カエル温泉(1995頃・福井)その2
とにかく、建物に入る事には成功したのです。
ドヤドヤとフロントらしき所に辿り着くと・・・・
無人のカウンターに、我々の社名が書かれたメモと、部屋のカギが置いてありました。
ひったくるようにカギを拾い上げ、それでもホッと一安心です。
とりあえず部屋に落ち着くと、次の難問を解決しなければなりません。
コンビニに寄れなかったので、食い物が無いのです。
「カチョー、どうします?」
「廊下のハジッコにさぁ、館内スナックがあったろう」
「確かにありましたねぇ」
「まだ営業してるフンイキだったぜ。カラオケが聞こえてたし。焼きウドン位は出してくれるんじゃないか?」
「さっすがカチョー!! 行きましょう食いましょう」
再び廊下をドヤドヤと行進し、怪しげな紫色の曇りガラスに覆われたスナックの前に立ちました。
中の様子をノゾき見る事はできませんが、間違い無くカラオケらしき音も聞こえてきます。
妙に弱々しい、国籍不明のユッタリした曲でした。
「なんかフンイキがブキミですよ。ボラれませんかねぇ?」
「よぉしっ。オレが様子を見る」
課長はまるでスパイかデバガメのように、妙にカラダをよじりながら少しだけドアを開け、そして中を覗き込みました。
「・・・・・・・」
「カチョー、どうですか?」
「ダメだ」
ワタクシもコゾーも、その理由を聞く気にはなりませんでした。
さすがに温泉宿だけあって、とてもキモチイイ風呂でした。
しかし、風呂上りには現実が待っています。
そうです。餓えです。
「カチョー、缶ビールをゲットできました。自販機は、深夜の販売停止になってないっす」
「よっしゃぁ。じゃあ、今夜は麦の流動食でしのぐか・・・・・」
「あのぉ・・・コレ、どぉっすか」
コゾーが差し出したのは、イカの形をしたセンベイでした。
普段から、絶え間なくオヤツを食っているコゾーの習性が幸いし、その備蓄が我々を救ったのです。
「おおっ!!ソレは素晴らしい!!生きて帰れるぞぉ」
大いに喜んで、踊るようにイカセンベイに飛びつく課長。
イカの形の後光がさした5枚のセンベイは、上司部下の分け隔てなく、公差5ミリの範囲内で3分割されました。
実際には、そんなセンベイはオシメリ程度の役割しか果たさず、長く辛い夜が明けました。
とっとと宿を出れば、あとはコンビニを探すだけです。
ヨダレまみれのフトンを部屋のスミに蹴飛ばしながら、課長が呟きました。
「なあ、この宿で朝飯、食えないだろうか?」
「ムリじゃないっすか? メシ無しの素泊まりって聞いてますよ」
「何でも勝手に決め付けちゃイケない。確認しよう」
部屋のデンワ器で、フロントに内線をかける課長。
「もしもしぃ?朝飯、食えますか?」
「はいはい。どうぞ食堂に・・・・」
「おいっ!!食えるってよ!! 行こうぜ。コンビニのメシより上等だ!!」
3人で食堂に入ると、4人掛けのテーブルに案内されました。
「なかなかンマそうじゃん。食おうぜ」
アリキタリの質素なメシでしたけれど、前日の昼飯以来のゴハンです。
もう、五臓六腑から海綿体にまで染みわたる美味に感じられました。
散々にオカワリし、ハラも落ち着いたところで出発です。
ワタクシとコゾーは一足先にクルマに乗り込み、会計を済ませている課長を待っておりました。
やがて玄関から、課長が走って出てきました。
小走りなどというナマヤサシいモノではなく、全力疾走なのです。
課長は、なだれ込むようにクルマに乗り込むと
「おいっ!!早く出せ!!出発出発!!」
などと急かします。
「どうしたんですか?」
「いいから走れ!!」
クルマが、あの大平原に差し掛かりました。
暗闇の中では荒野にも思えたソコは、朝日に輝く田園風景に変わっておりました。
さすがにカエルの声も消え、あたり一面に静寂が広がっております。
そのノドカな光景を眩しそうに見つめながら、シミジミとした笑顔を浮かべて、課長が語り始めます。
「なあなあ、得したぜ」
「何がですか」
「タダだよ。タダ!!」
「えっ?まさか会計しなかったとか・・・・」
「あほぉ。そんな事するかよ。メシがタダだったんだよ」
「マジすか?」
「うん。宿泊料金しか請求されなかった」
「ま・まじでですか・・・・・・」
相変わらず、
「我々を閉め出した事に対する、お詫びのサービスだ」
「朝飯は、宿泊料金に含まれてるのでは?」
などと分析しあっている課長とコゾーの会話を聞き流しながら、
ワタクシには、ちょっと引っかかる事がありました。
我々が食堂で案内されたテーブルには、メシが4人分置いてあったのです。
そして我々が3人で座ると、一人分を、係りのオバチャンが持ち去ったのでした。
「アレって、もしや・・・・」
たぶん間違い無いでしょう。
課長がフロントに確認した際、行き違いがあったと思われるのです。
「もしもしぃ?(予約してないんだけれど、)朝飯、食えますか?」
「はいはい。(予約の分の朝ゴハンは既に用意出来てますので、)どうぞ食堂に・・・・」
このカッコの部分が抜け落ち、お互いに思い込みの会話だったに他なりません。
おそらく今頃、あの温泉旅館では・・・・・・・
4人連れの3人だけが食いっぱぐれて、ひと騒動おきている事でしょう。
ワタクシは、その考えを口には出しませんでした。
なぜなら、何だかんだ言いながら、実は課長も同じ事を考えているに違いないからです。
そうでないと言うのであれば・・・・・・
課長が慌てて旅館を飛び出してきた事実に、全く説明がつきませんから。
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