味噌売り(携帯版 その3)

昨日の疲れも然る事ながら、とても気の重い目覚め。
昨日の最後の1個の野沢菜は、売れない方が気が楽だった。
オナサケでカネを稼いだ事が、なんとも気まずい。
大層なプライドなどは持ち合わせていないけれども、こんなミジメな思いをしてまで・・・
それでも味噌屋の事務所を目指す。
やっぱり旅の魅力は捨て難いし、あのネェチャンと仲良くなりたいという期待もあった。
何も、オナサケで買ってもらわなくてもいいじゃないか!
明るく、元気な商売をすればいいのだ。
やるぞぉ!

しかし、事態はヤバい方向に向っていたのだ。
事務所に到着すると、教祖は苦悩の表情を浮かべ、腕を組んで突っ立っていた。
ワタクシに手招きし、事務所の奥に引きずり込む教祖様。
「キミィ、ちょっと困った事になったんだよ」
「はぁ?どうしたんですかぁ?」
「キミにはタイヘンかもしれないけれど、頼むよぉ!」

出勤する日が自由なこのバイト、なんと、今朝やって来たのは本日からの新人ばかり。
経験者は、昨日のトップ賞だったセミプロおやじと、経験者とは名ばかりで3個しか売れなかったワタクシ、この2名だけなのだ。
「2チーム出したいんだよ。キミ、リーダーやってくれる?」
「ム・ムチャですよぉ。昨日はロクに売れてないんですよぉ」
「大丈夫。頑張ればイケますよぉ」
「そ・そんなぁ・・・」
「売れそうな団地を、ボクがチェックして地図に書き込んでおくから」
「そ・それにクルマの運転だって・・・」
この頃、ワタクシは免許取りたてで、教習者じゃないクルマを運転した経験も無かったのだ。
「大丈夫。運転手も1人付けるから」


新人の中から選ばれたドライバー役を含め、総勢4名でボロ軽1BOXに乗込む我がチーム。
さっそうと味噌を積み込んで出発。
見送りに出てきた教祖が叫ぶ。
「何かあったらデンワしてねぇ。みんなで頑張るんだよぉ」

教祖がチェックしてくれた団地に辿り着き、第一ラウンドに挑む。
ここはリーダーとして、何としてでも良いスタートを切らねば!
などと気合ばかり空回り。
結局ひとつも売れず、そして第二ラウンドも全員玉砕。
「なんかさぁ、売れる気がしないっすよぉ。悪いけど、ヤメてもイイっすかぁ」
おおっ!早くも脱落者の登場だぁ!
「ちょ・ちょっと待って。カイシャに聞いてみる!」

オロオロとデンワをする。
静かに語る教祖様。
「帰ってもらいなさい。」
「は・はぁ」
いつのまにか、力強い励ましの口調に変わる。
「ヤル気の無いヤツが居ない方が、皆で頑張れるよ」

前掛けを外し、申し訳無さそうに去っていくチーム員A。
残る3人で次の団地へ向うものの、全く売れる気配すらない。
マズい、更なる脱落者が出てしまう。
頑張れば売れるというフンイキが必用なのだ。
誰か一人でも売れなければ・・・
あのネェチャンさえいれば。
あんなに売れたのに、なじぇ今日は来ていないのだ。
売れる売れないもモチロンだけれど、別の意味でも寂しいよう・・・
そんな感傷に浸っているバヤイでは無かった。
「オレもダメっす。」
おおっ、また脱落者。
これはヤバい。
彼は運転手なのだ。
「リーダー、免許持ってるんでしょ?悪いけど、帰りますわ」
そそくさと前掛けを外すチーム員B。
チーム員Aの逃走が許されているだけに、教祖のお許しを待つまでもなく、申し訳無さそうな顔を浮かべながらも去っていく。
再び、オロオロと教祖にデンワ。
「運転手が逃げちゃいましたぁ」
「にゃ・にゃにぃ?もう一人居るよね?彼は免許は?」
「持っていないそうです」
「そうか・・・」
しばしの沈黙の後、一気に命令口調の教祖。
「大丈夫だ!気を付けて運転しなさい。2人の方が動き易いじゃないか」
「は・はぁ・・」
「頑張るんだ!頑張りなさい!」
「・・・・」
減っていくチーム員。
残ったチーム員C、
「先を越されちまったい。最後の一人じゃ逃げ出し辛いじゃんかよう!」
不安げな表情に、そんな言葉が喉まで出掛かっているのが判る。
ワタクシだって、リーダーじゃ無ければ逃げ出したい心境なのだ。


その2へ
その4へ
夜明け前へ
「週末の放浪者」携帯版TOPへ

「週末の放浪者」PC版