スッチー・バトル その2(携帯版)


一般的に日本の接客業は、『お客様は神様です』が合言葉なんでしょうか。
理不尽な客にムチャな注文をされたって、
「スマイル、スマイル。とにかくスマイルッ!!」
などと、後で便所の影でクチビルを噛みしめ、時には涙しちゃったりしながらも、とにかく逆らわないというイメージがありますが・・・・・・・
時には、ホネのある日本人スッチーもいるようです。


それは、仕事で行ったシンガポールからの帰りの、成田行き夜行便でした。
ラッキーにも、自分の前が通路になってる席を割り当てられた我々同僚3人は、足を投げ出してガハガハと見苦しく過ごしておりました。
深夜、ヒマなもので、機内販売のカタログを眺めていると・・・・
ひとつ目に留まったモノがありました。
それは、ヒコーキの形をしたチンケな目覚まし時計。
オモチャみたいなヤツで、1000円くらいです。
この主張中にちょっとトラブり、それを国内からフォローしてくれた同僚のトッチャンボーヤがいたのです。
ソイツがやたら寝坊・遅刻するヤツだったので、フォローのお礼とシャレで、その目覚まし時計をオミヤゲにしようと思ったのでした。


せわしなく朝食の準備に右往左往するスッチーどもが一息つくのを見計らって、いよいよ時計を注文しようとしたら・・・・・
「ただいまを持ちまして、機内販売を終了させて頂きました」
のアナウンス。
なんだぁ。

ダメモトで通りがかりのスッチーに声をかけてみました。
「ねぇ、この時計、売ってよ」
「すいません。もう〆てしまいましたもので・・・・・」
大して売れてる様子も無く、ただただワゴンを行ったり来たりさせてただけの機内販売でしたので、かえって喜ばれるかと思ったのに。

激しく欲しかった訳ではありませんでしたので、
「へぇ、それならいいや」
と言ったら、何が気に入らなかったのか、スッチーが説教攻撃を仕掛けてくるのです。
「お客様、そういう事は、もっと早く言って頂かないと困ります」
「にゃ、にゃにおう?メシの支度が終わるまで遠慮したんじゃんかよう」
「夕べのうちに、ご注文いただけたじゃないですか」
「だから、もう要らないって言ってるっしょう」

我々の態度に問題があったのでしょうか。
とにかく、スッチーは怒っちゃったのです。
そしてツカツカと、我々の前から立ち去っていきました。

しかし、そこはプロの客室乗務員。
ほどなくして冷静に戻ったのか、我々を慰め、そしてご機嫌伺いに戻ってまいりました。
「お客様、ご要望の時計をお売り出来なくて申し訳ございません。」
「いえいえ、仕方ないです」
「その代わりとして、私どもの航空会社名のロゴの入ったフーセンをお子様に・・・」

どうやらスッチーは、時計はオコチャマへのオミヤゲだと勝手に解釈したようです。
そこでフーセンなどを持ってきたのでしょう。
しかし、貰い主はトッチャンボーヤといっても、リッパなオトナです。
そのトッチャンボーヤがフーセンを手にボーゼンとする姿を思い浮かべたワタクシどもは、んもぉガマンができませんでした。
「プププププ」
「ぶゎははははは」
「ケケケケケケ」
一斉に、爆笑してしまったのです。

なんだか事情が判らないまま、せっかくの善意を笑い者にされたスッチーは、フーセンを鷲づかみにしたまま立ち尽くし、やがて真っ赤な顔をして無言で立ち去りました。

しかし、さすが超大手航空会社のスッチーでした。
そんな事でメゲる訳にはいかなかったのでしょう。
航空会社名の入ったビニール袋を手に、またまたワタクシどもの前に現れました。
「お客様、ホントは無理なんですが、と・く・べ・つ・に、手入力で処理して時計をお持ちいたしました」
おおっ、やれば出来るじゃん。
でも、なんだか恩着せがましい言い方が気に入りません。
「もういいって言ったんだから、要らないよ」
「そ・そんな事おっしゃらずに。せ・せっかく手入力で・・・・」

おそらく、今更戻すにも、と・く・べ・つ・な処理が必要なのでしょう。
でも、下手に出てまで欲しくなんかありません。
「それじゃ、ボクが買いますから」
3人の中の若手君がサイフを取り出し、その場は納まりました。

ほどなくヒコーキは成田に到着しました。
帰って来たニポン。
わずか一週間とは言え、懐かしいのです。
ドアの所で乗客を送り出しているのは、あのスッチーです。

「ご利用ありがとうございました」
スッチーは何事も無かったように、アタリマエの挨拶をします。
さすがプロです。
こちらも、オトナとしての対応をしなきゃなりません。
「こんなツマラナいモノで、わ・ざ・わ・ざ・手を煩わしてスイマセンでしたねぇ」
スッチーは、メリハリの利きすぎた顔面のパーツ類を、更に強調するような表情になりながらも
「いいえ、良いんです、お客様。今度からは・・・・」

ワタクシは、最後まで聞かずに機外に出ました。
今更の小粋なトークよりも、早くタバコが吸いたかったのです。


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