WIZARDRY RPG

− OutLaws Edition −

■ワールドガイドセクション■


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◇舞台となる世界◇

 この世界は今、闇に包まれています……。

 それがなぜ、どの様に始まったのか、賢者たちは説明することができず、聖職者たちも気まずい沈黙を守るままです。
 ある者は神が死んだためだと語ります。またある者は秘められた都の世界の結び目がついに砕かれた故だと語り、ある者は次元全体の創世に関わる秘密が暴かれた故だと呻きます……。
 いつのころか、暗い雲がこの大地の上にのしかかり、太陽の輝きも月の安らぎも星の煌めきも地上に届かなくなりました。恵みの光は厚い雲を通してしか地上に届かず、安らいだ笑い声は明日をも知れぬ恐怖の震えに変わっていったのです。
 植物は枯れていき、ただ奇怪な蔓草や菌糸類ばかりがはびこっています。最初はただ奇異の目で見られていた現象は、やがて切実な問題へと変わっていきました。飢餓……日光不足による植物の減少は、切実な食糧問題を引き起こしたのです。
 それによる草食動物の減少は、やがて大規模な生態系破壊へとつながっていきました。百年の歳月を待たずして、幾千年分にも値する淘汰と変化が生物たちに起こりました。モンスターと称される怪物たちは、これまでは迷宮の中や夜のみに生きる存在だったのですが、それが白昼堂々と現れるようになりました。その中においても強力かつ凶暴なもののみが生き残り、世界をさらに危険で絶望的なものに変えてゆくのです。
 この混迷の中にあって、成熟を増しつつあった社会は脆くも崩れさりました。
 融和を深めつつあった異種族のなかには亀裂が入り、人々の心のなかには恐怖から来る疑心暗鬼と憎悪だけがとって変わったのです。華やかに栄えた都は、暴れ狂う群衆の叫びに瓦解していきました。多くの貴重な魔法の物品が床の上にぶちまけられ、ただ一片のパン切れのために惜しげもなく取引されます。もはや豪奢なカーテンもネズミのスープを煮るための焚き付けでしかないのです。
 その乱れた世界の中にあって、道徳や芸術を愛する心がいかほどの役に立つでしょうか? もはや善もなく、悪もない時代が訪れたのです。人々は飢え死を恐れる故に富を集め、富を得るために戦い。戦うが故に命を落とします。
 そして、世界は新たな秩序の下に織りなされつつあります。しかし、その秩序の名こそが……暴力と恐怖。
 あなたがいるのは、まさにそんな絶望のファンタジー世界なのです!

 


◇冒険の始まりの風景◇

 旅を始めたばかりの者は、世界について深くを知りません。

 多くの場合、生まれて始めて見たのは貧しい集落の風景です。木の杭で守られた小さな村の中に、煉瓦でくみ上げた小さな家があります。部屋は土間と居間の二つに分けられているだけで、料理用の竃と寝藁に敷かれた毛布だけがそこにあるすべてです。
 このような場所で、人々は身を寄せ合って暮らしているのです。わずかな作物を得るために汗水を流し、凶暴な獣に怯えながら森で小動物を追います。飢えた赤子の鳴き声と咳込む老人の苦しげな息だけが、沈鬱な集落に響いています。
 貧しさから抜け出すために人々は旅に出るのです。若くて健康な者の働きに見合うだけの収穫はこの寒村にはないのです。旅立って己の人生を捜せ、との長老の言葉は物悲しい虚偽を帯びています。不足がちな食料を守るため、口減らしのためには若者を外へ送りださなければならないのです。
 人生は常に死との戦いです。死を選ばぬためにも旅立ち、そして、旅路で命を落とさぬためにより強くならねばなりません。いつかこの故郷に、捨てたこの地に帰る日まで。

 少し違う状況も良く見られます。
 貧しい環境に生きることには変わりありませんが、それは土地が貧しいためではなく、過酷な領主に仕えているためかもしれません。馬車馬のように働き、何とか育て上げた穀物は税として領主の取り分に差し出さなくてはなりません。
 領主は支配の名の下に、この無体な納税を農民に課し、従わぬ者を兵隊に命じて捕らえさせます。囚人となった者を待っているのはさらに過酷な強制労働なのです。
 しかし、領主が集めた税のほとんどは、この兵隊を養うために費やされているのです。徴税のための管理、管理のための支出……なんとも不可思議なジレンマがまかり通っています。これもまた世界に垂れ込めた疑心暗鬼のせいなのでしょうか。領主たちはただおびえながら兵士の数を増やし、それゆえに税の重さは増すばかりなのです。
 この屈辱の労働に耐えられなくなった者は、いつか自分がその取り立てる側に回ってやろうと決意するのです。支配のくびきから脱出し、自由の旅に乗り出すのです。
 それは必ずしも己の安楽のためだけではなく、より賢い統治のやり方を目指そうという義侠故であるかもしれません。しかし、いずれにせよそれを成し遂げるためには、己を磨き上げ、より強い力と大きな富を獲得しなくてはなりません。こんな時代にあっては、明日をも知れぬ探究の旅だけがそれをもたらしてくれるのですから。

 より恵まれた旅の始まりをすることも、またあるでしょう。
 豊かな生活に暮らしながら、決してそれが自分自身の幸福になっていないかもしれないと気付いてしまう瞬間があるかもしれません。己だけが得たこの幸福は、あるいは他人の手の中で生きているだけの時間でしかないという事実にです。
 旅こそが、真実を見つけるための道です。自分の力で困難を切り開き、己にどこまで出来るかを確かめて初めて、人は己の人生を歩んだといえるのですから。
 そのような思いに誓いを定めた者は、家族や部族を離れて旅に出ます。祝福された旅立ちではないかもしれません。禁止と反対を受け、あるいは追手から身を隠しながらの旅となるかもしれません。しかし、そうやって殻を破った者は、そこで初めて世界がどのように動いているかを知ることになるでしょう。

 キャラクターたちが旅立つ状況は様々であり、また残してくるものも様々です。
 いずれにせよ、旅立ったばかりの者は自分の生きていた環境のことくらいしか知らず、その周りの地理がどうなっているのか、世界全体がどうなっているのかを知ることはないでしょう。なぜなら、混乱した世界と崩壊した国家には国境の概念さえ薄れ、地図そのものさえ失われているからです。彼らは自分の目で見える範囲のことしか知らないのです。
 しかし、次に旅人たちが知ることになるのは、埃まみれの街道と、そこを進む疲れた商人たち、さらにその憩いの場となる酒場の存在です。
 多くの場合、酒場は宿や商店を兼ねており、旅人たちの憩いの場です。そこを介して様々な物資が行き来し、様々な人が集まります。そして、この場所こそが、世界の真の姿について明らかにしてくれる情報源となるでしょう。

 酒場のバーテンダーはこう言うに違いありません。
 「仲間もなしに旅に出ようってのかい? そりゃまた無謀なことだな」
 それはまさに基本的な諫言です。しかし信用できる仲間なんて、と尻込みするあなたに向かって、こうも告げるでしょう。
 「信用なんて、最初からあるわけないだろ。お互いに死にたくないから仲間を大切にするのさ。信用とか信頼なんて言葉は、何年も一緒に過ごした者が口にするこった」
 バーテンダーの指し示す先には、あなたと同じように初めての旅に不安そうな表情を浮かべている旅人がいます……最初の出会いとは、こんなものでしょう。それこそが、命を預けて共に旅をすることになる仲間となるのです。
 自己紹介し合った一行にバーテンダーは改めて笑顔を見せ、そして捜し求めるべき宝の情報や、何か達成して報酬の得られる仕事を紹介してくれることでしょう。

 


◇世界の歴史◇

 過去にどのようなことがあったのか、それは誰もが知っているということではありません。人々は今を生きるのに精一杯ですし、それを教えてくれる学校や書物もほとんど存在していないからです。
 しかし、冒険者の生活には世界の過去の姿は大きく関わってきます。というのも多くの場合、彼らの冒険の舞台となる地下迷宮のほとんどは、過去に作られ、忘れ去られたものであることがほとんどだからです。そこに眠る宝物も、そこで待ちうける守護者や魔物も、歴史の語る時代の遺物なのです。
 世界の過去に関する知識は「歴史学」技能によって知ることができます。また、「紋章学」技能によっては、国家や民族の歴史を知ることができます。

□黄金期□

 最も古い時代は黄金期と呼ばれ、神々の時代と呼ばれています。今からおよそ五千年の昔のことです。
 “古き種族”は、その究極の叡智によって神々を創造し、その力によって全地を支配しました。繁栄は海を越え、さらには天空の星々の世界にも至ったといわれています。さまざまな“秘宝”が創り出され、今の魔法によっても解明できない強力な魔法物品が日常的に用いられていたのです。
 現在、どの種族も自分たちこそがこの“古き種族”であったと主張しています。それはデヴィリッシュとパラスイートであるという見解が有力ですが、そのいずれでもないという説もまた根強く存在しています。

□闘争期□

 繁栄は堕落を呼びました。神々に全てを頼りきった生活は、やがて神々に支配される状況を作り出したのです。“古き種族”は、盲従の中にのみ平安を見出し、やがてその高度な文明を失ってしまいました。
 しかし、神々に逆らった者たちがいます……すなわち人間です。彼らは、傲慢と闘争心によって平和を打ち壊し、やがて神々に背いた王国を作って覇を競い合いました。その勢いの前には安穏に甘えていた“古き種族”はもはや主導権を失い、やがて歴史の中に埋没していったのです。
 人間は巨大国家を作って闘争に明け暮れました。幾千年の長きに渡って活気に満ちた時代が続き、幾つもの伝説と幾つもの悲劇が生まれました。大地に覇権を競った狂える覇王の時代もまたこの時の中にあります。
 善と悪。明確に判別された価値観が、この時代の象徴とも言えます。それはまさに、神と人と魔の攻めぎ合いの時代であったのかもしれません。そのいずれかが世界の王となるのか。永遠の存在とは何なのか。それを究めるために、人間たちはこの時代をあくまでも貪欲に生きました。

□混迷期□

 活気に満ちた闘争期は闇の帳が下りるとともに終焉を迎えました。古き神と古き魔法が滅び、暦もまた失われました。災厄が襲い、地形すらも変わってしまったのです。
 しかし、またこの時代ゆえに新たなものも生み出されました。錬金術という新たな科学が興り、これまでは知られていなかった種族が姿を現すようになりました。新たな魔法体系が形作られ、古き神の代わりに新しい神が発見されることになるかもしれません。北方の武神オーディンとその巫女であるヴァルキリーなどはその代表であり、混迷期の異変によって目覚めたのだと言われています。
 現在は混迷期に入ってから三世代目くらいだと思われますが、それを正確に知る術はありません。最初はこの災厄は、一時的な天候異変だと思われていましたが、現在では世界そのものの滅びの前兆なのではないかとすら考えられています。
 豊かな都は滅び去りましたが、また新しい形での社会が作り上げられつつあります。
 最後の巨大国家であった“王国群”の司教府はいまだ力を持ち続け、各地の教会を通じて世界を再構築しようと試みています。貴族たちは、ある者は必死で領地を守り、ある者はより力ある者に支配権を奪われてしまいました。
 この状況で、物語りは始まるのです。

 冒険者たちは、黄金期に創り上げられた秘宝を求めて旅することが多いでしょう。その過程で、闘争期に建造された大迷宮を歩み、あるいは混迷期ならではの苦しくも悲しい物語りに出会うことになるかもしれません。

 


◇世界の地理◇

 下記に掲げた地図は、あくまでもこの混迷期の世界についての概念図です。この状況にあっては正確な地図はいまだ存在していないのですから。世界についての記述もまた、多くは暗雲が到来する前の世界についての情報に基づいています。
 大陸のあちこちには湖が存在しています。これらは内海とも呼ぶべき塩水の湖です。遠洋航海を試みる豪胆かつ無謀な者もなかなかいないので、沿岸に住む者はこの内海を遥か彼方の大陸に続く大洋だと考えているかもしれません。
 広大な大陸のほとんどは、風が吹きすさぶ荒野か、枯れかけた森林です。陸路を長く旅することの難しさは海に倍するものがあり、これが地図測量も不可能な状態を招いていると言っても過言ではないでしょう。
 世界は複雑な存在なのです。広大な未探索地帯には、あるいは桃源郷とも呼ぶべき幸福な土地があるかもしれません。もしかしたらすでに悪の魔物が巨大な要塞を作り上げてしまっているかもしれません。世界は広いのです。この地図上には各GMが作り上げる設定も、キャラクターが建国する国家も存在するのに充分な場所があります。
 世界の地理や気候、社会、文化、民俗に関する知識は「地誌学」技能によって知ることができます。

“王国群”領域

 それでは、世界の個々の地域の様子を解説していきます。

□王国群□

 大陸西原にて激しい戦いが続いた闘争期を終わらせるべく、“大王”と呼ばれる人物によって平定された領域が“王国群”です。教会に忠誠を誓う国王とその騎士団によって運営されるこの国家形式は、もっとも一般的な国家の形態となったと言えるでしょう。
 王国群に参加している国家は、国家同士での戦争は禁じられていませんでしたが、教会権力に反抗することだけは許されていませんでした。もし教会を総括する司教府をないがしろにすることがあれば、すぐに諸国の軍勢が勅令を受けて立ちあがり、いかなる恩讐も無視してその国を引き裂き、勝者で分け合うのです。表面上では自由でしたが、各国家はしっかりと首輪を握られていたことになります。
 しかし、混迷期はこの国家間の音信をまったく途絶えさせてしまったのです。ある国家は、中央への税を納めずに済むことを歓びつつ自国の力を強大にしましたが、ある国家は農民の反乱を受けて瓦解しました。国家間の戦争や謀略はさらにそれぞれの崩壊を早めています。
 王国群を統括するための“諸王会議”はもう何年も開かれていません。召集は続けられているのですが、他国からの暗殺の危険を犯してまで会議に出向こうという者はいないのですから。

□司教府□

 宗教の中心である司教府は、“諸王会議”の開催地である“夜霧の都”に存在しています。初期においては“大王”の配下にあった教会勢力ですが、王の代を数えるごとにその権力は着実に大きくなり、現在では大王の地位は形ばかりのものになっているようです。王は表面上は司教府の保護者でしかなく、実際には有力貴族との利害関係による密盟のもとに教会勢力が権力と利益を独占しています。
 しかし、混迷期にあって、宗教はその権力を薄れさせつつあります。人々を救うことができない教派は、ただの便利な治療施設程度でしかないのですから。教会の締め付けが弱まったために、各地で異端や悪魔崇拝が起こり、“教皇”はそれを阻止しようと必死です。

□黒貴族□

 何とも矛盾なことですが、消えかけた権力を守るために、教会は“黒貴族”と呼ばれる者たち……つまりはヴァンパイアや死霊サムライなどの闇の実力者を王国群に所属する貴族として認めるようになりました。彼らが魔物であることは公然の秘密ですが、それを公の場で口にすることは命の危険にも繋がります。かくして今は王国群のあちこちに、魔物に支配された城が公然と存在しているのです。

□東部教国□

 王国群と東方を結ぶ広大な礫砂漠は、司教府と流れを分かった東部教会の影響下にあります。これら東部教会の影響下にある国家群を“東部教国”と呼びます。砂漠という厳しい環境ゆえに強力な政教一致体制をとってきたこれらの国々は、強固な結束を誇り、周辺の他民族を征服、教化することによって広大な版図を築くにいたりました。教国は神の代弁者である“教主”の直裁によって運営され、各地の所領は教主に任命された代官である“藩王”によって統治されています。
 司教府と東部教会のそれぞれの教義解釈を巡る確執から、王国群と東部教国は幾度となく戦争を繰り返してきました。しかし現在は、王国群の混乱によってその対立は小康状態にあります。

□東部教会□

 東方の宗教を司る東部教会は、預言者の後継者とされる“教主”と呼ばれる指導者によって主催されています。しかし、本来は教会だけでなく教国をも総括する立場であった教主ですが、代を重ねるごとにその指導力を失い、今では実質上の指導者の立場は“藩王”と呼ばれる代官たちに取って代わられています。

□呪われし都□

 荒野というよりは、砂漠と呼ぶのがよりふさわしいでしょう。その中心に、かつて地上でもっとも栄えた都市が在るといわれています。古の時代、この地で修行を積んだ英雄たちが大陸全土へと散らばり、各地にまた伝説を足跡として残したといいます。
 今は、その都の名前は忌むべきものとして口に上らせてはならないと伝えられています。その名前にまつわる因縁の魔神たちや魔法使い、王たちを再び目覚めさせてしまうからだと畏れられているのです。

□災厄の城□

 王国群の最も東に位置するこの渓谷は、蛮族の侵入を阻止するための最大拠点でした。最も勇猛と称えられた王と、最強の魔法使いがここにあって王国群を守っていたのです。しかし、いつからかここは死の世界となってしまいました。魔神たちの侵略によるものか、それとも魔道実験の失敗によるものか、ともかく巨城は一夜のうちに魔物の棲む廃墟と化してしまったのです。ですが、この地には最もすばらしい宝物……すべての望みをかなえる究極の秘宝が眠ると噂されています。

□東方蛮国□

 明確な形の国があるわけではないですが、大陸北東部の高原地域には草原を駆ける遊牧民が暮らし、ときおり王国群に略奪に押し寄せてきました。それは王国群にとって最大の恐怖であり、団結の要因ともなりました。しかし、彼らは“災厄の城”……かつてはそう呼ばれてはいなかったのですが……をもって守りきった英雄王に敗北し、このところ侵入を試みていません。

□中央山岳□

 東方との境界にある大陸中央部の山岳地帯には、東方文化の影響を受けた幾つかの集落があります。ここには霊能者や修道僧、侍や忍者のための修行場所があり、彼らが用いる武具もここからもたらされるのです。
 中央山岳の向こうの世界は、今だ知られざる世界です。東方人の故郷が今どうなっているかはまったく知られていません。暗黒の雲の影響を受けているのか、それとも平和な世界となっているのか……。しかし、それを知ろうとして、中央山岳を越えようとした者は、すべからく無慈悲な忍者たちによって殺害されています。彼らは、どうやら東方社会を秘密のままにしておこうとしているようです。

□霧の玉座□

 北西には冷たい海が広がっており、そこを越えるとブリストル島があります。ここはエルフとフェアリィの多く住む妖精の島であり、霧の玉座に座る“永遠の女王”と呼ばれる存在が、魔力でその住人を守っている場所です。しかし、この地の出身のエルフは故郷のことについて決して語ろうとしません。秘密を守るための沈黙なのか、あるいは語れぬように呪縛の呪いがかけられているのでしょうか。

□武神の聖地□

 極北、この地図にも描けぬ遠方に位置するのが、武神オーディンの聖地です。この地こそが、真なるヴァルキリーの故郷であり、世界に働きかけようとしている新たな力の源です。オーディンは勇猛なる武勇の神であり、真なる魔術の神でもあります。その巫女であるヴァルキリーは勇猛果敢に戦った者を祝福するのです。
 その戦いの末にこそ……己を解放した真の戦いの結末にこそ次の時代を占う何かがある、というのがオーディンの思想です。それがすべてを諦め、滅びに至らせる黄昏であるのか、それとも炎の中から再生する不死鳥のように、新たに輝く時代の狼煙であるのか……。それを見極めよう、というものなのです。

□南方暗黒大陸□

 王国群の南端には広大な内海が横たわっています。この内海に遠洋航海を試みる豪胆かつ無謀な者もなかなかいないので、その対岸は長く未踏査のまま放置され続けてきました。ところが、近年の航海術の発展によって広大な大陸の存在が確認されました。しかし、その未知なる大陸の内陸に踏み込み還って来たものはおらず、すべては暗黒の闇のなかです。
 内海沿岸にて語り継がれてきた伝承によれば、黄金の都があるとも、爬虫人たちの帝国があるとも、また褐色の肌の女族国があるともいわれていますが、それらの真偽を確かめたものはまだ誰もいません。

□女族国□

 女性だけの部族といえばヴァルキリーですが、南方には女性だけの人間部族があります。彼女たちはどうやら、男性の放浪癖と気まぐれを排除した社会こそが真の安定を得ることができる、と結論づけたようです。この部族において男性の役目は子孫作りにしかありません。そのため、男性は略奪されてきて役目を果たした後は、労働のための奴隷になるか殺害されるしかありません。

□蜃気楼文明□

 遥か古の伝説の時代。神話時代の良きものはすべて歴史の中に消え去ってしまったはずでした。しかし、遥か南方にあるというその都市には、いまだ古き伝統を継承した賢者たちが暮らしている、という噂があります。しかし、その都市を目指した者は数いれど、そこに辿りつけたという者はいまだいません。さながら砂漠に浮かぶ儚い夢のごとく……それは蜃気楼文明と呼ばれています。

 


◇迫りくる世界の脅威◇

 この混迷期の時代、人間社会に対する脅威は長く続く天変地異や大地を闊歩するモンスターだけではありません。同じ社会に属す人間種族の中からも、より危険な存在が生まれようとしています。
 ここでは冒険のさなかで、遭遇するかもしれない邪悪な組織の例を幾つか紹介します。

□雄羊の寺院□

 “雄羊の寺院”とは、雄羊を象徴として掲げる悪魔崇拝者の教団を指します。東方辺境を中心に広がり、現在では王国群のほとんどの国家を侵食しています。
 その教義は実のところ、あまり明確ではありません。特定の神を崇めるのではなく、特定の儀式を要求することもないこの教派が訴える思想は「目的達成のためには無限の力を手に入れよ」というものです。
 信者に言わせると、これは本来が宗教を目指したものではなく、魔道研究の一分野として高められた学院であるからだ、とのことです。その力の源を異世界に求める……あまりにも危険な魔道分野を敢えて研究し、かつ実益として利用しようというのが“雄羊の寺院”の訴えることなのです。

 “雄羊の寺院”の“雄羊の寺院”たる由縁は、そのやみくもなまでの力の崇拝、力を得ることへの傾倒にあります。そしてその願いが裏切られることはありません。“雄羊の寺院”を信望する魔道師たちは異世界との盟約を結び、信徒の利益のためにためらうことなく魔神などの異世界の強力な(かつとても危険な)存在を召喚しているのです。
 何も求めず、ただ力のみを与える。
 それは野心家や犯罪者のみならず、すべての人間にとって抗しがたい魅力をもって迫るのでしょう。“雄羊の寺院”は現実と妥協することの虚しさを訴え、力をもって己の欲望を達成するようにと囁きかけます。
 魔術師、錬金術師だけではなく、商人そして貴族など……。
 力ある者こそがより大きな力を求めるというのはなんという皮肉でしょう。しかしそれは永遠の真実かもしれません。いずれにせよ事実は忌むべきことに、“雄羊の寺院”の勢力はまだ静かに隠れながらも着実に社会に浸透しつつあります。

 “雄羊の寺院”の総本山の位置は未だ知られてはいませんが、この教祖こそが、かの災厄の王の右腕、史上で二番目に強力な魔法使いとも讃えられる狂える賢者ゾーフィタスだということは、魔法に関わるものたちの間で密かに囁かれています。
 彼は異次元の存在と盟約を結ぶことにより、より強力な力を手に入れ、星界にすら旅立って、すべての望みを己のものとすることのできる宇宙創世の秘密を手に入れたという伝説があります。ゆえに今もなお、生き続けているのだと。
 ゾーフィタスのこの姿勢こそが、“雄羊の寺院”にとってはまさに理想でありかつ究極の姿であると崇められています。かつて“闘争期”の時代に覇王に反逆し、さらに神をも殺して星界に旅立った魔法使いワードナ。その再来とも呼ばれるのは、このあまりにも背徳的なまでの力への欲望によるものと言えるでしょう。魔力でこそ伝説の魔法使いに及ばないとしても、宇宙創世の秘密を得たその力は、魔法使いの護符の力すら大きく凌ぐとされます。

 “雄羊の寺院”の魔道師たちが現在傾倒しているのは、悪魔の力を人間の身体の中に取り入れるという研究です。悪魔の賢さ、その異能をもった最強の人間を創り出すという計画は、もう数世代に渡って続けられています。それは時には恐ろしい失敗を生み出してもきましたが、“雄羊の寺院”をより強力なものとする成果も挙がっています。
 彼らはそのような力を持って社会を揺り動かそうとしています。それはときに金のためでもあり、また恨みのためであるかもしれません。
 しかし最もたちが悪いのは、これを為すものが己の行為を理想の熱情の中にとけ込ませてしまっている例です。その姿はまさに邪教徒。“雄羊の寺院”はその教義によってではなく、その抗しがたい魅力そのものの力で己を邪教へと捻じ曲げてゆくのです。
 現在、多くの都市で“雄羊の寺院”を信望する者への捜査と弾圧が高まっています。しかしそれを上回る勢いで支持者もまた増えているのです。

□バルバリア海賊□

 南方暗黒大陸の内海沿岸地域はバルバロイと呼ばれる民が住んでいるため、“バルバリア海岸”と呼ばれるようになりました。その沿岸にある幾つかの港湾都市を基地として活動している海賊が、バルバリア海賊です。

 その略奪行為は内海全域に及び、南方暗黒大陸の西海岸から王国群の北海、果ては新大陸までと広がっていますが、主な活動領域は王国群に面した内海です。内海を航行している船舶を捕獲することに加えて、海に面した王国群諸国の海岸にある町や村を襲い、略奪を行います。その攻撃の主目的は暗黒大陸北部や東部教国の市場に送る奴隷を捕まえることです。

 夜の闇に紛れ、灯火を消して沖合に停泊させた船からボートに分乗して上陸すると、近隣の町や村を手当たり次第に襲い、略奪の限りを尽くした後に火を放つという非道な手口が彼らの常套手段なのです。一夜にして焦土となった集落の話など、彼らの出没する海沿いの地域では珍しくもないのです。

 奴隷にされた者たちは悲惨な運命を辿ります。多くの奴隷は暗黒大陸の都市に戻る長い航海の間に、病気や食料、水の不足のために船中で衰弱死してしまいます。生き残ったとしても、都市についたら市場で競売に掛けられます。買い手に買われたのなら、男ならば農奴や鉱夫、ガレー船の櫂漕ぎなど激しい肉体労働に、女ならば家事労働に酷使されることになります。夜には監獄に押し込められ、死ぬまで労働を強いられることになります。

 恐ろしいことに海賊の中には、王国群からバルバリア海岸に赴き、海賊に志願した者たちもいます。彼らは殺人や強盗などの重罪を犯して国を追われたならず者たちで、東部教会に改宗してバルバリア海賊となりました。彼らを通じてバルバリア海賊にも王国群の最新の航海術と造船術がもたらされ、海賊の活動範囲もまた広がるようになりました。

 最近では東部教国の勢力拡大とともに暗黒大陸北部の内海に面した幾つかの港湾都市がその支配下に入ったこともあり、東部教国の支援を受けて内海での彼らの襲撃は増えています。

□ダークエルフ□

 ダークエルフとは、名前の通り“暗闇のエルフ”とも呼ばれるエルフの氏族のひとつです。
 姿はエルフと同じくほっそりとした身体で、平均身長は男女ともに170cm程と変わりありませんが、青みを帯びた黒い肌と白い髪をしています。最も異なるのはその貌で、細面で優美な顔立ちをしたエルフとは異なり、険を含んだ強い意志を秘めた剽悍な顔立ちをしています。
 それもそのはず、その性質は神の恩寵を信じ、自然と調和し、この世界を愛するエルフとは大きく異なり、邪悪で狡猾、無慈悲といった危険な存在なのです。

 ダークエルフは、遥か神話の時代、創造主である神に反逆して追放された御使いのひとりで、後に“冥王”と呼ばれることとなる存在に従ったエルフたちの末裔とされます。
 “冥王”は神の恩寵を受けた種族であるエルフを憎んでおり、その優れた資質をもった種族を自らの眷属とするためにエルフたちを捕らえ、地下の世界に閉じ込め、長期間の拷問の末に堕落させ、“暗闇のエルフ”ともいうべき存在に変えたのです。
 そのため、受けた苦痛や憎悪が影響し、美しかった白い肌は不気味な青黒い色となり、黄金の髪は白い髪へと輝きを失ったのです。
 その起源からか、彼らは「憎悪」こそがこの世で唯一の力の根源であると信じて疑いません。己の敵を見下し、蔑み、支配下に置くことこそが勝利であり、慈愛や哀れみは残酷さの前では無力に等しい。そして、憎悪の力が強ければ、この世のすべてを支配することも難しくはない、そう考えているようです……。

 ダークエルフは古代より人類の恐るべき敵として恐れられてきました。
 彼らは古来より特定の場所に定住することなく、大陸北東部の高原地域の草原を中心として遊牧生活を営んできました。そして、血族からなる集団を形成して、強力な複合弓と優れた馬術による騎乗弓射戦術を用いて、幾度となく西原の諸国に対して侵略を行い、町や村を略奪してきました。
 高原地域で互いに争っていたダークエルフ諸部族を糾合したのが、闘争期の覇王エツェルです。エツェルは神話時代の“冥王”の後継者を名乗り、諸部族を武力で統一すると、人間など他種族の遊牧民やオークやゴブリンなどの小鬼属すらも傘下に収め、東方蛮国の帝王として西原の諸国に攻め入ったのです。
 その侵攻に対して抵抗した都市は、攻略された後に他都市への見せしめのため、徹底的に略奪されました。降伏した都市もまた戦利品を得るために略奪されました。多くの都市が劫火に焼かれて焦土と化し、住民たちもまた虐殺されました。
 あと一歩で西原諸国すべてを征服するかと思われましたが、自らの婚礼を祝う酒宴の席でエツェルは急死しました。エツェルの死後、その息子たちの間で内紛が起き、司教府の呼びかけで団結した諸侯の反攻によってその帝国は瓦解しました(その脅威に対抗するべく結成されたのが、今日“王国群”と呼ばれる国家群です)。

 混迷期に入ってから今のところ、ダークエルフたちは大陸北東部の高原地域に留り、部族同士での内紛に明け暮れています。しかし、もし再び彼らを糾合することができる強いリーダーが出現したとき、権威を著しく失った司教府とまとまりを欠いた王国群にその侵攻を防ぐことができるでしょうか……。
 王国群の一部の賢者や聖職者たちは、その動向を独自に探り、いつか来るであろう侵攻に備えて対策を講じようとしていますが、これといった有効な手立てを見出すことは未だできていません。

 


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