C−1 「人生最悪の、そして最後の日」 死亡確率100%
2月14日。その日が私こと島崎美紀の命日になる。
わざわざバレンタインデーに死ぬって言うのもどうかと思ったけど、決心して出てきてしまったものはどうしようもない。
二日前。私の元に一本の電話がかかってきた。
それは、先月のうちに内内定が決まっていた会社からの内定取り消し通知だった。
知り合いのつてを頼ってさっさとそこに就職を決めていた私は普通の就職活動というやつを一切しておらず、二月半ばからのスタートという就職氷河期にしてはかなりまずい状況に陥った。
昨日。呆然とする私の元に再び電話がかかってきた。
それは、同じ会社に内内定を取り付けていた私の彼氏だった。彼は私が内定を取り消されたと聞き黙り込んだ。
予備校時代からの仲で、つごう5年ほど付き合っている彼なら私の悲しみをきっとわかってくれる。そう思い私は電話の向こうで黙っている彼に辛い胸の内を打ち明けた。
彼の答えは、「別れよう」だった。
私も彼も、小さい頃から優等生でいつも成績はトップだった。私はそれなりに名の知れた私立大だったけど、彼は官僚を輩出するあの国立大学に入った。
そんな彼には、内定を取り消されるような女は付き合う価値はないのだろう。それは納得できる。納得できるけど・・・
今朝、悲しみのあまり一晩部屋にこもった私を両親は叩き起こした。
このまま就職浪人なんて事になったら近所に恥ずかしい。今日から死ぬ気で就職活動を始めなさい。まったくあんたは私が言わないと何もしないんだから。
母親の言葉は、私を絶望させるには十分な重みを持っていた。
親の言うとおりにずっと生きてきて、初めてつまずいた途端私の周りの人はみんな辛く当たる。私の人生って、いったい何なのかしら。
気付けば私は家を飛び出していた。
何も考えずに飛び出して、少し走ったところで気がついた。
誰も、追いかけてこないって事に。
心配すらしてくれないんだね。
だから、私は死ぬことにした。
せめて綺麗に死にたいから、夕焼けのころまで時間を潰して。高いところから飛び降りて死のう。
私はそう考えて、歩き出した。時刻は、午前9時15分。
C−2 「黒い人(乱暴かつ優しいので注意)」 死亡確率100%
私は家の近くをぶらぶらと歩いていた。
千葉県は安浦市、元町といわれる一帯にうちはある。元々漁師町でごみごみした感じのする町並みは漁業権を放棄した今でも新町よりは整備されていない古い町並みを今に残している。どちらかと言えば私はこっちの方が好きかな。
このままここに居ると近所の人に見つかるかも知れないし、駅にでも向かおうかしら。
ぼんやりと考え何となく足を動かす。
これから私死ぬんだな。そう思ってもなかなかリアリティーがわかない。飛び降りる一歩手前までひょっとしたらこのままなのかもしれない。
死ぬ寸前に、誰かかっこいい人とかが止めてくれたりして。
いきなり浮かんできた妄想に私は赤面した。
背が高くて凛々しい人に、「やめるんだ!君みたいに美しい人が死ぬことはない!」とか言われて、だだだって走ってきたその人に飛び降りる寸前で押し倒されたりして。
・・・私はその光景を想像して更に赤面した。私ってば何を考えてるのかしら。
私はぼーっとしたまま曲がり角にさしかかった。
ばっ。
目の前の光景に私は硬直した。私の前に、想像から抜け出てきたような人が飛び出して来たのだ。背が高く、凛々しい顔立ちで、こっちへ走ってきて・・・
走ってきて・・・
「きゃあっ!」
ちょっと、止まってよ!
私の内心の叫びを無視して男の人は私と正面衝突した。それはそうだ。無茶苦茶なスピードで走ってきたのだからしょうがない。
私は為す術もなくその場に尻餅をついた。男の人が勢い余って私に覆い被さる。こ、これって・・・押し倒されたっていうやつなのでは!?
「いや・・・いやぁぁぁぁぁ!」
思わず私は叫んでいた。びっくり半分、恥ずかしさ半分と言うところだ。
「あ、違うぞ!俺はその類の犯罪者では決してない!」
男の人は地面に手もつかずにぴょんっと飛び起きた。背は高いけど細身の彼はどうやらずいぶんと身軽なようだ。
私は意味もなくドキドキした。考えてみれば彼氏とのつきあいは長いけど手を繋いだくらいで今ほど密着した事なんてない。私は腰が抜けたような状態で呆然と彼を見上げていた。心臓の鼓動がうっとおしいくらい耳につく。
「あ〜、別に何もしねえから、取り敢えず掴まれよ」
男の人はそう言って私に手を差しだした。え?え?掴まるって・・・あなたの手にですか?ひょっとして、これって運命の出会いですか?
初対面の人と握手するのも恥ずかしい私には押し倒された後に手を握るっていうのはとてつもなく恥ずかしい行為なのだ。自分でも妄想とわかっている思考がどうしても止められない。
「勝手に掴むぞ?」
本当にあるのねこういう出会いって。映画とか小説とかでは見たこと有るけど現実に自分がこういう出会いを体験するなんて思わなかった。これから私達は運命の糸に導かれるままにカーチェイスや銃撃戦をくぐり抜け深い愛で結ばれるのね・・・そして、自殺する寸前で私は彼に・・・
自殺。
私はそのキーワードで我に返った。
そう。そんなのは妄想だ。彼はただの通りすがりの人だし私はこれから自殺しに行く脱線エリートの妄想女だ。
気付けば私は既に立っている。男の人が訝しげな目で私の顔をのぞき込む。きっと、変な女だと思われてるんだろうな。その通りだけど。
「怪我とかねえか?」
彼の問いかけに私は気分がダウンしたままでぼそぼそと答えた。
「・・・別に・・・どうでもいい」
「どうでもいいってこたねえだろ?自分の体だぞ?」
だって、私これから死にに行くんだもの。別に怪我の一つや二つかまわないわ。
そう言ったら、彼はどんな顔をするかな。
きっと、引くだろうな。見捨てて言っちゃうんだろうね。それが現実だよね。
「なあ、今のそんなに痛かったか?」
「別に・・・どうってこと、無いわ」
ほっといてよ・・・どうせ、通りすがりの他人なのに。運命の人だなんて筈、あるわけもないんだから。
「そんな暗い顔してっともてないぞ?」
「ほっといて下さい!」
私は反射的に叫んでいた。
「どうせ私は就職できなくてそのせいで振られてなおかつ親とも喧嘩しちゃった駄目駄目女ですよ!そりゃあ顔だって暗くなりますっ!もてませんよっ!」
そうよ!そして、これから自殺しようとしている人間失格女よ!
大きな声を出したら、不意に涙が出てきた。
あれ、変だな・・・別に悲しくなんて、ないのに・・・
「あ、いや違うぞ。俺が言いたかったのはだな、せっかく綺麗な顔してるんだから笑顔の方が可愛いぞと」
「気休めはよして下さい!」
どうせその場の雰囲気で言ってるだけのくせに・・・
「いや、マジで」
だが彼は真顔でそう言ってからやれやれと頭を掻いた。
「第一だな、就職できなかった位で振るような男ろくなモンじゃねえぞ?」
続く男の人の言葉は私の常識と真っ向から対立していた。
「だって・・・!就職浪人なんて世間体が悪いじゃないですか!」
私も逆の立場だったらそうする・・・かはわからないけど、ともかく私はそういう風な教育を受けてきたんだし・・・
「おまえも大概ろくなモンじゃねえな。世間体ってのはな、名声が必要な商売でもやってない限り無視してもいいんだよ。警察とかだとまずいけどな。K奈川県警とか」
「だって・・・」
私は動揺した。そうなのかな。ひょっとして、そうなのかな。
「だってじゃねえ!いいか?自分の中にピッと筋が通っていれば他の奴の評価なんか気にする必要ねえんだよ。それが気になるってのは自分に自信がねえってこった」
彼の言葉は、私が聞いたことのない力強い物だった。いや、ひょっとしたら今まで私の聞いてきた言葉や私の紡いできた言葉が弱すぎたのかも知れない。
彼の言葉を借りれば、私や私の周りの人はみんな自分の中に筋が通ってない人ばかりだから。
「あー、まあ何だ。うまくいかねえのは辛いだろうけどよ、何もかもうまくいってるのに幸せじゃねえってのもどうしようもなくて辛いんだぜ?」
そう言って彼は辛そうな、苛立たしそうな、それでいてそれを嫌がっていないような複雑な顔を見せた。
「うまくいってるのにですか?」
「・・・まあな」
彼は大きくため息をついた。
彼の言葉の一つ一つが私の心を大きく揺さぶり変えていく。
何故?何故会ったばかりのあなたがここまで私の心を揺さぶるの?何でそんな言葉をかけてくれるの?ひょっとして、あなたは本当に私の、運命の、人?
「ともかく!俺が言いたいのはそういう説教じゃねえんだ」
私は涙を拭って首を傾げた。
何かしら。一体何を私に言ってくれるのかしら。再び妄想の翼が力強く羽ばたき始める。
君の中の暗い影が気になってしょうがないんだ・・・とか言われて、私はいけない女なの・・・もう死ぬしかないの・・・とか言って、俺の愛で君の命を明るく燃やしてみせるとか言われて、そのまま二人は・・・
「・・・新安浦駅、どっち?」
彼のセリフで、私は我に返った。
はい?
しんやすうらえき、どっち?
その言葉が頭の中で理解されるまで数秒かかった。
自分の妄想のあまりの陳腐さに、そして彼の質問の普通さに私はおかしくなった。口元に浮かんだ微笑が徐々に拡大し本格的な笑いになっていく。
「・・・私って、馬鹿ね」
涙さえ出てきた笑いの発作を私はそう言ってから深呼吸して押さえ込んだ。
ホント、馬鹿みたい。
「新安浦駅は、ここをまっすぐ行って2つ目の角を曲がって下さい。この通りと斜めに繋がってるんですぐわかると思います。そこをずっと行けば大きな通りに出るのでそこを右折して下さい。本屋さんのある角を曲がったら線路が見えますから・・・」
私は苦笑を続けながら彼に道を指さしながら教えてあげた。
「2つ目だな?了解了解。助かったよ。おかげで間に合いそうだ」
彼は気合いの入った瞳で大きく頷き私ににっこりと微笑みかけた。少しくらっとする。
「待ち合わせですか?」
「ああ・・・じゃ、サンキューな」
言うなり彼はまた凄い勢いで走り去ってしまった。
疾風の 人が立ち去り 立ちつくす(季語なし)
私はぼーっとその場に立ちつくしてその人が見えなくなるまで見送る。
「何もかもうまくいっているのに幸せじゃない・・・」
私はふと思い出してそう呟いた。
どう言う意味だろう。うまくいっていれば幸せだと思うんだけど・・・私にはまだわからない真理か何かがあるのかしら。
ため息を軽くついて空を見上げる。
蒼いな・・・本当に蒼い。
視線を地面に落とす。まあいい。死ぬまではまだ時間がある。この答えはそれまでに解決すればいいよね。
私は時間を潰すために安浦駅に向かうことにした。
そういえば、彼の待ち合わせの相手ってどんな人かな・・・
C−3 「小さい人(元気が良くて可愛いので注意)」 死亡確率 80%
うまくいっているのに幸せじゃない。
その答えを求めて私は安浦駅前を歩いていた。当初の予定ではここのファーストフード店やら本屋やらによって時間を潰す予定だったけどその言葉がどうにも気になってしょうがない。
私の人生は2日前から全てうまくいっていない。はっきり言って不幸せよね。
でも、うまくいってたらどうかしら?
立ち止まって考え込む。
どうにもわからない。もともと私は数学とかは得意だけど現国は苦手だし・・・。
悩み続ける私の足は自然とバス停へ向かっていた。
あの人は新安浦駅に向かったのよね。待ち合わせだって言ってたからもう居ないかもしれないし居ても話しかけられる状況じゃないかも知れないけど・・・
私はまたもぼんやりと考えながら歩いていた。
さっきの教訓を何も生かさずに、だ。
私は再び硬直した。路地を出て大通りに来た私に、さっきの人に勝るとも劣らないスピードで小柄な女の子が突っ込んできたのだ。
私は悲鳴を上げるのも忘れてその場にしゃがみ頭を抱え込む。
どすっ。
途端、頭とそれを抱え込んでいる腕・・・具体的には肘に衝撃が走った。私はよろめいてその場に尻餅をつく。
あ、ぶつかった娘は!?
気付いて視線を動かすと。池の鯉みたいに口をぱくぱくさせて鳩尾を押さえる女の子の姿が目に映った。
ひょっとして・・・さっきの肘が、鳩尾に?
声すら出さずに女の子が崩れ落ちるのを見てやっと私の神経にパルスが戻ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて立ち上がり女の子に駆け寄り背中をさする。
えっと、呼吸困難の人にはどうすればいいんだっけ!?
悩んでいる私を見上げ女の子は口をぱくぱくさせ一言だけ私に伝えてきた。
「な・・・ナイス、裡門頂肘・・・」
裡門頂肘!?
私の頭の中に力強い震脚と共に肘を繰り出す自分の姿が映った。
あーいやいや、そんなことを考えている場合じゃない。私は妄想を一瞬で振り払った。
女の子はその間に呼吸を整えたらしく深呼吸しながら私に向き直った。
「もう大丈夫。ぶつかってゴメンね」
そう言って笑う女の子に私は首を振ってみせる。
「いえ、私は大丈夫でしたから・・・もう、二度目ですし」
「奇遇ね。私も二回目」
言いながら女の子は近くに落ちていたバッグを拾い上げて中から小さな箱を取りだした。軽く振ってみてほっと息をついたりしている。
あの大きさ・・・割れることを心配している・・・そして、今日は2月14日。ってことは、あの中身って・・・
「オッケ。今回も無事だったみたいね。バックがクッション代わりになってるのかしら」
呟く女の子のの手元を見つめて私は聞いてみた。
「チョコレート・・・ですよね?」
「うん・・・そうだけど?」
「いえ・・・あの、一つ聞いていいですか?」
私は胸の前で手を組んで俯いた。
「いいけど、何?」
「・・・その人と、うまくいってますか?」
女の子は軽くのけぞった。
「え、いやあの・・・なんで?」
「ちょっと気になることがあって・・・」
聞いてみたい。さっきの問いをこの娘にも。不意の衝動に突き動かされるままに私は彼女を見つめる。
女の子は顔を真っ赤にしながらつっかえつっかえ答えてくれた。
「その・・・センパイとは、片思いで・・・取り敢えず今日デートに応じてくれたって事はそれなりにうまくいってるのかなーなんて・・・」
「そうですか・・・うまくいってますか・・・」
私は呟いた。これで条件は整った。後は聞くだけだ。
「では、何もかもうまくいっているのに幸せじゃない状態ってわかりますか?」
「は?」
彼女はその可愛い顔に疑問符をいっぱい並べて首を傾げた。
「うーん、よくわかんないや」
そして、しばらく考えた末にそう答える。
「そうですか。そうですよね」
やっぱり、彼以外にはわかんないのね。
「ごめんね、でも何でそんな事言うの?」
それを聞かれると困るのよね・・・私はちょっと考えてから口を開いた。
「私、これから自殺するんです」
「はぁ!?」
女の子は目を丸くして硬直する。
「で・・・さっき言われたそのセリフが気になって、これじゃ死にきれないんで悩んでるんです」
「いや、その・・・」
口をぱくぱくさせる彼女に私はいたずらっぽく微笑んでみせた。
「って言ったら信じます?」
「・・・・・・」
彼女は半眼で私を睨んですねてしまった。
どうせ信じるはずがない。通りすがりの私がこれから死のうとしてることを、彼女が理解するはずがないんだ。問いに答えてくれることもない。それが現実社会。周りの人が全て。知り合いの居る小さな世界が全て。彼はああいったけど、実際彼女は目の前のつまらない女が死のうとしていることに気がつかない。
私は彼女の機嫌を直そうと微笑んで見せた。
だが、私の顔を見た彼女はすっと真剣な顔になった。
「信じるわ」
女の子はきっぱり言い放つ。
「え・・・?」
私は心の中の動揺を隠して無理矢理明るい顔を作った。
「いやですね、嘘に決まってるじゃないですか」
「そう?」
しかし彼女はじっと私の瞳を見つめる。心の中を直接のぞき込まれたような気がして私は顔を伏せる。
これで、二人目。
死のうと思って家を出た私の前に次々と私の心を揺さぶる人たちが現れる。
それとも、これまでは気付いてなかっただけなのかしら。
本当は、これまでもずっとこういう人たちが私の前を通り過ぎていっただけなのかしら。
例えば、私が妄想にとらわれている間に、とかね。
「確かに、さっきまでは本当に死のうと思っていました。でも・・・」
私は顔を上げた。思わず苦笑が浮かんでくるが、私らしい笑顔だったのでそのままの顔でキープしておく。
「さっき、しかられちゃいました。で、とりあえず彼の言葉を理解するまでは自殺延期かなあ・・・と」
「延期って・・・まだ死ぬ気なの!?」
私は頷いた。死ぬ決心は固いつもりだ。変えるつもりなんてない・・・
「駄目!絶対駄目!」
女の子は叫んで私の肩を掴んだ。そのままぶんぶんと揺すられる。
「何故です?さっきの人にもそう聞きたかったんです。この場を離れれば二度と会うこともないはずの私に、何故そういうことを言えるんですか?」
それは、私の本心だった。女の子は私から手を離して考え込む。
「だって・・・私、自殺は嫌いだから」
さんざん悩んだ末に、彼女はぽつりとそう言った。
「もちろん自分でもしないし人にもさせたくない。だから止めろって言うの」
「・・・自分勝手ですね」
「そうよ?でも、自分で譲れないって思ったことは最後まで主張していいと私は思ってるわ。自分のために生きてるんだもの」
「自分の為にですか?」
「そ。別に好き勝手やるってワケじゃないけど、人に合わせてばっかなんて私は絶対に御免だな」
譲れない物は人に合わせない。それはつまり、さっきの彼の言う自分に筋を通すって事なんだろう。
同じ事を言う同じ熱い瞳を持つ二人、か。
実は彼らは知り合いで、何か大事な物を守るためにこの街を走り回ってるんだったりして。殴り合いやトラックにへばりついてのカーチェイスを経て深まった友情はやがて愛情に変わり・・・
いけないいけない。また妄想にとらわれていた。そんな筈、無いよね。
「・・・さっきの人と、何だかあなたは似ています」
私は自分の妄想に笑いながら彼女に要約してそれだけを伝えた。
「そうなの?」
彼女はそう言って頭を掻きそのまま硬直した。
「うわっ!忘れてた!」
硬直の解けた彼女は一声叫び慌てたように振り返る。
何だろうと同じ方向を見た私の目にこっちへ来るバスが見える。
「ごめん!急いでるんだ!じゃあね!」
叫びながら女の子は勢いよく走りだした。
「あ!待って!」
私は思わず叫んだ。
「あなたが待ち合わせている人は背が高くて髪の毛を立てた黒ずくめの人ですか!?」
さっきの妄想がまだ忘れられない私は彼女にそう聞いてみた。
「え?違うけど?」
しかし彼女は不思議そうな顔でそう答えてきた。そうよね。いくら何でもそんな偶然あるはず無いわよね。
「そうですか・・・引き留めてごめんなさい。さよなら」
「うん、さよならっ!」
私がそう言って頭を下げると今度こそ彼女はバス停に走っていってしまった。ちょうど到着したバスに乗り込み息をつくのが見える。
あ、わたしもあれ乗ろうとしてたんだっけ。
気付いたころにはもうバスは発車していた。まあ、いいか。まだ時間はあるものね?
C−4 「最低な人(顔だけはよいので真剣に注意)」 死亡確率 30%
私はゆっくりゆっくり歩きながら新安浦駅を目指していた。
結構時間もたっちゃったから、多分彼はもう居ないだろう。でも、それでもよかった。あの二人に会って何だか気が晴れたというのが実際の所だった。
死ぬ気なのは変わらないんだけど・・・家を出たとき以上にそのことにリアリティがもてないんだ。
頭の中にあるのは、彼のくれた命題。
「全てがうまくいっているのに幸せじゃないって言うのが、一番辛い」
うまくいってるのに幸せじゃない・・・どういうことなのかな。
考えながら歩いていた私はふと足を止めた。
「ん?」
道ばたに男の人が一人うずくまっていたのだ。
さっきまでの私だったらきっと無視していただろう。でも、今の私には彼らの残していった熱気が残っていた。
「どうしました?どこか痛いんですか?」
言いながらその男性のそばにしゃがみ背中をさする。
「くっ・・・」
男の人は苦痛のうめきを上げながら顔を上げた。
「あ・・・」
私は思わず声を上げた。その人は、それほどに綺麗な顔をしていたのだ。今は、苦痛からくるらしい脂汗でびっしょりだけど、そんなこと全く関係ないほどの美貌がその人にあった。
「ちっ・・・」
男の人は私を一別してすぐに視線をはずす。
「あの、どこが痛いんですか?」
私は男の人にもう一度呼びかけた。
「うるせえ・・・黙ってろ」
男の人は唸るように私の言葉をはねつける。私はちょっとたじろぎながら再び彼に声をかけた。
「でも、苦しそうですし・・・救急車呼びましょうか?」
「うるせえ!黙ってろ不細工!」
「えっ・・・?」
あたしは美しい口から吐かれた言葉に呆然とした。
確かに私は可愛くないけど・・・そんなはっきり言わなくたって。
「はっ、いっちょまえにショック受けてやがる。お節介焼きめ・・・赤の他人の、しかもおまえみたいな地味な女に心配される程俺は落ちぶれちゃいねえ!」
男の人はよろよろと立ち上がる。
「あ・・・でも・・・」
私はショックで泣きそうになりながら何とか言葉を探した。
「まだ何か言おうってのか?俺に?この、俺にか!?どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって!あのチビもあの暴力クソ野郎もどいつもこいつも・・・畜生がっ!」
私は気付いた。
彼の目には私なんて映ってないんだ。
ただ、聞こえてくるノイズを消そうとしてるだけで私という人間がここにいることは、どうでもいいんだって。
事実、私が見ている前で彼はよろよろとどこかへ歩み去っていく。
私の事なんて、一度たりとも振り返らずに。
そうよね。これが現実よね。
あの二人は、それこそ特別な人だったってだけよね。私は、その他大勢に過ぎないんだものね・・・
私は、遠くを見つめた。視線の先に新安浦駅がある。
彼と彼女が居るはずの駅だ。
私は、その駅に背を向けた。
もう、あそこに行く必要はない。答えは出たんだ。
あの命題の答えはわからないけど・・・そんな物は気にすることはないんだってわかった。所詮、通りすがりに言っただけの言葉だったんだ。意味なんて無い。
私は歩き出した。
もういいや。安浦駅に行こう。時間なんてどうでもいい。
そこで、死のう。
C−5 「のんびりした人(綺麗で、かつ料理がうまいので注意) 死亡確率100%
私は安浦駅の改札口を見つめていた。
予定では夕日と共に飛び降り自殺っていうプランだったけど予定変更。電車に飛び込もう。飛び込んで死のう。
電車を止めると凄い額の罰金を取られる。止めた本人が死んだ場合その請求は家族に行く。両親への復讐にもなるし一石二鳥だ。顔を轢かれればもう不細工を気にする必要もない。一石三鳥。
改札口の前を通ると電車が停車する金属音が聞こえた。思わずびくっとしてしまう。これから、あの中に飛び込むんだ・・・
私は券売機に歩み寄った。これが生涯最後の買い物ね。
「あら、あら、あら、あら〜」
コインを券売機に入れようとしたあたしは隣であがった奇声に手を止めた。
綺麗な女性がそこにいた。白い肌によく似合う長い黒髪と人形のように端正な顔がとても目を引く。
その人は小銭入れから取りだしたとおぼしきコイン数枚を落としては拾い落としては拾いしていた。拾っても拾っても開けっ放しの小銭入れから次のコインがこぼれ落ちる永久機関。
「あの、小銭入れの口を閉じたらどうですか?」
見かねた私は彼女にそう呼びかけた。
「え?」
彼女はきょとんとして手元の小銭入れを見下ろす。
「ああ、確かにそうですね」
彼女は言ってぽんと手を叩く。
当然、開いたままの口から小銭が全て飛び出した。
「・・・困りましたねえ」
「あの、そんな人ごとみたいに」
私は少々たじろぎながら小銭を拾い始めた。女性もゆっくりとした仕草で小銭を拾い集める。今度はさすがに拾った物を落としたりはしないようだ。
「はい、これで全部です」
「どうもありがとうございました。このご恩は一生忘れず冥土へと持っていきます」
何か怖いお礼を言って女性は深々と頭を下げた。
「あ、何かお礼を・・・」
言って女性は考え込んだ。
「あ、いいです。それほどのことでもありませんから」
私は手を振ってそれを断った。これから死ぬ身では何か貰ってもしょうがない。
「いえいえ。そう!これを貰って下さいな」
女性は嬉しそうに足下に置いてあった紙袋を持ち上げた。
「な、なんですかそれ?」
気になったので取り敢えず聞いてみる。
「チョコレートケーキです。渡す筈の人と今日お別れしたので・・・余り物なんですけど食べてませんから。自分で言うのもなんですけど自信作ですよ?」
女性の明るい様子に私は今度こそ本格的にたじろいだ。
「お別れって・・・振られたのになんでそんなに明るいんですか!?それに、こう言っちゃ何ですけど余り物のチョコを女の子に渡すのはどうかと思います」
女性は暖かい微笑みで私を見つめる。
「余り物で悪いとは思っています。でも、あなたには甘い物が必要だと思いますよ?そんなに疲れた顔では、悪い考えしか浮かびませんから。糖分を取ると頭が活性化されるんですよ。知ってますか?」
「知ってますけど・・・知ってますけど、私には必要有りません!」
「必要ですよ。死ぬというなら、よく考えなくちゃいけないでしょ?」
私は体中が硬直するのを感じた。女性は暖かな微笑みのまま立っている。
「な、何を言ってるんです?」
私は絞り出すようにそれだけ言った。
「駅を見つめて何かを考え込んでいて、電車の音がする度にびくっとして、路線図も見ずに切符を買おうとしていました。おまけにその張りつめた顔です。すぐにわかりますよ」
ゆっくりそこまで言って女性は頬に手をあて手首を傾げた。
「こういう観察の方法は、今日まで付き合っていた人に教えて貰ったんですよ」
私は何も言えずただ彼女の顔を見つめていた。
「・・・もう決めたことですから」
私が呟くと彼女はこっくりと頷いた。
「そうですか。でも、このケーキは食べて下さいね。一人で食べるには大き過ぎるし、捨ててしまうには自信作過ぎますから」
私は、しばし迷ってから大きく頷いた。
駅前のハンバーガーショップの三階で私達は買ってきた紅茶を飲みながらケーキをつついていた。
渡辺と名乗った彼女のケーキは、彼女の言うとおり絶品の出来映えだった。そこらの店のケーキと比べても間違いなくこちらの方がおいしい。
「コストとか売れ筋とかを考えないでいいからですよ。商売としては料理を作れない質なんです」
彼女はそう言ってにっこりと笑った。
「・・・止めないんですか?死ぬのを」
ひとしきり食べてから私はぼそっと聞いてみた。
「ええ。止めませんよ?」
彼女は相変わらずの笑顔でそう告げた。
「だって、考えた末にそう決めたんですよね?だったら私は何も言えません」
そうよね。あなたも、通りすがりの他人だものね?
「なんて、偉そうな事言ってますけどほんとは違うんですよ」
思いがけない言葉に顔を上げると、渡辺さんの顔は笑っていなかった。
「本当は、私も死にたいだけなんです」
「え?」
私は口を半開きにしたまま彼女の顔を見つめた。
「ふふ・・・」
彼女は静かに俯き笑いながら顔を上げた。
一瞬、別人かと思った。
非常識なくらい暖かい笑顔を浮かべていた渡辺さんが、今は人間性の欠片も感じられない冷たすぎる笑いを浮かべていたのだ。
「彼の居ない人生なんて、考えたくもありません。そんなもの、あり得ません。私の方から別れを告げたとなればなおさらです。彼は、友人として接してくれることすらないでしょう。完全な、破滅です」
私は口をぱくぱくさせた。一瞬前まで暖かな光に満ちていた彼女の目。それが今は私などを遙かに超越した虚無を映し込んでいたのだ。
「今この瞬間にでも私は死にたいと思っています。出来る限り醜い方法で。それがこの気持ちを閉ざす一番の方法でしょうから」
渡辺さんは笑っている。会ったときに見た暖かい笑いとは似ても似つかない妖艶な、そして狂気を秘めた笑顔だ。私はその場から1秒でも早く逃げ去りたい衝動に襲われた。
「どう思います?どんな死に方が一番汚いかしら?首吊り?水死?焼死体なんておよそ人間とは思えないんですけど見たことあります?それとも頭から飛び降りて顔をぐちゃぐちゃに潰しちゃった方がすっきりするかしら?眼球に針を差し込むと脳に届いて狂い死にするらしいですね。それはそれでとても醜いと思いません?」
ゆっくりと告げられる言葉の一つ一つが私の心に彼女の死に様を描く。
「いっそのことあなたのやり方でやってみましょうか?線路に対して縦方向に飛び込めば体中をぐちゃぐちゃに潰してくれるかもしれませんね」
私は震えていた。これまで向き合ったことのない<死>そのものに、私はどうしようもなく怯えていた。目の前の綺麗な人が、醜い死体になるところなんて考えたくもなかった。
「さあ、どれがいいかしら?あなたが選んだ方法で私は逝くことにするわ」
「え・・・あ・・・」
目を見開き口もきけない私に渡辺さんはぐっと顔を近づけた。
「どうです?どうやって私を殺したいですか?どれを選んでも私には一緒ですよ?だって、死んじゃえば一緒ですものね?さあ、早く!」
「だ、駄目ッ!」
私は思わず叫んでいた。周りの目なんか気にしてられない。
「駄目よ死んじゃ!絶対に!駄目ッ!」
「何故です?あなたは死んでもいいのに、私は駄目なんですか?」
私は言葉に詰まった。
「でも駄目!死んじゃ駄目ですよ!お願いだからやめて!」
「わかりました。それならやめます」
渡辺さんはそう言ってにっこり笑った。
「え?」
多分、生涯を通してもこの時ほど間抜けな顔をすることはないだろう。私は口や目を限界まで大きく開けたまま動きを止めた。
「ですから、死ぬのはやめます」
え?え?え?え?
「私はあなたがそう言ってくれるから、死なないでおきます。その代わりあなたも死んではだめですよ?自分の発言には責任を持たなくてはいけませんからね」
そう言って笑う渡辺さんの顔にはさっきまでの暗さは微塵も感じられない。
そ、それってひょっとして・・・
「今の・・・全部お芝居ですか?」
「はい」
彼女はそう言ってぺろっと舌を出した。
私は脱力してテーブルに顔を伏せた。至近距離のケーキが何とも言えずおいしそうな香りを放つ。
「私!食べますっ!」
ばっと飛び起きて私はそう宣言した。
「はい、めしあがれ」
渡辺さんが返事するよりも早く私はケーキの残りにフォークを突き立てた。
いわゆるやけ食いだ。
・・・私は、彼女のせいで自分が死ねなくなってるのを感じたのだ。だから、死のうとしていた自分に哀悼の意を表して私は食べ続けた。
「えっと、島崎さん・・・でしたっけ?」
渡辺さんが頬に手をあてて尋ねてきた。
「美紀。名前で呼んで」
自棄になってる私は思わずそんなことを言っていた。
「はい。では美紀さん・・・さっき言ったこと、死ぬつもりだって言うのは嘘ですけど、他は全て本当なんです」
私はずり落ちた眼鏡を直しながら渡辺さんを見つめた。口にはケーキがいっぱいに詰まっていて喋れないので首を軽く傾けて疑問符を表現する。
「景一さんと別れたのも、彼なしの生活が考えられないのも、死にたいくらい絶望したのも本当です」
「・・・じゃあ、何で死なないことにしたんですか?」
私は口の中のケーキを紅茶で飲み込んでから尋ねた。
「女の子に会ったんです」
渡辺さんはそう言ってにっこり笑った。急な話の展開に私は首を傾げる。
「元気で可愛い人でした。私が彼と別れるって言ったら凄く怒って・・・その日会ったばかりの彼とその日会ったばかりの私の別れ話にですよ?それで、景一さんほどいい人はどこにも居ない、あの人を振るなんて見損なったわって言われました」
なんと口を挟んでいいかわからず私はむやみやたらにケーキをかき込んだ。
「直感といっても良いと思います。私、感じたんです。この娘は景一さんのことが好きなんだって。そうでなくても、景一さんのことが好きになるって」
ずずっと紅茶を飲んでから渡辺さんは相変わらずのスローペースで続けた。
「そして、もう一つ感じたことがありました。ほんの少ししか喋っていない私とその娘でしたが・・・私はその娘の事がたまらなく好きになったんです」
渡辺さんはそこまで言って「あ、そう言う趣味じゃありませんよ?」といいながら手をぱたぱたと振った。
「私と彼は、とても似ていたから・・・だから、私が好きになった彼女を彼も好きになるって確信したんです。そう思ったら・・・彼が幸せになれるってわかったら・・・もう、死ぬ気なんて無くなってました。私は、彼の近くにいられればそれだけで幸せですから。彼が幸せならそれで、両思いでも幸せになれなかった私達にすれば一歩前進だな、と」
はっきり言って、話の内容は半分もわからなかった。でも・・・
「全てがうまくいっていても幸せじゃないときはあります。逆に、うまくいかない中にも幸せになるきっかけは隠れていたりするものなのですね」
彼女の結びの言葉に私は大きく目を見開いた。
「わ、渡辺さんっ!」
「は、はい?」
渡辺さんは私の剣幕にちょっとのけぞった。彼女のリアクションとしては最大級に驚いている。
「あの、渡辺さんの付き合っていた人って・・・大きくて、髪を逆立てていて、今日は黒ずくめでしたか!?」
「ええ。よくご存じですね?」
嘘・・・今日はどうしてこう偶然が偏ってるの?
「あ、いや・・・ちょっと会ったもので・・・」
そうですかと渡辺さんは頷く。私は自分の口元に付いていたチョコレートクリームをナプキンで拭ってから改めて口を開いた。
「その時に言われて以来気になっていたんです。うまくいってるのに幸せじゃないって言葉が・・・どう言う意味なんですか?私、何もかもがうまくいってなくて・・・うまくいっていればとずっと思っているんですけど・・・」
渡辺さんは静かに微笑んだ。
「ついさっきまで私もわからなかったんです。多分景一さんもそうだったんじゃないでしょうか・・・幸せって、それ自体が独立した概念だって事なんですけどね」
「独立した?」
「そうですよ。どんなにうまくいっていないときだって、そこから先はもう登るだけだって思えば気が楽でしょう?結局、幸せとは今ではなく未来を指差しているんでしょうね」
あ・・・と、私は口を開けた。今日、この数時間に言われたことがぴたりと一つの答えへと集約されたのだ。
「わかったような気がします・・・今この時に感じる楽しさを自然に受け取れる状態、それが幸せ。自分の中の譲れないものを認め合って、無理をせずにそれが受け入れられれば・・・それが、二人の幸せ」
渡辺さんは相変わらずの暖かい笑顔で頷いた。ふと窓の外を見て一段と暖かい笑みを浮かべる。
「要するに、ああいうのを幸せって言うんでしょうね」
渡辺さんはそう言って窓の下を指さした。
黒ずくめの彼が居た。小さくて可愛い彼女が居た。二人はまたしても走っていた。
相変わらず、楽しそうに。見ているこちらまで楽しくなる笑顔で。
「・・・ホントにわかりやすい例ですね」
私が言うと渡辺さんは笑って立ち上がった。
「どうしたんですか?」
尋ねると、いたずらっぽい笑みが返ってきた。
「追いかけるんですよ。それが一番楽しそうです」
「つまり、幸せになれそう・・・と」
私もそう言って笑いながら立ち上がった。
ケーキの残りを手早くまとめゴミはゴミ箱に素早く投入する。不要になった紙袋も一緒にゴミ箱に放り込んで準備完了。
「じゃあ、行きましょうか」
一階に降りた私に渡辺さんが尋ねてきた。
「渡辺さん、走るの得意ですか?」
「こう見えて意外と運動神経はいいんですよ?」
意外だ。
「それに・・・私は景一さんを追いかける専門家ですから」
言ってから渡辺さんは軽くウインクした。
「頼もしいですね。じゃあ、行きましょうか!」
私達は走り出した。
スラップスティックな一日はようやくお昼を回った所だ。先は長い。
でも、これだけは確か。
もう、死ぬ気なんてこれっぽっちもなくなっていた。
C−6 「地味な人(頑固だけど幸せだから注意)」 死亡確率 0%
私は自分の家の前で立っていた。
空を見上げる。冬の早い落日はとうに姿を消し星と月が静かな光を私の目に届けてくれる。遊び疲れた私にはとても心地よい。
今日の朝まで、私の人生は何もかもがうまくいっていなかった。
今日だって人生最悪の日で人生最後の日だなんて思っていたのだ。本当に恥ずかしい。
「水島さん、遠藤さん、渡辺さん、ついでに高橋とかいう超絶的無神経男・・・」
今日会った人の名前を列挙してみる。
そうだね、こんな日もあるしね?
もう、死ぬ気なんてこれっぽっちもない。うまくいってないなんて思ったりもしない。その気になれば、きっと幸せになれる。
就職だって恋だって何とかなる。親だって大丈夫。自分の中にピンと筋が通っていれば何を言われたって落ち込んだりしない。
私はふと思いついて眼鏡を外してみた。
水島さんによれば、眼鏡が私を地味に見せている原因であり、同時に私の魅力なんだそうだ。結局、心がけ次第だとは遠藤さんの意見。今のままでも綺麗ですよとは渡辺さんの意見だ。あんな超が付く綺麗な人に言われてもねえ・・・
結局私は眼鏡をかけ直した。
地味だってかまうもんか。わかる人はわかるんだもんね。それで全て、問題なし。
きっと私は私なりに変わっていける。あの人達と一緒ならきっと・・・
「ただいま!」
私は、勢いよく扉を開けた。
<Count Down Side−C
and All Scenario is end>