個
ねぇちゃん:7個
角刈り:4個
ワタクシ:2個

どうやら、意地でもネェチャンに負けるわけにいかないと思っている様子のリーダー。
彼が「今日は終り」と宣言しないかぎり、チーム全員での味噌売り稼業が続けられる。
ワタクシはと言えば、初売り上げで高揚したのも一時で、その後は再び不振の連続。
イイカゲンに気合も抜けて、試食のタルの重さが身にしみる。
ここでの成果もゼロのまま、重い足取りでクルマに戻る。
全員が揃うのを待って、リーダーが呟く。
「ケッ。ここは売れねぇや。そろそろ今日は止めっか。皆はどうだった?」
「ダメですぅ」
「売れないですよぉ。もっと小さなタルにして、金額を安くしなければキビシイですよぉ」
角刈りとワタクシが口々に訴える。
なのにオネェチャンったら、
「あのぉ、わたし2個売れました・・」
などと、申し訳無さそうに報告するもんだから・・・・
「にゃ・にゃにぃ?よぉしっ。次の団地に行くぞぉ!」
リ・リーダー、またですかぁ。

すでに完全なる夜となり、偽りの笑顔も電池切れとなる。
いざるようにマンションの呼び鈴を押す。
「すいませぇん、味噌はいかがですかぁ」
「あ~ん?」
インターホンから聞こえるのは男の声。
こりゃダメかぁ・・・
ほどなく、ガチャガチャとカギを開ける音。
そして出てきたのは、神経質そうな50台くらいの男。
「味噌がなんだって?」
思わずそのまま逃げたくなる気持ちを押さえ、最後の気合を振り絞る。
「信州の高級な味噌なんですぅ。いかがですかぁ」
「なんだそりゃ。高けぇよ。そんなデカいタルでなんかいるか。」
不機嫌そうな口調。
思い切りミジメな気持ちになり、んもぉ国連軍に援助物資をねだる難民のような視線を送りながら哀願する。
「お願いしますぅ。野沢菜もあるんですぅ」
「そっちはいくらだ」
「4000円ですぅ」
「ケッ。しかたねぇなぁ。んじゃそっちを買ってやる」
「ホ・ホントですかぁ!有り難うございますぅ」
やったぁ!
しかし、喜びの気持ちは15秒ほどしか持続しないのだ。
こりは完全なる同情か、もしくは厄介払い的に買って貰っただけではないか。
人の情にすがって儲けた金なんて!
そんなカネ、嬉しいもんかぁ!

「おつかれぇ。ここでは1個だけだぁ。ホントに今日は止めよう。」
さすがに疲れた顔のリーダー。
「すいません、2個売れました。1個は野沢菜ですけど・・・」
またまた、申し訳無さそうに小声で報告するオネェチャン。
「・・・・・」
リーダーは他の報告も聞かず、無言でエンジンをかける。
「あのぉ、ワタクシも野沢菜を1個・・」
「あっそう」
もしや、また次の団地ですかぁ・・
そんな心配に反し、本日の成果分だけ軽くなった軽ワンボックスは、怪しい教祖の待つ事務所に向かった。


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