D−1 「二人なりの結論」  20分後  公園内ベンチ

 水島は所在なさげにベンチに座っていた。あれだけいろいろあったわりにまだ朝と言っていい時間帯だ。公園内に人影はあまりない。
「水島さん・・・」
 不意にかけられた声に水島は視線だけを横にやった。
「遅い」
「しょうがないでしょ?新安浦よりも浜舞の方がここから遠いんだから」
 遠藤は小さな声でそう言いながらベンチの隅にちょこんと座り込んだ。
「・・・どっちから話す?」
 水島は前を向いたままで口を開いた。
「レディーファーストよ。私が先に言うわ」
「俺は保守的でな。女は男の後だ」
 二人して黙り込む。
「じゃん、けん」
「ぽんっ!」
「・・・俺からだな」
 遠藤は硬い表情で頷いた。
「率直に言う。俺はおまえのセンパイを殴っちまった」
 遠藤の目が驚愕に見開かれる。
「その・・・伝言役が俺みたいな奴だったんでセンパイが怒っちまってな・・・俺のミスでチョコを割られちまったんで、頭に血が上ってつい」
 恐る恐る横を見る。遠藤は無表情に空を見つめている。
「すまない。殴って気が済むなら、いくらでも殴ってくれ」
「・・・私も、話していい?」
 水島はぴくっと片方の眉を上げて頷いた。
「私もね、あんたの彼女殴っちゃったの。もちろん平手だけど・・・私ってこんなんだから失礼なこといっぱい言っちゃって。で、反論されたんでばしっと・・・私こそ覚悟は出来てるわ。思いっきりやっちゃって・・・」
 話すべき事の無くなった二人を冷たい風がなで回す。
「・・・水島さん、嘘ついてるでしょ?」
「・・・おまえもな」
 長い長い沈黙の後、二人はそう言って頷き合った。
「おまえのセンパイとやらは、おまえの体目当てだ。おまえの愛情表現は子供っぽくて相手に出来ないといったんで殴り倒した」
「渡辺さんは自分が演技するのも水島さんに演技させるのにも疲れたみたい。理想通りの人だけど、あなたと二人そろって幸せになることは、多分出来ないって言う伝言」
 言い終わって、二人の表情は以外に明るかった。
「ショックじゃねーのか?」
「実は、噂には聞いてたから。何回か友達にも忠告されたし。あのセンパイ、千人斬り目指してるらしーわよ?」
「千人!?」
「しかももう折り返してるらしいわ」
「・・・有る意味、男のロマンだな」
「最低」
 遠藤は冷たい目で水島を睨んだ。
「あいつ・・・」
 その視線を軽く受け流して水島は呟いた。
「久美子は、俺と似すぎてたな。何も考え方や感じ方まで似てる必要なかったんだ。俺も、あいつを通して自分の幻想を追いかけてたんだから」
 苦笑いしながら続ける。
「でも・・・この1年半、悪くはなかったよ。あいつも少しは楽しかったと思ってくれていればいいんだが・・・それは贅沢か」
「ううん、楽しかったって言ってたよ」
「そうか・・・なら、よし」
 ふうと息を吐くと白い霧となってその息が拡散していくのが見える。ふと思い出して水島はバックを遠藤に差しだした。
「これ、返すよ。チョコは割れちまったけど」
「さんきゅ」
 遠藤は手を伸ばしてそれを受け取った。中を漁り小さなチョコレートを取り出す。
「・・・人生初めてのチョコがこれじゃあ、お先真っ暗って感じ?」
「最初の一個が重要なんじゃねえぞ。最後の一個が重要なんだ」「ちょっと名言っぽいわね」
 やっと見れた遠藤の笑顔に水島は少しどきっとした。
「・・・ほんと、こんな事になるなんて思わなかったな」
「それは俺だって同じだ」
 再び静寂が訪れた。
「あー、もう!やめやめ!こんなの私達らしくない!」
「達というな達と。俺は孤独の似合うニヒルな男なんだぞ?」
「どこが?」
 水島は目を細めて遠藤を見つめる。
「おまえさ、つっこみが素っ気なさ過ぎ」
「別にお笑い目指してるわけじゃないもの」
「そんなんじゃ難波はもちろん浅草にも立てないぞ」
「なんでやねん!たたへんゆーとるやろーが!」
 遠藤は手首のスナップを利かせて手の甲で水島の肩を叩いた。
「それだ!」
 水島はびしっと親指を立てる。
「・・・ほんと、馬鹿なことばっかりやってるわね。私達」
「嫌か?」
「嫌って事無いけど・・・でも」
 遠藤はそこで言葉を区切って立ち上がった。
「でも、私達は赤の他人だから・・・楽しい時間も、これで終わり」
 そのまま遠藤は歩き出した。バックを肩にかけ直し、足早に。
 公園を出ようとしたところで、そのバックから、おもむろに着信音が流れた。
「え?」
 立ち止まりバックから携帯を取り出す。
「もしもし?」
「・・・おまえが思ってる以上に俺は抜け目無く、そしてずーずーしくてな」
「み、水島さん!?」
 慌てて振り向くと、水島はさっきのベンチに座ったまま携帯を握っていた。
「さっき番号は俺の携帯に登録しておいた。俺の番号もそっちに入ってる」
 思わず携帯を見つめてしまう。
「だから、もう他人じゃねえぞ。番号ごと変えない限り俺はかけるからな」
「・・・何の為によ」
 水島は困った。
「そりゃあわかんねえけど・・・おまえ、おもしろいからな」
 少し首を捻る。
「いや・・・俺が、楽しいからかな」
 遠藤は自分の顔が熱くなっていることに驚いた。
「電話越しだってのに感謝しなくちゃね」
「何が?」
「あやややややや!何でもないのよ!なんでも・・・」
 遠藤は深呼吸してから改めて口を開いた。
「ま、私もあんたと話してると楽しいんだけどね」
 言ってから眉をひそめる。
「でも、振られ者同士が振られた当日にってのはまずくない?」
「・・・別に今すぐ付き合おうってわけじゃねえしいいんじゃねえ?」
 お互いににやっと笑う。
「まあ、友達くらいならいいかしら」
「そだな・・・じゃあ、友達の印にそのチョコレートをくれないか?」
 遠藤は口を開けたまま硬直した。水島は立ち上がりゆっくりと遠藤に近づく。
「で、でも。このチョコ・・・余り物だよ?おまけに割れてるし」
「そいつに詰まってた思いは割れちまったんだろ?残ってんのはおまえの手作りだって事実だけだ」
 目の前で立ち止まる。長身の水島と遠藤の身長差は実に50センチ近い。自然、見上げるような形になる。
「いいの?これで」
「それがいい」
 見上げる視界が、じわっとゆがむ。
「お、おいどうした!?泣くなよ」
「別に・・・ただ・・・何かうれしくて」
 水島は頭を掻いた。どうも調子が狂う。でも、悪くない。
 遠藤は手の甲で乱暴に涙を拭うとにやっと笑って口を開いた。
「じゃ、まあ振られ男君にお恵みって事でこのチョコをあげましょう」
 そう言って頭上の水島にそれを差し出す。
「うむ。貰っておいてやろう」
 水島もわざとらしく頷きそれを受け取る。
「な、なんか・・・むっちゃ恥ずい・・・」
「言うな。俺もだ」
 二人は、いつまでとなく、笑い続けた。

D−2 「エピローグ(おまけ)」 40分後  潮若公園内

「さて、これからどーすっかな」
 水島は呟いて頭を掻いた。
「どーしましょっかね」
 呟きでそれに答えた遠藤はふと水島の背後に目をやった。
「あら?犬」
 水島のすぐ後ろに野良犬だろうか?やせた犬が座っている。
「い、犬!?」
 水島はびくっとして振り返った。
「うおぉっ!?」
 足を嘗めんばかりの近さで座っている犬を見て大げさのけぞる。
 その手から、ぽろっとチョコが落ちた。
「ばう」
 そして、落ちてきたチョコの箱を犬がくわえ込む。
「あああああああっ!何やってんのよ!」
「犬は嫌いなんだよっ!」
 それを見た二人は慌ててチョコ取り返そうと手を伸ばす。
「ばう」
 あまりの剣幕におびえたらしい犬は二人に背を向けてさっさと走り出した。
 無論、チョコをくわえてだ。
「嘘・・・」
「マジかよ」
 呆然と呟いて二人は顔を見合わせる。そして、おもむろにダッシュを始める。
「何で毎回毎回こうなるわけ!?呪われてんじゃないのあんた!?」
「知るかよ!あのクソ犬にそういうことは言え!」
 二人は犬を追いかけて全力で走っていった。
 ロマンチックでも何でもないそんなシーンが。
 つまりは、彼らなりの結末だった。

追記 犬を追いかけた彼らはその後犬からチョコを取り戻すのには成功したものの例によってトラブルにみまわれ、その日一日を走り回って過ごすことになる。合掌。

<Count Dawn Side D End> 

 

   Go to the Side−C (島崎 美紀)