スッチー・バトル その1(携帯版)


それは、成田発ハワイ行きのアメリカの航空会社のジャンボジェットでした。
ボンビーだったワタクシが自前でハワイに行ける訳が無く・・・・
いや、それよりも、オトコ一人で行くような空しい事をする訳も無く・・・・・
カイシャ持ちの社員旅行だったのです。
ダータなのです。

とにかく、自腹だろうがダータだろうが、ヒコーキに乗ったからにはサービスを満喫しなければ損です。
まずはルービを・・・・・
飲み物の種類を確認しようとして座席の前のポケットを物色すると、なにやらメニューのようなモノが出てきました。
そしてそこには、予想外の事が書かれているではありませんか。
なんと、飲み物は全て有料で、しかもドル払いだというのです。

ほぼ同時に、サービス課の課長が声をあげました。
「なんだよう!!持ち込んだのを呑むのも禁止だってよう!!」
課長は、機内の楽しみ用として、キッチリと免税店でウイスキーを買ってきていたのです。


当時のワタクシが乗った事がある国際線は、香港行きのカナダの航空会社と、そして帰りの英国の航空会社。
どちらも呑み放題だったので、国際線はそういうモノだと思ってたのに。

その香港行きも社員旅行で、んもぉ恥知らずの機内ドンチャン騒ぎになっておりました。
水割りは何杯でも無料サービスでしたが、パーサーはさすがに
「コイツラに、これ以上呑ませたらヤバい」
と的確な判断を下し、もうオカワリをくれなくなったのです。

業を煮やした一人の飲兵衛が、遂にギャレーに押しかけます。
「オカワリ、プリーズ!!」
「ノー!!sold out!!」
恰幅の良い白人男性パーサーが、笑みを浮かべながら諭すのですが、飲兵衛は聞き入れません。
「オラァ!そこにウイスキーのビンがあるぢゃないかよう」
薄笑いを浮かべながら、おもむろにスコッチのビンを掴み取る飲兵衛。
営業スマイルを貫きながらも、それを取り上げようとするパーサー。
やがては、二人してスコッチのビンを握りあったまま、まるでダンスを踊るが如く、笑顔を並べて右往左往しているのです。
何とも見苦しい光景です。
よく逮捕されないものでした。


さて、話はハワイ行き飛行機に戻ります。
一人のオヤジが発案しました。
「コーラを買い、そこに持ち込んだウイスキーを注ぎ足せば良い」
さっそく、コーラが注文され、大柄金髪スッチーが氷入りのコーラを運んできました。
すばやくウイスキーを注入し、ンマそうにすする課長。
「ホラッ、オマエラもやってみろ。イケるぞぉ」
すかさず何人かがコーラを注文し、課長のウイスキーのビンがおごそかに回されました。

誰かが注ぎ足すのを見られたのか、あるいは減らないコーラが不審に思われたのか、大柄金髪スッチーが大またで突進してきました。
「ノォォォ!!」
スッチーは、一人の席の前のポケットからメニューを取り出すと、
『お酒類は当社がご用意いたします。持ち込みはお断りいたします』
とニポン語で書かれた部分を指差し、
「オーケェ?」
などと満面の笑みを浮かべながら、コーラを頼んだオヤジ全員のコップを次々と取り上げて立ち去りました。

それでメゲるオヤジどもではありません。
観念したフリをして、今度は水割りを注文しました。
もちろん、呑んだ分だけ注ぎ足すツモリです。
「いいか?増えて見えないように、気をつけて注ぐんだぞ」

しかし前科があるだけに、そんな簡単に誤魔化せるとは思えません。
ワタクシは意表をついて、オレンジジュースを注文しました。
これならば、ウイスキーを混ぜるのがバレないと考えたのです。
フツーにウイスキーを買っても、決してボッタクリ価格ではありませんし、オレンジジュース割りなんかが美味い訳もありません。
要はスッチーとの、いや、そのアメリカ航空会社との対決なのです。

真っ先にバレたのは、ワタクシのオレンジジュース割りでした。
色の怪しさが決め手になったのでしょうか。
大柄金髪スッチーは、エモノを追い詰めた肉食獣の様に、今度は一歩一歩を踏みしめながらワタクシに迫ってまいりました。
「ノォォォォォォォ」
スッチーは、再びメニューの注意書きを指し示し、ひったくるようにワタクシのコップを取り上げます。
相変わらずの笑顔ですが、よく見れば眉間にシワがよっております。
怒ってるのは間違いありません。

しかし、注ぎ足しウイスキーのオヤジどものは取り上げられません。
バレてないのか、証拠が無いからなのか・・・・
「オマエも、ヘンに考えすぎないほうが良かったんだよ。バカめ。」
「は・はぁ・・・・」
「どうする?キャップでチビチビとでも呑むか?」

課長が、足元のバッグからウイスキーのビンを取り出した、まさにその時!
「ノォォォォォォォォォォォォ」
どこに隠れていたのか、大柄金髪スッチーが、踊るように飛び出してきたのです。
カノジョは、不正ウイスキーをいちいち没収する手間よりも、気がつかないフリしてオヤジどもを安心させ、ビン自体を摘発する作戦に変更していたのでしょう。

アッサリとビンは没収されました。
妙に肩を左右に揺らしながら立ち去るスッチーの後姿は、まるでビクトリーランのように誇らしく見えました。
他のオヤジどものコップは、なぜか没収されませんでした。
ポツンポツンと残存する不正水割りコップ。
もう注ぎ足すモノが何も無いだけに、かえって寂しげな存在でした。

夕暮れを迎えようとしている窓の外に広がるのは、『海行かば』が聞こえてきそうな、必要以上にギラギラした海でした。


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