オリオン日記(2002夏・西表島)その13(携帯版)

●8/17(土)
遂に、別れの朝がやって来た。
帰りの船は時間通りに船浦港に到着し、上陸する客と入れ違いに船へのタラップに足を掛ける。
ああ、これで西表島の陸地ともお別れだ。

いよいよ出航。
さすがにジャングル探検の船とは桁違いな速さで、面白楽しかった西表島も、いつもそこにいてくれた鳩間島もバラスも、あっという間に思い出の彼方に消え去っていく。

ついに石垣空港に到着してしまった。
ここからイッキにヒコーキで東京に連れ戻されるのも、何か虚しい。
急遽、2時間だけレンタカーを借り、最後の悪あがきで白保の海岸に向かう事にする。
そは世界的にも指折りな規模の青サンゴが有名で、新石垣空港の候補地としても話題になった場所だ。

石垣島の街中を走り、そして小さな漁村の集落のような路地を入ったところが、待ちに待った白保の海岸だった。
キョーレツな日差しの照り返しに輝きながら、なんとキレイな海の色なのだろうか。
寄せる波は沖合いの環礁に砕け散り、環礁に守られた内海の穏やかな海面は、サンゴの密集度によって鮮やかな濃淡を示す。
日本庭園のように、大きな岩をポツポツと並べて作られた素朴な防波堤の中には、このへんの民宿が副業でやっている小さなグラスボートが3隻ほど浮かんでいる。
青サンゴを海上から観察したりシュノーケリングさせてくれたりする船で、それはとても魅力的なのだけれど、我々には時間が無い。
残念ながら、楽しげに振舞う客を乗せて次々と出航していくのをボーっと見ているだけなのだ。
そんな船が沖合いに出て行った後は、環礁に砕ける波音だけが遠くかすかに聞こえてくるだけの、ホンットにノドカとしか言い様の無い風景である。

「あっちぃだろう。コッチに来なさい」
ボンヤリと海を見ながらたたずんでいた八重山ジィサンに誘われて木陰に座れば、信じられないくらいに涼しげな快適空間なのだ。
しかし、着実に帰らなければならない時刻が迫ってくる。
イヤだよう。
でも仕方が無い。東京には日常が待っているのだ。

静寂を破って、ビキニの水着姿のオネーチャンが二人、バタバタと走ってくる。
「お~い、もう船は出ちゃったよぉ」

八重山ジィサンが二人を制す。
どうやら、グラスボートに乗り遅れたらしい。

「えええっ?そぉなんですかぁ?」
水中マスクを鷲づかみにしたまま立ち尽くすオネェチャン。
「ホレ、もうあぁんな向こうに行っちょる。見てみなさい」
見たって仕方なかろうに、八重山ジィサンが示す指先の彼方を、まぶしそうに見つめるオネェチャン達。
そこへ、歩くに等しい速さながらも、格好だけは走っているツモリらしいオババがやって来る。
オネェチャン達が泊まっていた、民宿のオカミの八重山オババらしい。
「あんたたち、やっぱり遅刻しちゃったのぉ。困ったわねぇ」
「そぉなんですぅ」
「仕方ないわねぇ。シマブクロさん、この娘達をお願い出来ない?」
八重山ジィサンに何やら頼み込む、八重山オババ。
「いいよ。」
「あんたたち、良かったわねぇ。シマブクロさんが船で追っかけてくれるって。ジィサンだけど腕は確かよぉ。安心していいから」
「えっ?ホントですかぁ?お願いしますぅ」

どうやら、この八重山ジィサンは現役の漁師らしい。
日本庭園風の防波堤の中に停泊している自分の小船で、グラスボートを追いかけるツモリらしいのだ。
「それじゃシマブクロさん、よろしくね。ビキニの娘さんだからってヘンな事しちゃダメよぉ。水着の脇をホドいちゃえば、ポロっと出ちゃうんだから」
「ガハハハハハ」

ヨボヨボと防波堤まで歩いたジィサンは、いきなり腰まで海につかると、妙にキビキビした動作で自分の船を桟橋に着け、オネェチャン達を乗せる。
そして、軽やかなエンジン音を轟かせ、あっというまに沖に向かって消えていく。

静寂が戻り、再び、八重山の海と空だけの光景となる。
そして、もう完全にタイムリミットである事を朱蘭さまが告げる。
それにしても、何とも良い旅であったのだろう。
一人旅とは違った、家族ならではの楽しみ方を満喫できた一週間だった。
朱蘭さまはもとより、オコチャマだって十分に満足してくれたに違いない。
オコチャマには、もちろんこの旅の記憶は残らないだろけど、今の彼には彼なりの楽しみを味わえたのだから、それで良いではないか。
う~ん。
オトォチャンとしては、自己採点で95点もあげちゃおうかなぁ。


そんなワタクシの自己満足を、キッチリと鋭く切り裂いてくれたのは、先ほどの八重山オババであった。
木陰のベビーカーにちょこんと座っている我がオコチャマの存在に気づいた八重山オババ。

「あらっ、こんな小さな子が居たのぉ。ボク、どっから来たの?」
「東京からですぅ」

1歳児のオコチャマが答えられるハズはなく、代わりにオトォチャンが答える。
それでもオババは、あくまでもオコチャマに問い掛ける。

「へぇ。パパとママとどこに行ってきたの?」
「西表島に行ってましたぁ。」

もちろん、コレもオトォチャンの答えである。
「おやまぁ、西表にねぇ。まったくねぇ。親の都合で連れ回されて・・・・可哀想にねぇ」

シュパシュパシュパシュパッ!!グサグサグサグサ!!



こうしてワタクシの八重山の旅は、自意識過剰という正体を浮き彫りにされ、
切り裂かれ、砕け散り、青サンゴの海に沈んでいったのであった。



12へ
BAKA夫婦へ

「週末の放浪者」携帯版TOPへ

「週末の放浪者」PC版