13-12 聖杯戦争
13-12-1 VSギルガメッシュ(2) Judgement death not.


王気拳撃オーラパンチッ!」
 飛来した宝具の一本目を腕甲のパンチで殴ってそらし、うぉうと声をもらしながらギルガメッシュはのけぞった。瞬間、鎧をかすめて十本近くの宝具が飛び去っていく。
「ふん、無様な避け方だ」
 黒の英雄王はその姿を鼻で笑い、パチンと再度指を鳴らした。
 背後の空間に波紋のように歪みが生まれ、そこから再度宝具が姿を現す。先程より数が少し多い。13本だ。
「興がのった。何本まで避けられるのか見せてみよ」
 行け、というそっけのない指示と共に宝具の群れが襲いかかり、慌てて走り出したギルガメッシュの背後にガガガガガッ! と突き刺さる。
(ふん、遊んでいればよい。こんなものただの演出に過ぎん。強すぎるこの我が真剣に戦ってしまえばガッシ!ボカッ!敵は死んだ。バビローン(笑)となってしまうからな!)
 心の中で叫びながら宝具を回避し、黒英雄王に接近を試みる。
 パチンと指が鳴り、今度はすぐに宝具が射出された。本数は15。避けきれず脇の辺りの装甲を剣が抉り、ギルガメッシュは衝撃に軋む肋骨に耐えて声をあげる。
「よく当てた! 褒めてやるぞ!」
「よい。吠える事を許す」
 衝撃でたたらを踏みながらの叫びに、黒英雄王は肩をすくめてみせた。背後には既に宝具が並ぶ。数は20に近い。
 一方的な猛攻を避け続けられているのは、ギルガメッシュが自分ならどうするかを考えることで敵の思考を把握しているからであり、同時に現状が遊びにすぎないからである。
 何しろ圧倒的な戦力差がある今、黒英雄王は真剣になれていない。
 宝具の弾幕も一見苛烈に見えて、頑張れば避けられるような場所にしか撃っていないのだ。逃げ惑う姿が無様であれば処刑、そうでなければ続行という選定中なのだろう。
 宝具抜きで勝利しようというのなら、油断しきっているこのタイミングに接近して本気を出させる前に殺すしかないのだが・・・
「次はどうだ?」
「!」
 打ち鳴らされる指の音と共に、射出される宝具の速度が、軌道が鋭くなった。
 ギルガメッシュは必死にそれを避けながら軽く舌打ちする。
 どうやら、英雄王を僭称するこの道化は思ったよりも早くこの遊びに飽きつつあるようだ。
「ぬ・・・ううううっ!」
 接近どころかひたすら横移動と後退を重ねてぎりぎりで回避する事しかできない。
 何本もの宝具が鎧をかすめ、髪をいくらか千切れて舞わせながらギルガメッシュは叫びを放った。
「遊び心の欠如は余裕の欠如だぞ道化! 慢心せずして何が王か!」
「同感だが、思いついてしまったのでな」
 パチン、と黒英雄王の指が鳴る。
 空間の波紋は、これまでに無く大きい。本数にして100を越えるそれは、確実に仕留めに来ている布陣でギルガメッシュを取り囲む。
「・・・何を思いついたのだ? 道化」
 あくまで胸を張って問うギルガメッシュに、黒の英雄王はニヤリと笑って指を鳴らした。
 途端に降り注いだのは、近接戦特化型のサーヴァントでもなければ避けきれぬ密度で襲い掛かる宝具の雨!
 一つ二つと拳で撃ち落とし、身を反らしステップを踏み。しかし避けきれずに肩口に一撃が入った。装甲越しの衝撃に、ギルガメッシュは顔を歪めた。
「ぐ・・・この・・・! 飼い犬の手を噛むとはなんたる無礼だ宝具ども・・・!」
「なんだその獣姦は」
 一撃目の衝撃で足が止まれば、もはや避ける事など叶わない。ガンガンと音を立てて鎧に打ち付けられる宝具に、ギルガメッシュの身体は踊っているかのように翻弄される。
 一説には持ち主が勇気を失わない限り刃を通さないとも言われる神造の鎧は最強レベルの聖剣ですら容易には断ち切れない逸品だが、それが守る中身は受肉した身体だ。伝わった衝撃は確実に体力を削ぎ取っていき。
「それ、刈り取れ!」
「!?」
 顔面に迫った宝具を防ぐべく両腕で頭を庇った瞬間、踵に強い衝撃が走った。
 背後からの強烈な足払いにぐるんと一回転し、背中から石畳に倒れ込む。
 強打に肺から空気が押し出されて動きが止まる。倒れたまま見上げた空には一本の剣が浮いており。
「む・・・『原罪メロダック』・・・?」
 こちらに切っ先を向けるそれの名を呟くと、然りと黒英雄が頷いた。
「カリバーンやグラムの原典、『王を選定する剣』だ。これより、貴様の首へこやつを刺してやろうではないか」
「だが断る」
 ギルガメッシュのNo Thank Youを黒の英雄王は英雄的に無視した。
「なに、案ずるな。選定の剣なのだから、貴様が贋作でなく真正の王だというならばきっと抜くことができるとも! ははははははははははははは!」
 パチンと指が鳴らされ、倒れたままのギルガメッシュへとメロダックが動き出す。
「ぐぬ・・・この・・・!」
 これまで防いできたものとは文字通り格の違う魔剣に思わず呻く。咄嗟に喉を腕で庇うが、胴の厚い装甲ならともかく手甲でアレが防げるのか。
「防げんな。つまり、これで閉幕だ。天地に我はただ一人。王は二人、必要ない」
 あっさりと否定する黒英雄王の声。
 腕ごと喉を貫くべく迫る魔剣。
 ギルガメッシュが反射的に出来た事は、いつものように指を鳴らすこと。

 もはや、それしかなかった。


13-12-2 VSライダー(2) ライフライン使用 

■冬木市上空

 ライダーはぐるぐると回転していた。吹き飛ばされている、とも言える。
「っ・・・ぐっ・・・この、程度・・・っ!」
 オリジナルの騎乗するペガサスに競り負けたとはいえ、食らったのは相殺できなかった衝撃だけだ。直撃していたのなら、その場で消し飛んでいる。
 必死に手綱をたぐり、みるみる迫る地上への激突を回避すべくペガサスを操る。
 苦しげにいななき、ペガサスが翼を広げた。一時途切れていた魔力の放出が再開され、周囲に白い光が戻る。
 よし、とライダーは片手で手綱を引き、もう片手で鞭を入れた。
 ばさりと翼が羽ばたかれ、バランスを取り戻したペガサスの回転が止まる。だがまだ落下は止まらない。衝突の勢いもさることながら、片方の翼が中途で妙な方向をむいているのが大きい。
 バタバタと宙を蹴って踏みとどまろうとするペガサスを、ライダーはわが子を見守るような気分で見守る。いや、血を分けた存在なのは間違いないが。
「―――とどめです」
 落ち続ける一人と一頭に、上空から声が降ってきた。
 見上げれば、白い流星が一直線にこちらへ落ちてくる。
「っ・・・!」
 ライダーは手綱を強く握って口を開いた。
 治れ、動け、避けろ、進め、戻れ、昇れ。命ずるべき言葉がいくつも浮かび、視界の端で必死にバタバタと揺れる翼を目にし。
「が・・・『頑張って』!」
 結局、口をついたのは何の具体性もない応援の言葉だった。
 ライダーは我ながらどうなんだそれはと心の中で頭を抱え。
 しかし。
『アイ、マム』
 そんな声が聞こえそうな力強いいななきと共に、ペガサスは力強い羽ばたきと共に地表近くで踏みとどまった。
「っ! 上昇を・・・!」
 ライダーの声を合図にペガサスは宙を蹴って真上へと飛ぶ。
 数秒で最高速に達した白い流星は螺旋の軌道を描き、一直線に落下してくる流星を回避した。
 オリジナルの騎乗するペガサスはV字を描いて再上昇し、ライダーの後を追う。
 右へ左へと蛇行して背後のオリジナルを振り切ろうと試みるライダーの表情は、しかし僅かに笑みが浮かんでいた。
 思い出す。
 己の本分を。自分は、騎手のサーヴァントであると。
(つまり、私には―――この子と、マスターが居ます・・・!)
 自分自身との戦いなどという大層なテーマが飛び出したので一人で熱くなってしまったが、この戦いはチーム戦なのだ。
 向こうが無限供給を使っているように、こちらにも共に戦う人が居るではないか。
「お願いします。『加速してください』」
 手綱から片手を離し、鬣を撫でてそう命じる―――否、頼む。
 ヒン、と短いいななきと共にペガサスは羽ばたきを早めた。僅かにだが、背後のオリジナルとの差が開く。
 ちらりと距離を確認し、ライダーは意識を自分の中へ、魔術回路から繋がるパスの向こう側に向けて言葉を送る。

『聞こえますか?』

 数秒待ち、もう一度。

『聞こえますか?』
『え、これって念話? えと、もしもし?』

 おずおずと返って来た聞き慣れた声に、ライダーの頬が少し邪悪な角度で緩む。

『私です、私』
『え? ライダーよね?』
『そうそう、ライダーです。実は向こうのサーヴァントにペガサスぶつけちゃいまして、早急に令呪を振り込んで欲しいのですが』

 数秒の沈黙の後、桜はジト目のイメージと共に返事を返してきた。

『・・・私私詐欺ごっこはともかく・・・何をすればいいの?』
『それは・・・くッ!』

 いなないて警告するペガサスに、ライダーは通信に没頭しかけていた意識を引き戻す。
 ちらりと背後をうかがえば、一度は開いた距離がだいぶ詰まっている。
 僅かではあるが、基本性能で劣っている事を再確認。

『ライダー!?』
『こんな感じです・・・!』

 危機を感じとったのか心配そうな声で名を呼ばれ、ライダーはイメージをピピッと送信した。パスの向こうで桜がピッとそれを受信したのを確認して念話を切り、ペガサスの操作に専念する。
 詳細な説明は出来なかったが、きっと桜なら理解してくれる。
 ライダーはそう信じて手綱を引いた。
 白い流星は急上昇し、時を待つ。
 決着は、近い。



13-12-3 VSランサー(2) 狂戦士

■衛宮邸近く

 二人のサーヴァントは、時が止まったかのように動かない。
 黒のランサーが繰り出した魔槍は、必中の名に違わず正確にバーサーカーの心臓を貫いていた。
 一瞬おいてビシリという乾いた音を立てて槍の穂先から無数の針が飛び出し、心臓を細切れの肉片にまで解体する。
 目から光が消え、ごぼりと血を吐き出したバーサーカーに黒ランサーはニヤリと笑い。
「やったか?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」
 しかし呟きをかき消す様に、バーサーカーの口から咆哮が響き渡った。
 閉じかけた両眼は大きく見開いて赤い光を滾らせ、跳ね上がった左腕が黒ランサーの二の腕をがっしりと掴む。
「うぉおっ!?」
 確かに霊核である心臓を破壊した感触の残る腕を握られた黒ランサーの視界が、いきなり逆さまになった。
「■■■■■ッ!」
 バーサーカーが咆哮と共に黒ランサーの身体を吊り上げ、そのままコンクリートの地面に叩きつけたのだ。
「ぐがぁッ!」
 硬化の魔術の助けもあり、砕けたのはコンクリートの方であった。地面にめり込んだ身体は、間髪入れずにまた宙に放り出される。
 ドゴンッ、と音を立ててまた地面へ。三度、四度とバーサーカーは黒槍兵の身体を振り上げて、振り下ろすを繰り返し。
「■■■■■■■■■■■■■■ッ!」
 ぶんっと音を立てて空へと投げ上げた。
「この・・・野郎・・・!」
 動けなくなるようなダメージは避けたが全身に満遍なく打撃を受けて朦朧とする意識を繋ぎとめ、黒ランサーは唸る。
 投げ上げられ、ぐるぐる回る視界に映るのは地上で待ち受けるバーサーカー。全身に魔力を滾らせ、斧剣を構えている。
 黒ランサーの敏捷性はサーヴァント随一だ。暴風のように繰り出される斧剣も、駆け巡る彼を捉えるのは難しい。
 だが。
 神の如きそのスピードも、地面を足で蹴って発生させているものである事に変わりは無い。飛行や浮遊の魔術を使えるわけでもない。
 すなわち、空中にあり足場のない今、黒ランサーはバーサーカーの一撃を回避できない―――
「って思ってんじゃねえだろうなァ!?」
 しかし黒ランサーは凶悪な笑みと共にそれを否定する!
 魔力回路を起動。槍の穂先が複雑な図形を描き、一瞬置いて爆発する。
 眼下のバーサーカーがではない。落下する黒ランサーにとっての『背後』、つまり上空にだ。
「っらああああッ!」
「バーサーカー!?」
 黒ランサーの雄たけびとバーサーカーのマスターの声が交差する。
 槍兵は、振り上げられた斧剣を、『空中を蹴って』回避していたのだ。
 空気には、実体がある。
 触れられぬと思うのは、単純にその手ごたえが少ないからに過ぎない。実際にはパラシュートであったり強風であったり、その圧力に触れる事は多々ある。
 故に、これも容易いこと。
 ルーンが生み出した爆風を護りのルーンで防いで反発力を発生させただけの、単純な足場だ。
「その心臓、もう一度ぶち抜いてやる・・・!」
 着地と同時、黒ランサーの両腕に幾つもの文字が躍る。
 宝具を使うだけの時間は無い。回避した斧剣は、秒と立たずに次の一撃に連携するだろう。
 だが、既にこれは証明されているのだ。
 重く巨大な斧剣を空振りさせれば、槍兵は一撃を入れることが出来るのだと。
「――――――」
 バーサーカーの眼球が、無言のまま槍の穂先を追う。振り切った斧剣を引き戻す途中に出来ることはそれだけだ。
 クー・フーリンは卓越した戦士であり、同時に完成された魔術師でもある。
 そして―――2週間を共に過ごしたランサーが性格上頼ろうとしていなかったその魔術を、目の前の槍兵は躊躇無く使用する。
 勝利する為に。
 勝利し、次の敵と会い見え、更に激しい戦いを得る為に。
 微妙な優先度の違いこそが、この男へ与えられた世界全ての悪なのか。
 ルーンが輝く度に槍は鋭さを増し、両腕に力が宿り、空気すら道を開ける紫電の一刺しは無防備なバーサーカーの左胸に迫り。
 そしてぐしゃり、と。軽い音と共に背中から穂先が飛び出る。
 感触でわかる。
 突き込んだ槍は、確かにバーサーカーの心臓のど真ん中を刺し穿った。
「っ、と」
 槍兵は二度同じミスを犯さない。
 バーサーカーの動きが止まると共に地面を蹴り、槍を引き抜いて後退する。
 案の定、数秒して胸に空いた貫通創は消え、両目がこちらを捉えた。
「そういや、オレの槍がつけた傷は治らねぇ筈なんだがなぁ」
 ふと気付いて口にすると、斧剣を構えなおすバーサーカーの背後でそのマスターがふんと胸をそらす。
「その呪詛の効果は槍が失われるか対象が死ぬまででしょ。バーサーカーはちゃんと死んでから生き返ってるもの。無効よ」
「・・・あー、そうだったな」
 チッと舌打ちし、黒のランサーは肩をすくめる。
「12回まで自動起動する蘇生魔術レイズ、だっけか。うちのキャスターから聞いてるぜ」
 槍をぐるりと回し、穂先をバーサーカーへ。
「だが、拍子抜けじゃねぇか。もう二つ潰しちまったぜ? この分じゃ全力は出し切れそうにねぇなぁ・・・?」
 邪魔されないうちに済まして次行くか? と呟く黒ランサーに、バーサーカーは静かに告げた。
「ホウグ、ゲイボルク。オボエタ」
「あ?」
 眉をひそめる黒ランサーを無視し、斧剣を構える。
「ルーンニヨル、ランクホセイ。オボエタ」
 歩きだす。
 ゆっくりと進むその姿に、黒のランサーはぞくりと背筋が震えた。本能的な何かが、今までとは違うと彼に告げる。
「おしえてあげるね?」
 幼い子供の見た目に似合う、鈴の鳴るような声でバーサーカーのマスターはそんな事を言ってきた。
「・・・何をだよ」
「そっちのキャスターから聞いてない? バーサーカーは、一度受けた攻撃に耐性を付けちゃうのよ?」
 バーサーカーが迫る。
『刺し穿つ死棘の槍』と、ルーンで限界まで強化する事でAランクに達した槍の一撃。
 接近戦における切札二つを受けて蘇った狂戦士が。
「ツギハ、ドウスル?」
 ゆっくり振り上げられた斧剣。黒ランサーはチッと舌打ちして雰囲気に呑まれかけた自分を抑制。
 成程、確かにそのような事を聞いた覚えがある。しかし同時にこうとも聞いたのだ。
「同じ攻撃への耐性、だろう? 次は槍の穂先を凍らせでもしとくさ。その程度のアレンジでは駄目ってんならまた別の方法を試す。やり方はいくらでもあるぜ?」
「■■■■■■■■ッ!」
 振り下ろされた斧剣をサイドステップで回避し、黒ランサーは即座に槍を繰り出す。
 ただの攻撃は全て弾かれ、通用するように工夫した攻撃も二度目は効かない。
 そうだとしても、こちらが一方的に攻撃できるなら優位は揺るがない。思いつく限りの攻撃を試して、それでも駄目なら力押しで相手の加護を突き穿つまでだ。
 そう、思った瞬間だった。
「ソノウゴキハ、ミタ」
 振り下ろされた筈の斧剣は軌道を変え、その広い刀身を盾のようにして黒ランサーの一撃を防いでいた。
「っ・・・!?」
 ガキン、と腕に伝わる固い感触に思考をリセット。
 反撃として返って来た横薙ぎの一撃を潜って回避し反撃を―――
「■■■■■■■ッ!」
 できなかった。
 薙ぎ払う動きからそのまま体当たりをしかけてきたバーサーカーの腹に、中途半端な間合いで突き出された槍が弾かれる。
 ゴギリっ、と骨の軋む音と共に吹き飛ばされた黒ランサーは空中で姿勢を整え、空中にルーンを描く。
 背後に爆発が発生し、その爆風を足がかりに軌道を変え―――
「これも読んでやがるか!」
 本来の着地点ではなく、降り立ったその場所へと直行していたバーサーカーの斧剣が襲い掛かり、黒ランサーも槍の腹でそれを受ける。
「■■■■■■■■■■■ッ!」
 咆哮と共に繰り出される連撃を時に避け、時に受け流して隙をうかがい。だが。
「おいおい、さっきまでとは明らかに動きが違うじゃねぇか・・・!」
 斧剣は重く大雑把過ぎる武器だ。それは変わらない。
 振り回される速度はランサーの槍よりも遅いし、攻撃の軌道はどうしたって大振りだ。フェイントなどの小技を入れる余地も無い。
 だが、防がれる。
 繰り出した槍を先回りするように、最短の軌道で斧剣が阻む。そして少しでも動きが鈍れば容赦なくこちらの頭蓋へと振り下ろされる。
「読んでやがるのか!? オレの槍を・・・!」
 ルーンを全力で使用しての加速突撃を阻まれた黒ランサーはそう結論した。応じ、バーサーカーのマスターがくすくすと笑う。
「ええ、そうよ。狂化が解除されている今、バーサーカーの・・・ううん、ヘラクレスの本来の戦い方に戻ってるの。言ったでしょ? 同じ手は二度通用しないって。だって耐性だけでなく、見切ってしまうんだもの」
「そうきやがったか!」
 胴体を両断しそうな一撃をブリッジするようにのけぞって避け、黒ランサーはそのまま後方宙返りで間合いをとった。
 数メートルを隔てて斧剣を構えるバーサーカーの姿は、そこに岩山がそびえ立っているかのように重々しい。
「って事はだ。最初に二度死んだアレは、油断した所を叩こうってわけじゃなく・・・わざとくらいやがったのか」
「ええ、勿論。出し惜しみをしない人で助かっちゃった。後は投げる方の宝具を受けたらもうあなたに勝ち目はないわね?」
 くすくすと笑うマスターと無言でこちらの動きを見ているバーサーカーに、そうかいと黒ランサーは笑った。
 最初は小さく、次第に大きく。ついには額に手を当てて大笑いし始める。
「・・・ダイジョウブ?」
「はははは! おうよ。これまでにねぇくらい大丈夫だぜ」
 ひとしきり笑い、首をコキコキと鳴らす。
「なあ、バーサーカー。おまえの命、あと2個だよな?」
「サア?」
 突然の指摘にバーサーカーはまったく取り合わない。だが。
「マスターの方は、僅かだが身体に力が入ったな」
「!?」
 最初から、槍兵の見ていたのはマスターの方だけであった。動きとしては現れない程の僅かな筋肉の緊張。それすらも見逃さない眼力はさすがというべきか。
「適当に言っただけだったんだが、当たりか。ならまあ、話は手っ取り早いじゃねぇか。オレの槍は、本来投げるモンだ。当然、威力はそっちの方がでかい。そして、あンたの蘇生は、一度に二回死ぬだけの傷を受けたらその分回数が減る仕組みだ」
「・・・それも、そっちのキャスターが解析したの?」
「いや、昼におまえら11回くらい一度に殺したらしいじゃねぇか」
 イリヤは思わず自分の口を押さえた。確かに、剣技の『射殺す百頭』で一発撃破スレスレまで行っていた。
「つまりだ。こいつを投げればオレの勝ち。投げさせなければおまえらの勝ちって事になる・・・な!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!」
 言い終わるが早いか踏み切ろうとする黒ランサーに、それよりも早くバーサーカーが迫っていた。
「それと・・・ッ! もう一つッ! 言っとく事があんだよ・・・!」
 暴風のような連撃は、その実計算されつくされたコンビネーションである。
 黒ランサーの避け辛い箇所へ、受け辛い重さで、それで居て攻め辛い位置に身体をおきつつ斧剣が繰り出される。
 跳躍するどころか反撃すらままならない状態でジリジリと後退させられながら、槍兵はニヤリと笑った。
「隠し技を持ってるのは、そっちだけじゃねぇってな!」
「■■■■■■■■■■■ッ!」
 横薙ぎの一撃に槍兵は大きく仰け反る。
 バーサーカーは、必要以上に重心が後ろに偏っているのを見て取り、次の動作を背後へのバック転で間合いを取りにかかると判断。
 はたして、斧剣を回避した黒ランサーはそのままブリッジのような体勢になり、地面に手をついて身体を跳ね上げる。
 横振りの軌道を途中で変え、斧剣を頭上に振り上げていたバーサーカーは逃がさぬと大きく踏み込んで後退する槍兵を叩き斬ろうと―――
「!?」
 する直前、不意の危機感に地面を蹴って後退した。
 同時、突き上げられた槍の穂先が顎先を掠めてギギッと金属質の音を立てる。
「はは、おしいおしい」
 バック転を終えた黒ランサーは大きく踏み出して槍の柄を掴む。真下から真上へとその槍を撃ちあげたのは、槍兵の右足であった。
「■■■■■■■■!」
 バーサーカーはひるまず斧剣を振るう。だが、攻めきれない。
 連続して繰り出された突きを受け流し、飛びのこうとする予兆を見出し前進する。
 その流れ自体はこれまでと変わらない。だが、二人の中間に槍がある。黒ランサーは飛びのく際に槍を手放していたのだ。
 そして、空中でその末端に蹴りを入れ、捻じ込むようにバーサーカーへと突きを入れる。
 腕による突き、薙ぎ、叩きにくわえ、足による突きという一動作が加わったのだ。
「キヨウ・・・」
 バーサーカーの感嘆に、槍の柄をリフティングの要領で蹴り上げて持ち手の左右を入れ替えた槍の一撃が応える。
「調べりゃわかるけどな。オレの槍術には、足で槍を投げるってのが組み込まれてるんだぜ・・・っと!」
 槍兵の重心が低くなる。大跳躍の気配にバーサーカーは無理矢理距離を詰めて対応した。
 もうしばらく観察すれば足での槍使いをも見切れるようになるだろうが、今は力技しか対応策が無いのだ。
「おっといいのか? 一発入るぜ?」
 ランサーは、跳ばなかった。低く構えたのは、前へ出る為だ。
「うリゃああああアッ!」
 咆哮と共に繰り出された槍に、幾つものルーン。炎を中心とした構成に穂先が赤熱する。
「!」
 強引に前に出てしまったが故に回避できる状態ではない。バーサーカーは斧剣を盾にしようと穂先の動きを追うが。
「甘ぇッ!」
 間に合わない。槍は踏み出した足、その腿にずぶりと埋まっていた。
 刺さったのではない。超高熱が肌を、肉を融解させたのだ。
「■■■■■■■■ッ!」
 痛みは無視できる。咆哮と共に斧剣を振り回すが、黒ランサーは深追いせずにバックステップでそれを回避する。
 槍兵にしてみれば、追撃する必要が無いのだ。高熱による一撃は通じたが、所詮奇襲でしかない。耐性をつけられた次は効果がないだろう。
 しかし足を抉られたバーサーカーの敏捷性は確実に落ちた。
 絶え間ない連撃でこちらを押さえ込みにかかっているが、先ほどまでの均衡はもう作れない。
 バーサーカーもまた、それを認めざるを得なかい。
 自分がこの動きを見切り終わるよりも早く、黒ランサーはこちらを振り切り跳躍する。
 宝具、『突き穿つ死翔の槍ゲイボルク』を撃つ為に。
「結局、その武器がアダになっちまったな・・・!」
 黒ランサーは微量の無念を込めてそう叫んだ。
 軽量級のスピード自慢である自分を倒すにあたり、斧剣の頑丈さや重さは必要ではない。
 強力な幻想を秘めているわけでもないし、そもそも武器と呼べるかすら怪しい。所詮、剣の形に削っただけの岩だ。その性能は彼の槍とは雲泥の差がある。
 それでも、ヘラクレスがそれを使うエキスパートだというのなら構わなかったのだ。
 武器の選択は戦士の技量のうち。そんなものを使ってるお前が悪いと単純に誇れるが、他に無いからと使っている現状は、僅かだが引っかかるものがある。
 完全なコンディションのこいつと戦ってみたかった。
 槍兵はその無念を飲み込み、バーサーカーが繰り出す暴風の連撃の隙間を探す。
 あと1分と掛からずそれは見つかり、自分は勝利するだろう。

 故に。
 彼がその無念の誤りを思い知るまで、あと1分。



13-12-4 VSキャスター(2) 魔女たちの口撃

■新都中央公園

「ふふ、時間切れよ」
 黒キャスターは歌うように告げて礼装の杖を天へと掲げた。
 道を示され呪詛の固まりは、ォン・・・と唸りをあげて空へ放たれる。一瞬で見えなくなったそれを見送り、魔術師は水鏡に目を移す。
 映っているのは敵の構築した神殿。衛宮邸だ。
 先の一撃を体当たりで打ち消したキャスターは、墜落し屋根に叩きつけられたまま微動だにしない。
 数秒とたたず、魔力砲弾はあの場所に届くだろう。拡散弾にしておいたから、屋根に倒れているキャスターも効果範囲内だ。さて、何発で死ぬ事やら。
 含み笑いを漏らす。
 砲弾の本体はあくまでもこの地から抽出した呪詛だ。原理としてはこの時代の魔術師が使うガンドを大規模にしたようなものである。
 単純だということは、多くのメリットを生む。様々な付加効果を付ける余地があり、骸骨兵の召喚を維持する片手間に使え、そして魔力を消耗しない。
 水鏡の向こうが明るくなる。着弾までの秒数を口ずさみ・・・
『Ατλασ!』
 響いた声と共に魔術砲弾は重力場に押し流された。
「!?」
 黒魔女は目を大きく見開き、水鏡の映像を確認する。屋根の上には先ほどと変わらずローブ姿のキャスターが倒れていた。
「が、学習していないわね。その魔術は一度逸らしたところでもう一度誘導―――」
 しなかった。
 弾道をねじ曲げられた魔術砲弾は衛宮邸のすぐ傍まで迫っていた骸骨兵達の上空で拡散し、隣家を穴だらけにしながらその全てを駆逐したのだ。
「え・・・」
 呆然と見つめた水鏡に映るのは、粉々になった骨の欠片と無傷の衛宮邸。
 そしてその屋根の上に倒れていたキャスターのローブが、ぱさりと厚みを失った。
 中身が無い。ローブだけが。
『学習していないのはどっちよ』
 監視の魔術が伝えてくる声にびくりと黒キャスターの背が震える。
 耳に届いたのは、どこかで聞いた事があるような無いような、そんな幼いの声であった。
 慌てて水鏡の映像を衛宮邸遠景からズームアップする。まさかと思い大写しにしたのは屋敷の中庭である。
「く・・・」
 思わず声が漏れた。そこに、一人の幼女が立っている。
 目はこちらを・・・映像と音声を中継させる為に送り込んだ使い魔を真っ直ぐに見据え、左手には奇怪な造形の短剣を手にして。
破戒すべき全ての符ルールブレイカー!」
 黒魔女はそこで行われた事を理解してギリッと歯軋りする。
 キャスターは屋根へ落ちた時に、ローブだけを残して室内へすり抜けていたのだ。わざわざローブを中身があるように風の魔術で膨らませて。そして本人は家の中を通って中庭に移動し―――
『昼のどさくさで撃ち込んでいった誘導の呪刻、粉々に解呪したもん!』
 そう、精密誘導の為に設置しておいた呪刻を、契約破りの宝具で破戒したのだ。
 単純かつ威力があるという事に重点を置いた魔術砲弾に、一度逸らされても再誘導するほどの軌道修正能力がある筈もない。
 実際のところ、砲弾は撃ち上げられていたのではなく、円蔵山前や衛宮邸、新都教会などの重要拠点に設置して回った呪刻に引き寄せられていただけなのだ。足りないならば他から持ってくる。時代が変われど、魔術師にとっての基本は変わらない。
『わざわざこんな手の込んだ魔術を構築したのは、ここを攻撃するのに自前の生命力オドじゃなく自然の魔力マナを使いたかったから! 潤沢に魔力が溢れているその龍脈から離れたくなかったから! つまり、まだそっちのサクラの無限供給は回復してないからでしょ!』
 黒の魔女はぐっと言葉につまり、やがてふんと鼻を鳴らした。
「・・・ええ、その通りよお嬢ちゃん」
 使い魔を通してそう答える。幼女なのは見た目だけで相手の中身は自分と同じな筈だが、そのあたりは気にしない事にする。
「でも、それはそちらも同じなんじゃないかしら? 随分と苦しそうに見えるわよ?」
『・・・・・・』
 水鏡の向こうでキャスターが悔しげな顔になった。
 かなり減衰していたとはいえ、墜落の際にあのフィギュアセイバーで消した魔術砲弾の分はダメージを受けているのだ。傷付いた身体の修復にはかなりの魔力を要したことだろう。
 押し寄せる骸骨兵相手の立ち回りに、度重なる盾の魔術の行使。本来拠点に居るのなら端末たる肉体には常時魔力が充満している筈だが、それがない。
「ふふ、所詮その程度の霊地では神殿化してもたいした事は無いわねぇ。もう蓄えを使い果たしたの?」
 嘲る声に、キャスターは答えない。
 昨日までに溜め込んだ魔力はかなりの量である。そう簡単に尽きたりはしない。
 ―――それはつまり、そう簡単ではない量の魔力を既に使用したということだ。
『確かにもうストックはないけど・・・残りの魔力でも骸骨くらい何時間でも倒せるもん!』
 その強がりに、黒キャスターはにんまりと笑う。
「あら、そう? じゃあ骸骨どもだけじゃなく私もそちらに向かいましょうか」
『く、来ればいいもん・・・返り討ちにしてあげる・・・!』
 その口調はどうだろう。自分も取り入れるべきだろうかと検討しながら黒魔女は言い忘れていたかのように気楽に口を開く。
「あ、そうそう。さっき『その通り』って言ったの、覚えているかしら? 勘違いしてるといけないから言っておくわ。『その通り』なのはここの呪詛を使って砲撃していたのが魔力供給が途絶えている間の節約手段だっていう部分だけよ」
『え・・・?』
 キャスターの顔が驚き、理解を経て苦しげなものに変わる。
「わかったみたいね? そう、魔力供給はもう回復してるの。誘導の呪刻に気付くまではこのままでいいと思っていたけど・・・ふふ、手加減はもういらないみたいね?」
 黒の魔女は嗜虐に身を震わせながら水鏡の向こうへ喋り続ける。
「ほら、そろそろ追い払わないと骸骨どもがそこに取り付くわよ? バーサーカーは動けないし、残ってるのはアサシンのやつくらいでしょう? その程度で、どこまで防げるかしら? 私がつくまでせめて生きていてくれないとつまらないわねえ?」



13-12-5 VSアーチャー(2) 魔術講義。近代魔術学における呪文の重要性とその例外について

■聖杯洞第一空洞

 足元を濡らす血を踏みしめ、ランサーは魔槍を構えた。
 対峙するアーチャーが無言で両手を広げ、手の中に投影された干将と莫耶の柄を掴んで構える。
「あ、待った。一つ質問だ」
 次の手は何で来るかと推測を巡らすアーチャーに、ふとランサーは構えを解いた。
 何かのフェイクかと一瞬疑い、相手の性格上そういうだまし討ちはしてこないと判断。アーチャーは構えを崩さないまま問い返す。
「・・・なんだ」
「さっきから思ってたんだが、呪文はどうしたんだよおまえ。考えてみりゃオレ達のオリジナルが学校でやりあった時も無言でポンポン剣出しやがってたよな?」
 殺意を引っ込めてビシッと指差してくるランサーに、アーチャーはくだらん事をと肩をすくめる。
「呪文は魔術回路に望む効果を発動させる為のものにすぎない。たとえば、発火の呪文を発声する事で魔術回路は魔力を材料に火を作り出す回路となる。慣れればその設定を保持したまま魔力を複数回通して同じ効果を連射する事も可能だ」
 心臓に一定のスピードで鼓動を打たせるようなその無理を通す為に魔術師は呪文という音声情報で、ルーンという視覚情報で、霊液の揮発する香りで自己暗示を行い、身体構造を作りかえる。
「だが、私にとってそれは必須ではない」
 アーチャーと呼ばれる英霊の中で、カチリ、カチリと歯車が回る。
 心象世界と呼ばれるそこには、何もかもが死に絶えた赤の荒野と剣の墓標しかない。
「私の魔術は、固有結界の展開ただ一つだ。他の魔術のように見えるものは全て、それを無理に応用して似たような効果を導いているにすぎない。言ってみれば限定礼装のようなものだ。元より効果が一つしかないのだから、使い分ける為の呪文など必要は無い」
 エミヤシロウの魔術師としての位階は、最下層のそれだ。
 暗示をかけるべき自己が一度崩壊しているが故か、回路の操作に障害を抱えており、見習い魔術師が片手間に行うような魔術ですら望んだ効果を出力する事が出来ない。
 故にその魔術は一つだけ。
 操作せずともその形に焼きついている、固有結界という魔術だけなのだ。
 そしてそれを欠点とせず、武器としてひたすらに鍛え上げた結果が英霊エミヤ、錬鉄の英霊とよばれる存在である。
「一つしかない。故にその一つの扱いについて完全を自分に課したのだ。かつてこの国の侍が刀を握る事で己の身体を戦闘用に作り変えていたように、私は意志の力のみで回路を動かし、剣を鍛つ。呪文による補助など必要は無い」
 普段は休ませている回路を総動員する固有結界完全展開や、意図的に投影を歪める応用的な投影などの時はアーチャーも呪文を使用するが、武器において己の一と定めた干将と莫耶の投影など、呼吸と同様に行える。
 淡々と説明を終えて口を閉じたアーチャーに、ランサーは首を傾げて再度尋ねた。
「・・・そいつは、少年も同じなのか?」
「・・・あの未熟者がその域まで到達しているとは思えんが、鍛え続けていくれば、いずれ可能になるだろう。その前に殺すわけだが」
 肩をすくめて答える姿に、もう一つ。
「黒いほうもか?」
「・・・あのエミヤシロウは固有結界が使えたとしても『無限の剣製』は使えない。回答としては、無理だと答えるべきだろう」
 いい加減答えずに斬りかかろうかと考えていたアーチャーは、己の目的にも関わる問いにそれを思いとどまった。
「どういう意味だよ」
 首を傾げるランサーを見据え、数時間前にも見たあの少年を思い出す。
「言っただろう。エミヤシロウの魔術は、固有結界を展開することだけだ。『投影』と呼んでいるものはそれを小規模に行っているにすぎん。解析し、記録し、 イメージを焼き付け、魔力を材に具現化する。私の固有結界である『無限の剣製』が自動的に行うそれを呪文と手順で明意に行っているに過ぎん」
 自分にしろ、自分が殺そうとしているあの衛宮士郎にしろ、それは同じ。
 だが。
「黒い方の心象風景は、私と異なった何かだ。あの焼け果てた町と聖剣の鞘から始まった全てを捨て、アレは新たな何かを己の心鉄とした。肉体に備わった回路 は変わらず固有結界のものだが、具現化する心象風景が違う以上、出力される魔術は『無限の剣製』とは別のものになる、故に、その派生である投影も使えな い」
「待てよ。あっちの少年も剣とか盾とか出してたじゃねぇか。ありゃなんだよ」
 聞かれ、ふんと鼻を鳴らす。
「忘れたか? 奴の左腕は、私のものだ」
 正確に言えば、アーチャーのオリジナルから切り離された左腕である。
 長身のランサーやバーサーカーはこの身体になってもやはり長身なのに対し、自分だけやけに小さいのは腕一本分存在が足りないからだろうかとどうでもいい事を考えかけ、アーチャーは気を取り直して説明を続けた。
「英霊の身体は幻想の集合。人とは違い肉体の一片にまで経験、技術、記憶ですらも備わっている。深くつながれば、心象世界を引き出すことも可能だろう」
 その言葉が示唆する事実に、ランサーの目が期待に輝く。
「ってことはだ。場合によっちゃあの少年、二種類の固有結界を使ってくるのか?」
 全身から戦ってみたいという気配を漂わせる槍兵に、弓兵は意地の悪い笑みで答えた。
「あいにく、それは不可能だな。固有結界は、あくまで己の心象世界を展開する魔術だ。他人の心象世界を展開するのに成功したという例は聞かん。奴に可能な のは『無限の剣製』を秘めた私の腕からその一端・・・投影を引き出す程度だろう。それですらも己の回路と肉体そのものを蝕む危険極まりない行為だがな。お そらく、生身ならば10ともたん」
 それだけ英霊、サーヴァントという存在は強く、危険なものなのだ。
「・・・だが、あいつはアンリマユと融合して再生能力を持った」
「正確に言えば、欠損部分をアンリマユで補う術を持ったというべきだがな。ともあれ、自分のものでない回路に呼びかけねば投影出来ない以上、奴にはこれは出来ない。それは確かだ」
 アーチャーは一度双刀を消し、無言のままに再度それを投影してみせた。話は終わりだと改めてそれを構える弓兵に、ランサーは大きく頷く。
「そっか。よかった」
「・・・何がだ?」
 眉をひそめるアーチャーに、ニヤリと笑う。
「つまりだ。あの黒いのと違って・・・少年とおまえの世界は、今も同じだってことだろう?」
 答えは無い。
 だがその無表情は、肯定の意味である。
 故にランサーは槍を構え、覚悟を決めた。血がだいぶ抜けたおかげかいつになく冷静な頭が、いかに勝つかの道筋をつける。
 決着は見えた。自分は勝つ。確実に、間違いなく。
 ランサーは地を蹴り、軽い足取りでアーチャーへと槍を突き出した。


 あとは、勝った上で生き延びられるかどうかだけだ。


13-12-6 VSキャスター(3) ALL Handed Gunparade

 
■衛宮邸中庭

 上空に浮かぶ小さな水の塊―――敵の使い魔を見上げ、キャスターは萎えそうな足をなんとか立たせていた。
 そこから響く嘲笑に、反論ができない。
 魔力も体力も既に満足な量は残っておらず、どちらも万全の状態で現れるだろう自分のオリジナルを倒す方法も、骸骨どもを根絶する方法も思いつかない。
 そんな状況で、両方が一度に来る。どうしたらいいと言うのか。
『そうねぇ・・・?』
 虚勢と窮状を見ぬいたのだろう。使い魔から黒キャスターの声が響く。
『この私の魂で変質した器だというならば、それなりに使い道はあるかもしれないわ。その身体を差し出すというのなら、そこを滅ぼすのをやめてあげてもいいわよ?』
 嘘だ。
 キャスターは口には出さずにそれを否定する。
 確かにこの身体の使い道は多い。これ以上傷つけずに手に入れたいとは思っているだろう。
 だが、手に入れた後、口約束を守る意味がどこにあるのか。
 あいつの―――私の真名は、メディア。裏切りの魔女だというのに。
『転移はせず、魔術で飛んでそこへ行ってあげる。あまり時間は無いわよ? よく、考えなさい。ふふ、ふふふふふふ・・・』
 楽しげな嘲笑にキャスターは悔しげに唇を噛み。


「その答えはNOだよっ!」


 天に突き立てた人差し指と共に、力強い声が周囲の空気を塗り替えた。
「えぇっ!?」
 思わず漏れた声にビシィッ! と親指を立てて声の主は、イスカンダルは笑顔をみせる。
「考えるまでもないねっ! 降伏するならもっと余力が残っているうちにするべきだよっ! 足元見られてから停戦交渉しても、ふんだくられるだけっ!」
「予想外にシビアな理由だったもん!?」
 友情とか愛とかそういうのが来ると思っていたキャスターのつっこみを受け流し、イスカンダルはその小さな肩に手を載せる。
「・・・懐かしい状況だね。これは」
 記憶が、自分には無い筈の記憶が頭に浮かぶ。
 10年前。夜の戦場。
 力なくうなだれる魔術師の肩に手をのせ、姿を見せぬ敵の魔術師と対峙した記憶。
 そうだ。
 確かにその記憶は彼女の中にある。捏造され魂であろうと、宝具を使う為の生きた礼装などという存在であろうと・・・確かにこの身を形作る情報の中に、あの者と過ごした日々の記憶はあるのだ。
 故に、その記憶をなぞるようにイスカンダルは空を見上げる。
「ねえ魔術師さん。察するに、キミはボクの仲間より自分の方が優れてるとか思ってるんだろうけどねっ」
 ぽんぽんと細い肩を叩き、ニヤリと笑う。
 記憶の通り振舞っているのではない。
 感情の赴くままに何かをする度に、かつてこの地を駆け抜けた漢の記憶が蘇るのだ。ならばその記憶、その肩書きを略奪する事になんの躊躇いがあろうか。
「だとしたら、片腹痛いねっ。聖杯戦争という舞台に立っといて、やることは大量生産の使い魔で人形遊びってどんなフィギュア萌え族? 節約だなんだと理由をつけたところで、姿を晒す度胸さえない臆病者だよそれは。ボクたちの相手をするには役者不足も甚だしいねっ・・・!」
『なっ、こ、この・・・偽者ですらない残り滓如きが・・・!』
 黒キャスターの声が怒りで震えるのに底意地の悪い笑みを浮かべ、イスカンダルは二つの事を決めた。

 一つに、彼女の最も新しい朋友を、家族を辱めた敵を葬り去る事。

 そして―――もうじき旅立つ世界漫遊の行き先に、忘れず英国を加える事。

 コネはあるのだ。時計塔に居る筈のあいつに、会いに行こう。
 本物として振舞うか、生まれ変わりとでも称するか、はたまた娘だとでも名乗ってみようか。
「うん、どれにしても驚くよ、きっとっ」
 ショックで卒倒する表情を思い浮かべてイスカンダルは笑った。
 この身体には、かつての力は欠片ほどしか残っていない。怒りにまかせて怒鳴り散らしている敵の魔術師と比べてさえ勝負にならないような存在だ。
 だが。それがどうしたというのか。
 今、自分を見上げる少女が居る。
 大丈夫なのかと不安げではあるが、しかし逃げず、共に戦いに挑もうとしている朋友が。
 イスカンダルの顔に浮かぶ笑みは、次第にその印象を変えていた。
 少女のようなただ快活なものから、見るものを威圧し、しかし目を離せなくするそれに。
 今は結んでいないくすんだ黄色の髪をなびかせ、イスカンダルは悠然と腕を組んだ。

「―――真の征服と言うものを、見せてあげよう」

 鍛えぬいた身体がなくとも、神牛の引く戦車が無くとも構わない。
 本当に必要なものは今もここにある。

「我が宝具は絆―――」

 呟き、真っ直ぐに前を見据える。
 視線の届く範囲は街一つ。
 狭い世界だ。
 結界に区切られた、文字通りの「果て」がある世界だ。
 わかりやすくて良いとイスカンダルは歓喜に震える。
 今、目の前にあるのだ。
 踏み越えていい世界の果てが用意されているのだ。

「故に、我が覇道を阻むもの無し」

 ならば征服だ。征服しかあるまい。
 己が求める、仲間が求める、朋友が求めるその先へ、終末を迎えたこの世界を突破した先へ進むのだ。
 もはや自己への不信も躊躇も無い。
 この胸の高鳴りこそが唯一無二たる資格なれば。

「征服王イスカンダルが、この一声にて布告する―――!」

 迷い無くそう名乗り、ふと傍らを見る。幼女の姿のまま、キャスターは頷いてみせた。
 可能だ、と。
 凛やサクラのような生身の人間ではない。
 キャスター達、受肉した英霊とも違う。
 この少女は人の形をした礼装。征服王イスカンダルの宝具を再現する為に組まれた術式に形を与えた存在だ。
 所に、他に何ができなくともそれだけは出来る。
 不確かな魂、その心象風景の具現。
 かつて世界を駆けたオリジナルのそれとは異なるそれは、あの軍勢を呼ぶには至らないとしても。

「これがボクの―――『王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイ』っ!」

 大音声で告げられた言葉と共に、イスカンダルの髪が黄色から赤へと色を変えた。
 よく通るその声が響き渡るにつれ、周囲を霧が満たしていく。
 眼を凝らせば見える筈だ。そこかしこに立つ、その者たちが。

 三枝由紀香が居た。
 氷室鐘が居た。
 蒔寺楓が居た。
 美綴綾子が居た。
 クラスメートたちが居た。
 先輩が居た。
 後輩も居た。
 陸上部が居た。
 弓道部が居た。
 穂群原学園の生徒達が、残らずそこに居た。
 古着屋の店員が居た。
 八百屋や肉屋、商店街の人々がいた。
 ウォータースライダーの係員が居た。
 喫茶店のウェイトレスが居た。
 警察官が居た。
 藤村組の若い衆が居た。
 柳洞寺の修行僧が居た。
 ネコさんや店長―――
 この街に暮らし、この街を愛し、アンリ・マユの暴食に巻き込まれた全ての者が、今ここに居る。
 模造されたこの世界において、イスカンダルはどこにでも向かった。
 どんな場所へも向かい、どんな集団にも声をかけ、友誼を結んだ。
 征服とは、奪うのみに在らず。
 奪うと共に与え、新たな熱を共有する事に真髄がある。
 二度目の2月を過ごしたのは凛だけではない。
 何の咎もないままに英霊と魔術師の引き起こした馬鹿騒ぎに巻き込まれた人々がこの世全ての悪に飲み込まれて消滅するという、終末の2月15日。
 そんなものは一度でたくさんだと憤る人々。
 世界の終わり、世界の果てのこの日を越えて、明日という未踏の地へ向かいたいという願いを共通する、冬木市住民。数にして数十万。
 それこそが、イスカンダルの呼び出した軍勢であった。


■新都中央公園

「・・・それは冗談でやっているの?」
 黒キャスターは呆れ顔で呟いた。
 古代の魔術に通じ、現代に生きる魔術師とは比較にならぬほど神秘に慣れ親しんだ彼女の眼には使い魔を通していても何が起きているかは一目瞭然だ。
 固有結界の発動。
 効果は自分をアンテナに霊を召喚して魔力でそれを具現化するというもの。
 媒介や礼装なし、魔力の消費だけであれだけの規模の兵力を呼び出せるというは恐るべき能力だ。そこまでは理解できる。数には数を。理性的だ。
 しかし、呼び出すものがただの人間では意味が無いだろうに。
 黒のキャスターが使役している骸骨兵の群れも、雑霊を骨という媒介を経由して具現化したものであり、その点ではあの少女と変わりは無い。
 だが、雑霊は生前の知性をもたない事に意義がある。
 逆らいも間違いも恐れもせず、身体を動かすという知識のみを使って淡々と命令を遂行する手駒だからこそ、手足として使えるのだ。
 だが、あの固有結界は仕組みとしてサーヴァントの具現化プロセスと同等である。人格を含むあらゆる要素が魔力で再現されており、生前となんら変わりは無い。
 つまるところ、命令しても逆らうし、指示しても間違えるし、傷つく事を怖れる。しかもこんな危機感の無い時代の市民だ。戦闘に関わる技能だってもってないだろう。
「もったいないわねぇ・・・まあ、使い物になるように調整してやれば役には立つかもしれないけど」
 呆れはてた呟きをもらし、黒キャスターは背後に視線を向けた。
「しばらく休みます。何かが近づいてきたら教えてください」
 無言で頷くのは、葛木宗一郎だ。彼女の護衛として同行させていたのである。
 黒キャスターは目を閉じ、地脈を通じて接続した円蔵山の術式へのパスを強化した。
 魔力供給を増やして骸骨兵達の発生ペースを少し早めれば、すぐにあの一般人たちは死に絶えるだろう。
 自分が動くのはそれからでいい。恐怖に震えているだろう奴らを、労無く捕獲するとしよう。
 自分と同等の回路に、固有結界そのものは優秀な回路。
 どちらも不出来なのは魂だけ。礼装にする価値はあるのだから。
「・・・押しつぶしなさい」
 応える言葉の無い命令を呟き、黒キャスターは待つ。
 自分の敵が誰なのかを理解しないままに。
 

13-12-7 VSセイバー(2) 逆鱗

■聖杯洞第二空洞

 許せぬと。
 黒のセイバー、オルタは怒りに奥歯を軋ませた。
 王とは孤高でなければならない。
 全ての民を支配し、制御し、理想の形に動かす為の機関こそが王だ。
 その為に必要なのは、完全である事と意を曲げぬ事。
 どれだけ理不尽に思えても従わざるを得ない絶対的な遂行能力と、他者の利に耳を貸さず全体の利のみを追う独立性。即ち、孤高だ。
 故に許せぬ。
 果たすべき責を果たせぬという、己の無能を許してはならない。
 過ちは是正すべきだ。あるべきでない過去は塗りつぶすべきだ。
 彼を殺す。女たちも殺す。全ては無かった事になる。
 その為に必要な事はわかっている。
 それは、この戦争に足を踏み入れた時に願ったこと。
 主の手で再度この地へ戻ってきた時も望んだこと。
 すなわち、アルトリアを消し去る事こそが全ての解である。
 今のオルタはこの世全ての悪による侵食で得た殺意から己の人格を守る為に精神力を費やしており、直感が鈍っている。本来ありえぬ『読み負ける』という状況は、その為起こったのだ。
 ならば、こんな思考などいらぬ。
 バーサーカーの如く狂騒に猛るのではなく、ただ冷たく殺意を振るう刃になるべきだ。
 王は孤高でなければならない。


 ―――孤高でなくては、もはや耐えられない。


「っ・・・!?」
 こちらを見たオルタの目のあまりにも冷たい輝きに、セイバー・・・銀の鎧を纏ったセイバーは反射的に身を固くする。
「貴女は・・・」
 思わず口にした言葉に応えはない。
 どこまでも無機質で、どこまでも自動的な視線がこちらの動きを追尾している。
 断頭台の輝きだとセイバーは剣を握り直す。彼女の時代には無かった効率と慈悲を込めて滑り落ちるギロチンの刃。今のオルタから感じるのはそれだ。
「くっ・・・!」
 無言で地を蹴ったオルタの足が爆発的な魔力の噴射で地面を削った瞬間、セイバーは直感の警告に応えて剣を振るった。
 同時、音よりも早く間合いへと踏み込んで突き出されたオルタの一撃が刀身に激しい衝撃を弾けさせ、セイバーの肩を掠めて逸れる。
 超音速の踏み込みといえど、動く前から防がれれば傷を与える事はかなわない。
 両腕にかかる強烈な圧力に耐え、セイバーは神経を研ぎ澄ます。
「見えました・・・!」
 脳裏に浮かんだ直感は、膝蹴りからの柄打ちという体術連携。
 応じてセイバーは振り上げられる膝を打ち砕くべく逆に柄打ちをしかけ。
「雑だ」
 しかしオルタは上げかけた膝をすぐに落とし、その足を軸に身を翻した。
 読みを覆す動きを、しかしセイバーは一瞬早く感じ取っている。
 バックハンドで打ち込まれた横一文字の剣閃を仰け反って回避し、同時に下から上へ、一文字に剣を振り上げる。
 鼻先を相手の剣を掠らせる最小限の回避からのカウンターアタックを、しかしオルタはそれを知っていたかのような余裕のある動きで回避する。
 いや。ような、ではない。
「はぁああっ!」
「――――――」
 次の動きは同時。
 横に振り切られたオルタの剣、頭上に振り上げられたセイバーの剣、双方が魔力の噴射と共に逆向きへと動いたのである。
 力技の切り替えしで、再度縦振りと横振りの剣閃が交差する。
 キンッ、と固い音と共に不可視の剣と黒の聖剣が打ち合わされた。そのままガリガリと火花を散らしてせめぎあい、鍔競り合いの形になる。
(直感が、同等のレベルで働いているのか・・・!)
 セイバーは言葉に出さずそれを確信した。
 こうなってしまえば、もはやこのスキルは役に立たない。一瞬先を感じ取っての行動し、それを感じ取って行動し、それを更に感じ取って・・・と堂々巡りになってしまうのだ。
 そして、わかった事がもう一つ。
 魔力を噴射して押し合うセイバーの腕が、ゆっくりとだが確実に押し戻されている。
「―――軽い」
 オルタの低い声と共に、セイバーの腕が跳ね上がった。強烈な魔力噴射に、弾き飛ばされたのだ。
 魂に依存する魔術回路の本数は、セイバーもオルタも変わらない。
 宝具にしろ、魔力放出にしろ、出力に差は無い。
 しかし、肉体そのものに関しては、あの泥の影響で変質している。敏捷性においてセイバーが勝り、筋力においてはオルタが勝る。
「馬鹿な・・・!」
 驚愕するセイバーの無防備になった胴に三度目となる切り返しを経て横薙ぎの斬撃が迫る。直感が、胴を両断される未来を告げ。
「この程度で・・・!」
 故に、セイバーは地を蹴った。
 剣を弾かれて後ろに下がっていた重心を利用してそのまま背後へと―――
「しまった・・・!」
 逃げようとするそのわき腹に、鉄槌の一撃もかくやという衝撃が走る。
 二人の勝負において、直感を元にした行動は数手先まで読まねば使い物にならない。
 背後への飛び退きを感じ取ったオルタは、剣を振った際の踏み込み足を軸に、逆側の足を振り上げていたのだ。魔力の噴射で加速されたその蹴りは速く、そして重い。
「ぐぁっ・・・!」
 被弾よりわずかに早く身体を捻っていた為に直撃ではなかったが、ぎしりと背骨が軋み胃液がこみ上げる。呼吸が邪魔され視界が振動でぶれた。
「・・・・・・」
 オルタはヒットした右の足を地面を抉る勢いで降ろし、そこを起点に再度身体を捻った。振り切った剣を再度引き戻し、逆薙ぎでセイバーの胴を両断せんと叩き込む。
「ッ!」
 ジャッ、という金属の悲鳴。
 それはギリギリでのけぞった胸を掠めた黒の聖剣が鎧を断った音。
 わずかに皮膚を切り裂き通過した切っ先を確認することなくセイバーは両足に魔力を集中させて飛びずさる。
「逃がさない―――」
 その動きを感知していた黒い剣士は既に構えを変えていた。体のあちこちから魔力を噴出させて無理矢理に手足を動かし、突きのモーションで地面を蹴る。
 後退と前進では、特別な訓練でも積まない限り後者の方が速い。
 オルタは敏捷性で劣りながらも秒とかからず飛び退くセイバーに追いつき、魔力を噴出して剣を握る右腕を加速させた。
 狙いは一点。正面からの心臓破壊。
 反応速度、敏捷性、筋力、装甲強度。これまでの流れで全て把握している。感情を排した機械的な思考でオルタは結果を予想した。
 直感の感じ取る未来は刻一刻と変化しているだが、どれだけ読んでも不可能は不可能。
 この速度、タイミングでの一撃は直撃はできないが、これを回避して姿勢を崩せば、その後の追撃は回避しきれない。
 そして、その一撃で数秒を稼げれば、オルタは宝具を撃てるのだ。
 無表情に迫るオルタを前に、漆黒の切っ先に串刺しにされる未来を感知しながらセイバーは―――笑った。
「逃げる? まさか」
 声と共にセイバーの背後で地面が吹き飛ぶ。杭を打ち込むように脚甲の踵で地面を穿って制動をかけ、もう一度魔力を噴出させて前に出る。
 ギギギッ、と黒の切っ先がセイバーの鎧を掠めて逸れた。
「――――――」
 オルタは表情一つ変えず腕に魔力を注ぎ込む。
 全て、想定の内だ。このまま突きを横薙ぎに変化させて追撃すればそこで詰み。
 既に証明された通り、セイバーは、オルタの刃よりも早く動くことは出来ない。


 ―――本当に?

「っ・・・!」
 刹那、オルタは脳裏に浮かんだその方法に声を漏らした。
 アルトリアという英霊の身体能力は、その大半が魔力を噴射する事による強化の産物だ。 そして・・・彼女の魔力は普段、その大部分が鎧を具現化することにつぎ込まれている。

 ならば。それを行わなければ。

装甲解除アーマーパージッ!」
 鋭い声と共に体から吹き飛んだ銀の装甲が魔力に戻って宙に消える。余剰出力を全て脚力強化に充て、セイバーは一気に加速した。
「!」
 もはや音速超過すら遅いと断じれる超高速の踏み込みで青い閃光がオルタの視界から消える。
 直感が警告。まだ振り切ってすらいない剣を引き戻す隙さえ与えず、セイバーは背後に回りこんでいた。
「叩き斬る・・・ッ!」
 力強い声と共に、縦一文字の唐竹割がオルタの頭へと振り下ろされた。
「――――――」
 オルタは回避する時間が無い事を悟る。敏捷力において、彼女はセイバーに劣るのだ。
 振り返ることのできぬ黒騎士の後頭部へと聖剣は容赦なく振り下ろされ。
「!?」
 しかし、響いたのはガギンっという金属音であった。咄嗟にオルタは首を傾け、セイバーの一撃を肩へと逸らしたのだ。
 爆発的に噴出す魔力に後押しされた斬撃は漆黒の装甲を断ち皮膚を裂き骨を断ち・・・しかしそこまでだ。
 透明な刃は、風に血を孕んでぼんやりと赤く浮かび上がりながら静止している。肩に埋まれど、心臓には届いていない。
「こ、これは・・・!」
「逆鱗に触れたな?」
 動揺の叫びに平坦な声が応えた。同時、バキリ、ベキリと音を立ててセイバーの剣がオルタの肩骨を砕く。
 セイバーの手によるものではない。剣が食い込んだまま、オルタが力任せに振り向いた事でだ。
「っ!」
 直感。セイバーは剣の柄を離して飛び退いていた。同時、砕かれたのとは逆の腕でオルタの剣が振るわれる。

「―――使用できる魔力に、差がある」

 一瞬おいて、着地に失敗したセイバーがどさりと地面に叩きつけられた。鎧の胴に開いた横一文字の大きな亀裂から一瞬置いて血が噴き出す。
 数メートル先で倒れたその体から血だまりが広がるのを無感情に眺め、オルタは鎧と肉と骨がシェイクされた肩から不可視の剣、その柄を掴んで引き抜き、一瞥してから投げ捨てた。

「肉体の耐久力そのものにもだ」

 呟くオルタの肩が、めきり、めきりと音を立てて再生する。
 聖杯の泥に汚染されたその肉体は、生前持っていた龍種としての再生力と比較してすら異形とよべる回復力を手に入れていた。
 そして、それを後押しするのが聖杯から供給される無尽蔵の魔力である。
 能力値は一長一短。だがオルタが自分の人格を押し殺し直感の精度を戻した今、本来持たない筈の能力が二人の勝敗を決しつつあった。
 そう。
 今のオルタは機械の精度で状況を判断する。
 だから、違和感の正体に気付かなかった。
 本来のアルトリアなら、気付けたはずの違和感に。


 本来持たない筈の武器を携えているのは、オルタだけではない。


13-12-8 VSシロウ(2) 錬鉄の魔術使い

■聖杯洞 第四空洞前通路

 勝てない。
 士郎はそう結論を出した。
 今の自分では、あのシロウには勝てない。
  、絶対に勝てない。
 対峙するシロウの手には干将と莫耶がある。
 衛宮士郎が最も巧く操る事ができる武器。剣士として、最も得意とする武器である。
 故に。
投影開始トレースオン
 魔術回路を開き、士郎は徒手のまま走り出した。
 脳内で組み上げる構成は干将でも莫耶でもない。一本ですらない。
「―――工程完了ロールアウト全投影待機バレット・クリア
 脳を軋ませて組み上げたのは、全十六本の連続投影。
投影連続層射ソードバレルオープン!」
「・・・・・・」
 1秒に4本のペースで次々打ち出される同型の長剣を前に、シロウは機械的に対処を開始した。
 最初に飛んできた剣を打ち払って次の剣に当て、そちらの軌道もまとめてずらす。続いて飛んできた次の剣を身を捻って回避し、両手の剣を同時に振るってその次の剣を粉砕する。
 まばたきするうちに破壊されていく投影剣たちに、しかし士郎は全く構わなかった。
 計14本目の剣弾を撃ち出した士郎は、大きく踏み込むと同時に身体を捻って横振りの斬撃モーションを始める。
凍結解除フリーズアウト
 射出せずに待機させていた投影をぐるりと背を向けたところで手の中に具現化。秒とたたずに現れたのは、先ほどまで撃ち出していた長剣ではない。岩塊を削り出した無骨で巨大な刀身。バーサーカーの斧剣だ。
「!」
 12本目を砕いたシロウは、足を止めて迎撃している間に斧剣の広い間合いの中に捉えられていた事を理解した。即座に左腕から経験を吸出し、行動を修正する。
 こちらに迫る最後の2本をあえて無視して斧剣を迎撃。右肩と左の脇腹を飛来した刃が大きく切り裂くが、即座に傷口から黒い泥が染み出してそれを埋める。
「この・・・っ!」
 ほぼ同時、声と共に打ち込まれた斧剣がシロウの干将と莫耶と激突した。
 両手に重い衝撃が走った。両足を地面にめり込ませるようにして踏ん張り、押し返す。バキッ、という鈍い音と共に、斧剣にヒビが広がった。
 相手は選択を間違えたとシロウは判断する。
 大量投影で足を止めて相手の装備武器の間合いより外から攻撃という戦術自体は悪くない。
 だが、肝心の本命が大雑把で金属素材ですら無い斧剣なのが間違いだ。こちらの間合いに踏み込まないというのなら、まずはその間合いを作り出す武器そのものを破壊すればよい。
 シロウは一気に双刀を振り抜く。均衡も一瞬、斧剣の刀身は粉々に砕け散った。
 士郎の、想定通りに。
投影重層トレースフラクタル
 呪文と共に士郎は地面を蹴って背後へと飛びのく。視線の先には、剣を振り切った姿勢のシロウ。そしてその周囲に飛び散る斧剣の破片。
「!?」
 腕が引き出した経験と食い違う展開に、シロウの動きが鈍る。
 当然だ。
 この手はさっきやられた事のアレンジである。自分自身と戦うという、未だアーチャーの得ていない経験を元にした手段への対応策は、その左腕に蓄積されていない!

「―――I am the bone of my sword我が骨子は、捩れ、狂う

 みしりと音を立てて空中の破片が捩れ、一瞬置いて爆発した。全身に熱と衝撃が叩きつけられ、シロウは皮膚を焦げさせながらよろめき、後ずさる。
凍結解除フリーズアウト
 声に顔をあげる。爆発の及ばない範囲まで後退していた士郎の手に短剣が投影されていた。ハサンの使用するダークだ。
投影重層トレースフラクタル
 続けて士郎の口から発せられた呪文を聞き、シロウは近づくのをやめて右手の干将を振りかぶった。
 ダークは投擲用の武器であり、そして士郎はそれを起爆する事ができる。
 回避すれば、背後で爆発させるだろう。剣で弾けばインパクトの瞬間に爆発するかもしれない。避けも受けも出来ぬのならば、最良の選択は近づけさせない事だ。
「・・・投影開始トレースオン
 シロウは士郎がダークを投げる前にと即座に干将を投擲し、同時に次剣を装填する。
 これを避けて動きが止まれば、一気に間合いをつめて爆発させたら士郎本人も巻き込まれるようにする。
 避けつつ投擲もしてきたら、左の莫耶を投擲して空中でそれを撃ち落す。万が一、投擲せずにダークで斬りかかってくるならば、そのまま迎えうてばいい。
 そして士郎は飛来した干将を避け―――その手の中で、ダークはぐにゃりと変形して一本の矢に再投影された。
投影完了トレースアウト!」
 莫耶の投擲体勢に入っていたシロウの視線を受け、士郎は左手に弓を投影した。右手の矢をつがえ、一瞬の遅滞もなく引き絞り―――放つ。
「・・・っ!」
 胸を穿つ衝撃にシロウの喉から空気がもれた。
 使い手たるハサンの技術もろとも投影されたダークの投擲は銃弾のように鋭い。しかしそれを変形させて作られた弓矢は、元よりそれと同等の速度と精度を持ち・・・そして短剣の形状よりも細く、防ぎ難い。
 万全ならばそれすら防げるであろうエミヤの経験を得ていても、読み違えれば、防げるようなものではなく。

I am the bone of my sword我が骨子は、捩れ、狂うッ!」

 そして今度こそ士郎の口から起爆の呪文が放たれた。
 カッ! と閃光がシロウの眼を焼く。胸を中心に大きく肉が吹き飛び、肋骨が砕ける。
 宝具ですらないダークをさらに投影で歪めた矢では起爆できる魔力もたかがしれていたが、それでもまだサーヴァントではなく人間である身体を傷つけるには充分な威力であった。
 胸元を大きく抉り骨まで露出したその傷も内側から染み出した黒い泥がみるみるうちに修復していくが、痛みは感じていなくとも筋肉が消し飛んでいては、そこに繋がる両の腕は動かない。
投影完了トレースアウト・・・!」
 士郎は機を逃さず飛び出した。
 干将と莫耶を手の中に装填し、肉薄したシロウの首筋目掛けてそれを突き出し。

「―――『偽り写し示す万象ヴェルグアヴェスター』」

 そして突如胸の中央に発生した激痛に、もんどりうって倒れた。
 傷は無い。だがその痛みも喪失感も本物と寸分違わぬ複製である。同一であるなら、その真贋をつける意味は無い。
 ぐずぐずと音をたててシロウの傷が泥に塗りつぶされる。数秒もあれば、また動けるようになる。それを理解しながら士郎は激痛に地に伏せ、双刀を取り落とし。
投影トレース・・・完了アウト・・・ッ!」
 頭の中を塗り潰す燃えたぎるような痛みに抵抗し、投影魔術を行使した。
 手の中に現れたのはギルガメッシュの所持する原典の一つ。使い捨ての雷撃杵だ。
 痛みを堪えながらの投影で構成の甘いそれを、勢いにまかせて自分の腿に突き立てる。
「ぐあああああっ!」
 途端電撃が炸裂した。不完全な投影故に威力は見る影もなく小さい。本来は黒焦げになっている筈の身体はあちこちに火傷を作りながらも無事であった。
 そして、本人の意思に関わらず、電撃は筋肉を収縮させる。士郎の身体は人形のように不自然な動きで跳ね上がり、立ち上がった。
 シロウの眼がこちらを見ている。
 複写された痛みと肉体を傷つけた真の痛みが混じりあう激痛を代償にしてまで、何故このタイミングで立つ必要があるのかと観察してきている。
 士郎は、ここぞという所でコレが使われるであろうことを想定していた。
 自分にシロウに追いつき、凌駕できるだけの力があるのだとすれば、昼の戦いでバゼットに、アーチャーに使われたこの技を、自分に対して使ってこない筈は無いのだ。
 そして、情報があれば対策はとれる。バゼットがそれを教えてくれた。
 傷の痛みを相手に複写する。
 単純かつ、使いどころの難しい技だ。真名の開放を伴うという事は死んでしまっては使えないのだろうし、かといって小さな傷を転写しても無意味だ。
 その点で、強力な回復能力をもち痛覚の無いシロウなら死ぬギリギリの傷を負うのはたやすく、その効果を最大限に発揮できる―――ように見える。
 見えるだけだとバゼットは言った。
 自分が使用された時、シロウの傷が治ると共に痛みが消えた。
 痛みの複写は、使用者が傷ついている間だけ有効であり、その傷が治れば治癒という状態も複写され、痛みは消える。
 つまり、自動的に傷が治るシロウが使ったところで、痛みの複写は一瞬でしかない。無理矢理にでも戦闘を継続してしまえば、すぐに痛みは消えるのだ。
投影トレースッ!開始オン!」
 故に士郎は立った。
 バゼットの予想通りみるみるうちに消えていく痛みの中で投影を行い、剣を掴む。
 理念鑑定―――OVER
 骨子想定―――OVER
 材質複製―――OVER
 技術模倣―――OVER
 経験共感―――OVER
 年月再現―――OVER
「―――投影完了トレースアウト!」
 遅滞はない。無駄もない。省ける部分は全て省き、その手順には一つたりとも失敗はなかった。完成された、最速の投影魔術の行使だと士郎は自負する。
 即座にそれは証明された。士郎の手に干将が握られ、しかしシロウはいまだ投影を完了出来ていない。士郎はそのまま刃を振り下ろし。
「な―――」
 しかし、士郎の口から思わず動揺の声が漏れた。
 全力で叩き込んだ一撃は、シロウが投影を完了するよりも早く届いた筈だ。
 だが、今。シロウの右手には剣が握られており、その峰が士郎の刃を受け止めている。
 呪文もなく、構成を編む猶予も無く―――なにより、魔術特有の魔力の放出無しで、だ。
 現れたのは異様な曲線と幾何学的な模様に彩られた、牙をイメージさせる短剣。
 見覚えが無い刃だ。だがその出現プロセスは幾度と無く目にしている。意思のみで現れるそれは、英霊が己の装備を手に取るのと同一であった。
 ぞくり、と士郎の背筋が凍える。
 シロウに力を与えているのがアーチャーの腕だけではなく、黒い心臓もまたそうであるというのならば、自分は英霊二人分の能力を相手に―――
   
「・・・左歯噛咬タルウィ
 思考を遮ったシロウの声と共にギリッ、と鋼が軋む。それは、異形の短剣の峰に設けられた切れ込みと牙が士郎の干将に食い込み、罅を入れた音だ。
「くっ・・・」
 折れるかもしれない。
 そう思ってしまえば、幻想は容易く折れる。
(まずい・・・!)
 均衡は一瞬、干将は音すらなくその刀身を砕かれ、魔力へと戻った。
 残るは、無防備な身体を晒す士郎と。
「―――ただ一人を救いたいと願った衛宮士郎は死に」
 短剣と同じ幾何学的な模様の浮かんだ右腕で握った爪刀をそのままにエミヤの左腕が双刀の片割れを掴み。
「理想に縋る衛宮士郎もここで消える」
 平坦な声と共に振るわれた莫耶が、干将を再投影するよりも早く士郎の腹を薙いだ。
「ぐ・・・ッ!」
 脂肪層を裂き筋肉を断ったそれは、反射的に飛び退こうと試みた事が功を奏し骨にまでは至っていない。内臓も無事だ。
 だが。
「全てが、無駄だ」
 間髪いれず放たれた蹴りが、その傷口を大きく抉り広げる。
 士郎は為す術も無く吹き飛び、無様に地を転がった。
「かっ・・・」
 数メートルを経てようやく止まり空気の塊を吐き出した途端、傷口から溢れた血で地面がどす黒く染まる。
 うつ伏せに倒れた士郎は内臓そのものが吐き出されるかという強烈な嘔吐感を飲み下して何とか視線だけを敵へ向けた。
 体は、指一本も動かない。



13-12-9 VSサクラ(2) 装い、新たに

■聖杯洞 大聖杯前

 サクラは、一瞬で周囲を埋め尽くした黒い泥土を見渡して一人くすくすと笑っていた。
「ふふ、あのあたりに何か威勢よく叫んでた人が居た筈なんですけど、静かになっちゃいましたね。ああ、ひょっとしてもう少し右だったかしら」
 少しでも触れれば魔力と生命力を吸い尽くされる呪詛の海を前にサクラはただただ笑い続け。

「―――何かおもしろいことでもありましたか?」

 唐突に響いたその声に愕然とした。
「な・・・」
「あ、その驚き方、雑魚っぽくていいですね」
 再び響いた声と共に泥の一部がぼこりと盛り上がった。
 一瞬置いて粉々に砕けた呪詛の中から現れたのは、腕組みなどして不敵に笑う間桐桜の姿であった。
「何故!? アンリ・マユに触れたのに無事なんてこと・・・!」
 サクラは呆然と叫び、く、と息を吸う。
「その、その服・・・」
 視線の先にあるのは、桜がぼろぼろに溶け崩れたダッフルコートの下に着ていたもの。
 ―――漆黒のシャツ。短いスカートとその下のニーソックスも全て黒。全体に凛を思わすその衣装の質感は、サクラ自身が纏っている黒衣のそれと酷似していた。
「見ればわかりますよね? アンリ・マユです。全てを吸収する呪詛といっても、共食いはしません。さいしょから同じ呪詛で身体を覆ってしまえば頭から被っても平気です」
 桜は心底馬鹿にした顔を作って肩をすくめた。
「驚くことないでしょう? あなたが着ているそれの模倣ですよ? 遠坂桜さん作なんで別にわたしが自慢するようなことでもないですけど」
『あのびっくり顔、結構笑えるね。まゆ!』
『くすくす・・・本当のことを言っちゃったらかわいそかわいそですよ、あんりちゃん?』
 服から聞こえる二種の少女の声にサクラは後ずさった。
「な・・・何ですか、それ・・・」
「だから、アンリ・マユです。わたしたちはあんりちゃんとまゆちゃんって呼んでます。正確にはあんり・まゆドレスフォームってところですね」
 さてと一息おき、桜はびしっとサクラに指を突きつける。
「どうです? アンリ・マユを含めた全てのサーヴァントが無効化され、先輩はあなたの弱さが遠ざけました。何が残ってるんですか? 我慢するのを止めて何もかもを手に入れてしまおうとジタバタしてたあなたに今、何ができるんですか?」
「・・・人形・・・人形のくせに・・・!」
 憤怒の表情で魔術回路を開くサクラを見据え、桜は自分の髪に手を伸ばしてリボンを解いた。
(今だけ―――)
 じっとりと汗で濡れる手のひらを気付かれぬように拭い、髪をポニーテールに結いなおす。
                
(せめて半分・・・姉さんと彼女の心のつよさを、わたしに―――)

 震える膝もすくむ心も押し隠し、桜は前を見据えて胸を張った。
 いい女になる為に。憧れの女性ひとと並び、胸を張って生きていく為に。
 まずは、世界全ての悪を張り飛ばすのだ。

「さあ、どこからでもかかってきたらどうですか!? へぼ魔術師ッ!」



13-12-10 VSキャスター(4) マケドニアン・ファランクス

■新都中央公園

「・・・そろそろかしらねえ」
 しばしの休憩を終え、黒キャスターは目を開けた。
 気だるげに息をつき、少し離れたところに浮いていた水球を片手で払う。
 数十センチの粘性がある水の固まりは周囲に飛び散り、それぞれが10センチほどの大きさの水球となって魔女の周囲に浮かんだ。
 そこに映るのは、この街の各所に配置された使い魔から送られてくる周囲の状況だ。
 首を回し、既に敵の神殿にとりついている筈の骸骨兵達の進軍状況を黒キャスターは眺め渡す。


■十数分前 深山町住宅街

 無言でのっしのっしと歩み来る骸骨兵に、誰かがゴクリと唾を飲み込む音がした。
 サーヴァントとして召喚されるにあたり、魔術や神秘の存在を知識として刷り込まれて具現化したとはいえ、実際に怪異に立ち向かうのは初めてだ。
 与えられた指示も頭から抜けて立ち尽くす彼らの元へ骸骨達はにじり寄り―――
「う、うわあああああああっ!」
 誰かがやけくそ気味に突き出した物干し竿にごつんと頭をつかれ、衝撃で数歩よろめいた。
 別にダメージを受けたわけではない。
 骨の体はバランスがよくないので少し進軍が滞ったというだけで、すぐに歩幅を大きくして他の骸骨たちと並ぶことができる筈だった。
 だが、それでも彼らの手で―――道幅いっぱい、びっしり並んだ穂群原学園の生徒達の手・・・というか竿で骸骨達に触れたのは、そして動かすことができた事実だ。
「お、あ、いける?」
 その事実が生徒達の気力を向上させた。端的に言えば、調子に乗らせた。
 何しろ彼らは穂群原学園の生徒だ。虎とかワカメとか赤いのとか胸でかいのとかが闊歩する場所に毎日赴く少年少女であり。
 そもそも、この2週間で奇怪なものや唐突な爆発なんかには、わりと遭遇しているではないか。
「おおおお! 皆の衆、突け! 突けぃ!」
 昨日の晩に時代劇でも見たらしい後藤くんの景気のいい声に後押しされ、道幅一杯に陣取った男子生徒達は一心不乱に物干し竿を繰り出した。
 横に並んでいるだけではない。第一陣の背後に二陣、三陣として控えている生徒たちも、前に立つ生徒の隙間から物干し竿を突き出して、無茶苦茶に突きまくっているのだ。
「当たった!」
「おお、いけるでござるぞぉおおおおお!」
 途端、あちらこちらで快哉があがる。
 肉が無いスカスカな骸骨兵といえど、ひたすら突きまくれば一度や二度はまぐれ当たりもする。ましてやこの場合、槍の数自体がひたすら多い。
 所詮素人の学生、所詮物干し竿の攻撃だ。骸骨達にはヒビ一つ入るわけではない。
 しかし目の前のものに掴みかかり引きちぎり叩き潰すことしか頭にない―――それ以上の複雑な動きはできない骸骨達には、数メートル先からの攻撃に対応する方法が組み込まれていないのだ。ボコボコと殴られて押し戻されるその身体は、まったく前に進めない。
 後から後から押し寄せる骸骨は足止めされた骸骨の背中にぶつかってジタバタとそれを押し。

「とうりゃああああああっ!」

 満員電車のようになった骸骨の群れへと、隣家の屋根に上った蒔寺楓は全力で屋根瓦を投げつける。
 がしゃぁんと音を立てて瓦と頭蓋骨が両方とも砕け散り、頭部を失った骸骨は数歩歩いてからくしゃりとその場に崩れ落ちた。
「鐘ちゃんすごい!」
「まかせときな三の字ぃ! ほい次ぃ!」
 目を丸くする三枝の声にくははははと高笑いをあげて第二投。すっぽぬけた瓦は塀にぶつかって砕け散った。無かったことにして第三投。今度は肩のあたりにあたって骸骨がよろける。
「ふむ。この密度ならばそうそう外れる事も無いし、倒れればそれで終わりだな」
 冷静に呟き氷室は骸骨たちを眺める。瓦を肩に受けた骸骨は隣の骸骨に突き飛ばされてしりもちをつき、後から押し寄せる骸骨が無事な部分を踏み砕きトドメをさした。
「あたし投擲競技もいけるんじゃないかコレ!」
 ひゃっほうと得意絶頂の黒い豹(自称)が雨あられと投げつける屋根瓦に、石やらブロックやらが混じり始めた。
 彼女達と同じように屋根に上っていた生徒や庭に潜んでいた生徒が、そこらにあるものをやたらめったら投げ始めたのである。
 骸骨兵たちはとにかく掴みかかろうと前進しようとし、物干し竿で小突かれて押し留められ、瓦やブロックで骨を砕かれたり転んで別の骸骨兵に踏み砕かれたりを繰り返す。
 あるいは彼らが知能を持っていれば塀を登って屋根の上の人間達を襲うこともできただろう。
 腕で頭をかばうだけでも大きく違うだろうし、槍を掴んだりもできたかもしれない。
 だが、兵達に与えられた命令は前進し殺戮することのみ。
 自分で判断をしない事を至上の前提として作られた術式は、新たな命令無きまま本来ならば容易に殺戮できるであろう相手に打ち砕かれている。



■現在 新都中央公園

「―――なんで、こんな」
 キャスターは呆然とその映像を眺めていた。
 確かに骸骨兵はたいした戦力ではない。強くしたところでどうせサーヴァントには歯が立たないのだからと発想を逆転し、極めて脆弱だが容易に増やせるように術式を構成したのだ。
 英霊ならば一振りで一集団を粉々にできるだろうし、竜牙兵でも数体相手に余裕のある戦いをこなせる。少し鍛えた人間なら一対一で勝つのは難しくないだろう。
 だが、それでも怪異だ。何も訓練を受けていない一般人ごときに遅れをとるような性能ではない。耐久力は低くともその腕力は肉を千切り骨を砕く。疲労を感じず、数も多い。
 何故だ。
 骸骨兵たちは各所で迎撃され、足を止められ、何箇所かでは既に押され始めている。
 予定と違う。
 計算が違う。
 どれだけ見ても、あの雑霊たちには骸骨兵を排除できるほどの能力はない。
「なのに、なんでこんな・・・」

『教えて欲しいかなっ?』

 思わず呟いた声に答えられ、黒キャスターは慌てて水鏡を確認した。
 各地の戦況を伝えるそれの一つに、あのサーヴァントもどきがこちらを、映像を撮影している使い魔の方を真っ直ぐ見上げている姿が映っている。



■冬木市 路上

「今戦っているみんなには三つの特徴があるんだねっ」
 イスカンダルは自転車にまたがり、頭上に見える水の塊に人差し指を突きつけた。
「一つに、彼らが守りの兵だということっ。地形をよく知り故郷を守る為士気が高い民兵は、侵攻軍と対峙した時に実力以上の勢いをもつっ!」
 それはイスカンダルの遠征において何度も対峙した相手だ。ことごとく勝利したとはいえ、その脅威は誰よりも知っている。
「二つに、ボクの宝具で召喚された兵である以上、兵団としての属性が与えられることっ! 本来の性質性格は変わらなくとも、ボクの指示の元で戦わなくちゃいけないという義務感が彼らの足を動かすっ!」
 天に二本指を向けているイスカンダルの元に、ジャージ姿の少年が駆け寄ってきた。伝令の役割を与えれた、近隣中学校の陸上部員である。
「しょ、商店街が押されてる・・・ます! 通りが広いから進入してくる敵の数が多いんだ・・・です!」
「了解したよっ! それと使いづらいなら敬語はいらないからねっ。ぶっちゃけていこうっ!」
 ぱしぺしと肩を叩いて労い、イスカンダルは自転車のペダルを力いっぱい踏んだ。乱暴な操作に答えて車体が弾かれたように前進を開始する。
 ライダーのサーヴァントの素体を元に発生した彼女に備わった唯一のスキルである騎乗は、彼女に機械を使わない乗り物ならば自在に乗りこなすだけの能力を与えてくれる。軽快なエンジン音を耳に、高速かつ大胆な動作で次々カーブを曲がってイスカンダルは突っ走った。
 冬木市の地形は、全て頭に入っている。幾度と無く散歩と称して徘徊していた彼女にとっては目を潰されても把握できる情報だ。
 裏道を次々にショートカットして急行した戦場では、商店街の親父達が通りを埋め尽くす大量の骸骨兵達を立て看板やトタンで作った間に合わせの盾でなんとか押し返そうとしているところであった。
 槍は女性や体格に劣る者達が持ち、気休め程度に突き出す程度だ。時々盾持ちの親父たちの頭にも当たっているのはご愛嬌。執拗に後頭部を小突かれている親父は多分浮気でもしているのだろう。
 じりじり押されている親父たちを遠く見据え、イスカンダルはニヤリと笑う。
 劣勢だ。あと数分もすれば誰かが脱落し、そこから全体が崩れるだろう。
 だが、それにも関わらず士気は高い。ただの商店街の親父たちが、かつてのイスカンダルの軍勢のように叫び、耐え、真っ直ぐに敵を見据えている。
 故に、イスカンダルは真っ直ぐに親父たちの元へは向かわず大きく迂回した。
 急カーブに軋むタイヤの音と吼えたけるエンジン音。チリンチリンと景気づけにベルを鳴らしてペダルを回す。
 マケドニアン・ファランクス。
 征服王イスカンダルが用いたとされる密集槍戦術。それは敵を倒すためのものではない。敵の勢いを突き崩し、そこに押し留める為の陣形なのだ。
 そして、そうやって足を止めた敵を側面から、背後から打ち崩し蹂躙するのが征服王の攻め手。つまり主戦を担うのは―――
騎兵ライダーだっ!」
 叫びざまイスカンダルはハンドルを力いっぱい引っ張った。重心を後輪にあつめ、前輪を宙へと振り上げる。
 ウィリー状態で突っ込む先は、商店街の中に入れずアーチの外で密集状態になって足踏みを続ける骸骨兵たち。その側面だ。

「Aaaaaaaaaaaaaaaarararararaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaiiiッ!」

 意識せず漏れ出た雄叫びと共に振り下ろされた前輪が、骸骨兵の一体を粉砕し。
「い、イスカちゃんに続けぇえええええ!」
「うぉあおおあおおあおおおおお!?」
 やけっぱちのような叫び声をあげながら、先程からイスカンダルの後をついてきていたバイク乗りとトラック野郎が、一斉に骸骨兵達へと突っ込んだ。
 鋼鉄の騎馬たちはガシャシャシャシャとカルシウムの塊を砕き、踏みしだいていく。
「熊さんっ! ついてきてっ!」
「お!? おぅ!」
 入り口の外に溜まっていた骸骨兵が一掃されたのを確認してイスカンダルはハンドルを大きく切り、ペダルを回す。
 士郎が精魂こめて整備した車体は無茶な運転に答え、地面にタイヤの痕を円状につけて走り出す。
 トラックを一台引き連れて商店街へ突入してきた少女の姿に、骸骨兵と押し合いへし合いしていた親父たちの顔が輝いた。
「待たせたねっ! これより蹂躙を開始するっ!」
 イスカンダルがぶんっと手を振ると、八百屋のトラックは彼女を追いぬいて骸骨兵達の背中に突っ込んだ。
 めこんめこんと車体がへこむが、骸骨たちの向こうに見慣れた顔を見つけ、思い切ってアクセルを踏み込む。
 ガシャガシャガシャと音を立てて吹き飛ばされて形を失う骸骨兵たちに、商店街の親父たちも歓声をあげて最前線の骸骨兵たちを押し返しにかかる。
「仕上げだよっ! みんな夜露死苦っ!」
「俺達珍走団とかじゃないんすけど・・・」
 イスカンダルの指示でバイクを降りた青年たちも粉砕バット片手に背後から襲い掛かるのを背に、イスカンダルはその手をびしっと空の一点、そこに浮かぶ水の塊―――黒キャスターの使い魔に向ける。
「3つ目・・・君の骸骨は集団であっても軍ではないっ! 率いるものがいないっ!」
 赤い髪を逆立たせて少女は叫ぶ。
「我々は―――ボクがっ! 征服王が率いる覇軍であるっ・・・! ただ数が多いだけの怪異ごときに負ける理由などあるわけがないよっ!」



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