味噌売り(携帯版 その4)

ソロソロとクルマを動かす。
ノッキングやら空ぶかしなどを繰り返し、クルマ社会のメイワクのような速度で、一つも売れない味噌を満載して走る。
ナビ役のチーム員Cは、ロクに地図が読めない様子。
大きな交差点で
「あっ、そこ左ぃ」
「えっ、ここぉ?遅いよう!ええいっ、ムリヤリ曲がっちまえ」
「違った!真っ直ぐだったぁ」
「そ・そんなぁ!」
急ブレーキとクラクションの音が交差点内に響き渡る。

団地内に入り込んで一安心。
二人して味噌売りを再開するも、すでにパワーは運転に使い果たしてしまっているワタクシ。

「すいませぇん。味噌はいかがですかぁ」
「はぁぁぁい」
出てきたのは、40台の主婦。
「信州の、最高級味噌なんですぅ」
「あぁぁら、そうなのぉ」
おっ、反応が良いぞぉ!
「そこいらの味噌と違って、味噌が生きているんですよ」
「へぇぇぇ、そうなんですかぁぁ」
受け答えが妙に大袈裟だ。
「だから、冷蔵庫に入れる必要も無いんですよ」
「そぉなのぉ!すごいわぁ!」
こちらの言う事に、いちいち感激の声をあげる主婦。
「お買い上げ頂いた方々から、次々と追加注文も頂いているんですよぉ」
「そんな凄い味噌なんですかぁ。お一つ頂くわぁ」

う・売れた。
セールスの力量に関係なく、何でも買っちゃいそうな主婦だけど、とにかく売れたのだ。
ホントに冷蔵庫に入れずに、腹でも壊したりしないのだろうか?
説明だって怪しかったに違いないのに、完全に信じきって買ってしまう主婦。
こんな得体の知れない味噌を、そんな善良なシトに売りつけてしまって良いのだろうか?
昨日のオナサケの時よりも、強烈な罪悪感に襲われる。


味噌を取りにクルマに戻ると、集合時間よりも早くチーム員Cが待っていた。
「売れたんですか。良かったですね。」
「う・うん。続きは後にして、メシでも食いに行こうか・・」
クルマを団地内に停めたまま、歩いてファミレスに向う。
結局、午前中は合計1個のみ。
これをハズミに一気に盛り上る気配などは全く無く、お互いに無言のままで日替わりランチを貪る。
相手が
「俺達も辞めちゃおうよ」
と言うのを双方とも待っていながら、互いに口には出せないでいる・・・・
そんなオーラがあからさまに感じられる。


「あと30分くらい、ここの団地で頑張ろうか」
心とは裏腹の言葉と共に、それぞれの分担の棟に別れる。
いつのまにか雨が降り出し、気疲れした心を余計にグッタリさせられる。
そんな心境で一つも売れる訳が無く、まるで示し合わせた様にピッタリと30分後にクルマに戻る二人・・・
その時、異変に気が付いた。
ボロ軽1BOXの様子がおかしい!
車体が妙に傾いて停まっている!
ゲゲゲ、パンクだぁ!


荷台の味噌樽の山を掘り返してスペアタイヤを発見するも、ジャッキは見当たらない。
仕方が無いのでガソリンスタンドまで、雨に濡れながら歩いていく。
「パンクなんですぅ。工具を貸してください」
「貸せったって、そりゃダメだ。クルマはどこ?」
「すぐそこの団地なんです」
「じゃあここまで乗っておいでよ。出張修理は高いよぉ」
「ここまで乗ってきても、おカネはかかるんですか?」
「そりゃアタリマエでしょう。商売なんだから」

後で請求出来なかったらシャレにならない。
教祖にデンワをする。出たのは聞き覚えの無いオネェチャン。
「今、教祖は出掛けてます。アタシ?ここの事務員。と言っても、今日からのバイトだけど。修理代は領収書持って来れば貰えるんじゃないですかぁ?」

完全に空気が抜けてしまったタイヤ。
まるで砂地を走るが如く、右へ左へとタイヤは流れ、車体が揺れるたびに味噌だるが踊る。
歩くよりも遅く、ガソリンスタンドに到着。
お揃いのユニホームのスタンドの兄ちゃん達がテキパキと修理を開始する。
それをボンヤリと眺めながら・・・
彼らもバイトであろうか。
ベテラン社員に指示を受けながらも和気あいあいと作業が続けられていく。
パンクしたタイヤが外され、そしてスペアタイヤがはめられ、みるみるうちに復活していくボロ軽1BOX・・
建設的というには大袈裟だけれど、そんな光景と全く先の見えない我が姿が交錯した途端、ついに決心がついた。
「やめよう。もうイヤだ!」

自分が力量不足なのは判る。
根性無しと言われたって正解であろう。
でも、もう限界なのだ。
チーム員Cも異存がある訳も無く、クルマをスタンドに預けて帰る事をデンワする。
先程のオネェチャンが出た。
「あらそう。伝えておきます」
どうした事か、一気にこれまでのウラミツラミが爆発!
そんな必要も無いのに、顔も見た事も無いオネェチャンに向ってブチまける。
ウソの固定給の事・イキナリのリーダー押し付けの事・規定個数に達していない為にこれまでの賃金も貰っていない事・・・・
「ふぅん、そんなに酷いんだ、ここのバイト。アタシも辞めちゃおうかなぁ」



雨の中、傘も無いままトボトボと駅を目指して歩くワタクシとチーム員C。
「元気でな。またどっかで会おうぜ」
「うん。今度は、マトモなバイト先で会おう」
ふと足を止めて売店の日刊アルバイトニュースに視線を送る。
明日の為にはまたコレを買わなければならないのか・・・・・
毎日表紙の色が変わるこの雑誌の今日の色は、一歩後退してしまった旅の空の色とは似ても似つかない毒々しい青だった。


その3へ
夜明け前へ
「週末の放浪者」携帯版TOPへ

「週末の放浪者」PC版