カエル温泉(1995頃・福井)その1
福井出張。
「ムツカシい内容」「膨大な仕事量」「アタマワルい客」
出張がトラブる3大要素です。
帰宅予定日は日に日に後ろにシフトし、んもぉ蟻地獄状態でした。
しかしどんな悪夢でも、必ず覚める時はやってきます。
何日か目の夜11時、遂にシゴトが終わったのです。
後は、翌日にチョコっと打ち合わせして終りなのでした。
そんな時・・・・・
地方都市にありがちな緊急事態が発生しました。
「カチョー!! 宿が無いっす!!」
そうなのです。
宿が豊富な観光都市と違い、こういった中小都市の場合は、何か学会やら大会などがあると、まるでウソの様にイッキにホテルが満杯になってしまうのです。
「今日こそはシゴトを終わらして帰ろう」
なんて甘い期待で、毎日毎日チェックアウトし、その都度当日予約してたのが命取りになったのです。
電話帳のホテル欄は全滅しました。
客の担当者も、心当たりの宿を片っ端からデンワしてくれるけど、やはりダメでした。
いよいよ客先の駐車場で車中泊、もしくはエッチホテルに男3人で・・・・
そんな覚悟を固め始めると、執念深くデンワ器にかじりついていた客先の担当者が、妙な形に手を振りながら叫びました。
「宿がありましたよぉ!!ヘンな所ですけど」
「なんでも良いです」
「●▼温泉という所です。もうゴハンは間に合わないそうですが」
「よいですよいです。泊まれさえすれば」
「ここからクルマで30分くらいかなぁ」
「行き方を教えてくださいな」
「う~ん。目印になるものが何も無い所なので、私がクルマで先導します」
「ありがたやぁ」
「途中でコンビニに寄りましょう。そこで晩飯でも買って下さいね」
何やら、一軒宿の温泉なのだそうです。
せめて、北陸のひなびた温泉の情緒でも満喫し、仕事で疲れた体を癒そうかと思ったのは・・・・
これもまた、大間違いでした。
すでに午前0時近くです。
工場の正門前で、案内してくれる先導車を待っていたのですが・・・・
やってきたのは、●▼温泉を見付けてくれた担当者ではなく、その上司の課長様でした。
それがまた、おもいきりアタマワルイ人なのです。
訳の判らないイイガカリを振りかざし、この出張を長引かせてくれた張本人でもある御仁なのです。
少しは反省し、気を利かせてくれたツモリなのかもしれませんが・・・・・
イヤな予感。
「オレが先導してやる。アリガタく思え」
真っ暗闇の田んぼに浮き上がる、2台のヘッドライト。
右に左にクネクネ曲がりながら、九頭竜川の土手っぷちを河口に向って走ります。
ものの見事に何も無い大平原。
コンビニなどが有る雰囲気どころか、宿の存在さえも怪しくなって来た頃・・・
不意に、先導のバカ課長のクルマが止まりました。
周囲5キロ以内にはニンゲンなど存在しないと言われても、思わず信じてしまいそうな荒涼とした風景の場所でです。
いったい何が・・・・
暗黒の荒野のド真ん中にカエルの大合唱が響き渡ります。
ほんの一角だけカエルどもが押し黙っている場所に、2台のクルマが意味の無いハザードを灯して止まっているのです。
「おいっ、あのバカ課長はどうしちまったんだ」
コッチのバカ課長が呟きます。
「誰か様子を見てこいよ」
「なんか一人でゴソゴソうごめいてますね。何やってんですかね」
ワタクシは、前方に停まっているアッチのバカ課長のクルマに向け、ライトをハイビームにしてみました。
「うをぉ!!ち・地図を見ていやがる!!」
どうやら道が判らなくなったらしいのです。
ワタクシはクルマを降り、バカ課長のクルマににじり寄りました。
「どうしたんですか」
「こ・ここはどこ?」
「なに言ってるんすかぁ!!」
んもぉ任せてはいられません。
バカ課長から地図を取り上げ、コッチのチーム3人であーだこーだ言い合いながら走り出しました。
もうコンビニに寄るなどと言ってるバヤイでは無く、とりあえず●▼温泉の方角らしき方向に進みます。
黙って後から付いてくるバカ課長のクルマ。
これじゃ、どっちが案内しているんだか訳が判りません。
ふいに、チンケな林の間から、マイクロバスが2台ほど止まっている建物が現れました。
バスのボディーには「●▼温泉」の文字。
ここだぁ!!
そこは、まるで不渡り手形でも出してしまった零細健康ランドの様な建物です。
ひなびた温泉宿などではありませんでした。
「ここだここだ。ここだった。んじゃぁオレが話をつけてくる」
急に威厳を取り戻したアッチのバカ課長が、エバりながら玄関に向ったのですが・・・
「カ・カギが閉まっているぅ!!!」
メンドーな事に巻き込まれたく無いらしく、バカ課長は逃げの体勢です。
「そりじゃ、確かに案内したからね。おやすみぃぃぃぃ」
誰一人、走り去っていくバカ課長に、労いの言葉を発するものは居ませんでした。
「すいませぇん!!!こんばんわぁ!!!」
しーん。
「さっき、予約のデンワを入れた者ですがぁ」
しーん。
そんな我々を暖かく迎え入れてくれたのは・・・・
半ば剥がれたモルタルの壁に沿って建物の裏側を徘徊しているうちに発見した、
リネン室のドアなのでした。
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