エゾネズミ(1997夏・北海道)その2(携帯版)


引越屋が
「みんなで吹上温泉の露天風呂に行こう!!」
と言い出した。
今日はフェリーに乗らなければならないのだけれど、苫小牧発は深夜なので、そのくらいの時間はある。
同じく今日のフェリーに乗るバイク屋さんも、小樽発の夜便なので異存はなかった。
カオルちゃんは、混浴露天風呂である事に難色を示した。
「水着は持ってきてるんだけど、脱衣場も無いんでしょ?」
「ココで、服の下に着ていけばいいじゃん」
「でも・・・・・・・」
「大丈夫だって!!」
引越屋に押し切られる形で、結局は4人で向かう事になった。
ただしカオルちゃんは
「入るかどうかは、温泉に着いてから考える」
という結論で、水着にも着替えなかった。

冷え冷えとした富良野の直線道路を、4人を乗せたカオルちゃんの軽自動車がノロノロと進む。
どんよりと曇った空からは、今にも雪が落ちてきてもフシギではない程だ。
やがて道はクネクネとした登りにかわり、クルマは益々とノロノロ化して走る。
何台もの後続のクルマに抜かれる事しばし、路駐のクルマが溢れている場所に到着。
ココが、吹上温泉露天風呂の入り口なのだ。
階段を下ると、天然の岩と石積みとで作られた湯船が見えてきた。
いかにも北海道の露天風呂らしい、アッケラカンとした開放感がたまらない風情だ。
しかも、岩肌から湧き出して滑滝のように流れるお湯の湯煙が、標高1200mの寒さに震える身には魅力的すぎる。
カオルちゃんも同じようなキモチだったらしく、
「あたし、やっぱり入る」
などと言いながら、水着を手に、木の柵を乗り越えて木陰に消えていった。

予想どおりの快適さに、ついつい時の経つのさえ忘れる程である。
テントの中の「あんっ・・・」だって、そんな事はもうどうでも良いのだ。
しかし、いくぶん湯温が熱く、いつまでも「肩までキッチリ」と言う訳にも行かず、湯船の端に座っての足湯状態となる時間のほうが長かったりするけれど、ソレはソレで気持ちがいい。
ふと見ると、目の前で大の字になって湯に漬かっている引越屋の両足の間で、なにやらユラユラと揺れている。
「おいっ、引越屋、少しは前を隠せよ。カオルちゃんにも丸見えだぜ」
引越屋は慌てて隠すどころか、相変わらずくつろいだままで意外な事を言った。
「オレのは、もう見えちゃったってイイんだよ」
な・なにをぉ?
ソレはどういう意味なのだ。
ま・まさかあの時・・・・


温泉からの帰りの下り坂をビュンビュンと快適に走り下りる。
運転手がバイク屋さんに代わったのだ。
湯上がりの4人を乗せたクルマの窓は曇り始め、周囲の風景が霞んでくる。
そんな中、路肩に自転車を止めて、うずくまるように座っているチャリダーの姿がボンヤリと見えた。
この冷え切った山道で、湯上がりの体で風を切って走るのは耐えがたい寒さなのだろう。
なにしろ、まったくペダルを漕ぐ必要の無い下り坂が続いているのだ。


キャンプ場に戻り、あとはフェリー乗り場に向かうだけ。
バイク屋さんと共に、慌しくテントの撤収を開始する。
これから道東を目指すというカオルちゃんも、ノンビリとテントをたたみ始めた。
バイクに荷物をくくりつけていると、まだココで2~3泊すると言っていたハズの引越屋が、密かに荷物をまとめているのがチラチラと見える。
そんな事、もうどうだって良いのだ。
もし、どうでも良くなかったとしても、今更どうしようもない。

去っていく我々2台のバイクに手を振って見送る、寄り沿うように並んだ2人。
ミラーに写るその姿は、もうカンケーのない人々なのだ。
すぐに国道に出ると、バイク屋さんとも南北に分かれ、一人となった。
フイに、あの吹上温泉の帰り道に見かけた湯冷めチャリダーの凍えた姿がアタマをよぎる。
そうか。今、自分も湯冷めをしているのだ。
それは吹上温泉の湯冷めだけではなく、この富良野での出来事全てに対する湯冷めなのかもしれない。

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