13-11 Stay Night
13-11-1 最終ブリーフィング

■衛宮邸 居間

「それでは確認だねっ! みんな準備はいいかなっ!?」
 居間に集まった魔術師と英霊は、椅子の上に立って拳を振りかざすイスカンダルの言葉にそれぞれ頷いた。
 負傷が癒えていないものは居るが、少なくとも魔力は回復した。
 元より一発殴られたら三発光線撃ちかえす様な連中故に、士気もすこぶる高い。やる気、元気、ビヤーキーである。
「改めてチームわけを確認するよっ! セイバー、ランサー、ライダー、ギルっちと魔術師チーム、護衛のあんりたんとまゆたんは聖杯洞突入! バーサー カー、キャスター、アサシンは拠点・・・この家を防衛っ! ハサンとちびセイバーは索敵と向こうのハサンの暗殺対策をお願いするねっ!」
 周囲から返る頷きにオッケーともう一度拳を振り上げる。
「ボクと神父さんバゼットさんは戦力にならないからとにかく邪魔にならない事を心がけるとして・・・オフェンスチームの移動手段をどうするかっていう問題 があるんだねっ」
「? 徒歩で行けばいいでしょ? 魔力もったいないし」
 凛の言葉に、イスカンダルは首を横に振る。
「凛ちゃん、確か偵察用の使い魔を放ってたよね? 円蔵山、なにか動きない?」
「え? 別に―――」
 答えた凛の言葉が途切れた。口が開き、あちゃーと動く。
「・・・想定したタイムスケジュールだと、まだサクラと聖杯の接続は回復してない筈なのよ。だから、例の影の獣が押し寄せてくる事はないから普通に移動で きると思ってたんだけど・・・」
「何か出てきたのか?」
 士郎に問われ、額を押さえて凛は頷いた。
「なんか円蔵山から骸骨がガッシャガッシャ沸いてでてる。動きは遅いけど目的地は間違いなくここ・・・ついでに、飛ばしてた使い魔は山の方から飛んできた 何かに撃墜されたわ」
「数はどのくらい居たのかしら?」
「じっくり観察する時間がなかったけど100や200じゃないのは確かよ」
 キャスターは耳をピコピコさせながら首をかしげる。
「竜牙兵かしら・・・それだけ数があるとなると竜の牙じゃなくて普通の骨を媒介にした劣化品かもしれないわね。あそこ、墓地だし・・・アンデッドの類を召 喚するのに苦労はないのよ」
「つまり、向こうのキャスターの仕業か」
 ランサーは面倒くさそうに顔をしかめる。
「なんにしろ、行きがけの駄賃代わりに薙ぎ払っていけばいいだけだ。さっさと出かけようぜ?」
「んー、少しでも消耗するようなのは避けたいんだけどねっ・・・」
「ふん、今宵は機嫌がいい。我のヴィマーナの片隅に乗せてやってもよいぞ?」
 ギルガメッシュが胸を張るが、それには凛が首を横に振った。
「駄目よ。わたしの使い魔みたいな地味なものですら迎撃されたんだし、あんなピカピカしたので突っ込んだら何されるかわかんないわ。あんた達はいいだろう けど桜あたりが確実に死ぬわよ?」
 何しろ、予想通りなら山頂に陣取ってるのは黒いギルガメッシュだ。魔術師どころかサーヴァントでも流れ弾で死亡しかねない。
「じゃあ、ライダーも向こうに着くまではペガサスに乗らない方がいいですか?」
「その方が無難だねっ。出来れば魔力を使わずに高速移動できて、竜牙兵くらいなら弾き飛ばせるのがいいよっ。ぶっちゃけ、自動車っ!」
「竜牙兵って自動車で跳ねたくらいで倒せるのか?」
 士郎の問いに製造元であるキャスターはええと頷く。
「現代魔術に『強化』っていうのがあるでしょう? あれで車体を頑丈にしておけば、まず大丈夫よ。念の為運転手をサーヴァントにしておけば万全ね」
 バターナイフ一本でも、英霊が持てば立派な対霊武装である。
「車か・・・藤ねえん家に防弾ガラスの頑丈な奴があるから借りて・・・ってキーがどこにあるかわかんないな。直結でなんとかできるかもしれないけど」
 でもあそこも盗難対策しっかりしてるからなー等と士郎が呟いた時だった。
「おまか、せ、ください―――」
 掠れるような声が、居間に届いた。
「!?」
「■■■■ッ!?」
 その声に反応したのはイリヤとバーサーカーだ。
 驚愕に丸く開かれた目が向けられた中庭。はたしてそこには白い服に身をつつみ、支えあうようにして立つ二人の女性が居た。
「セラ! リズ! なんで!? 魔力が足りないから寝てなさいって言ったじゃない!」
 居間から廊下、縁側、中庭と靴も履かずに飛び出すイリヤに一歩遅れてバーサーカーと士郎が続き、その後ろにぞろぞろと他の面々もついてくる。
「どちら、に、せよ。それほど、長くもたな、い、のならば、最後、まで、お役に立つのが、我々、の、本懐、ですので」
 掠れ、切れ切れの声で答えたセラの身体がぐらりと揺れ、慌ててバーサーカーが抱きとめる。同時に倒れたリーゼリットの方は士郎が支えた。
「わたしが機能不全起こしてるの、になんで動けるの・・・?」
「うん。わたしも、イリヤの回路の一部だから、がんばってみた」
 呆然と呟くイリヤにぶいっと指を突き出すリーゼリットだが、腕が上がりきっていない。
「任せろって言ったわね。今の状況わかってるの?」
 凛の言葉に、セラは弱々しくも不敵な笑みを浮かべる。
「ええ、門の、前に止め、て、ありま、す」
「とめてある?」
 士郎の呟きに、リーゼリットはこくりと頷いた。
「うん。うちのくるま、もってきた。早いよ」
「アレがあるのですか!?」
 途端、セイバーの目の色が変わる。
「わ、わかるの?」
 あまりの勢いにぎょっとした凛の問いにぶんぶんと頷き、セイバーはセラに視線を移す。
「10年前、アイリスフィールが使っていた車でしょう! あの銀色の・・・!」
「そう、です。整備は、万全、使って、くだ、さい」
 僅かに言葉に得意げな気配を載せてセラはそう言い、ぐったりとバーサーカーの腕の中に沈んだ。だらりと垂れた手から、かわいらしいストラップの付いた キーが落ちる。
「セラ!」
「だいじょうぶだよ、イリヤ。わたしも、セラも、イリヤをおいていかない・・・」
 リズはそう言って僅かに頬を緩める笑みを浮かべ、バーサーカーを見上げる。
「がおー」
「・・・マカセテ」
 頷きあい、目を閉じる。それきり、動かない。
「―――ご苦労さま、二人とも。ゆっくり休みなさい」
 イリヤは無表情に呟き、キーを拾い上げた。
「リン。時間がないんでしょ?」
「・・・ええ。綺礼―――」
「うむ」
 視線を向けられ、言峰とバゼットがそれぞれリーゼリットとセラの身体を受け取る。
「イリヤ、彼女達は・・・」
 気遣わしげな士郎の目に、イリヤは首を横に振る。
「まだしばらくは消えたりはしないけど、多分この世界に居る限り、目を覚ますこともないわ」
「・・・ああ、もう。辛気臭いわね。なに? ホムンクルス? 応急処置くらいはしてあげるからこっち来なさい」
 その姿にわざとらしく舌打ちなどしながらキャスターが屋敷の中へと向かい、その後を言峰たちが追う。
「イリヤ、シンジル」
 そしてバーサーカーの大きな掌がイリヤの頭にぽすっとのせられた。
「ダイジョウブ。オイテイカナイ、イッタ」
「・・・うん」
 こくっと頷き、イリヤは握っていたキーを士郎に差し出した。
「キリツグが10年前に用意したものよ。今はわたしが使ってるんだから壊さないでね」
「・・・預かる」
 士郎はキーを受け取ってしばし沈黙し。
「・・・誰か、車運転できたっけ」
 ちょっと困った顔で周囲を見渡した。
 受け取ったはいいが、免許もなければハンドルを握った事もない。いや、乗ってみれば意外にいけそうな気もするんだが。
「それ以前に、アインツベルンの車って言ったら300SLでしょ? 石原U次郎とか力DO山とかも持ってたって言う」
「斬新な伏字だな遠坂・・・」
 士郎の呟きを無視して凛はぴんっと指を立てた。
「アレってそもそも2シーターよ。どう頑張ってもこの人数は入らないわ」
「えっと、先輩、姉さん、わたし、セイバーさん、ギルガメッシュさん、ランサーさん、ライダー、あんりちゃんにまゆちゃん・・・はわたしたちの影に入って もらうとして、7人はちょっと無理っぽいですね・・・」
 桜が指折り数えるのを見てランサーはひょいっと肩をすくめる。
「押し込むしかねぇだろう。ガルウィングなんだし、開けて箱乗りすればなんとかなるんじゃねぇか?」
「いやあ、空気抵抗でふっとぶよそれ・・・」
「面倒だ。誰か一人トランクに詰め込めばよかろう」
 自分がその役になるなど全く考えていないギルガメッシュの発言に、全員の視線がランサーとライダーに集中した。
「・・・な、なんですかその目は」
「簡単なロジックよ? ライダー・・・」
 慄くライダーに桜はにっこりと微笑む。
「身長っていう、単純明快な指標に基づく簡単な判断」
「俺が・・・いや、なんでもない・・・」
 反論しかけてうな垂れる士郎の背を凛はパンッと平手で叩いた。
(しっかりしなさいよ士郎。資質的にはこの後ぐんぐん伸びるんだから・・・)
(だといいけどなあ・・・)
「し、しかしですねサクラ! 運転手は必要でしょう! わたしは騎乗スキルが高いので、いかなる車であろうと乗りこなせます!」
「騎乗スキルは私にもありますが」
 必死のアピールをさえぎって、セイバーがしゅぴんっと手をあげる。
「そもそも、先ほども説明があったようにこの車は前回の聖杯戦争でアインツベルンが使用したものです。その際に運転を委託された経験がある私が今回も運転 するのが妥当ではないしょうか」
 経験者は語る的な説得力にライダーはうぅと黙り込み。
「・・・そして! 少しでも収容人数を稼ぐ為に! 運転席にはシロウがまず座り、大きく広げて貰った足の間に私が座るのが合理的と思われますッ・・・!  あくまでも収容人数を稼ぐ為にですが!」
 そっちが目当てかッ! と女性陣は総ツッコミを繰り出した。
「・・・まあ、冷静に考えればアレよね。ランサーってたしかバイク乗ってなかったかしら?」
 気を取り直した凛の指摘に、ランサーはおうよと頷く。
「裏に置いてあるぜ。ついでに言やあ、コトミネの奴が乗ってきた奴も表に止めっぱなしだ。ライダーとサクラはそっち乗ればいいんじゃねえか? サイドカー 付いてるぞ」
 瞬間、トランク詰めを免れたライダーが力強くガッツポーズをとる。
 多分3点くらいは入っているだろう。
「えっと、じゃあ車の方は士郎とわたし、セイバー・・・」
「そして我だ」
 むんっと胸はる英雄王。2シーターに四人乗りは厳しいが、小柄な少女が三人だから何とかなるだろうと凛は判断した。
「いいわ。それで行きましょう。わたしは車に強化かけてくるからランサーはバイクを表に回して頂戴。ライダーは綺礼からキー奪ってきて」
「ハサンちゃん、ひとっ走り周りを見てきてくれるかなっ。気配遮断は忘れないでねっ」
 了解と散っていく面々を見送り、他の者達は一度家の中へ戻り、玄関で靴を履いてから改めて外へ出る。
「・・・そういえば、もう一人の桜はどうしたの?」
 玄関を出た凛は門の方へと歩きながら桜に尋ねてみた。
「ダウン中です。見送りできないけど許してねって言ってました。一応、わたしが桜連合代表として向こうのサクラを張り飛ばす予定です」
 敢えて叩いた大口にドキドキと跳ねる心臓のあたりを押さえ、すーはー深呼吸する桜を横目に、今度は士郎が凛に質問を投げかける。
「遠坂、自動車を強化なんて出来るのか? 構造とか解析した方がいいか?」
「正確には車体を構成する板金の強化よ。内部構造には手が出ないし、必要なのは円蔵山まで壊れないだけの頑丈さだもの」
 答えて凛は腕まくりする。
 サクラでなくキャスターが雑兵を繰り出してくる可能性をうっかり失念していたが、とりあえずはこれで挽回できる。
 後は進むだけ。
 行って、見て、勝つのだ。


13 -11-2 シュツルム・ウント・ドランク

■衛宮邸 門前

「・・・無理あると思うのよ」
 凛はぼそりと呟いた。
 狭い車内にはひしめいて四人。大柄とはいえない自分達なら大丈夫かと思っていたが、実際にやってみると、これが存外に息苦しい。
「特にこの無駄な脂肪の塊が邪魔なのよね。外せないのソレ?」
「外せるかたわけ。だが、そうだな。吸って構わんぞ? 何も出ぬが」
「吸わないわよ!」
「吸わないのかよ!」
 ツッコミに更にかぶせてきたのは車外のランサーであった。
 愛用のバイクにまたがり、身をかがめるようにして車内のこちらを覗きこんでいる。
「余計なボケ入れてたらいつまでも発車できないでしょうが・・・そっち、準備はいいの?」
 苦々しい顔で尋ねる凛にランサーはおうよと頷き視線を背後にやった。バイクにまたがったライダーとサイドカーに収まった桜がびしっとサムズアップで答え る。
「骸骨兵、あと1kmほどで到着ですぅ!」
 屋根の上から叫ぶハサンに了解と返し、凛は運転席のセイバー達に目をやった。
「運転、大丈夫? 腕とか動く?」
「問題ありません。実に快適です」
 深く座った士郎の大きく開いた足の間にその小さくも造形の美しい尻をちょこんと座らせたセイバーがキーを片手に真剣な表情で頷いてみせる。
「・・・これ、少年のスティックがアクティブ状態になったら面白い事になるな」
「余計な事言わない」
 楽しげなランサーの声をぶったぎり、よしと呟く。
「じゃあ出発するわよ! 一番頑丈なわたし達の車が先頭、その後をライダー、ランサーの順! 向こうのキャスターが動き出してる以上長距離呪弾砲撃とか向 こうのライダーの強襲とかもありえるからそのつもりで!」
「砲撃についてはキャスターっちが反撃準備してるよっ! 敵ライダーが襲撃してきた場合は桜ちゃんをランサーが回収してねっ! セイバー、ルートはさっき 見せた地図の通りで!」
 イスカンダルの声にセイバーは記憶した地図に引かれた最短ラインを思い出し、キーをひねった。
 セラが何だかんだと言いながらきっちり整備をしているエンジンは軽快な唸り声と共に稼動を始め、車体を小さく揺らす。
「リン、発車しますが、いいですか?」
 セイバーの確認に凛は大きく頷いた。
「ええ、この屋敷がまた攻撃されるってわかった以上、急ぐにこしたことはないわ。飛ばして頂戴」
「了解しました。では、全員しっかりと捕まっていてください」
 宣言と共にセイバーは一気にアクセルを踏み込んだ。
「出発です」
 ほぼ同時にクラッチを踏み込み閃光のようにギアを切り替える。
「ぬおわっ・・・!」
 途端、弾かれるように車は発進し、士郎達の身体がシートに押し付けられた。
 周囲の風景が一瞬で背後へ消え、ガコン、ガコンとギアの切り替わる音と共にエンジンの唸り声が音を増す。
「ちょ、セイバー! Gが、Gがッ! Gセイバー!」
「しっかり抱きしめていてくださいシロウ。身体がぶれます」
 急加速でシートに押し付けられた士郎の腹筋に背中を押し付け、セイバーはハンドルをもげろとばかりに回す。
「ぐっ、ぬっ・・・!」
「きゃあああああああっ!」
 急発進の衝撃に声を失っていたギルガメッシュと凛の口が、それを取り戻すかのように大きな声で危機を告げた。
「久しぶりですが意外に馴染みますね」
 セイバーはふむふむ頷きながら半ばスピンするかのようなドリフトでカーブをクリアした。電信柱と再度ミラーの距離は、5センチと離れていない。
「セイバー! 危ないじゃないの! スピード落としなさいスピード・・・!」
「何を言うのですかリン。貴女は急げといい、私はそれを了承した。故にセイバーの誇りにかけて、私はこのアクセルを緩めたりしない!」
 叫ぶ声とタイヤの悲鳴が重なり合う。念の為タイヤにも強化をかけていなければ破裂していたかもしれない。
 右へ、左へと車体は傾き、空気を切り裂き銀の車体は飛ぶように走る。背後に追いすがる二台のバイクをぶっちぎりそうな勢いだ。
「それにしても、アイリスフィール・・・これが一番気に入った玩具だと言ったあなたは正しかった」
 ウィンカーを出してから強烈なドリフトをこなしたセイバーの言葉に士郎は詳しい話を聞くべく口を開きかけたが、再度のドリフトで窓ガラスに押し付けられ た。
「ふふ・・・この感覚・・・実に爽快です・・・ふふふふふふ・・・」
「セイバー! セイバー! 気を確かにもってくれ! 瞳孔開いてるから!」
「せ、セイバー・・・ハンドルを握ったら人格が変わるタイプだったのね・・・うぷっ・・・」
「うぉおおおおああああっ! 吐くな! 吐くでないぞ赤雑種! こら、押し付けるな粗末なものを!」
 隣のシートで絡み合う女体に気を使う暇も無い。
 士郎は目の前の少女が少しでも運転しやすいようにその小さな身体を抱きしめる。
 かつてない密着に、セイバーは笑みをもらした。
「ふふ・・・ふふふふ・・・あははははははははははははは!」
「セイバーが壊れたぁっ!」
「失礼な。いまだかつてないほどに私は好調ですシロウ」
 背後で泣きそうな声をあげるマスターの言葉もなんのその。セイバーは鼻歌まじりにアクセルをベタ踏みし、ハンドルをぶん回す。
「ふっりーかーざすーおうごんのかがーやきーっーーーとざされーたーよるをひらくやーいばーっーーーー」
「それにしてもこのセイバー、ノリノリだ!」
 わずか数分で既に精神的には死に体となりつつあった士郎は、しかしフロントガラスの向こう、ハイビームにしたヘッドライトに照らされた道の先に小さな点 を見つけて表情を引き締めた。
 反射的に開いた回路から魔力を通して眼球を強化した士郎の目に映ったのは、道を埋め尽くさんばかりに溢れる骸骨の群れ。
 市街地を抜けようという位置で、ついに敵軍に遭遇したのだ。
「くそっ! 道が竜牙兵でふさがれてる! 迂回だセイバー!」
 叫んだ士郎に、しかしセイバーは動じない。
「迂回? それは違う」
 見る見るうちに近づく骸骨の群れを前に、その唇がきゅっと不吉に吊りあがる。
「貴方とてアインツベルンの系譜に連なるマスターの一人。それならば執るべき道など自ずから決まっているというものでしょう・・・!」
「ぅえ!?」
 熱の篭った叫びと共にセイバーはギアをガコンと入れ替えた。速度はやや落ちるがその分トルクが上がる。
 つまり、押しが強くなる・・・!
「我らの戦術は二つ! LOS突撃! LOS突 撃! そしてLOS突撃!」
「いや三つだぞそれ! あ、一つか!?」
「我らの戦術の数々! LOS突撃! その 他!」
 叫びざまセイバーは床まで一気にアクセルを踏み抜いた。
「うぉあああああああ!?」
「はははははははははははっ!」
 もはや誰の物ともつかない悲鳴をぶち破ってメルセデス・ベンツェ300SLクーペの銀色の車体は竜牙兵がみっしりと詰まった道路へと真っ直ぐ突っ込み。

 ガシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャッッッ!!!

 魔術『強化』によって鋼の剛性を持ったその車体は時速200キロ超の加速度を加味した大打撃で持って竜牙兵を文字通り蹴散らす!
 低俗霊を憑依させられた骸骨の兵隊。人間以上の腕力で襲い来るそれは、しかし材質としてはただの骨だ。この圧倒的な速度で迫る鉄の塊を受け止められる程 の耐久性を持つわけではない。
 長い直線に溢れる骸骨は半ば逃げ惑い、他の骸骨とぶつかって足を止め、無力なままに轢かれ弾かれ押しつぶされて砕け散る。
 ぶっちゃけ、地獄の再現が目の前で総天然色パノラマだった。
「ちょ、わっ、なんか大腿骨とか肋骨とか頭蓋骨とか飛び交ってて気持ち悪いッ! うわっ! 汁が! なんか肉の混じった汁がフロントガラスに! わりとフ レッシュな骸骨が混じってる!」
「ワイパーを使いましょう」
 冷静なセイバーの声と共にがっこんがっこんとワイパーが動いた。
 フロントガラスに叩きつけられる骨の破片やそれにこびりついたなんやかんやがかきわけられる。
「うう、余計気持ち悪くなってきたわ・・・」
「だから何故我の顔の近くで・・・うぉお、今喉から変な音がしたぞ! くっ! この我が曲げて頼む! こらえてくれ雑種の娘・・・!」
 阿鼻叫喚の車内と地獄絵図の車外を全く気にせずセイバーはウィンカーを灯し、急カーブを鋭くクリアする。
 だんだん車内が静かになっていきながらもセイバー的には快調なドライブは続き。
「おや?」
 どうやら戦力を無駄に低下させることに気付いたのか、曲がった先にはもう竜牙兵は配置されていない。脳内マップを再照合。既に目的地である円蔵山はすぐ そこだ。
「シロウ、そろそろ到着です。狙撃などが来る事もありえますので注意してください」
 さすがに楽しげな色のとれた声に士郎は苦労して気を取り直し、心の中に広がる丘から盾を拾い上げて頷いた。
投影バレット待機ク リア―――ああ。そっちは任せてくれ、セイバー」
 士郎の声に了解しましたと返し、セイバーは最後のカーブを曲がりきった。
「後は直進ですが―――魔力弾来ます! 上です!」
 警告の声に士郎はぐっと奥歯を噛み締めイメージを開放した。
凍結解除フリーズアウト―――『熾 天覆う七つの円環ロー・アイアス――――!』」
 瞬間、疾走する銀色の車体、その上を光の花弁が覆った。枚数は3枚、自らの幻想想定と再現の低さに舌打ちする士郎をよそに、そこへ閃光が叩きつけられ る。
「っ! ・・・よし!」
 盾の上で荒れ狂う魔力の爆発が引き起こす幻痛に耐え、士郎はフロントガラス越しに前を見る。到着まであと数秒。
「シロウ!」
 しかし、ハンドルを握るセイバーは直感に導かれて叫んでいた。
「直上から逆落とし来ます・・・ライダーの宝具です!」
「ペガサスか! あれは俺の盾じゃ防げないぞ!?」
 対城レベルの大破壊を予告された士郎はこの状況を覆せる何かを求めて心象風景の丘を漁り―――
「善い、許す」
 しかし、絶対にして一なる声がそれを不要と断じた。
「我が財に―――死角は無い」
 英雄王の指がパチリと打ち鳴らされると同時に、車外に作られた空間の歪みから射出された無数の剣が、槍が真上へと打ち出される!
 車外が一瞬真っ白な閃光につつまれ、元の闇へと瞬時に帰る。ガラスに顔を押し付けて空を伺った凛の目に、上空へ駆け上っていく白光が映った。
「・・・ふん、避けたか。我が魔弾に怯えぬ胆力は多少評価してやってもよい」
 ギルガメッシュは絡み合うようにして密着した凛のツインテールが顔にかぶさるのを鬱陶しげに払いのけ、上空へもう一度宝具を発射する。
 背後に追走しているランサーとライダーが見上げるのは、十、二十と放たれる宝具の対空砲火と白い光の尾を引いてそれを悉く回避する翼有る白馬。
「到着します! 止まったら即座に飛び出して迎撃を!」
投影バレット 待 機クリア ―――了解だセイバー」
「この際、一瞬でも早く降りたい気分よ・・・」
 セイバーの叫びに士郎と凛は顔を見合わせて頷く。ギルガメッシュは再度指を鳴らしてもう10ばかり宝具を撃ち上げてから鎖でシートに身体を固定。
「カウントダウンします。5―――4―――3―――2―――1―――!」
 そしてセイバーはブレーキを思いっきり踏み込み、車体前部に荷重が移ると共にハンドルを切った。
 クラッチ、ギア、ブレーキを目まぐるしく切り替えてスピンしながらも前進を続け、強化された車体をなお軋ませながら停車する。
 その場所、柳洞寺へ続く石段の前ぴったりに!
 瞬間、ガルウィング式のドアがはじけるように開き凛と士郎が飛び出した。
「もう一回だ! 凍結解除フリーズアウト――― 『 熾天覆う七つの円環ロー・アイアス ――――!』」
 空へと突き上げた掌の先には今度は四枚羽の光の盾。回避の効かぬ停車の瞬間を狙った魔力弾を受け止める。
「やるじゃねぇか少年ッ!」
 直上で弾ける魔力の光に照らされ、ランサーのバイクがこちらもスピンターンをかけながら士郎の隣に停車した。
「ふん、まだ小うるさく飛んでいるな」
 次いで、ゆっくりと車内から歩み出たギルガメッシュが急降下をかけようとしていた上空の敵ライダーへと宝具を掃射する。白い閃光は進路を変えて上昇し、 大きな軌道で旋回を始めた。
「・・・砲撃が止んだな」
 盾からのフィードバックが消えた事に気付いた士郎は投影を解除して周囲を見渡す。
「先輩!」
 ようやく到着したのは普通に減速していて遅れたらしいライダーのバイクだ。サイドカー付きで中に桜が居るとなれば無理もできないのだが、それでもラン サーに追い抜かれたのが気に障るらしく、ハンドルを握るライダーは不満顔である。
 セイバーも車から降りてきたのを確認し、凛は全員に聞こえるように声を張り上げた。
「使い魔飛ばして周囲を確認したわ! 周辺に骸骨兵無し! キャスターも見当たらないからさっきの魔力砲撃はどこか遠くから撃ち込んで来てるみたい! 柳 洞寺に近づいたところで撃墜されたから直接確認は出来てないけど―――」
「ふん、我の贋作はやはり高みに居るようだな・・・」
 ギルガメッシュはニヤリと笑う。姿が見えるわけではないが、山頂近くから感じる堂々たる気配と魔力は雄弁にそこに居る者の正体を語る。
「我は奴に審判を下しに行く。気が向けばその後に貴様らにも恩寵を与えてやろう」
 胸を張って王様的に宣言すると同時に、その身体が金色の全身鎧に包まれる。
「・・・これから山登りだし、重くないですか?」
 士郎の問いにアッという顔をするが、すぐにいつもの傲慢な笑みに戻った・・・ように装った。
「それこそが凡愚の考えというものだ。王たるものは疲労せぬ。何しろ、かつてはこれで60階建ての塔を登った上でZAPされて登りなおして裏面までぶっ通 しだったのだからな」
「パスワードで中断とかないんですか?」
 そんなものは無いと力強く答えて山頂へ向かう金色の背中を見送り、ライダーは愛用の釘剣を具現化した。桜から少し離れてからそっぽを向き、自分の首をか き切る。
 噴出した鮮血は見る間に陣を描き、光と共に翼有る馬を召喚した。
「では、予定通り私は上空のものを迎撃してきます。ここにアレが居る以上、あちらのサクラの傍にいるのはシロウだけです。士郎、リン。サクラをよろしくお 願いします」
「・・・わかった」
「任せときなさい」
 頷く魔術師二人にではと頭を下げ、ライダーはするりとペガサスにまたがった。
「その・・・ライダー」
 桜は一人戦場に赴く友人を前にしばし躊躇い―――
「お酢がきれそうだから、帰りがけにでも買っておいてね」
 とりあえずお使いを頼んだ。
「あ、あんた・・・」
 頭を抱える凛をよそに、ライダーは口元を緩めて頷きペガサスと共に舞い上がる。
「安売りのチラシを見ました! ミリンも買って帰ります・・・!」
 ここで終わりではない。
 帰るべき場所は、あの日常だと約束して騎兵が空へと駆け上がる。
 上空を旋回していた白い流星が軌道を変え、二人の騎兵は二匹の蛇が絡み合うような光跡を残して飛び去った。
「では、私達も行きましょう」
 車のトランクをバタコンと閉めるセイバーの声に士郎は頷いた。バイクから降りるランサーに目をやり、少し考えてからよしと呟く。
「ランサー、セイバー。ちょっと思いついた事が有るから聞いてくれるか?」



13-11- 3 VSライダー(1) コブラ


■冬木市上空

 急上昇したライダーは十分な高度を確保してからペガサスを止めた。
「・・・・・・」
 待つこと数秒。数十メートルを隔てた空に、自分と全く同じ容姿の女が静止する。
 ライダーのサーヴァント、メデューサ。
 いまやヘブンズフィール5において正式に召喚された最後のサーヴァントとなった、自分のオリジナル。
「・・・私のコピーだと言うならば」
 オリジナルは、抑揚のない声でこちらに話しかけてきた。
「何故、サクラに従わないのですか?」
「私はサクラのサーヴァントです。その道を外れたつもりはありません」
 それは、本来ならば答えるまでもない答えだ。
 お互いに、この問答の先はわかっている。
 これは、儀式である。己が何者であるかを、自分自身に定義する為の。
「貴女のサクラが本物であり、私のサクラに従えないと?」
 オリジナルの言葉に、ライダーはいいえと首を横に振る。
「真贋を語る気はありません。私はただ、サクラの望みを叶えたいと願っているだけです」
 言葉が途切れ、二人の騎兵はそれぞれの愛馬の首を撫でる。
 嘶きと共に翼が大きく広げられ、風をはらんだ。

 ―――救ってくれぬ世界ならば、壊してしまいたい。
    そんな自分は嫌だから、止めて欲しい―――

「相反する二つの願い。二人の従者。私達が、今もサクラのサーヴァントであると名乗れるのならば―――」
「―――自らの力を以て、その資格を証明するまで!」

 声と共に、二頭のペガサスは突進を開始した。
 物理法則を無視した加速で秒とかからず音速を越え、同時に発生した二つの衝撃波が相殺されて大気をかき乱す。
 ギリギリですれ違った二人のライダーの周囲で魔力が擦れあってバチバチと白い光を放った。
 1秒で数百メートルを駆けた二人の手に金色の手綱が現れ、同時、曲芸飛行のような鋭いターンでそれぞれのペガサスが向きを変えた。
「っ・・・!」
 捻りをくわえた軌道でこちらに迫るオリジナルの姿を横目で捉え、ライダーは急降下から急上昇に繋いで上を取ろうと試みる。
「行かせません!」
 声を耳にして馬体を横倒しに。肩を掠めて釘剣が通過した。鎖を引かれ戻っていく釘剣と同じ軌跡を狙いこちらの釘剣を投げつける。
「正面からなど・・・!」
 オリジナルは回避をしなかった。手綱を引いて馬首が上がり、釘剣はペガサスの纏う魔力の鎧に弾かれる。
 二人の騎兵はそのまますれ違いターン。今度は正面からぶつかり合った。
「っ!」
「くうっ・・・!」
 ガギン、と鉄の塊がぶつかり合ったような音。
 額を打ち合わせたペガサス達がいななき、互いの魔力が周囲に閃光を撒き散らす。
 均衡は秒ともたない。互いの運動エネルギーは魔力の鎧を削り合って弾け、二人と二頭は弾き飛ばされてぐるぐる回転しながらすれ違った。
(多少ではありますが、確実に負けていますね―――)
 オリジナルに一瞬遅れながらも馬体を立て直し、ライダーは息と魔力を整える。
 すぐに勝敗を決めてしまうような優劣ではないが、使用できる魔力が、手綱を取る腕の力が、周囲の空気の流れを読む肌感覚が、どれもこれもがオリジナルよ り僅かに鈍い。
 ライダー達は同時にペガサスに鞭を入れる。
 弾かれるように宙を蹴った二頭の天馬は、互いの尾を追うように大きな軌道で旋回を始めた。
「基となっている肉体に差があります。そして、サーヴァントとしての戦闘経験にも・・・!」
 オリジナルの声が届く。
 ライダーは旋回軌道をやめ、背後から感じる魔力で距離を測りながらペガサスを駆った。時速は150kmを越え、じきに200kmに届くだろう。
 だが、追いつかれる。徐々に距離が詰まっている。
 ペガサスも、自分も。複製であるが故に本物に一手届いていない。
 いないが。
(経験は、どうでしょうね)
 確かに、自分は本来の聖杯戦争にライダーは参加していない。
 オリジナルのように、命を削りあうギリギリの戦いをしていない。
 しかし、全ての戦いが終わった後に作られた複製であるが故に、オリジナルが経験した戦いの記憶はこの身にも刻まれているのだ。対し、こちらが経験した事 をオリジナルは知らないのだ。
 背後、オリジナルの魔力放射が強くなる。真名を開放して一気に押しつぶす気か。

 ―――ならば。

「いきます・・・!」
 気合の声と共にライダーは手綱を引き絞った。
 元々騎乗スキルがA+ランクにまで達しているライダーだ。あらゆる獣を乗りこなす彼女が、あえて乗騎を支配する『騎英の手綱ベ ルレフォーン』を使う 意味は二つ。
 一つに、気弱なペガサスに全力を出させる為の、真名開放による強制支配。
 もう一つに―――
「な・・・!」
 オリジナルは思わず驚愕の声を漏らしていた。
 射程距離に入ったと思っていたライダーの姿が、唐突に消え去ったのだ。
 驚きは一瞬のこと。
 風の流れと魔力の発散を読んで背後を振り返ると、案の定ライダーはそこに居た。騎乗したペガサスが、空中でギャロップをするように前足をあげ、翼を大き く広げている。
 幻想種であるペガサスにとって、空を飛ぶのは身体能力では無く固有魔力の発現だ。
 故に、物理的な飛行と違って空気抵抗や揚力は関係がない。どのような姿勢、どのような状態であろうと自由に飛行が可能であり―――
 そしてそれは、魔力によって実現している神秘である。
 ならば、その魔力を使わなければどうなるのか。
 ペガサスは幻想種であり、肉を持つ獣だ。それはつまり、魔力で捻じ曲げなければその馬体を制御するのは、物理法則だという事である。
 手綱の持つ能力は、乗騎の支配。
 そして、その前提として種族を越えた意思伝達だ。全力を出せと言っているのが伝わらなければ、それを強制する事もできない。
 つまるところ、彼女の思いつきを、ペガサスは過不足なく実現してくれる!
「・・・サブカルチャーというのも、馬鹿にしたものではないでしょう!?」
 オリジナルの知らない機動で一瞬にして背後をとったライダーは、叫びざまその背へと釘剣を投擲した。
「っ!」
 鎖の音と共に飛来した釘剣は背後からオリジナルを襲い、直撃こそしなかったもの腕をざっくりと切り裂いてライダーの手元へ戻る。
 機首をあげ、エアブレーキでもって急減速する空戦技術マニューバ。 ランサーが買ってきた戦闘機バトルの漫画に載っていたそれは―――
「名前が気に入ったので、よく覚えているのですが」
 蛇が鎌首をもたげるが如きその動きから、『コブラ』と呼ばれている。
 オリジナルは風圧に飛び散る自分の血を横目に一つ舌打ちし。
「―――では、遊びはここまでにしましょう」
 背後から迫る複製に、ニヤリと笑って見せた。
「!」
 ライダーは身震いした。魔力の高まりにぞくりと寒気がする。釘剣を投げるかと考え、しかし両手はしっかりと手綱を掴んだ。
「「『騎英のベルレ―――』」」
 はたして、声は二つ。
 オリジナルは淡々と、ライダーは奥歯を噛み締めて、同時に真名を開放した。
「「『手綱フォーン!』」」
 瞬間、白い閃光が二人のライダーの周囲を包んだ。
 幻獣の位階に達するペガサスの強大な神秘はそれに騎乗し支配するライダーをも包み、一つの巨大な魔弾と化す。
 背後を取るなどという行為は、所詮常識の範疇での戦闘である。
 神秘を振るうものにとっては―――
「!」 
 オリジナルのペガサスが一気に加速した。物理的には有り得ない小さな円を描いてUターンし、こちらに迫る。
 躊躇はない。瞬時に覚悟を決めたライダーは手綱を強く握った。初っ端からトドメを刺しに行く心積もりで魔力を振り絞り、ペガサスを限界まで強化して突き 進む。
 閃光。衝突。ガガガガガガガガガガガと鈍く強い音が連続して響く。
「くっ・・・!」
 声が漏れた。
 先と同じ正面から衝突する展開。
 だが、それが人馬にもたらす負荷は比較にならない程大きい。
 城壁がぶつかり合うに等しい大打撃は轟音と共に大気を歪ませ、纏った魔力がひしゃげ、相殺しきれぬ衝撃の余波に身体が捻じ切られるように歪む。
「っ・・・ああああああっ!」
 身体に備わった怪物としての身体強化スキルを起動し、必死になってペガサスにしがみつく。
 睨むように視線を前に飛ばせば、こちらと似たような姿勢で乗騎にしがみついているオリジナルの姿が見えた。
 互角だ。
 僅かに押されぎみではあるが、誤差で済む範囲である。
 しかし―――

(これは・・・まずいですね・・・)

 ライダーは歯噛みする。
 互角であるというのは、負けないという事であり勝てないという事でもある。
 互いのペガサスには優劣がない。
 身体能力も、魔術回路の出力も、魔力の生産能力も勝敗を決めるほどの差は無い。
 しかしだ。そのペガサスが普段は出せぬ全力を―――心理的、肉体的なリミッターを外しての限界まで振り絞った超突進を繰り出せるのは、ライダーの宝具に 操られてこそ。
 そして二人のライダーは能力こそ大差ないが、ペガサス達と違い大きな差がある。マスターが聖杯と繋がっている事による、魔力無限供給だ。
 それはつまり、このまま正面から力比べをしていたら―――
(このままでは、いずれ宝具を維持できなくなる・・・!)
 膨大な魔力がぶつかり合い、空間そのものがひしゃげるような重圧が二人と二頭を苛む。
 彼女の宝具はあくまでもペガサスを制御している手綱であり、放出されている魔力は自分のものではない。そういう意味で、『騎英の手綱』は非常に効率のい い宝具だ
 だが、だからと言って真名を開放しての全力起動を長時間続ければいずれは魔力が尽きる。このような正面からの削りあいなら尚の事だ。
「くっ・・・!」
 ライダーは歯噛みして手綱を振るう。
 ペガサスの身体が斜めに傾いて進路が変わり、二頭の天馬はガリガリという金属を削るような音を立ててすれ違った。
 衝撃波を撒き散らして加速したペガサスは瞬時に音速を超え、緩やかな円を描いて空を駆ける。直線で飛んでは、町一つ分の広さしかない結界を飛び出てしま うのだ。
 魔力を感知し、敵騎の位置を確認。
 白い光弾と化したオリジナルとペガサスは鋭角のカーブを幾つも重ね、直線的に迫ってくる。そのスピードは、目算ではあるがこちらよりも僅かに早い。
 ペガサス同士の差は少ないとはいえ0では無いのだ。逃げ続ければ、いずれは追いつかれる。
 手綱を振るう。
 こちらもV字描く物理法則を無視したターンを行い、背後から追ってきたオリジナルの直上を取った。そのまま間髪入れずに垂直落下。
 同時、オリジナルは急上昇をかけていた。ガギンッ! と音を立ててペガサス同士がぶつかり、すれ違い―――
「―――『叩き潰しなさい』」
「!?」
 背後から聞こえたその声にぐっと奥歯を噛み締める。背後で魔力が膨れ上がる気配。
「『回りなさい』!」
 鞭を打ち込み、ライダーは叫んだ。
 跨ったペガサスから放たれている魔力光が強くなり、馬体は速度はそのままにぐるりと背後を向いた。
「っ・・・あッ・・・!」
 直後、衝撃がペガサスごとライダーを揺さぶる。
 正面にオリジナルとそのペガサス。すれ違った筈のその馬体は、映像を巻き戻すかのようなあり得ない軌道で戻ってきたのだ。
 ぎぎぎ、と何かが軋む音がする。
 ぎりぎりで敵へと向き直っていたので正面から受け止める事はできたが、今度の均衡は、ややライダーが押され気味だ。
 宝具『騎英の手綱』は、乗騎支配の宝具である。
 乗り手の意志を乗騎へ伝え、乗騎の自我を無視してそれを実行させる。
 たとえそれが乗騎自身では無理な行為であっても、可能で有るならば行わせてしまうのだ。
 たとえば、自傷を伴う無理な威力の突撃であったとしても。
 回路が焼きつくような魔力放出であったとしても。
(このような使い方は本来のものではない・・・魔力の消費が大きすぎる・・・!)
 それはつまり、同じ手を使って対抗すればこちらの魔力が尽きて終わるということ。
 そしてあるいは、ペガサスの身体が崩壊するということ。

「―――『踏み荒らしなさい』!」
「『踏み止』―――っ」

 その事実に対する迷いが、勝敗を分けた。
 夜空が白に染まる。
 暴走寸前の魔力放出を命じたオリジナルに対し、ライダーは命令を口に出来なかったのだ。
「ああッ・・・!」
 結果は明白である。
 ゴキリ、という鈍い音をあちこちから響かせてライダーとペガサスは吹き飛ばされ、眼下へ、地上へと墜落した。



13-11-4 VSギルガメッシュ(1) 不倶戴天

■円蔵山 柳洞窟寺本堂前

「来たか。となれば、我から掠め取ったその名を返す気になったということだな?」
 円蔵山柳洞寺。
 聖杯の活性化と黒キャスターによる死霊召喚によって濃密な瘴気と魔力のあふれるそこへ足を踏み入れた小柄な少女に、銀髪の青年が嘲笑とも賞賛ともつかぬ笑みを見せる。
「ふん、笑わせるな。英雄王は天地万物にただ一人であり、それがつまりこの我だ。この我がその名を捨ててしまえば、宇宙の 法則が 乱れるではないか」
 少女もまた小柄な身体を精一杯反らして上から目線にそう言い放つ。
 向かい合う二人の真名は、英雄王ギルガメッシュ。
 最強と畏れられるサーヴァントキラーである。
「ははは・・・! よかろう。この我は、貴様を笑わせぬ。貴様は存分に我を笑わすがいい。贋作の思い上がりもここまでくれば中々に愉快ではないか」
 銀色の髪をかき上げて笑うのは男の体のギルガメッシュだ。
 シャツにジャケットを羽織っただけの軽装だが、指輪やピアスも含めて全身から高級感が漂っている。
「ああ、愉快だ。雑霊如きに食われた残滓、いわば排泄物に過ぎぬものがよくぞ王を名乗れるものだ。その厚顔ぶり、我自ら歓待するに足る滑稽さだとも。道化の王よ」
 対し、金色の髪を揺らして肩をすくめるのは少女の体のギルガメッシュ。
 その体は黄金の全身鎧に包まれ、重厚さ故に小柄である事を感じさせない。
 黒の英雄王はくくくと喉で笑い、ギルガメッシュの身体をてっぺんから爪先まで眺め回した。
「とまれ、この我を詐称する輩など居る筈もなかったからな。貴様に興味が無いわけではない。消し潰す前に貴様の造形、くまなく鑑賞してやろう」
「ふん、この我のわがままボディに魅了されるは男子の本懐。答えてやるのも王としてのつとめだが―――」
 さすが、本気=全裸と言われるお人は言う事が違う。
「あいにくと我は忙しい。貴様を叩き潰した後、聖杯洞の掃除もせねばならんのでな。さあ、疾く自害するがいい」
「くく・・・はははは! ははははははははははは!」
 ギルガメッシュの言葉に、黒英雄王は大きく口を開けて笑いこけた。
「・・・こうやって外から見ると、実に間抜けで、それでいて腹が立つな。あの笑いは」
 呟く言葉をよそに黒英雄王は笑い続け、数分が経過してそろそろ宝具でもぶち込もうかと思い始めた頃に、ようやく笑いの発作から立ち直った。
「はは、はははは―――いや、すまぬな。くく、しかしまあ存分に笑わせろと言ったのはこの我だ。それに応えた貴様に褒美をやらぬわけにはいくまい」
 そして、目の端に浮いた涙を拭いながら黒の英雄王の口がきゅっと三日月を描く。
「喜ぶがいい。あまり苦しまずに消してやるとしよう」
「だが、とりあえず剥くのだろう?」
「無論剥く」
 ぐっ、ぐっと親指を立てる二人の英雄王である。
「だが、まあ―――」
 そして黒英雄王は呟き、右腕を天に向けた。
 応じ、ギルガメッシュも小手に包まれた右腕を空へと掲げる。
「―――それも、貴様が最後までそのままで居られたらの話だ」
 声と共に、パチンと指が鳴らされた。
 同時、ギルガメッシュも指を鳴らし、周囲の空間が波紋のように歪む。

 ―――黒英雄王の周囲の空間だけが。

「何ッ・・・!?」
 ギルガメッシュは目を見開き、もう一度指を鳴らす。
 回路は起動し、彼女の宝具『王の財宝ゲートオブバビロン』は確かに起動した。
 だが、その効果である宝物庫への道が、開かない!
「戯けッ! 何故蔵に繋がらぬ!」
 天地が逆転したかの衝撃に硬直するギルガメッシュに、黒の英雄王は肩をすくめる。
「当然であろう。これが、これこそが貴様が贋作にすぎぬという証拠だ」
 贋作。
 言うまでも無く、それは英雄王に対する最大の侮辱だ。
「貴様もわかっていようが、宝具『王の財宝ゲートオブバビロン』そのものには大して価値が無い。所詮鍵は鍵だ。複製も出来よう。だが―――我が財、宝物庫そのものはどうだ?」
「く―――言うまでもない。英雄王の宝物とは、全ての宝具の原典・・・唯一無二だ」
 ギルガメッシュは理解する。これもまた、一種の抑止力であると。
 衛宮士郎の投影は、複製を創造する魔術である。
 真に迫り、能力として原典に並んだとしてもそれはあくまで複製だ。幾つあろうと矛盾はない。
 だが、ギルガメッシュの使役するものは原典そのもの。派生し、枝分かれし、増えも滅びもした数々の宝具の始原である『始まりの一』だ。
 原典が、複数ある筈がない。
 それは矛盾であり原典という概念そのものを否定する。
 つまり―――英雄王ギルガメッシュという存在が支配し、呼び出せる原典は、一つの世界に一つしかない。
 ギルガメッシュの逸話を由来とする宝具『王の財宝ゲートオブバビロン』は、ギルガメッシュが二人居るならば二つあるかもしれない。
 だが、その接続先である『バビロンの宝物庫』は一つしか存在できないのだ!
「故に、我はこうして我が財を呼び―――」
 黒の英雄王は指を鳴らし、空間の歪みから数十本にわたる剣が現れる。
 ギルガメッシュが格下を掃討する際に取り合えず呼び出す、格の低い宝具達が。
「貴様! この我の相手をこのような・・・!」
「そして貴様は、そうやって吠えようとも、何もできん」
 パチンと黒英雄王の指が鳴り、一本の剣がギルガメッシュに向けて撃ちだされた。
 反射的に指を鳴らすが、空間の歪みからは何も現れはしない。
「馬鹿な・・・」
 呆然と立ち尽くすギルガメッシュの顔を掠めて剣は背後へと飛び去った。
 外れたのか。
 いや、外されたのだ。
 情けをかけられ、嘲弄されたのだ。
 パサリと金の色が落ちる。
 ギルガメッシュの豪奢な巻き髪が、ひと房切断されたのである。
 そして、それを防ぐ事も、無礼に対し罰を与える事も・・・彼女にはできない。
「そう、貴様は王などではない。この我の姿を模した、ただの贋作にすぎん」
「っ―――」
 宣告に、少女の膝が折れた。
 俯き、金色の髪に表情を隠した姿に黒き王は所詮この程度かと息をつく。
 ぞんざいに指を鳴らし、興味を無くした玩具を片付けるよう周囲に控える宝具達に命じ―――

「ふん、それがどうした・・・!」

 しかし、少女は―――ギルガメッシュは倒れかけた身を勢いよく起こして言い放った。
「む・・・!?」
「財が使えぬだと? ははははははははっ! 勘違いも甚だしいぞ道化ェ! 使えぬのではない。使わぬのだ!」
 豊かな胸を盛大に張って叫ぶギルガメッシュに、黒英雄王が嘲りの笑みを浮かべる。
「何を言うかと思えば・・・事実としてこれらの宝具を貴様は使えず、我は使える。この世界そのものが我を英雄王と認めている証ではないか」
「事実? 知らんなぁそんなものは。この我が『 使 』のではなく『 使 』のだと言った以上、それこそが唯一にして無二の真実だ!」
 立ち上がる。
 ギルガメッシュは、数刻前に交わした言葉を脳裏に繰り返して勢い良く腕を組んだ。
「知らぬのならば教えてやろう! 何をしようが、どうあろうが―――我は我の我による我の為の我だ! 我の歩く道は、全て王気道オーラロードである!」
 心中でだけイッツ王トマチックと呟いてギルガメッシュは握った拳を黒い英雄王へと突きつけた。
「さあ! 今宵は大判振る舞いだ! 特別に我の財を貸してやろうではないか! それを使ってこの我に挑むがいい。なに、真の英雄王たる我からの、ささやかなハンデだ・・・!」

 揺るがない。

 事、ここに至って己の勝利を微塵も疑っていない。
 それが。その、世界そのものと比肩する強靭な自我こそが―――

「・・・よかろう。ならば採点だ。貴様がどこまでやれるのか、始原の英雄王に見せてみるがいい・・・!」」

 予想外の出し物に喜びの声をあげる黒英雄王が指を鳴らし、周囲に浮かんでいた宝具が一斉にギルガメッシュの方を向く。

「吠えたな道化ッ! 貴様こそ我が財をどの程度使えるのかこの英雄王に見せてみよ!」

 そして宝具の雨が、ギルガメッシュの元へと殺到した。
 遥かなる太古と同じく、ただ二つの拳だけを携えて天地に挑む、英雄へと。


13-11-5 VSアーチャー(1) 対峙


■円蔵山 聖杯洞入口

 円蔵山中腹、昨日も一度訪れたその場所に到着した凛は山肌にぽっかり穿たれていた大穴に苦笑した。
「成程。単純に埋められてた岩肌を単純に削岩したわけね」
 おそらくは『約束された勝利の剣エクスカリバー』による物であろう破壊の爪痕に呟き、ランサーへと目を向ける。
「間違いないわ。行くわよ」
「おう。ついてきな」
 槍兵はそう答えて無造作に頷き走り出す。早いことは早いが人間の域に収まる速度なのは、同行している桜と士郎への配慮ではあり。
「俺が桜を抱えればもう少し早く走っても大丈夫なんじゃないか?」
「いや、これくらいがいいンだ。一番手があの馬鹿だった場合、途中に罠とかあるかもしんねぇからな」
 これから相まみえる敵手への、一種の敬意でもあった。
 ランサーは油断なく洞窟の壁に、天井に、床に、残留魔力に目をやりながら走り、ふと士郎の背後を指さしてみせる。
「そうそう、後ろ見てみろ」
 ニヤニヤと笑みを浮かべるランサーに首をかしげ、士郎は走りながら背後を見た。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 そこには笑顔の少女が二人。
 抱えて走ろうかという士郎の言葉に、片方はバッチこい、もう片方はブッチ殺すと笑っていた。
「・・・・・・」
 士郎は、何も見なかったし聞かなかった事にして正面に向き直った。
「あー、えっと、多分、罠とかはないと思う」
 話を戻し、背中に感じる視線を無視。無視と言ったら無視。
「アーチャーの目的が衛宮士郎を殺す事による因果の破壊だとすれば、間接的な殺害は避ける筈。ただでさえ低い可能性を更に削るような真似はしないよ」
「ただの八つ当たりでもあるとも言ってたぜ?」
「それなら尚更、自分の目の前で殺したがる筈だ」
 成程な、と頷きランサーは笑う。
「だとすりゃあ、あいつへの嫌がらせは一つしかねぇな。俺が一人で戦うから、おまえらは全員先へ行け」
「全員でたこ殴りにした方が効率いいんじゃないかしら?」
 凛の問いに首を振って否定を返す。
「わかってる事を聞くなよ。ライダーの奴が外に居たって時点で強攻策は決まりだ」
 走りながら器用に肩を竦める槍の英雄に、士郎と凛は顔を見合わせて頷いた。
 出発前に二人で話し合った結論も、聖杯洞進入までの間に敵のライダーが現れなかったら強行突破というものであったのだ。
「まあ、なんにせよオレはあの馬鹿をブチのめしたくてしょうがねぇし、他の奴に邪魔はさせねぇよ。たとえそれがおまえらでもな」
 凶暴な笑みを浮かべて前を見据え、ランサーは頷いた。
「さあ、到着だぜ。予想通りあいつが一番手だと手間がねぇんだけどな」
 言葉の通り、通路が途切れた。
 広間といっていい空間にランサーたちは突入し。

「――――――」

 その中心に立つ弓兵が、ゆっくりと顔をあげた。
 足を止めたランサー達との距離は、目算でざっと50メートル。サーヴァントにとっては無いも同然の間合いである。
「よう、いつもの服はどうしたよ」
 言葉通り、無表情に立ち尽くすその身体にトレードマークの赤い外套は纏われていない。黒いボディースーツのみの軽装だ。
「・・・・・・」
 アーチャーは無言のままで左腕を突き出す。
 広げた手のひらを中心にワイヤーフレームが広がり、一瞬おいて弓が現れるのを眺め、ランサーは大げさに肩をすくめて笑みを浮かべた。
「はン、前口上無しかよ。だがオレは言っておくぜ? 『ここはオレに任せて先へ行け・・・!』ってな!」
 楽しげな声が岩肌で反響して消え、アーチャーはようやく口を開く。
「・・・そう言われたからといって、素直に通すとでも思うのか? おまえが何をしようとも、私はそいつを狙い続ける。ルーンを駆使したところで、槍一本では止められん」
 言いながら構えた右手に魔力が通る。現れたのは、捻れた角のような剣である。
 ランサーの槍に近い規模の幻想で練り上げられたそれが、本来の用途とは別に巨大な爆発物にもなり得ることを、彼らはよく知っていた。
「確かにまあ、簡単じゃあねえよな。そもそもオレは誰かを守るとかそういうのは向いてねえんだ」
 肩をすくめてそう言ったランサーに、アーチャーはふと眉をひそめた。
 その守りを担うと自負する、銀の鎧のサーヴァントはどこに居る?
「・・・セイバーはどうした」
 あくまでランサーから目を外さず、周囲をうかがう。
 ランサーの背後に桜。横に士郎と凛。それだけだ。
 居る筈の、性格的にも戦力的にも士郎の傍に居ないなどあり得ないセイバーの姿が、どこにも無いではないか。気配遮断をもたない彼女が潜伏するなど不可能であるのに。
「ああ、セイバー?」
 凛は手を広げた外人のようなジェスチャーで肩をすくめて笑った。
「今頃山頂に到着してるんじゃない? 外からエクスカリバーで穴あけて大聖杯までの直通路作るのよ。あんたら単純だからこの洞窟に行儀よくならんでそうだし」
「!?」
 アーチャーは思わず天井を見上げた。
 確かに自分を含めたサーヴァントは洞窟と外に配置されている。まさか山頂から地下まで一気にぶち抜いてサクラのところまでショートカットを試みるなど想定の外―――

 と、そこまで考えてそれを否定する。
 確かにセイバーが全力でエクスカリバーを放てば岩盤を抜き、あるいは円蔵山の中心部まで届かせることも出来るかもしれない。
 だが、大聖杯の正確な位置は一度足を運んだ自分にすら把握しきれていないのだ。
 それは凛にとっても同様であろうし、この場所が儀式場であることを考えれば物理的な位置を魔術によってねじ曲げている可能性を考慮していないわけでもないだろう。
(現状でセイバーが全力で宝具を使えるのは2発か3発。それ以上は長時間の休息が必要になる。その限られた資産を、遠坂凛が賭けに投じることなどありえな―――)
「よし少年、嬢ちゃん達連れて走れ! 全力だ!」
 瞬間、ランサーの声が響き渡った。
「! わかった!」
 士郎は凛と桜の手を掴んで走り出す。
 アーチャーは一瞬の隙を許した自分の甘さに舌打ちして弓を構え。
「このオレが守りに入るとでも思ってんのか!?」
 その視線の先に、天井ギリギリまで跳躍したランサーが居た。
 一瞬の隙。
 士郎たちが一歩目を踏み出せるか出せないかというその隙は、最速を誇るランサーにとっては、十分すぎる程の余裕である!

「喰らいやがれ馬鹿家出娘ッ!」

 咆哮と共にランサーの身体は空中で大きく捻られた。振りかぶった右腕で、真紅の魔槍が魔力を滾らせる。
「っ・・・!」
 アーチャーは両手の弓矢を消した。
 脳内に準備したのは、わざわざ近づいてくる標的を斬る為の双刀だ。
 こちらに走ってくる士郎たちと跳躍したランサーの位置を確認。
 士郎達は背後のランサーを顧みず、正面のアーチャーに備えもせず、無防備に真っ直ぐこちらへ走り続けている。
(あの位置で槍を投げれば凛たちにも当たる―――)
 槍が放たれると共に散開するつもりだろうか。
 確かに、いかなアーチャーと言えど必中の槍を回避しつつ士郎を追う事などできない。かと言って士郎を斬る為に動かずにいれば槍を受けざるを得ないだろう。
(だが、それがどうしたというのだ)
 アーチャーの目的は、あくまでも自己の消失だ。士郎を殺せるのならばこの身が滅びる事など喜んで受け入れよう。
 衛宮士郎には背後の槍を避ける片手間でアーチャーの全力攻撃を回避できるほどの能力は無い。
 故に、この身に槍を受けるというコストさえ払ってしまえば、それで詰みだ。
(詰みだが・・・そんな事がありえるのか? )
 あの槍兵が士郎を犠牲にしてアーチャーを仕留めようと割り切る可能性はあるだろう。だが、士郎はそれを受け入れるのか?
 受け入れたのでないとすれば、期間こそ短いがセイバーとランサー、凛―――そしてこの自分からも戦闘教育を受けた士郎が、その程度の手も読めていないと?

(いや、ありえん・・・!)

 誰よりもアーチャーこそがそれを知っている。
 衛宮士郎はサクラを救う為になら死を代償に生を得るかもしれない。
 だが、この場で―――誰かを救う事に全く関係が無い、無駄な戦場で犠牲になれる精神構造をしていない! 自分の命を無駄遣いするという人間らしさを持てるようならば、そもそもアーチャーがこのような事をする必要はないのだ。
 故に、今までの想定は全て間違いだ。
 アーチャーは瞬時にこれまでの思考を消し去り想定を組みなおす。
 目的は突破。
 障害となるこの自分を動けぬようにする事が手段。
 槍一本で自分を止める事は不可能―――否! 違う。その想定こそがおかしい。
 知っていた筈ではないか! あの槍は、一本ではない・・・!

「『突き穿つゲイ』ッッッ『死翔の槍ボルク』」

 咆哮一喝。
 真名の開放と共にランサーは容赦なく宝具を放った。同時、アーチャーは左の手のひらを前へと突き出す。
 放たれた呪槍は走り続ける士郎の背へと真っ直ぐと突き進み。
「やはりそれか・・・ッ!」
 士郎の背に触れそうになった瞬間、弾けるようにその穂先が分裂した。
 50本近くに増えた槍たちは一斉に軌道を変えて大きく広がり、士郎を、凛を、桜を掠めるように避け、物理的にはあり得ぬ軌道でアーチャーへと突き進む!
「オレの槍は、一度放たれれば必ず目標を抉る。例外なく、必中だ」
 その光景を前に、ランサーは着地と共にニヤリと笑って呟いた。
「逆を言えばな、目標以外には んだよアーチャー!」
「ちっ・・・!」
 アーチャーは魔術回路を開いた。
 確かに自分の目的は衛宮士郎の殺害、それだけだ。つまり、相打ちでも一向に構わない。
 だが、戦場の経験がこの状況ではそれが不可能であると告げていた。どの手段を使った所で、士郎を攻撃すると同時に複数の槍がこの身を抉ると。
 一撃をくわえるだけなら、それでも尚可能かもしれない。
 だが、相手はしぶとさにかけては定評のある衛宮士郎なのだ。どこかに潜んでいるセイバーが現れれば、生半可な傷はすぐに回復されてしまう。
 故に。
投影完了トレースアウト―――『熾天覆う七つの円環ローアイアス』・・・!」
 アーチャーは苦い表情を浮かべ、既に用意していた盾を展開した。
 士郎を遥かに上回る速度で投影されたのは、七つの花弁を持つ光の花。
 その花弁の一つ一つが城壁の如き強度を誇る、投擲に対する絶対防御である。
「さあ、馬鹿みたいに正面から力比べしようぜアーチャー! 余所見なんかしねぇでなぁっ!」
 ランサーの嘲笑と共にガンッ・・・! とその盾の表面に衝撃が走った。
 光の盾に喰らいついた赤の呪槍はその花弁に喰いこみ、削り、その身を震わせる。さらに弾着、弾着、弾着、弾着、弾着、弾着、弾着!
「せ、先輩ッ!」
「大丈夫だ! 破片と余波は俺が防ぐ!」
「任せるわ、一気に抜けるわよ!」
 前方で弾ける魔力の余波に悲鳴をあげた桜に士郎は叫んで答え、その細い手を強く握った。もう片方の手がしっかりやりなさいよと一度強く握り返されてから離れる。
「投影開始(トレースオン)ッ!」
 十歩先では必中と鉄壁が互いの概念を喰らい合い、砕けた魔力が荒れ狂っている
投影トレース・・・完了アウト! 『熾天覆う七つの円環ローアイアス』!」
 脳がきしむような痛みと共に作り出されたのは、その名に反し四枚の花弁しか持たない不完全な光の盾。
 だが、瞬間身を護るだけならばそれで用は足りた。
「桜、しっかり付いてきなさいよ!」
「は、はいっ!」
 姉妹の叫びを耳に、士郎は盾を斜めに構えてアーチャーを迂回する経路で走る。
 互いの盾に遮られて視線は通らないが、怒りを込めて凝視されているのは感覚でわかった。
 その殺意を無視して三人は走る。
 宝具の激突で砕けた床の破片や突風、物質化した魔力の欠片が飛び散るのを盾で払いのけ、アーチャーの横を駆け抜ける。

「―――所詮、順番の問題だ」

 そんな声を耳に三人は走り、広間からの出口へと到達した。
 そのまま振り返らずに洞窟の奥へと消えていく。
 アーチャーは、既に思考を切り替えていた。
 順番の問題なのだ。
 彼らは洞窟の奥へ向かい、そして出口は自分達がいるここだけだ。
 サクラを解呪するという目的がある以上、ルールブレイカーを投影できる士郎は最優先で守られるだろう。すぐに死ぬとは思えない。
 そう、目の前でニヤニヤ笑っている不快な槍兵を殺す程度の時間は、生き延びる筈だ。
「さあ、仕切りなおしにしようじゃねぇか」
 そう言ってランサーは盾に弾かれて地面に刺さっていた槍のうち一本を蹴った。
 くるりと宙を舞ったそれは意志を持つかのような滑らかさで主の手に収まる。同時、それ以外の槍の全てが消えた。
「言っとくが、今のは手加減してたぜ? 本気でやったらあいつらが余波で死ぬしな」
「この国の格言を一つ教えてやろう。『後釣り宣言は負け犬の遠吠え』だ」
 犬ワードにランサーのこめかみがピクリと震えるのに微妙な満足感を覚えながらアーチャーは両手を広げた。
 ガキン、と撃鉄が落ちるとともに投影された双刀を握り、一つ頷く。
「おまえを手早く排除し、この先の戦いでセイバーや凛が疲弊したのを見計らって衛宮士郎を殺すとしよう」
「はっ! やれるもんならやってみやがれ!」
 楽しげに言って槍を構え直すランサーに、アーチャーはふんと鼻を鳴らした。
「余裕を見せるのは勝手だが・・・その血を見れば、虚勢なのが一目瞭然なのだがな」
「油断すんなよ? 負ける前にそれ言い訳にされるとつまらねぇからな」
 ランサーはニヤリと笑う。
 さっきの投擲で傷口が開いたのは自覚していた。
 鎧を伝い、足元へぴちゃぴちゃと血が流れていることも。

 それでも。

「傷如きで戦いを汚すわけがねぇだろ? オレは最後の一瞬まで全力だ」
 ケルトの英雄は己の誇りと感情のために全力で戦う事を誓った。



13-11-6 VSランサー(1) 衛宮邸防衛戦

■衛宮邸上空

「・・・押されてるわねえ」
 魔術で浮遊して周囲を観察していたキャスターは、そう呟いて顔をしかめる。
 円蔵山から押し寄せる骸骨兵は、キャスターが常用している竜牙兵とは違うものだ。おそらくは、あの土地の持つ骸塚の縁起を具現化した偽りの雑霊だろう。
 現にキャスターが手持ちの素材で作った本物の竜牙兵は次々に骸骨兵を叩き潰しているし、庭の土を適当に捏ねて人型にした簡易なゴーレム程度ですらもなんとか相手ができているほどである。
 だが、数が違う。
 永遠に死体を集め続けるという伝承の具現として、向こうは壊されても他の骸骨がその破片を回収して山へ戻し、再度骸骨となって沸いてくる。
 もはや視界は骸骨だらけだ。下手をするとこの街のかつての人口以上に居るのではないかという膨大な死霊の群れが黙々とこの家を押しつぶそうと迫り来る。
「バーサーカー! LOS突撃!」
「■■■■■■■■■ッ!」
 眼下で響いた咆哮に目を向ける。
 イリヤを肩車したバーサーカーは、先ほどから衛宮邸の周囲を巡回して骸骨兵が一定以上溜まっていたらそれを蹴散らすという簡単なお仕事に従事していた。
 相手は普通の人間より力が強く痛みを感じないという程度の能力しかない木偶人形だ。サーヴァントとでは戦いにすらならず、状況はあたかももぐら叩きのよう。
 到着、数十秒で蹴散らす、別のポイントに溜まる。移動する。その繰り返し。
 だが、それはこのままならば、という注釈が付くタイプの均衡だ。
 士郎たちが出発してしばらくした後、新町の方から何発もの魔術弾が撃ち出されたのを見た。
 妨害するべく出所と思われる辺りへ適当に魔術を撃ち込んでみたところ静かになったが、あのような適当な砲撃でダメージを与えられたとは思わない方がいいだろう。
 つまるところ、最低でも敵のキャスターは街のどこかに居て、ここに自分が居る事も知られている。骸骨兵の単純な攻めは次の手への布石か、さもなくばここから移動させない為の足枷か。
「イスカンダルにでも聞いてみるべきかしらね・・・」
 キャスターはそんな事を呟きながら周囲を見渡した。
「っと、だいぶ溜まってきてるわね。若いわ」
 バーサーカーが暴れているのとは別のポイントに骸骨兵の集団を見つけて杖を掲げ、しかし思い直してイリヤに念話を繋ぐ。
 魔力は有限だ。この程度の雑事に使うべきではない。
「了解。バーサーカー、次行くわよ!」
 イリヤは念話を切り、次の迎撃ポイントを指差してバーサーカーに呼びかける。
「・・・・・・」
 しかし、即座にそれに応えて走り出すはずの従者が、動かない。
「バーサーカー?」
「・・・イリヤ、降リテ」
 それどころかその場にしゃがみ、そんな事を言い始めた。
 忠実さにかけてはこの戦争でも随一のバーサーカーの言葉だ。理解できずともイリヤはコンクリートの地面に降り。

「よう。あんた、あのヘラクレスなんだってな」

 そしてその声は、頭上から降ってきた。
 慌てて見上げたイリヤと、その前に立ち主を守るバーサーカーの視線の先。
 ぼんやりとした光を投げ下ろす街灯の上に。
「誰と戦ってもいいっつうんなら、やっぱおまえだよなぁ?」
 黒い皮鎧を纏った男がだらしなくしゃがみ、こちらを見下ろしていた。
 手には真紅の魔槍。全身に纏った濃密な魔力はルーンによる加護だろう。
 街中に広がる戦いの気配を背に、凶暴な笑みを浮かべるその男。
 ランサーのサーヴァント、クーフーリン。
 そのオリジナルに間違いない。
「アナタノマスターハ、コチラニツイテイル」
 バーサーカーの声に黒の槍兵は肩をすくめた。
「そうみたいだな。だが、バゼットは関係ねぇ。元々俺は全力で戦いたくて召喚されてやったんだ。それをどいつもこいつも面倒な制約をくわえやがって」
 電灯から飛び降り音も無く降り立った黒い槍兵と対峙し、バーサーカーは斧剣を構えた。
「はっ、やる気になってくれたみたいだな」
 応じ、槍兵もぐるりと回転させてから魔槍を構える。
 それだけで、周囲の大気が凍りつくような殺気が放たれた。
「・・・もう一人のランサーとはずいぶん違うのね」
 イリヤの呟きに、黒の槍兵は口の端を吊り上げて笑い。
「どうだろうな。案外、どっちも似たようなもんかもしれねぇ―――ぜ!?」
 そして、言葉と共に地を蹴った。
『来る!』
 その足元で魔力が弾けるのを見たイリヤの警告は瞬時の念話となってバーサーカーに伝わり、斧剣が跳ね上がる。
「■■■ッ!」
 想定していたよりも数段上の速度で突き込まれた穂先を喉元まで迫られながら弾き、バーサーカーは相手の戦力情報を修正する。
 ルーンの加護による身体能力の拡張。昼の戦いで佐々木が確認したものだ。
「防ぎなさいバーサーカー!」
 ここまできてようやく耳に届く声での警告がイリヤの口から放たれ、バーサーカーもそれに頷いた。
 二撃、三撃と繰り出される穂先をバーサーカーは体捌きだけで回避し、反撃の斧剣を叩き込む。
 ランサーも豪腕の繰り出すそれを受けずに側転で回避し、間合いを離した。
「違うって言うならてめぇもこっちのとは随分違うじゃねぇか。バーサーカーじゃなくちゃんとヘラクレスをやってやがる」
「アンガイ、ドッチモニタヨウナモノカモ」
 楽しげに笑うランサーに淡々と答え、バーサーカーは斧剣を構えなおす。
「ま・・・どっちにせよ、楽しませてくれりゃあそれでいいんだが・・・なァ!」
 言葉と共に繰り出された突きをバーサーカーは身を捻って回避し、即座に撃ち込まれた二撃目を僅かにさがって避け、三撃目を左腕で打ち払った。
「硬ぇっ!」
 槍を通して伝わった衝撃が鉄棒でも殴ったかのような感触である事に驚愕しつつ、黒槍兵は即座にしゃがむ。
 頭上を片手持ちで振り回された斧剣が通過するのを確認せず、こちらも槍を円状に振り回した。
 カウンターの一撃は斧剣を構えなおすよりも早くバーサーカーの腹を抉り―――
「ここも硬ぇっ!」
 穂先が弾かれた感触に驚きの声を漏らした。
「■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」
 咆哮と共に斧剣が振り下ろされる。
 状況は反転。カウンターを逆にカウンターの形で返されたランサーは舌打ち混じりに地を蹴って大きく後退する。
 成程、バーサーカーの身体は低いランクの攻撃を一切通さないとは聞いていたがここまでのものか。
 これだけ変質した肉体に宿っているのなら本来のスペックであるAランク未満全て遮断とまではいかないのかもしれないが、それでも脅威の能力である。
「ならこいつでどうだ?」
 呟き、黒槍兵は右手でぐるりと槍を回して構えた。マナすら凍りつくような殺意とプレッシャーが周囲に満ちる。
「バーサーカー! 仕留めなさい!」
「マカセル・・・!」
 必中にして必殺。その宝具の危険性はイリヤとバーサーカーとて理解している。
 そして、対策が『間合いに入らない』と『発動させない』の二種類しかないという事も。
 故に突撃だ。
 アインツベルンとヘラクレスの戦術には、LOS突撃以外はあり得ないのだから。

「■■■■■■■■■■■ッッ!」

 長身を翻し、黒槍兵に迫る程の速度でバーサーカーは駆ける。
 威力と特殊能力の高さに比例し、『刺し穿つ死棘の槍ゲイボルク』は溜めが長い。穂先が繰り出されるよりも早く間合いは0になり、斧剣がコンパクトな軌道で振り上げられ。
「アンサスッ・・・!」
 同時、黒槍兵の左手が宙に複雑な図形を描いていた。
 魔力が弾けると共に迸った炎が、バーサーカーの顔面へと叩きつけられる!
「バーサーカー!?」
 イリヤの悲鳴にバーサーカーは応えない。人間ならば骨まで焼かれるような劫火であったが、彼女の護りを通る程のランクではなかった。
 ダメージは皆無。だが、炎は光を伴なう!
 突然の炎上にバーサーカーの目はくらみ、一瞬だが黒槍兵を見失い。
「■■■■■■ッ!」
 それでも尚、バーサーカーの斧剣は正確な軌道で敵へと打ち込まれた。
 セイバー程ではないが、彼女も第六感に優れるサーヴァントだ。その心眼は視界を奪われた程度では揺るがない。
 揺るがないが―――
「そいつじゃ遅ぇッ!」
 声と共にその心眼は、黒槍兵の気配が回避するのを感じ取っていた。
 斧剣。
 ヘラクレスがバーサーカーとして召喚され本来の装備を所持できなかったが故に使用している、岩を削りだしただけの武器。
 身体能力を頼りに攻めるバーサーカーとして戦う分にはその重量と頑丈さは利点となりえたが、体格は小さくなり、生前の技を取り戻した今の彼女にとって大振りしかできないこの武器が適しているとは言いがたい。
 振り切った斧剣を、バーサーカーは迷い無く手放した。身軽になって地を蹴り、今度はこちらが後退にかかる。
 かの宝具の対処は、発動前に叩くか―――
「遅ぇって言ってんだろうがぁッ!」
 間合いの外に出る事。
 しかし・・・黒の槍兵は、その速度においてこそ比類ない英雄である!
「逃げなさ―――」
 イリヤの声を断ち切るように、黒い閃光がバーサーカーに追いついた。
 出会い頭にも見た通りだ。彼はルーンの加護によりその速度を大きく引き上げる。
 そして今、もう一つの事実がイリヤとバーサーカーの前に晒された。

 最初に見た速度は、彼の全速でなどなかったのだと。

刺し穿つ死棘の槍ゲイボルク―――!」
 そして真名の開放と共に、魔槍はバーサーカーの心臓を穿ち砕いた。



13-11-7 VSキャスター(1) 魔弾の射手

■ 衛宮邸上空

「っ、もう、何やってるのよ!」
 キャスターは悪態をつきながら魔力弾を撃ち続ける。
 撃退役を担っていたバーサーカーが敵ランサーの迎撃で足止めされてしまったので、間断なく押し寄せてくる骸骨兵の相手はキャスターがせざるをえなくなったのだ。
 既に土人形は骸骨達の手で粉々に解体され、竜牙兵も一体、また一体と数の暴力に屈し始めている。こうなると、後はキャスター自らの魔術が頼りだ。
 屋敷に残っているサーヴァントはアサシンにハサン、そしてイスカンダル。戦闘能力が無いイスカンダルは論外、ハサンはこの手の戦いでは使い物にならず、 アサシンは例によって門番にしておけば存分に機能するだろうが、結界で進入経路を絞れていた柳洞寺と違い壁をよじ登るなりぶち破るなりして門以外からも進 入できるこの衛宮邸では遊撃戦力として温存しておきたい。
 一応、ギルガメッシュに穴だらけにされたとはいえ家屋に施した強化は生きている。
 どうしようもなくなったら屋敷に篭ってそれを頼りにするか、はたまた用意したが使わなかった絶対防御の結界を起動するか・・・サクラの『影』を防ぐのを目的にしたものが、物理的な身体を持つ骸骨兵の圧力を支えきれるのかは未知数だが。
「というか、あの腐れ神父が相手すべきなんじゃないかしら!? こういうのは!」
 魔力残量を確認し、まだ余裕があることを確認してから弾幕を夜空に描く。昼にやっていた事の再現である。
 言うまでも無く、腐れしん・・・言峰・ダーティーブラザー・綺礼は教会の代行者であり、迷える死者の相手は本業と言える。
 だが、いくら人として終わっているとはいえ、あの負傷で平気な顔して動き回られてもうっとおしい。
 結果、キャスターは骸骨兵達の掃除に専念せざるを得ず、眼下のバーサーカーの状況も把握は出来ているが介入する余裕が無い。
 魔力弾を斉射。
 骸骨達が砕け散り、一時的に周辺が安全になり、一分とたたずに同数の骸骨が同じ場所までたどり着く。
 堂々巡りだ。
 こうやって応急処置しておけばバーサーカーが黒槍兵を倒して復帰するかと思ったが、どうも苦戦しているように見える。
 敵のキャスターが昼の戦いでそうしていたように、自分とバーサーカーの相性は悪くない。
 大抵の敵なら、バーサーカーが耐えられるが敵が耐えられないレベルを見計らってまとめて魔術で吹っ飛ばしてやればそれですむ。
 あるいは、補助的な魔術の効果も打ち消されるのを利用して、重圧や呪詛などを戦闘区域全体にぶちまけてもいい。単純に熱や冷気で満たすのも有効だろう。
 発想を変えれば、骸骨兵を駆逐してからまた押し寄せてくるまでの間に可能な限りの数、竜牙兵を作ってしまうというのも手だ。
 短時間ならば戦線を支えてくれるだろうし、それで稼いだ時間を使いバーサーカーの援護もできよう。
 手はある。無数にある。
 よしと一人頷き、キャスターはとりあえず周囲の骸骨兵へと魔術を撃ち込んで吹き飛ばし。

「―――え?」

 地上を見下ろしていた視線が平行に、空へと上がった。
 目の端を掠めた閃光。
 状況の打開をする為に開いた魔術回路を反射的に防御の魔術に切り替えた。目の前に巨大な魔方陣の盾が広がり―――そして、パリンっと硝子のようにあっけなく砕け散った。
 崩壊と共にばら撒かれたのは瘴気とも呼べる高密度の呪詛だ。
 キャスターは舌打ちと共にそれを纏め上げ、自らの魔力を加えて呪詛弾として再生成。押し寄せつつある骸骨兵へと撃ち降ろす。
(これだけの魔力と呪詛、何の準備もなく撃てはしないわね・・・)
 戦果を確認せず再度防御の魔術を構築。先の一発を考慮して呪詛を食って構造を強化する術式に変更。
 一瞬置いて閃光。場所は新都、中心部。

「Μαρδοξ!」

 盾を展開。先のものとは更生の違うそれは今度こそ巨大な魔力弾を受け止めて揺らぎもせず。
「きゃぁっ!?」
 瞬間、再度の閃光と共に魔力弾は小さな光弾となって盾よりも広範囲に飛び散った。
 二段式、クラスター魔弾とでも呼ぶべきか。
「この・・・!」
 振るった杖から数条の雷撃が迸る。数百を数える子弾の全てを迎撃するのは無理だが、せめて屋敷そのものへの着弾は避けなくては。
 溜めも準備も無く放った魔術はそれでも子弾の大半を消し去ったが、撃ち漏らした数十単位の魔力弾が庭や土蔵に穴を開ける。
「・・・っ!」
 屋敷へも数個が迎撃を掻い潜って迫り。
 キンッ・・・! と、金属質の音と共に屋根に到達した魔弾が消え去った。
 見れば、屋根の上を小さな・・・手のひらに乗りそうな小さな人影が走り回っている。
 対魔力を備えた小英霊が、援護に上がってきてくれたらしい。
 なんとか被害なくやり過ごせた事に胸を撫で下ろしたキャスターは、読まれていたと心中で呟く。
 盾を消し、骸骨兵へ魔力弾を撃ち込み、次の手を予想。
 こちらの思考を読まれた事と、撃ち込まれたのが宝具でなく魔術である事を考慮すれば、相手は間違いなく敵方の自分だ。
 ならばと考える。
 二発の魔術はどちらもキャスターが防ぎきれない程の威力を持っていた。
 こと魔術に関しては万能な魔女だ。得手不得手などなく、互いに全力ならば攻撃と防御は均衡する筈なのだが、明らかに自分が押されている。
 そうなると、考えうるのは外部から引き込んだ魔力の使用だ。
 十分な量のマナが溜まっているのなら、高速神言でそれを弾頭化することも可能だろう。
「キャスター! 次が来ます!」
 屋根の上の小英雄の警告にキャスターは思考を中断して盾を準備する。
 反撃したい所だが、いくら稀代の魔女とはいえ視線も通らず位置もわからない相手へは攻撃できない。
(なら、あっちはどうやって狙いをつけてるのかしらね?)
 今度の盾は屋敷を半球状に覆う巨大なものだ。
 後手後手に前回の砲撃へ耐性を持たせてる形になるが、とりあえず今回は上手くいったようで再度子弾に分裂して拡散した砲撃が雨のように盾にぶつかり、弾かれて消える。
(防いだ後に僅かだけど瘴気が残る。大量の魔力を吸い上げられる事を考えれば、拠点は新都中央公園―――アンリ・マユが本格的に侵食した汚染地域・・・!)
 もはやルーチンワーク的に骸骨兵を薙ぎ払ったキャスターは魔力の消費が多くなってきた事に舌打ちをして次弾へ備える。
 このまま防御に徹しても先が無い。
 こちらは骸骨兵対策と砲撃対策を両方せねばならず、しかも向こうの陣地は穢れたとはいえ龍脈そのものだ。いや、穢れているからこそ、攻撃用には最適か。
 必要なのは効率だ。
 雑魚散らし、防御、雑魚散らしと連続してやらされているから反撃できないのだ。ならば―――
「次です!」
 眼下から響くセイバーの声に、キャスターは次の魔術を用意する。
 こちらを観察して種類を選んでるにせよ、適当に撃ちまくっているだけにせよ、敵の魔術はどれも魔術弾の形で行われた。
 ならば。
 一瞬目に映った光。
 新都中心部から撃ちあがり、曲射軌道でこちらへ落ちる一抱えはある魔力の砲弾。それは先ほどと同じ動きで衛宮邸へと迫り。

Ατλασアトラス!」

 故に発動したのは盾ではなく圧迫。前弾の辿ったルートを遮る形で作った、骸骨兵の群れの上空に構築した超重力の領域!
「落ちなさいッ!」
 はたして、光弾は空中で大きくその軌道を変えた。90度に近い角度で曲がった破壊の魔術は、のそのそと進軍を続ける骸骨の群れへと落下し。

「え?」

 そして、再度軌道を変えて急上昇する!
 反撃の為に広域破壊の為の魔術弾を用意していたキャスターの横をすりぬけ、魔術砲弾は衛宮邸の屋根へとアーチを描き突き進み。
「っ、あ、待って・・・!」
 組み上げていた構成が頭の中からポロポロと落ちた。
 冷静に観察すれば読み取れる筈の敵弾の仕組みが焦りでぼやけ―――
「させませんッ!」
 そして、着弾よりも早く屋根の上で白い光が弾ける。魔力放射で一直線に飛び上がった小英雄が魔術砲弾に体当たりを仕掛けたのだ。
 ガギリ、と固い音が響き、魔術の構成に対魔力を纏った小さな身体が食い込む。
 だが、先の小光弾と違い、今度はAランクに達する大魔術である。
「っ・・・!」
 魔力の多くを打ち消したものの完全にキャンセルするまでは達せず、小セイバーの身体は魔術砲弾を突き抜けて落下した。
 魔術そのものは威力を大きく減らしながらも衛宮邸へと落下し。
「しっかりしなさいキャスター! 私の国の魔女はもっと図太かった!」
「そういうのと一緒にしないで頂戴ッ!」
 激励とも罵倒ともつかない叫びにキャスターは反射的に言い返してようやく頭の建て直しに成功した。
「ああもう、Κεραινοケライノー!」
 選択したのは飛行の魔術。
 物理法則から解き放たれてキャスターの身体は高速で降下。落下中の小セイバーを片手で受け止め、そのまま魔術砲弾へ突っ込む。
「キャスター!?」
「仕方ないでしょこの際・・・!」
 驚愕とやけっぱちの声を道連れにキャスター達は魔術の中に飛び込んだ。
 そして。


■新都中央公園

「あらあら、無謀なのか馬鹿なのか・・・私を複製したにしては酷い出来ねえ?」
 遠く新都の中央で、黒のキャスターは水を球体にして作った鏡を覗き込んで嘲笑を浮かべていた。
 そこに映っているのは、魔力砲弾を打ち消した自分の写し身が衛宮邸の屋根へと墜落する姿であった。
 致命傷ではないが、確実にダメージは負っているだろう。
「こんな戦い興味は無いし、お遊びですまそうと思っていたけど―――ふふ、この程度ならいっそ本気を出して潰してしまった方が楽かしら?」
 礼装の杖を地面に突き立てる。
 十年前と今日、二度に渡って汚染されたこの地は、龍脈からの力を汚して流す魔地と化していた。少し加工してやればすぐに砲弾は出来上がる。
 キャスター・・・魔女メディアの魔術は、本来戦闘用ではない。遠坂凛と同じく、万能であるが故に戦闘もこなせているだけの話である。
 もっとも、人間の魔術師の万能とは文字通りレベルが違うのだが。
「ふふふ・・・」
 大鍋を掻き混ぜる要領で黒のキャスターは杖で大地を掻き混ぜる。
 魔力という湯をわかし、呪詛というベースに術式のスパイスを効かせるのだ。
 十秒と経たずに浮かび上がったのは次に撃ち出す魔術の砲弾。
 向こうのキャスターには出来ない、超超射程曲射砲撃魔術。

 この仕組みを見抜かぬ限り、あの不出来な魔術師は消えるしかない。



13-11-8 VSアーチャー(2) ホリンの猛犬

■聖杯洞 第一空洞

「最初に言っておく! オレはかなり強い!」
「・・・死ね。答えは聞いてない」
 どこかで聞いたような軽口と共に地を蹴ったランサーに付き合いよく台詞を返し、アーチャーは双刀を構えた。
「っらぁッ!」
 鎧の隙間から漏れる血を霧のように引き連れて神速の英雄が一撃目を突きこむ。
「む・・・」
 受け流すべく左の刃を合わせたアーチャーは、伝わってくる力の強さに眉をひそめた。
 無理に逆らわず柄を離し、握っていた短刀が吹き飛ばされた反動に乗る形で身を捻り、残像すら見える速度で突き出された二撃目に右の刃を合わせる。
「甘ぇっ!」
 瞬間、槍は穂先でぐるりと円を描く軌道へと変化した。巻き込まれた刃を手放し、アーチャーは地を蹴る。逃げるのではなく前へ、ランサーの横をすり抜けてその背後へと。その手には既に次の刃が投影済みだ。
 右手に、白い刃だけが。
「来い」
「チッ・・・!」
 ランサーは薙ぎ払いによる追撃をしかけていた腕を力づくで無理やり止め、そのまま四つんばいに身をかがめる。
 瞬間、飛来した黒い刃が頭上・・・立っていれば腰の辺りだった空間を通過し、アーチャーの左手に収まった。
「避けにくいとこ狙いやがって!」
「ふん、獣のような姿勢で獣のように吠えるな。ハウスだホリンの駄犬」
 間髪居れずX字の斬撃が伏せたランサーに振り下ろされ。
「言ってろ世界の犬が・・・!」
 それこそ獣のように四肢全てを使って槍兵は横っ飛びにそれを回避した。着地から前のめりに立ち上がり、そのまま全力で走り出す。
 その背を掠めたのは鋼鉄の矢だ。人間の目では青い残影にしか見えないであろう速度で走り続けるランサーの背に、数本十本数十本と機関銃のように矢が迫り、しかし槍兵はちらりとそれを一瞥しただけでその全てを回避した。
「この私の矢が・・・中らんだと?」
 生前から当然のように必中であった狙撃を全て回避されてアーチャーの手が止まる。
 確かに標的の移動速度は賞賛すべき速さだが、その程度で外す腕ではないというのに。
「悪ぃがこのオレに飛び道具は通じねえんだよ!」
 瞬間、ランサーの足元で岩肌が砕けた。
 そこを踏みしめ・・・否、踏み砕いた足には濃密な魔力。アーチャーは戦闘開始時の違和感の理由―――ルーンによる身体強化をそこに見た。
 スピードを全く落とさぬままにランサーの身体は回避軌道からアーチャーへの直線接近へと向きを変える。その速度は初撃よりも尚早い。
「っ・・・!」
 迫り来る槍兵にアーチャーは舌打ちと弓を向け。
「飛び道具は・・・!」
 効かねぇ、と叫びかけたランサーの目が見開かれる。
 既に穂先と触れ合わんばかりに接近したその弓につがえられたのは、螺旋為す異形の剣。形状も性質も彼の知るものとは異なるが・・・
「カラドボルグか!」
「ああ。おまえの弱点はこれだろう?」
 クー・フーリンの伝承には、確かにカラドボルグの使い手と交わした誓約がある。
 即ち初見敗北。戦力の如何に関わらず、最初の戦いでは自分が負けようと。
 しかし。
「そいつぁフェルグス相手の誓約だ! てめぇじゃ無効だ!」
「ああ。知ってる」
 アーチャーは、頷くと同時に矢を撃った
「だが、動揺したろう?」
「っ・・・!」
 事実だった。
 弦から指を離させるより早く心臓を抉れると目した槍は僅かな怯みに鈍り、未だ敵に届いていない。
「ったれぇえええっ!」
 ランサーは咆哮と共に地を蹴り、上半身を捻じ切らんばかりに捻って至近距離で放たれた矢を回避した。
「ふん・・・」
 対するアーチャーは特に表情を変えず弓を捨てて背後へと跳躍する。だが、その動きはランサーと比べれば止まっているも同然である。
「喰らいやがれアーチャーぁっ!」
 回避の動きのまま跳躍したランサーの、身体そのものが槍と化したような体重の篭った一突きが迫る。アーチャーは即座に掴んだ双刀でガードするが。
「甘ぇんだよ!」
「ぬ・・・!」
 二本の刃は均衡することすら無く瞬時に破砕した。破片は魔力に戻って消え、赤い穂先は勢いを減じながらもアーチャーの心臓へと迫る。
「貰った・・・!」
 獰猛な笑みで叫ぶランサーにアーチャーは。
I am bone to my sword我が骨子は、捻れ、狂う
 簡潔な呪文でもって、訂正を要求する!
「なッ!」
 刹那、ランサーの背後、回避したばかりのカラドボルグが起爆した。まず到達した衝撃波がランサーを背面から叩いて姿勢を崩し、炎が炙り、最後に鋼の破片が礫弾となって背中を切り裂く。
「ぐぁ・・・この、てめぇ・・・!」
 一方でアーチャーは身体を丸め、大柄なランサーの身体という盾に収まっていた。完全な、無傷である。
 槍を突き出した姿勢で背を押され完全に無防備な姿を晒しているランサーに、アーチャーは再装填した双刀をその腹へと叩き込み。
「させるかよ・・・!」
 しかしランサーは痛みを全て思考の外へ押しやって地を蹴りなおした。目標を外して宙を突いた槍を下へと振り下ろし、地面に突き立った穂先を支点に逆立ちするように身体を躍り上がらせる。
「く・・・」
 空振りさせられたアーチャーの後頭部に痛みが走った。空中で一回転したランサーが踏み台代わりに蹴飛ばしたのである。
 人間相手なら頭蓋を砕いていたであろう打撃をアーチャーは自ら前に飛ぶ事で軽減し、前転して立ち上がる。
 着地したランサーは槍を地面から引き抜いて構え、アーチャーがこちらに向き直るより早くその胸へと穂先を突き込んだ。
 咄嗟に仰け反った弓兵の肩を魔槍が薄く削げ取り血が地面を汚す。一歩後退しつつ両の手に双刀を投影。右手の莫耶でランサーの追撃を受けるが、重い刺撃を流しきれず白い刃が背後へと吹き飛ばされる。
 間髪入れずに三撃目を突き込んでくる槍兵をアーチャーは左手の干将のみで迎えうち。
「・・・来い」
 ニヤリと笑いそう呟いた。ランサーの脳裏に、戦闘開始直後の記憶がよぎる。白・黒と弾き飛ばした二本の短刀。そのうち黒の刃は直後に引き戻しに使われ、そして今、白の刃がアーチャーの手にある。
「またか!」
「嘘だ」
 声が交差する。反射的に見た背後に、飛来する刃は無い。
 反応の遅れは一瞬だが、隙としては十分だ。アーチャーの斬撃は飛びのいたランサーの腹を薄く薙ぎ、皮鎧を切断し皮と肉をも切り裂く。
 そのまま数歩後退し、ランサーは槍を構えなおした。
 一撃ずつ受けたが、どちらも傷は浅い。頭への蹴りを入れてる分こちらがやや有利といったところか。
「しかし、血は流れ続けている」
 再度双刀を投影したアーチャーの指摘に、ランサーは口の端を吊り上げて笑う。
「生理なんだよ」
「・・・・・・」
 あまりのシモネタにつっこむ事すら嫌になったのか黙りこんだアーチャーから視線を外さず槍兵は左胸の傷を意識する。
 痛みは無視できる。血が足りずとも、肉を削がれようとも死なぬ限りは全力で闘争を続けられる強靭な意志と戦いへの欲求がランサーには備わっている。
 だが、それでも傷が無くなるわけではない。
 言うなれば、水時計。人間は30%程血液を失うと死ぬというが、さて今の自分はどの程度もつものか。
「ああ、つまり私は防御に徹していれば自然と勝利が転がり込むわけだな」
「そういう事だな。オレが死ぬ前にあいつが死ぬかサクラが倒されるかしてゲームセットって可能性もあるがな」
 二人は言葉を交わし、同時に地を蹴った。
 思うは一つ。

 時間切れなど許さない。とにかくこいつは、ぶちのめす。



13-11-9 VSセイバー(1) KnightRider

■聖杯洞 第二空洞

 ランサーとアーチャーの交戦を背に洞窟をひた走ってきた士郎達は、再度空洞に出たところで足を止めた。
 止めざるを得なかった。

「此度の命は―――」

 視線の先。体育館程もあるであろうその空洞の中央に、黒い鎧の騎士が居る。
 銀の髪、真紅の瞳。
 いっそ小柄と言えるであろうその体躯に反し、感じる威圧感はとてつもなく大きい。
 あたかもそこに、巨大な幻想種が・・・竜が居るかのように。
「―――何者であれここを通る者は消去せよ、です」
「・・・セイバー」
 士郎は思わずそう呟く。
 黒い刀身の剣を地に突き立てて待ち受けるは、黒のセイバー。彼女をオルタと、仮に呼称する。
 外の世界でシロウがライダーと共に挑み、殺す事が出来ず、それを恨むと呟いた彼女。
「苦痛を味わいたくなければ、そこに留まりなさい。そこから一歩でも踏み出せば、瞬きを待たずこの剣は貴方達の命を絶つでしょう」
 故に知る。
 表情無くそう告げる彼女の本質が、士郎の知るセイバーとさほど違わないという事を。
 理不尽であっても己の道を曲げぬ強さと、主を見捨てぬ気高さを。
 宣言に偽りは無い。
 一歩でも奥へ、今の彼女の主の下へと足を進めれば、彼女は相手が誰であれ己の心の軋みと共に斬殺するだろう。
 士郎は凛に目を向ける。返ってきたのは否定を表す首の横振り。
 想定していた事ではあるが、直感というスキルを所持し、音速を越えた速度で敵に迫り、時に光速の刃をも放つサーヴァントから魔術師が逃げ延びる事はできない。
 アーチャーの時のように足止めでもなければ三人がバラバラに走り出したところで秒とかからず全員両断されるだろう。
 士郎や凛が応戦したところでまた同じ。エクスカリバーを止める手段が無ければ、薙ぎ払われてそこで終わる。
 そして、無策のままに戦えばセイバー自身でさえもセイバーを押さえ込む事は出来ないのは、昼の交戦で証明されている。

 そう。
 それは最初からわかっていた事だ。

「・・・ここに来るのは我が写し身だと思っていましたが・・・まさか、愚かなだけでなく怯懦にも犯されましたか?」
 故に、オルタの蔑むような言葉に、士郎は否と首を振った。
「それこそまさかだ。自分を軽くみるなよセイバー。おまえは強くつよく靭くつよく―――そして―――」
 その言葉と同時に、オルタの直感は数瞬の後に到来する銀の閃光を感じ取る。
 向けた視線は士郎の右手、赤い光を宿したその令呪。
「為すべき事から決して逃げないッ! 来い! セイバー!」
 瞬間、士郎の頭上でガラスの割れるような音が響いた。

「―――サーヴァント、セイバー」

 先ず響いたのは流麗な声。
「来るか・・・!」
 オルタは黒き剣を構えて視線を士郎の頭上の歪みへと移し。

「召喚に応じ、馳せ参上した・・・!」

 そして、砕け散った空間を突き抜け、一直線に銀の光がオルタへと疾る。
 流れるような曲線と、刃の如き直線で編まれた銀の鎧を纏った―――『バイク』を駆る、セイバーがだ!
「何ッ!?」
 迎え撃たんとしていたオルタは驚愕の声と共に飛びのいた。
 現世の物品と言えど英霊が使用すれば相応の霊格を備える。ましてや、その車体を馬鎧(バード)の如く包む装甲は普段は彼女自身が身に着けている物。アル トリア・ペンドラゴンの強大な魔力の大半を費やして作られている鎧である。その重量と剛性が生み出す破壊力は、破城槌にも匹敵するだろう。
 足裏で爆発させた魔力の推進力でロケットの如く真横へと吹き飛んだオルタの居た場所を、セイバーの駆るバイク―――ランサーが乗ってきたものだ―――が踏みしだき、通過する。
「シロウ!」
「ああ、頼む!」
 ガリガリと岩肌を削りスピンターンでオルタへ向き直るセイバーの叫びに、士郎も叫び返して凛と桜に目を向けた。
「行くぞ!」
「ええ、急ぐわよ!」
「セイバーさん、気をつけてくださいね・・・!」
 頷きあって走り出した魔術師達に、オルタはくっと歯を食いしばって魔力を滾らせた。
「小賢しい・・・!」
 振り上げた黒剣が両腕から噴出した魔力を纏った。竜種の暴虐なまでの魔力は黒い竜巻となって荒れ狂い。
「逃がす・・・ものか!」
 オルタに構わず奥へと向かう人間達の背に、轟と唸って叩きつけられる。
 しかし。
「甘い・・・!」
 振り返る事無く走り続ける三人の前に、銀の光が雪崩れ込んだ。
 家一軒を吹き飛ばす竜巻も、しかしその正体は物理的な干渉力を備えた魔力である。
 空中で横転するように宙をなぎ払うバイクの強固な鎧と、騎手たるセイバーの対魔力を打ち破る事はできないのだ。
「忌々しい・・・!」
「騎士たるもの、騎馬を駆らんと何ぞする・・・!」
 吐き捨てるような声に叫び返し、セイバーはスロットルを引き絞る。ぐるぐると回転しながら着地した車体を鎧で地面を引っかくように制動し、弾かれたように突進を開始。
「・・・!」
 オルタの直感が、自分へと真っ直ぐ突っ込んでくる銀光を察知する。
 その速度、重さは、いかに無限供給で魔力を強化されているとはいえ正面から受けられるものではない。
 避けてカウンターを試みるか? 否、それでは既にこの第二空洞を出ようとしている三人に追いつけない。
 ならば。

約束されたエクス―――」

 更に速い一撃でもって討ち滅ぼすのみ・・・!
「っ・・・!」
 鉄騎馬の鞍上で、セイバーの顔が緊張に引き締まる。
 背後、魔力で脚力を強化していても士郎達が空洞を出て安全域に達するにはまだ数秒を要する。
 そして、秒という時間は光速で疾る彼女達の宝具にとってその背に追いついて余りある余裕であり、いかに堅固とはいえ、セイバーの鎧ではセイバーの宝具を防ぐ事は出来ない。
 だが。
「その流れは見えていますッ!」
 オルタが宝具を発動したのを確認した瞬間、セイバーはバイクを包んでいた鎧を解除した。

勝利のカリ―――」

 構わず剣を振り下ろしたオルタは、一瞬置いて先ほどの直感が察知したものを視認する。
 バイクから飛び降りたセイバーの身体が鎧に覆われ、ブーツの踵が地面を捉えてガリガリと地面を削り。
「往け・・・!」
 そしてセイバーはバイクの後部、リアランプの辺りに全力で掌打を叩き込む!
 アルトリアの能力は、魔力の噴射。それは五体のどこからでも、何箇所からでも行える。
 地面を踏みしめた足と、突き出した掌の両方からでもだ。
「!」
 無音。
 しかしオルタの目はそれを捉えた。フルスロットルでの疾走を魔力噴射による打撃で更に加速させられたバイクが、音の速さを更に越えた速度で迫る姿を。
「貴様・・・ッ!」
 鉄槌と化したバイクはオルタに直撃する。カウルが、フレームが歪みスクラップと化したバイクは一瞬置いて爆発し、激突の衝撃と至近での爆裂を受けた小柄な身体が鞠のように吹き飛んだ。
 地面に二度、三度と叩きつけられ転がり擦られながら、しかしオルタは目を見開いたままであった。
 視線の先、不可視の剣を構えてこちらを睨むセイバーの背後。
 三人の魔術師は既にこの広場を出て奥へと進んでいる。
 それは、オルタの使命が完全に失敗したという事である。


 彼女の誇りは―――泥に塗れて尚折れず掲げていたものは、ここに砕け散った。



13-11-10 VSバーサーカー(1) 神話降臨

■聖杯洞 第三空洞前通路

「次の空洞が見えたわよ!」
 凛の声に士郎はそういえばと首をかしげる。
「空洞・・・っていうか、こういう通路じゃなくてまともに戦えそうなスペースって、いくつあったっけ?」
 士郎の頭の中にもオリジナルのシロウがここを通った記憶はあるのだが、なにぶん人格から何から壊れかけの状態で辿った道だ。まともな情報は殆ど残ってはいない。
「確かあと二つはあるわね。シロウはサクラと一緒に大聖杯のところだとして、どっちかにバーサーカーが居るんでしょうね」
「・・・俺たちだけで、よりにもよってバーサーカーか」
 素早くて固くて力も強いという、単純に『強い』相手だ。
「どんな状況でも利点と欠点はあるわ。バーサーカーは単純な格闘戦なら最強と言えるサーヴァントだけど、その反面やってくる事は単純よ。光速の刃も飛び道具の乱射も魔力や生命力を吸収する結界もしかけてこない。闇に潜んでたりもしないわ」
「わたしがもう少し魔術師レベル高かったら外であっちのサクラがやったみたいに影の中に放り込むって手もあったんですけどね・・・」
 自分に作用する魔術を打ち消す対魔力と違い、バーサーカーには魔術が通用する。ただ、ダメージを受けないというだけで。
「いっそ足場でも崩してみようか。突進してくるだろうし、うまく落ちるかも」
足場崩しアシバースト? 敏捷度Aだし何秒かで上がってくるんじゃない?」
 三人は打つ手の無さに苦笑を交わしながらも足を緩めず空洞へと足を進め。
「なっ―――」
 絶句した。
 ―――油断していた、というのは認めざるをえない。
 だがそれを誰も予想しなかったのは、無理がなかったともいえる。
 これまでそれは常に誰かの傍に控え、指示を受けて初めて暴虐を振るってきた。
 外ではイリヤの、この世界ではキャスターの。
 外のシロウが交戦した黒のバーサーカーでさえ、サクラの指示のもとに襲ってきたのだ。
 故に、誰も知らなかった。
 何の指示もなく拘束も無い時に、それがどう振舞うのかをだ!

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

 咆哮と破壊音、そして地響きが迫る。
 バーサーカー。
 狂戦士。
 目に映るもの全てを本能のまま攻撃する、理由も理屈もない破壊の化身。
 つまり、契約で拘束されていない限り、 などありえない。
 狂戦士はこちらの気配を感知した瞬間動き出し、狭い通路の天井を壁を頭や肩で削りながら無理矢理突撃してきたのだ。
「っ――――――」
 地響きと破砕音が耳に届くと同時に、通路全体を塞ぐ巨体が視界を埋め尽くしていた。もはや言葉を発する暇も無い。
 セイバーに指摘されていた欠点。呪文を使用して回路を制御するという魔術の手順は、サーヴァントの速度で奇襲されれば破綻するという言葉を思い出す。
 反射的に回路は開いている。
 咄嗟にいつもの双刀の構成も用意できた。
 しかし呪文を口にし魔力を具現化する時間が無い。
 黒の巨人は既に目の前だ。斧剣を振るう余地はなく、ただただ突っ込んでくるだけではあるが、この重さ、この速度での衝突だ。衝撃は大型トラックの直撃に等しいだろう。残るのは肉と布の塊が3つだ。
 令呪でセイバーを呼ぶか? せめて凛と桜だけでも救えるように庇ってみるか?
 士郎はどちらも無駄に思える選択肢をそれでも選ぼうと試み。

「どぉおぅりゃああああああああああ!」

 瞬間、目の端を通り抜けた赤と耳に届いた女としてそりゃどうよという怒号に思考停止した。
 ドォオオオオン・・・! という崖崩れのような重い音が響く。

「あー・・・」
「えー・・・」

 士郎と桜は思わず呟いていた。
 呟くだけの時間があった。
 二人の目の前で、黒の巨人が止まっている。
 左肩を突き出したタックルの姿勢で、その足は大きく開かれ床をガリガリと削って前に進もうとし。

「こんのぉぉぉおおおおおおおおおっ!」

 そして、その巨体を相撲じみたがっぷり四つで押しとめて遠坂凛の雄たけびが洞窟に響く。
 少女と巨人の押し相撲。
 神話じみた光景であった。
 神話を見ていくとたまにある、なんだそりゃという理不尽な光景であった。
「し、士郎・・・ま、股・・・」
 ギリギリ奥歯が軋む音と共に、凛が呻く。
「股間!? 股間がどうした遠坂っ!」
「大丈夫です姉さん! 色々駄目ですけど見えてません! まだ鉄壁です!」
 知らず両手を握って応援の体勢になっていた士郎と桜が声援を送る。
「ちが・・・さっさと・・・股のあいだ潜って・・・先・・・行きなさいよ・・・」
 士郎は反射的に凛のスカートの間を見た。桜はその目玉に容赦なく指を突き立てた。
 緊急時なので片方だけ。もう片方は後でゆっくりお仕置きしよう。
「ぉおおおおお・・・わ、わかった・・・」
 痛みに悶えながら士郎は桜に(無事な片目で)めくばせしてから走り出した。
 勢いにまかせ、黒の巨人の足の間をスライディングの要領ですり抜ける。
「よし、桜!」
「は、はい・・・!」
 続いて、意外にも機敏な動きで桜も走り出し、四つんばいになって巨人の背後へと通過。
「遠坂! アシストする!」
「おね・・・がい・・・!」
 士郎の声に、巨人の身体に遮られて見えない凛の声が応える。心なしか、声の調子が弱い。
投影開始トレースオン・・・!」
 即座に具現化したのは左手に干将、右手にハサンの短剣・・・ダークを3本。大量投影に脳が軋むように痛むが耐えられない程ではない。
 アーチャーだけではなく、もう一人の自分と遭遇した事による経験憑依が士郎の魔術師としての位階を更に押し上げつつあるのだ。
投影重装トレースフラクタル
 両手で同時に投擲すると共に呟いたのは、投影を歪める投影を織り上げる呪文。
 全力で投げ上げた干将が黒の巨人の頭上、天井に突き立つ。一方で緩く投げたダークはくるくると回転しながら背中に軽くぶつかり。

I am bone to my sword我が骨子は、捻れ、狂う

 そして、その声と共にダーク三本が一斉に爆発する。
「■■■■■■■■ッ!」
 幻想崩壊の威力は、対象に備わった魔力量に等しい。
 つまり、神秘としての格が高いほど再現するのに必要な魔力は増え、それを起爆した際の威力が高くなる。
 宝具とも呼べないただの武器であるダークが起こした爆発は人間相手ならばともかくサーヴァントに対してはそれほどの脅威とは言えない。ましてや相手は一定の神秘をもたぬ攻撃を全て無効とする黒の巨人だ。3つの爆発は黒く脈打つ背中に傷一つ為さずに消えた。
 しかし、傷はつかずとも背中で弾けた爆発の熱と衝撃、そして攻撃の意志は、黒の巨人に確かに届いた。
 誰にも制御されておらず動くもの全てに襲い掛かる狂戦士に、優先順位という概念はない。
 つまり、今さっきまで押しつぶそうとしていた小さな障害の事よりも新たな敵の方に意識が向く―――!
「遠坂!」
「わかってる! 準備しといて!」
 声が交差した。
 注意が逸れて黒の巨人の力が緩むと共に凛は巨体と押し合っていた腕を放して地面に身を投げ。

壊れた幻想ブロークンファンタズム・・・!」

 黒の巨人が士郎を押しつぶそうと振り返るのと同時に、天井に刺さっていた干将が砕け散った。
 Cランクとはいえ真正の宝具に込められた魔力の炸裂である。轟ッ、と先のものとは比較にならない爆発が天井で炸裂した。
「■■■■■■■!?」
 巨人の背は天井よりも僅かに高い。その天井に刺さっていた干将の爆発は顔面に直撃し、ダメージこそ無いものの強烈な衝撃に一瞬足が止まり、その隙を逃さず凛は巨人の足元をくぐり抜けて一目散に奥へと駆ける。
 ―――度重なる爆発で崩落した天井が、黒の巨人を瓦礫に埋めていくのを背にして。
 士郎は凛が追いつくと同時に自分も走りだし、通路の崩落と巨人から全力で逃げる。
「先輩!」
 空洞の入り口で心配げに待っていた桜が、近づく二人の姿に顔を輝かせた。
 士郎はその姿に手を振り―――
 ドゴン、と。
 背後で岩の砕ける音がし、桜の表情が恐怖に曇った。
「・・・やっぱり数秒しかもたなかったわね。足場崩しアシバースト
「この場合天井崩しテンジョウバーストだけどな」
 凛と士郎は言い合って足を速める。通路を埋めた瓦礫が揺らぎ、崩れ、潰されて掘削されていくのを確認して桜も踵を返して奥へ奥へと走り出す。

「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

 背後を見る余裕のなくなった三人の背中に咆哮が届く。魔力で強化した三人の足が止まっているかのごとく近づくその声に、士郎は舌打ちと共に魔術回路を開いた。
「数秒かせげるならもう一回崩すか!?」
「対症療法は出費がかさむのよ!」
「でも確実に結果が出ますよ姉さん!」
 言葉を交わす三人に影が重なる。頭上に輝く魔力の光源を遮ったそれは、巨大な斧剣を振り上げた巨人の姿をしていた。
「くそっ。投影―――」
「ストップ! 無駄遣い禁止!」
 呪文を凛の声が制止する。斧剣が振り降ろされる風圧が、走る二人の背を押す。
 二人。士郎と桜。
「姉さん!?」
 そして、一人地面を削るようにして足を止めた凛は。

「■■■■■■■■■ッ!」
「このぉおっ!」

 一声吠えて、振り下ろされた斧剣を受け止めた。
 ガコン、と人体がたてるはずのない硬質の音と共に、両腕を交差させたクロスアームブロックで、だ。
「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」
 3メートルを越す巨大な体躯。どす黒い肌に不規則に脈打つ血管を浮かばせ、眼球の無い眼窩に赤い光だけを宿らせて巨人は吼える。
 一抱えはある太い腕が振り下ろされ岩塊とも呼べる凶器と、それをほっそりとした両腕だけで受け止める少女。
 再度展開した理不尽な光景に咆哮は長く響鬼。
「遠坂!」
「行きなさい士郎! これで予定通りよ!」
 矮小な人間を押しつぶさんと圧を強める斧剣をその細い両腕のみで支えて凛は叫ぶ。
「向こうのサーヴァントは全騎打ち止め、あとはあんたと桜だけ・・・!」
「馬鹿言わないでください姉さん! わたし達も援護を・・・!」
「無駄遣い禁止って言ったでしょ!? 魔術師では英霊に敵わない! 一人が三人になったってそれは同じよ!」
 凛は作戦を練るにあたり、自分を犠牲にして足止めすることを考えていたのか・・・?
 静かな声に桜の顔が青ざめ。
 だが、考えていられたのは一瞬だった。
「・・・気をつけてくれよ、遠坂。うっかり転んだとか、洒落にならない」
 足を止めかけた桜の手を、もう一つの手がしっかりと握って引っ張ったのだ。
「先輩! 姉さんを―――」
「遠坂は諦めない。無茶もするし嘘もつくけど、それだけは確かだ。だから、俺達は俺達の無茶をしに行こう。それが一番あいつの喜ぶやり方だから」
 士郎は、速度を落とさず走り続け、一度だけ凛の方に目をやった。
「・・・当たり前でしょ。元から勝機なんてほとんど0なんだから、僅かに上乗せしたって変わらないわよ。でも、そう簡単にわたしは死なないし・・・死なない限り何度でもその確率をぶちのめしに行くわよ―――こうやって!」
 視線を背中に受け、凛は言葉と共に、バンッ! と両腕を跳ね上げた。
「■■■■■■■■■ッ!?」
 人間など一撫でで肉塊へ戻せる筈のその豪腕が、彼の小指よりも細い腕で跳ね返される。
 驚愕すべき光景に、しかし精神活動の全てを壊された巨人は動じない。あらぬ方へと流れた腕を即座に横なぎの斬り払いへと連携させて目の前の人間を薙ぎ払う。
 だが。
「遅いッ!」
 岩塊が薙ぎ払うより一瞬の前、凛は人間にはあり得ざる跳躍力とスピードでもって大きく後退していた。呪文の一つもなくだ。
「さっさと行きなさい桜! 大丈夫、こっちの金のかかりようは並大抵のもんじゃないんだから!」
 凛はそう吼えて拳を握る。斧剣の直撃でコートの両腕は吹き飛び、二の腕と手首につけていた黄金の腕輪がむき出しになっていた。足首にも、銀のアンクレットにずらりと並んだ宝石が濃厚な魔力を放っている。
「桜! 行くぞ!」
「・・・っ・・・姉さん・・・気をつけて・・・!」
 迷い無く空洞から走る士郎と何度もこちらを振り返る桜に、狂戦士の顔がぐるりとそちらを向き。
「■■■■■■ッ・・・!」
 しかしその剣は再び周囲を薙ぎ払うのに使われた。注意が二人にそれた隙に、凛が放った豪風を打ち砕く為だ。
「今のも一応Aランクなんだけどね・・・」
 呟く凛の視界で士郎達は奥へと続く通路へ向かい。
「遠坂・・・!」
 振り返らずに一度だけ呼びかける声が彼女に届く。
「頼む―――」
 勝ってくれか、生き延びてくれか、無駄遣いしないでくれか。揉ませてくれか。それはないか。二つの意味で。
 どれにせよ、遠坂凛であるならば答えはただ一つだ。
 黒い巨体がひと跳びで間合いを詰めて振り下ろした斧剣を、飛びのきざまに裏拳で振り払いながら凛は全力で叫ぶ。
「任せときなさい・・・!」
 翻ったツインテールの先っぽをかすめて地面を抉った一撃から距離をとるべくバーサーカーの背後へ飛び込み、遠くなる足音を背にもう一度。
「ただし、ただ働きはしないわよ! 勝ったらちゃんと、ご褒美貰うからね・・・!」
 遠坂の姓は、常に余裕を見せることを旨とする。
 自分を鼓舞する為に放ったその冗句に。
「ああ、期待してていいぞ―――!」
 遠くても確かに聞こえるその声が、答えた。
「ちょ、え、ほんとに?」
 思わず棒立ちになった凛は、慌ててその場を飛びのいた。
 鼻先を掠めた斧剣に背筋が凍り、同時に叩きつけられた風圧をパッド―――胸じゃない。肩だ―――に仕込んだ宝石がキャンセルする。
 通り過ぎた一撃は直ちに剣先を返し二撃目へ、そして三四五と連撃になりやがて暴風と化す。
「っ、この・・・!」
 地面を転がるようにして凛は間合いをとってポーチから小振りの宝石をつかみ出し、気合を入れてばらまいた。
「■■■■■■■■■■■!」
 狂戦士の周りで炸裂した魔力の爆発に、しかし敵の突撃は止まらない。稼げたのは爆発がまとめて薙ぎ払われる数秒だけ。
 その数秒を使って、凛は自分の左腕を見る。先ほど斧剣を払いのけたその手甲にはめられていた宝石には、既にひびが入っていた。
 人体に対する強化魔術には限界がある。人間の肉体はあまりに脆く、強度の向上と筋力の上昇を同時に行えば一定の域を越えた所で物理的に自壊するのを避けられない。
 ただでさえ、過剰な魔力による汚染は深刻な後遺症を残すのに、だ。
 故に、凛は自分の肉体への施術を強度の強化のみに専念し、身体能力そのものは生身のままで立ち回っている。
 可能なのか?
 可能なのだ。
 少女の腕力のまま目の前の巨人に負けぬ機動力を、破壊力を発揮する。それを可能としているサーヴァントを、凛はよく知っていた。
 魔力放出。
 半物質化した魔力を身体の各部から稼動方向と逆向きに噴射し、その反動を筋力に上乗せする技術。セイバーの戦闘力を支えるスキル。
 凛が再現した礼装は急ごしらえであるが故に泣けるほど効率が悪いが、それでも今、彼女はサーヴァント並みの身体能力を擬似的に得ることに成功しており。
「でも・・・本当、泣けるわこれ」
 今ならば本当に巨木を膝蹴りでへし折れるであろう身体能力は、しかしたった1分の交戦で種切れしていた。
 予想よりも消費が早いのは巨人が強いのか、凛の使い方が悪いのか。
再装填リロード―――」
 呟くと、手甲から割れた宝石がガチリと音を立てて排莢された。素早くポーチから出した宝石を込め、術式を再開。
 ギルガメッシュからぶんど―――託された宝具にはふんだんに宝石が使われていた。まだ宝石(燃料)のストックはある。しかし・・・その数は有限だ。いずれ尽きる。
 士郎達の足音がもう聞こえない事を確認して凛は。

わ・・・」

 じっとりと額を濡らす汗を拭って頬をひきつらせる。
 口にした言葉に嘘はない。
 勝率は、ゼロではないというだけであった。
 敗北の確率が9で埋め尽くされた膨大な数列であったとしても、100ではないというだけだった。



13-11-11 VSシロウ(1) 対峙

■聖杯洞 第四空洞前通路

 さすがに交わす言葉も無く士郎と桜は走り続ける。
 予想通りならばもはや障害は無い。いや、無いという前提で走り続けるしかない。実際には黒のハサンあたりがそこらに潜んでいてもおかしくはないのだが。
「あ・・・」
 桜は前方が明るくなってきた事に声を漏らした。
 この洞窟における照明は、敵のキャスターが灯したのか元々そなわっていたのか発光の魔術が要所要所にかけられている事でまかなわれている。
 これまで通路には数十メートルおき、黒のセイバーたちが居た空洞には通路のものより大きい光源が用意されていた。
 つまり、明るくなってきたということは次の空洞が近いということである。
「先輩・・・!」
「ああ。一応、警戒しておこう」
 桜の声に頷き、士郎は回路を開く。
投影トレース開始オン
 武器のストックから引っ張り出した設計図は、例によって干将と莫耶。
「――――工程完了ロールアウト投影バレット待機クリア
 全工程を一瞬で済ませ、魔力を通せば完成という所で脳内に待機させる。
 頭の中に鉄の塊を突っ込まれたような違和感が残ってしまうし回路も開きっぱなしになるが、先程のように奇襲された時には一瞬で具現化できるというのが役に立つ。
「・・・?」
 自分の思考に何か根本的に手順を間違えているような引っ掛かりを覚え、士郎は首をかしげた。
「先輩?」
「いや、なんでもない」
 しかし、今はそれを追及する暇は無いとすぐにその違和感を振り払う。二人は休まず走り続けて空洞に侵入し。

 そこに、銀の髪の少年が居た。

「え・・・?」
 桜は思わず立ち止まっていた。士郎もまた、桜の数歩前で足を止める。
 無表情に立ち尽くすその顔は、間違いなく衛宮士郎のそれだ。
 袖が破れて地肌が見えている左腕だけがやや浅黒い。顔から首にかけての肌は逆に白く、ところどころに奇妙な模様が刺青のように浮き出ている。
 シロウ。
 その少年が外の世界における衛宮士郎である事は間違いがない。ないが。
「桜・・・おまえの、サクラはどこだ?」
 士郎は10メートル程の間合いをとって周囲をうかがう。
 言うまでも無く、ここは大聖杯の構築されている最深部ではない。ちょうど柳洞寺の本堂が丸ごと入りそうな広い空洞ではあるが、それだけだ。壁まで障害物はなく、誰かが隠れられそうにも無い。
「もう一度聞く。サクラはどこだ」
「先輩・・・いえ、あなたの影に潜んでるんですか!?」
 桜の声に反応したのか、シロウはぎこちなく手をあげ、背後・・・最深部へと続く通路を指差した。
「大聖杯のところに居て・・・おまえは一人か」
 黒の贋作者は手をおろし、士郎と向き合う。
 問いに答えず無言で立ち尽くす姿からは、意志のようなものは感じとれない。だが、その視線は士郎に向けられ続けている。
「・・・停止解凍フリーズアウト
 士郎は一歩前に出て双刀を具現化した。
投影開始トレースオン
 途端、シロウもまた一歩踏み出し投影を開始する。色の違う両手に現れたのは同じく双刀。干将と莫耶だ。
「・・・先輩。ここはお任せできますか?」
 にらみ合う二人を前に、桜はしばしの逡巡を経てそう口にした。
「―――行くのか? 桜」
「はい。わたしも、先輩と同じ気持ちです。ここにあっちの先輩が居るっていうなら、どうしたってあっちのわたしを一発ひっぱたいてやらなくちゃ気がすみません」
 桜は足を進め、士郎の横に並んだ。
 守られたいという想いはあるし、弱気や事なかれな考えが無くなったわけではない。
 しかし、それでも意地がある。託されたものもある。この胸にしまい込んだ切札がある。収納スペースは十分だ。
「わかった。あいつは桜には手を出してこないだろうけど、気をつけてな」
「はい。先輩も・・・信じてます」
 士郎は敵から目を離し、きちんと向き直って頷いてみせる。桜も見つめ返して頷き。
「また後で・・・!」
「後でな」
 互いの拳をカツンと打ち合わせた。
「――――――」
 走りだした桜を目の端に、士郎はシロウに向き直る。
 予想通り、黒の贋作者は横を走りぬける少女に反応を示さない。
「・・・ここを守ること。桜を傷つけないこと。その二つを矛盾無く解決するならば、そういう事だよな」
 一歩間合いをつめる。
 シロウの双刀の剣先があがり、士郎の背筋にぴりっと緊張が走る。これまでに積んだ戦闘経験が、自分が既に危険域に居る事を警告しているのだ。
 桜の姿は、既に通路の先へ消えている。
 後はただ、全力をもって目の前の敵を−−−ただ、打ち倒すのみ。
 士郎は静かに息を吸い、吐き。
投影開始トレースオン・・・!」
 魔術回路を開きながら大きく地面を踏み切った。
「・・・・・・」
 無言で迎え撃つシロウへ軽い跳躍と共に右手の白刃を叩きつける。
 応じて繰り出されたのも同じく右手で振るわれた白の刃。二つの刃が打ち合わされガキンと重く痺れる感触が伝わる。
 着地と同時に左の黒い刃を繰り出し、間髪入れず右の刃を足元から頭上まで一文字に斬り上げる。
 だが、手ごたえが無い。
 シロウは連撃を軽く身を捻るだけで回避し、そのままくるりと回転しざま両の刃で横薙ぎに反撃を返してきた。
「っ・・・!」
 士郎は背後に飛びのいてそれを回避し空中で両手の刃を微妙に時間差をつけて投擲したが、それを読んでいたシロウは足を緩めることなく飛来した刃を自分の双刀で弾き飛ばし、着地を狙うべく迫る。
 しかし、相手の動きを読んでいるのはこちらも同じ事。
投影完了トレースアウト! 戻れ!」
 既に準備されていた双刀が士郎の手の中に現れる、先ほど背後へ弾き飛ばされた双刀が、それぞれの片割れへ・・・士郎の握る双刀目指して舞い戻った。
 彼に肉薄するシロウは弾かれたように戻ってくる刃の進路上だ。戻る刃とタイミングを合わせて士郎は双刀を叩き込む。
 だが、前後からの挟撃・・・重ね当てにシロウは表情も変えない。
「っ!?」
 ガキンという刃の噛み合う音と共に士郎の手に衝撃が走った。シロウは背後から迫る刃を無視して加速し、正面から斬り込んで来たのだ。同じ身体とは思えぬ重い一撃に、士郎の腕が押し戻される。
 頭ではわかっていた事実。
 同一人物でありながら、その変質した肉体は桁違いの性能を持つことをようやく士郎は体感した。
「――――――」
 押し負けて後傾した士郎に、シロウは一気にのしかかった。鍔迫り合いの形になったのも一瞬、押しつぶされるように士郎は地面へ倒される。
「ぐっ・・・!」
 岩肌に背中を強打した痛みに唸る士郎をよそに、一緒に倒れたシロウは双刀を捨てて地面に手を着いた。そのまま両手両足を使ってその場を飛びのき、ぐるりと回転して立ち上がる。
 追い討ちを警戒していた士郎はそのまま離れるシロウに一瞬だけいぶかしみ。
「うぉっ!?」
 そのまま慌てて横に転がり、身体を掠めて双刀がざくりざくりと地面に突き立った。
 シロウの攻撃ではない。さっき引き戻したものが、倒れた士郎の握る双刀に引き寄せられてきたのだ。
 ようは、思いっきり自爆である。
投影完了トレースアウト
 無機質な声を耳にして士郎は再度地面を転がる。瞬間、今度こそシロウの振り下ろした刃が岩肌を破砕した。
 更にもう一回転して間合いを離し、腹筋のバネで飛び起きる。
 目に入るのはシロウの背。ぐるりと横回転したモーションから、両の刃が横薙ぎに繰り出される。
「くっ・・・」
 起き上がったばかりの士郎はもう一度地を蹴って間合いを離し。
「――――――」
 瞬間、シロウは双刀の柄から手を離した。
 斬撃ではない。そのモーションに偽装した投擲である。
「この・・・!」
 だが、それは予想の範疇にある。それ故に受けでなく対処時間を稼げる後退を選んだのだ。
 士郎は身を捻って片方の刃を回避し、もう片方の刃に両手の刃を纏めて打ち付ける。
「行けッ・・・!」
 それは昼に見た戦いの再現。
 撃ち落としでも撃ち流しでもなく撃ち返し。狙い済ました一撃は飛来した干将の柄を正確に叩き、真っ直ぐシロウへと弾き返す。
「戻れ!」
 更に士郎は先ほど引き戻して地面に刺さった双刀の片割れをもう一度引き戻し、そこで満足せずに左の刃を投擲する。
「・・・投影完了トレースアウト
 両手に剣を補充したシロウの両目が忙しく動く。
 正面からは跳ね返ってきた刃。背後から引き戻された刃が一本。投擲されたもう一本が曲線を描き横合いから迫る。
 三方塞がり。ならばその先は予想できる。
「――――――」
 背後と正面の刃をサイドステップで回避し、曲線投擲された刃を右の刃で打ち落としつつシロウは左へと視線を投げる。
投影完了トレースアウト!」
 そこには、投げた刃を投影で補充した士郎が×字に斬り込む姿があった。
 三方を塞いで回避ルートを制限し、自分自身で決定的な一撃を叩き込む。
 単純だが、それだけに有効な手だ。
 最も、この場合視界が狭いと言わざるを得なかったが。
「・・・来い」
 低い声は引き戻しの命令。
 ここに来て、ようやく士郎は相手の双刀がどこにあるかを意識した。
 今握られているのは3度目の投影品。開戦時に所持していたものは士郎を押し倒した時に地面へと放り出されており。
「うぉっ・・・!」
 それは今、足元から跳ね上がり、士郎の足を斜めに切り上げるルートでシロウの手へ戻ろうとしている!
 舌打ちと共に士郎は身を捻り、上へと吹き飛ぶ双刀を回避した。被せるように斬り込んできたシロウの斬撃を受けると、衝撃に手がビリビリと痺れた。
 間髪を入れずに二撃目、三撃目と打ち込まれる。不安定な体勢では飛び退くこともできず、士郎はひたすら受けに専念せざるを得ない。
 延々と繰り返される連撃は力任せとさえ言える直線的な攻撃なので何とか防御できているが、重い衝撃に押され、士郎は思わず後ずさりながらそれを弾き続ける。
(・・・おかしい)
 だが、強烈だが単純な攻撃に疑念が沸く。
 今向かい合っている相手がアーチャーだったら、いかに身体能力で勝るからと言ってそれに任せた戦法を取るだろうか?
「!」
 脳裏を過ぎった情景に士郎は素早く上を向いた。そこには、先ほど引き戻しで地面から駆け上がった双刀が落下してきている!
(弾くか? 回避するか? あえて受けるか?)
 自問する。
 問題は、どれを選んだところで、狙って刃が落ちてくる場所へこちらを押し込んできたシロウがそれを見逃すわけがないという事だ。
 ならば。
「戻れ・・・!」
 斬撃を受け流しざま、先ほど投擲されて床に落ちた干将と莫耶を両方とも引き戻す。
 追い込まれてる事もあり戻ってくる軌道にうまくシロウを巻き込めないが、それでもこの場所へ飛んでくる刃を無視は出来まい。
「来い」
「っ・・・!」
 だが、シロウの無感情な声とと共に、また別の双刃が引き戻された。狙いはこちらと同じだ。士郎もまた、背後から迫る刃を無視は出来ない。
 士郎は瞬間だけ迷ってから攻撃を諦めた。
 前後上と三方向から迫る刃を全く気にせず打ち込んでくるシロウの斬撃を受け流さず正面から受け、その衝撃に逆らわず背後へと大きく跳躍する。
 無理な動きに足の筋がミシミシと軋むが精神力でそれを無視。多少の傷ならすぐに治る身体だ。肉体の警告である苦痛など、無視しても構わない。
 空中で身を翻せばシロウが引き戻した刃はすぐ傍だ。ギリギリでそれを打ち落とし、もろとももんどりうって地面に落ちる。またも岩肌に叩きつけられて痛みが走った。
 シロウは間合いをとった士郎を見据えたまま、真横に一歩移動した。背後から飛来した刃はその身体に掠ることすらなく通過した。
 士郎は前回倒れた時の自爆を繰り返さぬよう、立ち上がれぬまま左手の刃を消して戻ってきた刃を掴みとろうとし。
「――――――」
 瞬間、自分の横を通過した刃を、シロウは全力で叩き斬った。
「!?」
 鉄をも断ち斬る双刀の斬撃は、士郎の手へ戻ろうとする白い刃を三分割に切断する。
 それぞれの破片にビキリビキリとヒビが走って砕け散り―――しかしその動きが止まらない。
 大小の破片が、そのまま『引き戻し』されて士郎のもとへ殺到する!
「くそっ!」
 起き上がれない上に片方の刃を消してしまっていた士郎は残った刃と腕で顔と内臓だけを庇う。
 小さな破片が皮膚を裂き大きな破片が肉へ食い込む苦痛に呻き、それでも目だけは正面から離さない。
「――――――」
 それは正しかった。最後の破片が突き刺さると同時、踏み込んできたシロウの双刀が振り下ろされたのだ。
 空いていた左手を地面についてなんとか身を起こした士郎は右手の刃をなんとかその斬撃に合わせる。
 ガギンっと鈍い音と共に士郎の身体は吹き飛ばされた。再度地面に叩きつけられるがそのまま勢いを殺さずゴロゴロと転がりながら立ち上がる。
「・・・っ」
 骨折や腱の断裂といった動けなくなるような負傷が無い事を手早く確認して士郎は手元に眼を落とした。
 右手に握られた白の刃、莫耶にはその刀身の半ばまで届く深い溝が刻まれていた。先ほど受けた斬撃が断ち斬った痕だ。
 仮にこれを生身で受けていれば、腕であろうと首であろうと両断されていたであろう。
 士郎は無言で折れかけの莫耶を消した。
 相手の握る莫耶に、投影品としての精度で負けているつもりはない。
 少なくとも、一方的に打ち負けることなどあり得ない。
 つまり、この結果は剣の技量の差。筋力、瞬発力、耐久力。様々な身体能力の差。
 単純に・・・干将と莫耶の使い手として、士郎が劣っているというだけの話だ。
「当然と言えば・・・当然か」
 身体に突き刺さっていた破片達が構成を保てなくなったのか既に消滅し、魔力に還っているのを確認して士郎は呟いた。
 この双刀はアーチャーが唯一極めた武器だ。
 長い研鑽の後、これこそが己に最適と選ばれた武器である。
 その経験を憑依と講義である程度学んだ士郎と、左腕がアーチャーそのものであり、そこから経験を直接引き出して十全に使用できるシロウ。
 戦士としてのエミヤを再現するにおいて、これは決定的な差である。
 故に、士郎は理解した。

 自分はこの相手に勝てない。



13-11-12 VSサクラ(1) 絶対に許さない。絶対にだ

■円蔵山 聖杯洞 大聖杯の間

 つきました、と桜は思わず呟いた。
 長い通路を抜けた先、ようやくたどり着いた巨大空洞。これまで守護者が控えていた空洞もそれぞれが体育館ほどもあったが、ここはそれどころではない巨大さだ。学校そのものがすっぽりと入るだろう。
 視線を奥へと向ける。
 所々に浮かぶ魔力の光源に照らされてそびえ立つのは、ぼんやり光る巨大な石のモニュメント。 その内側に膨大な魔術回路を張り巡らせた、魔法を掴む為の魔術礼装。
 すなわち、大聖杯である。
 もっとも、この世界自体が外の、本物の大聖杯の中に構築されたものである以上ここにあるモノはただのオブジェ、機能を表す象徴でしか無いのだが。
 深呼吸を数度し、走り続けで乱れた息を整える。
 仮にも運動部の所属である桜はおっとりとした見た目のわりに運動慣れしているし、特に持久力には自信があって夜も安心だったりするのだが、ここからが本番なのだ。可能な限り万全で挑みたい。
 数度息を吸って吐き、呼吸のリズムが常のものに戻ったのを確認し、桜は左胸に手を当てる。
 我ながら気持ちのいい柔らかさではあるが、別に突発性の発情ではない。とくん、とくんと脈打つ心臓の様子を確認。調子は良好、問題なしだ。
 最後にもう一度深呼吸して、桜は奥へ足を進める。
 徐々に近づく大聖杯。
 そして、そのふもとには。
「・・・間桐、桜」
 自分のオリジナルが、大聖杯と繋がったマキリの聖杯が、佇んでいる。
 サクラは近づいてきた桜にのろのろと目を向け、軽く首をかしげた。
「何をしてるんですか? 人形だけでここに来ても何もできないのに」
 侮蔑するでもなく、本気で不思議そうな声。
 桜は10メートル程を残して足を止め、口の端を吊り上げて笑う。表情のモデルはもちろん某赤いあくまさんである。ご協力を感謝します。
「あなたを止める事ができます」
「・・・・・・」
 サクラの目に、不愉快そうな光が浮かぶ。
 耐える、という機能の無い彼女には挑発が実に有効だと桜は確認した。
「・・・わたしを止める権利なんて、誰にもありません。誰もがわたしに押し付けた。誰もわたしを助けてくれなかった。わたしが世界に復讐して何が悪いんですか?」
 吐き捨てるような声に、桜は息をつく。
「あいにくと、わたしも先輩もあなた達のコピーです。あなたが復讐とやらを始めた後に生まれたわたしたちは何もあなたに押し付けてませんし、どうやって助けろっていうんですか? 無茶振りはやめてください」
 あくま的表情のままバサッと髪をかきあげる姿にサクラの顔が歪んだ。一番壊したくて、一番心を重くする記憶が呼び起こされる。
「あなた―――」
「でも、まあその辺はわたしが言う事ではないですね。世界とか正義とかは姉さんや先輩にお任せします。わたしはそういう器じゃないですし、興味もありません」
 え? と虚を突かれたサクラが目を丸くする。
(―――完全に壊れてるってわけでもないんですね)
 心中で呟き、桜は表情を引き締めた。
「わたしが興味あるのは一つだけです。わたしが言いたいことは、一つだけです。わたしは、その為だけにあなたをぶちのめしに来たんですから」
「・・・・・・」
 サクラは表情を冷たいものに戻す。
 所詮目の前に居るコレは人形だ。
 自分の味わった痛みも屈辱も絶望も何一つ知らない、観賞用のマネキンに過ぎない。
 そんなモノが、何を言うというのか。この自分に。
「―――あなた」
 一度言葉を区切り、桜は拳を握る。
 本物だ。
 この苛立ちと怒りは、本物だ。
 身体も魂もコピーにすぎないとしても、この想いだけは、本物だと確信できる。
 なにしろ、これは自分だけの想いではない。平行世界にあまねく存在する、数々の桜たちの代理として、自分はこれを口にするのだから。

「あなた、なんで先輩が傍に居ないんですか?」

「・・・え?」
 意図がつかめず眉をひそめるサクラに、静かに告げる。
「先輩は、あなたを守ると約束したそうですね。正義の味方っていう憧れを、先輩を支えてきたものを捨てて、世界の全てを敵にしてもあなただけを守るって、そう約束したそうですね?」
 サクラは、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
「それがどうしたっていうんですか? だから、先輩に―――」
「傍に居るべきでしょう? こうやって、小さいながらも世界があなたを殴りに来てるんですから、最後はサクラとシロウが待ち構えているべきでしょう? あなたを背中に庇って、先輩がわたしを迎え撃つべきでしょう!?」
 真っ直ぐ指を突きつける。あたかも剣を振るうが如く。
「言ってあげましょうか! あなたは怯えているんです! 先輩を泥に突っ込んでしまったから! 言う事を聞いてくれてるのが先輩の意志なのかわからなく て! もしも、もしも先輩が変わってしまっていたらって! サクラを守るって言葉を後悔してるけど呪詛の強制で従わざるをえないだけなんじゃって思ってい るんでしょう!?」
「っ・・・ちが、う・・・!」
 切れ切れに反論らしきものを口にするサクラの言葉を、しかし桜は聞かない。
「だからわたしはあなたを許さない! わたしの、わたしたち桜の渇望を、他の何もいらないからこれだけが欲しいと願ったものを手に入れたのにそれを疑うあなたが憎い! 世界? 聖杯? それおいしいですか? わたしは―――」
 自分も、遠坂桜も。
 様々な道筋を辿った他の世界の桜たちも、それは自分には手に入らぬものだと諦めて―――
「間桐桜は、世界よりも先輩が欲しいと、そう思っているのに! いざ手に入れたら目に入らないところに隠すとか、許せません! その中途半端は、絶対に許さない! 絶対にです!」
「だ、黙りなさい・・・ッ!」
 そんなことは。
 そんなことは、わたしが一番わかっている!
 サクラは悲鳴のように叫んで腕を振り上げた。
Es befiehlt声は 遙かに―――Mein Atem私の檻は schliest alles世界を 縮る
……!」
 瞬間、影から吹き出たのは黒い泥。
 一瞬で津波のように押し寄せた呪詛の渦は、まだ何かを叫ぼうとした桜を一瞬で飲み込んだ。



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