春眠暁を覚えずと言う。暖かい春の眠りはついつい寝過ごしてしまうとか何とかそんな感じの意味の言葉である。
 だが、山名春彦にとっては春だろうが冬だろうが大した差はなかった。朝は眠い。単純なその真理だけが彼にとって絶対であり、午前10時という時刻は彼にとって自然な目覚めとは縁遠い時間なのだ。
「・・・・・・」
 熟睡している春彦の部屋のドアを開けて人影がすっと入ってくる。
 人影はベッドの中の春彦を確認すると無言で窓を開け、手に提げていた1メートルを超える長く太い筒をよっこいしょと担ぎ上げた。
 そして・・・
「発射ァッ!」
 一声叫んで三上友美はバズーカーの発射トリガーを力一杯引き絞った!
 どごんっ!
 腹に響く轟音と部屋中に充満した煙に春彦は一発で飛び起きた。
「おっはよー」
 いつもいつも無意味に陽気な友美の挨拶に、春彦は困ったような驚愕したような視線で答える。
「・・・それ、どこで手に入れたんだ?」
「この前行商人から買ったの。安かったよ?」
 春彦は口の中でブツブツと行商人を罵ってからふと眉をひそめた。
「もちろん空砲だよな?」
「え!?・・・う、うん、もちろん!」
 その日、龍実町は謎の爆発事故の話題で持ちきりだった。
 怪我人が出なかったのは、幸いだったといえよう。


「おはよーございまふ」
 あくびをかみ殺しながら挨拶した冬花は朝の食卓がいつもより暗いのに気がついた。
「どーしたんです?お二人とも」
 首を傾げながら尋ねると物憂げに食べていた友美がゆっくりと顔を上げる。
「冬花さん・・・」
「はい?」
「明日から、テストなのよぉぉぉぉっ!しかも全然準備してないのよっ!」
 天に向かって吼えている友美に思わず冬花は後ずさった。
「え、えっと、なにか大変なようですね」
「まあ、俺は問題ないのだが・・・友美には今日から要点だけでも詰め込まないといかんからな。俺としても・・・それなりに大変だ」
 言いながら淡々と朝食を口に運ぶ春彦に友美は冷たい視線を浴びせた。
「だいたい、講義さぼってばっかなあんたがなんであたしより成績がいーのよ」
「要領の問題だ。テスト問題を予想しているから点がいいのであって授業の理解度はおまえの方が高いと思うぞ」
 冬花は二人のやりとりを微笑みながら眺めて食卓に着いた。
「じゃあ、今日は勉強会ですね?」


「・・・あきた・・・たるい・・・つかれた」
 友美は呻きながら食卓に広げた教科書に突っ伏した。
「まだ2教科分しか終わってないぞ。あと7教科だ」
 春彦は溜息をつきながら友美に声をかける。
「はい、お茶です」
 冬花が微笑みながら差しだしたマグカップを春彦は礼を言って受け取った。
「だって・・・わかんないことだらけなんだもん。うにゅう」
「幼児返りするな」
 素っ気ない返事に友美が口をとがらせた時だった。
 ぴんぽん。
 軽快なチャイムがあたりに響いた。
「山名ぁ、友美ぃ、冬花ぁ。居るかぁ?」
 ワンテンポ置いてドアが開く音と共に大声が響く。
「あの・・・居ないんなら開いてないと思いますよ」
 などと呟く佐野を連れて勝手に入ってきたのは、春彦と友美にとってはサークルの先輩に当たる浅野景子だった。ちなみに、後ろに控えている佐野孝明はサークルの後輩だ。
「そろってるな皆の衆。勉強してるだろうと思って邪魔しに来たぞ」
「浅野さん、勉強しなくていいんですか?」
 友美の問いかけに浅野は『ふっ』と笑って窓の外を静かに眺める。
なあ三上・・・人間がテストの点をどうこうしようなんて、おこがましいとはおもわんかね?」
「ようするに、センパイはとっくに諦めてるって事です」
 得意げに解説する佐野の額に浅野は懐から取りだした拳銃を突きつけた。
 コルト=パイソン。1955年開発の、旧式だが抜群の精度を誇るリボルバー式拳銃である。浅野は黒光りするそれを躊躇無く撃った。佐野は悲鳴を上げる暇もなく吹っ飛び仰向けに倒れる。
 浅野は素早く銃を懐にしまい佐野の状態を確認した。ゴム弾だから死にはしないだろうがしばらくは起きあがっても来ないだろう。
 ちなみにここまで1秒とちょっとだ。
「・・・浅野?今のは・・・」
「気にするな」
 心なし青ざめたような春彦にぞんざいな返事を返して浅野は友美の隣に座った。
「景子さん、どうぞ」
 差し出されたティーカップを受け取って浅野はちょっと考えるふりをした。
「まあ・・・」
 一口紅茶をすすってからそう呟く。
「山名がどうしても教えたいって言うのなら、オレとしては聞いてやってもいいかなとか考えないでもない」
「要するに、どーしようも無いから教えて欲しいって事です」
 床に倒れたまま弱々しく解説した佐野の鳩尾に浅野は抜く手すら見せずに引き抜いたパイソンの残弾4発をまとめて叩き込み再び懐に戻す。
 佐野は、もはや声すら出せずに床の上で気味の悪いダンスを踊っている。
「気持ちは分かる。気持ちは分かるぞ」
 しみじみとした山名の呟きに、友美はちょっと困った。


「ぐあああああっ!もう限界ッ!」
 浅野と佐野(20分ほどで復活した)をまじえて再開された勉強会は友美が頭をかきむしりながら叫んだところで再び中断した。
「3時間と少しか・・・そろそろ休憩にしよう」
 春彦の言葉に浅野と佐野も脱力する。
「あの・・・もうお昼ですし、ご飯にしませんか?」
 勉強することもないのでひたすら給仕をつとめていた冬花が首を傾げながら春彦に声をかけた。
「ああ、そうだな・・・」
 春彦は調理担当の友美を見た。そこにあるのは屍が一つ。
「ちょうど菓子も切れているし・・・コンビニで簡単に喰えるものを調達してくるとしよう・・・浅野達もそれでいいか?」
「ああ。かまわないぞ」
「で、誰が行くんですか?」
 佐野の言葉に春彦と浅野は顔を見合わせた。そのまま視線を彼に向ける。
「ぼ、僕っすか?」
 慌てて辺りを見回すと、冥界から見つめる視線とニコニコ笑顔と共に届けられる眼差しが佐野を包囲した。
「だ、だって・・・それってあんまりじゃないですか・・・」
 弱々しく佐野が反論すると、
「まあ、そうだな」
 意外とあっさり春彦は頷いた。
「じゃんけんで負けた奴二人が行くって事で。準備いいか?」
「ああ」
「おっけー」
 5人は拳を軽く握りお互いの顔を伺いあった。必要なのは観察眼、意志の力、データ、度胸、正確な予測。
「じゃんけん、ぽんっ!」
 そして、それらの全てを覆す強運だ。
 場に出たのは広げられた手が三つに拳が二つ。
 グーを出した二人が・・・浅野と春彦がそれぞれの表情で無念を表す。
「意外な組み合わせだな・・・」
「・・・ああ」
 どちらからともなく呟きあった二人はちょっと肩を竦めてからバシッと佐野に向けて手を突きだした。
「な、なんです?その手?」
「何って、金出せよ。タカ」
 当然のごとくそっくり返って浅野が言う。
「さっき、パシリを断った時点で決まっていたことだ。あきらめろ」
 無表情に春彦が頷く。
「・・・あんまりだ」
 結局、飲み物代佐野持ちで決着が付いた。


「考えてみりゃこの組み合わせで二人ってのは珍しいよな」
 コンビニの自動ドアをくぐりながらふと浅野が呟いた。
「まあな」
 春彦は入り口脇に置いてあったかごを取りながら素っ気ない返事を返す。
「冬花も三上も自分が行きたいって顔してたなぁこの色男」
「知らん・・・おまえ、何を食べる?」
「んー、この生トマトスパゲッティにしよっかね。おまえは?」
 春彦はちょっと悩んだ。
「カップラーメン・・・ホーOラン軒がいい」
「妙に嬉しそうだな。ラーメンなんかいくらでも作ってくれるだろ?友美が」
 料理は火力がモットーの友美は中華料理を最も得意としている。さすがに春彦の部屋に住み着いてからはやっていないが、以前には麺を打つところから初めて本格的なラーメンを作ったこともある。
 もっとも、正確に言えばラーメンは中華ではない。
「このチープな味がいいんだ。屋台の焼きそばや学食のカレーにソースをたらしたときと同じで、一流ばかりがおいしいとは限らない・・・ただ、友美はレトルトやインスタントが嫌いだから滅多に食べれないがな」
「はぁ、贅沢な悩みだね」
 苦笑しながら二人は人数分の弁当とスナック菓子をかごに突っ込んでいく。
「そういえばよ、山名」
 友美の分の弁当を何にするか悩んでいた春彦は浅野の声に視線だけを向けた。
「おまえ、冬花と友美のどっちが好きなんだ?」
「・・・両方」
 春彦はロースかつ弁当をかごに入れてから呟く。
「それは無し」
「そう、無しです」
 反論しようとしたところを遮られた春彦は声の主に目を向けた。
 大きなリュックを背負った男が卵パックの棚の前にしゃがんでいた。男はパックを一つとって立ち上がりシュタッと手を上げてみせる。
「ども、行商人です」
「行商人がコンビニで買い物をするのか?」
「いやあ、生活物資は取り扱ってないもので」
 相変わらず軽薄な笑みを浮かべて自分の頭をぽんっと叩いた行商人は真面目な顔になって春彦の側に歩み寄った。
「世間を律する11の理によってフタマタは許されません。さあ、一人選んで下さい」
 春彦は眉をひそめて考え込んだ。
 そして。
「浅野。好きだ」
 言いながら浅野の手を両手でぎゅっと握りしめる。
「ふ、ふえっ!?」
 妙な声をあげて硬直した浅野の瞳を見つめ、春彦は今まで彼女が聞いたことの無いような甘い声で囁く。
「俺と一緒になろう。もう指輪も買ってある・・・受け取って、くれるよな?」
「じょ、冗談だろ?」
「無論、冗談だ」
 いつもの平坦な声で返されて、浅野はしばらくぼーっとしていた。
「・・・冗談?」
「・・・冗談」
 手を握りしめたままで春彦は頷いてみせる。
 その手を見て、天井を仰いで、床の染みの数を数えて、それからようやく浅野は春彦の顔を見つめてにっこり微笑んだ。
「死ね」
 声より早く強烈な頭突きを見舞うが春彦は手を離しバックステップでそれを回避する。
「おまえのネタを真似してみただけだぞ」
「うるさいうるさいうるさい!」
 浅野は春彦に飛びつき無茶苦茶に腕を振り回した。
「おい、ちょっと待て。痛いぞ、おい」
「死ね!死ね!死ね!死ね!」
 無軌道な乱闘は、止めに入った店員3人を殴り倒すまで続いた。


「あんなに怒ること無いだろうに・・・」
 何とか買い物を済ませてコンビニから帰還する途中で春彦はぼそっと呟いた。
「怒ってなんか、いないっ!」
 全身からオーラの炎を吹き出しながら叫ぶ浅野を見て春彦は肩を竦めた。
 実際、もっと無茶な冗談をお互いにしあっている仲だ。体に染みついてるはずの格闘の技を忘れるほどに激高するなど、鈍い山名には想像もつかなかったのだ。
「さあ言って貰うぞ!冬花と友美っ!どっちが好きなんだっ!」
 浅野は殺気をにじませた声で春彦に詰め寄った。
「・・・・・・」
 春彦は空を見上げた。
 久しぶりに雲が空を覆っている。ひょっとしたら一雨来るかも知れない。
「俺は・・・」 
 言葉が出ずに一息置く。以前だったら、躊躇無く言えたはずだった。それは春彦の一部といえる、神聖な盟約なのだから。
「俺は、友美を守る。あいつが望む限り側にいるし望まれなくても影から支える」
「・・・冬花は?」
 横目で春彦を眺めながら浅野は尋ねる。
「あいつは・・・放っておけない。それだけだ」
「本当に、それだけなのか?」
「・・・ああ」
 浅野は少し足を早めた。前を向き、視界から外れた春彦にもう一つ用意していた言葉を投げかけてみる。
「でも、あいつはおまえのことが好きだぞ?」
「・・・わかっている」
 春彦がどんな表情をしているか、浅野は見てみたかった。
 だが、振り向けなかった。
 その表情を見るのが、怖かったのだ。

 だから、二人は無言で家路についた。


「・・・ねえ冬花さん?」
「なんですか?」
 昼食を食べ終わり休憩も兼ねてまったりとしていた友美は隣にいた冬花に話しかけた。
「なんか・・・浅野さんが怖いんだけど・・・」
 友美の視線の向こうでは浅野が春彦を睨んで低いうなり声をあげている。
「はぁ・・・お弁当、一つじゃ足りなかったんでしょうか?」
「いや、そーいうのとはちがうよーな・・・」
 首を傾げてから友美は佐野に手招きをした。
「ねえバカ君。あんた浅野さんのシモベでしょ?心当たり無い?」
「だから、タカですってば・・・」
 佐野はちょっと嫌な顔をした。
「いいからいいから」
「・・・理由は、何となくわかるんですけどね」
 佐野は苦笑いを浮かべる。
「どんな理由なんです?」
 冬花の問いに佐野は浅野と春彦を眺めながら呟くように答えた。
「・・・可能性がある限り、諦める気にはなりませんよね。たとえそれが、ゼロに等しい物だったとしても、です」
「は?」
 思いがけず真面目な言葉を聞いてしまい、友美はぽかんと口を空けた。
「そう、やっぱり、諦められないものですよ。センパイも・・・僕も・・・」
 そこまで言って佐野は誤魔化すように笑って見せた。
「まあ、必要以上に複雑な関係だって事ですよ。ここにいる面子は」
「???」
 友美は眉をひそめて佐野の額に手をあてた。熱はない。
「な、なんですか?」
 そのまま腕組みをして友美は考え込んでいたがやがて頷いて腕組みを止めた。
「よっ、と」
「へぶっ!?」
 側頭部を手刀で痛打されて佐野はなす術もなく吹っ飛ぶ。
「な、なにをするんですか!?」
「あー、いや・・・ギャグパート担当のタカがシリアスな事言ってるから・・・ほら、壊れてテレビとかって、斜め35度の角度でチョップすると直るじゃない?」
「・・・・・・」
 佐野は、かなり嫌な顔をした。


「うにゅー、もーやだー」
 友美は机に突っ伏して呻いた。
「頑張れ。今日はこれでラストなんだ」
「山名ぁ・・・ここわかんねー」
「ノートを見せてくれ・・・ああ、これだ。ここんとこを参考にしてまとめとけ」
 勉強再開から3時間。既に冬ならではの気が早い夕日は山並に沈み、照明は陽光から蛍光灯に切り替わっている。
「っていうか、山名さんは疲れないんですか?」
「いや、力一杯疲れてるんだが・・・」
 無表情に言われて佐野ははぁと曖昧に頷いた。
「疲れてるよね?疲れてるんだよね!?お開きだよね!?」
 跳ね起きて友美は春彦の襟首を掴みあげる。
「元気だな友美。まだまだいけそうじゃないか」
「うっ・・・」
 言われた友美は気まずそうに舌を出した。
「まったく・・・昔の友美はどっちかというと優等生タイプだったのに何故こうなってるんだ?」
「え?そうだったんですか!?」
 春彦に次いで殴られた回数の多い(大半は自業自得だが・・・)佐野は目を丸くした。
「ああ。小学校に上がったばかりの頃はずいぶんと・・・
「すとぉぉぉぉぉっぷっ!」
 友美は悲鳴のような声をあげながら立ち上がり正面から春彦の頭を脇に抱え込んだ。
「ぐっ!」
 口を塞がれくぐもった声をあげるのに構わずそのまま友美は自ら後方に倒れ込み、春彦の脳天を床に叩き付ける!
 ごぽん。
 響いた鈍く深い音に佐野はもとより浅野や冬花までが青ざめる。
「デンジャラス・ドライバー・トモミ・・・略してDDTよ・・・」
 トモミは立ち上がって静かに呟いた。春彦はぴくりとも動かない。
「おい、死んだんじゃないか?」
 浅野が恐る恐る聞いてみたが友美はあっさりと首を振った。
「大丈夫。春彦は小学生の時にフランケンシュタイナーを喰らって平気だったんだから」
「・・・それ以前に、小学生がフランケンシュタイナーをかけられるという事実がびっくりだと思いますよ・・・」
 佐野の呟きに苦笑が返ってくる。
「わたしじゃないわよ、ししょーがちょっとね」
「ししょー?」
 不審気に佐野が呟いたところで春彦は呻きながら身を起こした。
「痛いぞ」
「えー?ごっめーん」
 ぺろっと舌を出した友美を春彦はあきらめに満ちた視線で見つめた。
「あの、春彦さん・・・大丈夫ですか?」
「ああ。取り敢えず氷を持ってきてくれ。さすがに首が痛い」
「はい」
 冬花を見送りながら春彦は立ち上がりふと気付いて叫んだ。
「普通の氷だからな!かき氷が食いたいんじゃないぞ!」
「・・・え?」

 
 にぎやかな勉強会も終わり、それぞれのねぐらへと他のメンバーが帰った後、春彦は自室の机で一人ノートをまとめ続けていた。
 別に勉強が好きなわけではないが、友美や浅野に教える必要はあるしそれが楽しくもある。そのためなら少しくらいの努力は苦にならない。
「春彦さん」
 不意にかけられた声に振り向くと、パジャマ姿の冬花が湯気の立つマグカップを両手に持って立っていた。
「・・・冬花か」
「差し入れです。どうぞ」
 差し出されたマグカップを礼を言って受け取り、春彦は熱いコーヒーをゆっくりとすすった。
「うむ」
 コーヒーには既に砂糖とミルクが入っていた。その甘さが春彦の好みを的確に突いていて、思わず満足の声が出る。
「ふふふ・・・」
 冬花は微笑みながら自分の分のコーヒーをふーふーと吹く。極度の猫舌なのだ。
「わざわざすまんな・・・座れよ」
 ベッドを指し示すと冬花は素直に頷いてそこに腰掛けた。
「しかし、冬花のことだからコーヒー味のシロップがかかったかき氷でも持ってくるかと思ったがな」
 珍しい春彦の軽口に冬花はにっこり笑って応えた。
「暖かいかき氷は、今開発中です」
「・・・そうか」
 春彦は複雑な表情で頷いた。
 しばらくの間、コーヒーをすする低い音だけが6畳の部屋を満たす。
「楽しかったですね」
「今日の勉強会か?」
「はい」
 冬花は思いの外神妙な顔で頷いてコーヒーをすすった。
「私・・・よくは思い出せないんですけど、こういう風に沢山の人と騒いだ事ってないような気がするんです。だから・・・とっても楽しかったです」
 最後はいつも通りの笑顔だ。
「大丈夫だ」
 春彦は微かながらも確かな微笑みを浮かべて頷いた。
「大丈夫。これから、もっともっと楽しくなる」
「はい・・・!」