エゾネズミ(1997夏・北海道)その1(携帯版)


雨と、そして寒さに祟られた北海道の夏だった。
特に北海道の南半分は河川決壊などの災害にも見舞われ、ツーリングを楽しむどころでは無かったようだ。
身の危険を感じるような旅はゴメンだし、フツーの雨だって、毎日の様に降られるのであればカンベンして欲しい。

最後の夜のキャンプ地として目指したのは富良野。
いまさら見るべきモノは無かったけれど、予報では雨ではなく、そして少しは暖かい場所を選んだのだ。

キャンプ場に到着してみれば、サイト脇の道路は各種各様のバイクで埋め尽くされているものの、ちょっと様子がおかしい。
無料キャンプ場という事もあるのだろうけれど、“ ソノ筋 "のキャンパーだらけなのだ。
いわゆるヌシ系の連中で、もう何週間もココに居座っているらしく、生活のニオイがプンプンと漂っている。
そしてテン場を探してウロウロしている我が姿を、胡散臭そうに、冷ややかな視線を投げかけてくる。
これは極めて居心地が悪い。
そいつらとは距離をとり、テントも疎らな、サイトのハジッコにある超巨大なファイヤーサークルの一角にテントを張る事にする。

「なんだぁ。今夜もツマラなく終わっちゃうのかなぁ」
半ばガッカリしながら、近くの宿のフロに入れてもらって戻ってくると・・・・・・・
ファイヤーサークルの中央に、一人の女性が立っていた。
ライダーというフンイキではなく、リュックを背負い、片手にはダンボールを持ったまま突っ立っているのだ。
なんとなく目が合い、どちらからともなく挨拶をかわす。
「こんにちは」
彼女は、軽自動車で旅をしているとの事。
ダンボールはテントの下に保温の為に敷くのだそうで、そんなモノを積めないライダーには出来ない芸当だ。
「隣にテント張っても良いですか?」
「ど・どうぞ」
決して美人ではないけれど、なんだかケナゲさが漂う感じの、「ああ、何だか助けてあげたい」系のオネェチャンで、ついついテントの設営を手伝う。
小柄な彼女が寝るには有り余るようなデカテントで、なんだか妙に新しい。
「カイシャを辞めて、初めての長旅に出てきたんです。名前?カオルです。よろしく。」

その後、ファイヤーサークルの反対側に陣取っていた男2人と合流し、4人の宴会となった。
その男たちは2人連れではなく、ココに着いてから知り合ったとの事で、共にライダーだった。
一人は北関東のバイク屋に勤務し、とりあえずココでの呼び名は“バイク屋さん"。
もう一人の男は無職で、実在する引っ越し業者の社名を、自らのキャンパーネームとして名乗った。
この引越屋が、2人でメシの支度をしている我々に誘いを掛けてきたのだ。

物静かで、でも面白い話題満載のバイク屋さん。
あくまでもオシトヤカながら、それでいてひとなつっこいカオルちゃん。
そして、とにかくウルサいのが引越屋。
特にカオルちゃんに対しては執拗に馴れ馴れしく、バイク屋さんと共に唖然とする程なのだけれど、カオルちゃん自身は不快感を示す事も無く応対しているので、ツベコベいう筋合いではない。

引越屋の巨大タープが風除けとなっていたものの、寒さ自体を防ぐのには限界がある。
「さみぃ!もう寝ようぜ」
誰からとも無く立ち上がり、夜半前には宴もお開きとなった。
その足でトイレに立って戻ってくると、すでに誰の姿も見えない。
無人となった宴会場では、風に煽られたタープがバタバタと耳障りな音を発しているだけで、みんなそれぞれのテントに潜り込んだ・・・・・・・・ハズだった。

シュラフに潜り込み、後は寝るだけだ。
ほどなく、タープを介した風のオタケビの合間に、なにやらヒソヒソ声が聞こえる。
誰かが立ち話でもしているのだろうか?外には誰も居なかったハズだけど・・・・
そのヒソヒソ話もすぐに止み、それから何分もしないうちに・・・・・・
「あんっ・・・・」
何だ何だ!!
カオルちゃんの声だ!
切なく押し殺すような声が、確かに聞こえたのだ!
目が冴え、いや、異常なまでにも耳が冴え、そして何も聞こえてこない事にイラだつ。
居たたまれなくなってテントの入り口を少しあけて外を覗き見てみたけれど、やはり誰の姿も見えない。
恐る恐る目をやったカオルちゃんのテントは風にバタつき、中の様子を伺う事は出来なかった。


北海道での最後の朝を迎える。
テントから這い出ると、タープの下ではバイク屋さんが一人でコーヒーを沸かしていた。
「おはよう」
「おはよう」
タープの奥の引越屋のテントに目をやると、だらしなく開けられたままの入り口から、そこには誰も居ない事が伺えた。
「ほ・他の二人は?」
「さあ。オレだけだよ」
やがてカオルちゃんが自分のテントから出てきた。
「おはようございます」
「お・おはよう」
挨拶もソコソコに、自分のテントにモノを取りに行くフリをしながら、隣のカオルちゃんのテントを横目で眺めると・・・
やはり居た。
シュラフに包まったままの引越屋が、白河夜船でテントの中に転がっていたのだった。
昨夜の「あんっ」という声が、アタマの中に蘇った。
こ・このやろう!
カオルちゃんにナニをした!!
いやいや、それは考えすぎに違いない。
おそらく引越屋は、あまりにもウルサいタープの音に耐えかねて、広いカオルちゃんのテントに寝かせてもらっただけなのだ。
だいいち、それぞれがシュラフに入った状態で、ナニが出来るというのだ。
それに・・・・・
もし何かがあったとしたって、ソレに動揺する必要だって何も無いぢゃないか!!!


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