深紅の光が機体をかすめて消えた。
 美しくさえあるその光はしかし膨大な熱量と衝撃で人型戦車をよろめかせる。もしも装甲の薄い部分に直撃を喰らえば痛みを感じる暇もなく死が訪れるだろう。
 速水は士魂号と接続していない右手で額に浮かんだ汗を拭った。 
「どうした速水!そなたらしくもないぞ!」
 いつものように頭上から叱咤する舞の声に曖昧に頷き、何とか闘志を燃やそうと速水は『敵』を見つめた。
「餓ァァァァァァァァッッッッッ!!!」
 咆吼と共にその幻獣の右腕に複雑な紋様が浮かび深紅のレーザーが放たれる。
「・・・!」
 声にならない叫びと共に速水は回避を試みるが、嘘のように重い体が邪魔をし直撃を避けるのが精一杯だ。どろりと脇腹の装甲が溶けて駆動部にまとわりつく。
「速水機被弾により性能低下!反応速度下がっています!」
 通信セルを通して聞こえる瀬戸口の声が遠い。
 戦場に立っているというのに。目の前の敵は最強の幻獣だというのに。
 いや、わかっている。
 最強の幻獣ゆえに、だ。
 
 速水厚志は今、『竜』と戦っている。
 その竜の名は、狩谷夏樹といった。

 竜を殺す理由ならある。絢爛舞踏とは、つまり竜を殺す存在なのだから。人という種族の『強さ』が幻獣にまさることを体現した存在なのだから。
 そして竜を殺す力もある。極限まで研ぎ澄まされた戦いの感覚が教えてくれる。自分は、竜よりも強いと。
「だけど、駄目だ・・・」
 我知らず呟く。
 300を越える幻獣を狩った身が何を言うかとも思うが、それでも速水には竜を殺すことは出来ない。火の国の宝剣が定めた運命に従い竜殺しを行うわけにはいかない。
 ・・・竜を殺せば、彼の仲間が一人死ぬのだ。
「何が駄目なのだ速水!来るぞ!」
 アサルトライフルの200mm弾をばらまきながら苛立たしげに舞が叫ぶ。
「あれは狩谷だ!僕には殺せないよっ!」
「速見君、全力で殺しなさい。手加減出来る相手じゃない」
 速水の叫びに坂上からの通信が割り込んだ。
「嫌だっ!」
 悲鳴ともつかぬ声をあげながらも速水は土を蹴り上げ蛇行し出来うる限りの『回避』を行う。だが・・・
「うわあっ!」
 直前で機体を捻った為に展開式装甲に当たったとはいえ、ついに直撃弾が士魂号を襲った。左腕に伝わった衝撃に握っていたアサルトライフルが吹き飛び女子校の校舎に激突する。
「何を迷っておる!戦わねば死ぬぞ!」
「君まで狩谷を殺せって言うのか!?」
 絶叫に眉をしかめて舞は踵で速水の頭を蹴飛ばした。
「たわけ!誰が殺せと言っておる!そんな楽などさせるものか!もっと頭を使えと言っておる!すぐに殺すだけなら誰でも出来るではないか。そなたも芝村ならば竜を倒して尚狩谷を助ける方法くらい考えてみせよ!」
 速水は一瞬きょとんとした。一瞬して、笑いがこみ上げてくる。
 無茶苦茶だ。でも、これ以上無いほどに正しい。
 何を迷っていたのだろう。戦うことと殺すことは直結しているわけではないはずだ。少なくとも、殺すために戦ってきたわけではないはずだ。
「む。何を笑っておる」
 速水は微笑んだまま首を振った。彼女の真っ直ぐな信念はいつも迷いを吹き飛ばしてくれる。
 それは、断じて彼女が『芝村』だからではなかった。
「舞は、どこまでも舞だね・・・」
「当たり前だ。我らはどこまでも正しい。そして我らは誰よりも楽観主義者だぞ」
 舞は少し迷ってから大きく頷く。
「そなたは、私のカダヤであろう?二人でこの戦争を終わらすと誓ったのではないか。ならば約束を守って見せよ。そなたに出来ないことは全て私がやる。そなたは私に出来ないことをやって見せよ。そうであれば、我等に出来ないことはないという道理だ・・・私は猫にさわれもしないが、そなたは話すことすらできるのだろう?」
 相変わらずどこかずれた事を言ってくる舞の言葉に速水はふと自分の腕を見た。
「猫か・・・それは・・・」
 猫族最強の勇者と名乗った彼と夜明け前に交わした言葉が甦る。その前日に・・・絢爛舞踏になった夜に来栖から伝えられた力も。
「精霊」
 呟いた速水の身体にバチッと音を立てて青い光がまとわりついた。

「速水機、右腕部武装廃棄!」
 瀬戸口の報告に善行は信じられないと言うように首を振った。
「何をしているのですか・・・いや、彼の行動が理解できないのはいつもの事ですが・・・今回のは・・・」
 女子校の校庭で行われている死闘を遠く見守ることしかできない。それがもどかしくもある。竜は出現と同時にハンガーテントを砲撃したが外に止めてあった指揮車両は何とか無事だったので通信指揮はできるが、それだけだ。
「・・・気付いたか速水。大切なのは、LOVEだぜ?」
 オペレーターシートのモニター越しに瀬戸口は青い士魂号を・・・彼の次代の絢爛舞踏を見守りながら、誰にも聞こえないように呟いた。

「800万の精霊達よ!僕が絢爛舞踏だ!君たちの代理として今ここに居る!」
 速水は咆声と共に左手の多目的水晶にイメージを伝えた。殺すためではなく、倒すための、正す為の力。許すための、力を。
 速水の意志が、士魂号の両腕に透明塗料で記された複雑な紋様を激しく浮かび上がらせる!
「意味のない腕の紋様・・・この為に!?」
 原が困惑とも感嘆ともとれる声をあげた。
 モニターの向こうで、士魂号が両の掌を組み竜に向けている。
「・・・精霊手」
 来栖は呟いて帽子を被り直した。

 次の瞬間。
 ぅおん!
 吠えるような異音を発して青い光が龍を撃った。
「倶、餓ぁああああああああっ!」
 ジャイアントバズーカーを遙かに上回る純エネルギーの塊を受けて龍は初めて苦痛の声をあげる。
「あれは・・・あの光は・・・」
 信じられないと言うような面もちで壬生屋は呟く。
「あれは光輝。光輝を背負うもの。光る手・・・この世に再び・・・精霊を使う者が戻ったのか・・・」
「なんですか?それは」
 どこか寂しそうですらある呟きに坂下は振り向いて質した。
「伝説です。人の口に出ることはあっても、決して見ることが出来ない種類の」
 壬生屋は竜の放つ光条を舞うように回避する士魂号を遠く見やり、自分に言い聞かせるように呟き続ける。
「闇深ければ、そこに輝く星あるように。太陽が沈めば人を見守る月が出るように、あしきゆめを滅ぼしによきゆめが出る。人類発祥時から本来幻獣と戦うのは彼ら。我々のような・・・ただの人間ではなく」
 再び放たれた精霊の光を竜は咆吼と共に受け止める。200mm弾の直撃には傷一つつかなかったその鱗がきしみをあげてひび割れた。
「だが、彼らが滅んでしまったためにゆめはゆめでなくなった。そして幻獣が実在化したはずだったのですが・・・」
「何百年ぶりかで、本来やつらと戦う者が出たと?」
 坂下の問いに壬生屋は俯くことで答えた。
「遠くへ、行かれてしまったのですね・・・」


「ふむ。変わった物を使うな」
 速水の身体を包む青い光を見やって舞はそう言った。
「・・・驚かないの?」
 士魂号の上体を激しく振り回すようにして回避行動をとって速水は聞き返す。
「私が見たものが真実だ。真実がそうなっている以上、知らなかったと驚いてわめいても、仕方あるまい。そなたに光る知り合いが居たのは知らなかったが、まあそういうこともあるだろう。それが我らの考え方だ」
「偉大な人だ・・・というより変な人だ・・・」
「・・・そなたは時折どうしようもなく失礼だな。来るぞ!」
 直撃コースの一撃を速水は精霊手で相殺した。余波が士魂号の全身を打つ。
「回避できなかったか。やはり動きが固くなっておるな。そなたが士翼号なぞで遊んでおったからメンテナンス不足だぞ」
「それはもう言わないでよ」
 苦笑して速水は聖銃レーザーを横飛びで回避してみせる。
「大丈夫。士翼号に一人で乗っているよりも、士魂号に乗っているときの方が僕はずっと強いよ。舞と一緒だからね」
「ば、馬鹿者!戦闘中に恥ずかしいことを言うな!」
 真っ赤になって叫んだ拍子に舞は大きく揺れたコクピットの壁面にごつんと頭をぶつけた。
「大丈夫?」
「・・・明日の朝も、身体の節々が痛むのは確かだろうな」
 真っ赤な顔のままそう言って舞は一つ咳払いをした。
「と、ともかく、長引けば不利だ。攻勢に出るぞ。ミサイルをおとりに使うから適当なタイミングで突っ込め」
「了解!」
 速水は機体の周りに現れたリング状のレーザーをしゃがんでかわしながら答える。相棒であり、同時に恋人同士でもある二人に長々とした打ち合わせなど必要なかった。
「犠、餓ぁぁぁぁぁぁっっ!」
 激しくレーザーを放ち弾幕を形成する竜の、ほんの僅かな死角。速水はすり足でそこへと移動した。聖銃の光がかすめると同時に士魂号は人工筋肉に持てる限りの力をを込めてダッシュを始める。
「羅、逗ぅっ!」
 竜はその身体から拡散レーザーを放ち士魂号を迎え撃った。
「それを待っておったぞ!」
 舞は叫びトリガーを引いた。副座型のもっとも目立つパーツ・・・背部ミサイルランチャーが開き何十発という小型ミサイルが竜を、否、竜のはなった光条へと突き進む。
 ズドンっっっ!
 一斉に破裂したミサイルの閃光に竜は一瞬その赤い猫目を細めた。
「餓瑠ぅ!?」
 瞬間、竜の頭に重い衝撃が伝わる。反射的に閉じ、また開いたその視界に、身長8メートルの侍が居ない。
「精霊よっ!」
 声は、背後から聞こえた。
「よし、いけるぞ!」
 指揮車の側にいた誰かが叫ぶのが聞こえる。竜の頭を支点に体操の跳馬のごとく宙を舞った士魂号は着地と同時に両手を組み、青い光を纏ったその腕を竜の無防備な背中に向ける。
 その時。
「・・・僕が、そんなに憎いのか?」
「え?」
 速水は思わず呟いた。狙いを付けたその背中、そこには顔があった。鱗に覆われた背中に埋もれるように、見慣れた顔が。
 その顔が紡いだ、聞き慣れた声にほんの一瞬速水は躊躇した。
「し、しまっ・・・」
 そして、その致命的な瞬間を竜は見逃さなかった。
「倶轟っっっっ!」
 咆吼と共にその左腕が振り返る動きのままに士魂号の胸部へと叩き込まれる。
 ぐちゃっ。
 響きわたった音は、妙に柔らかかった。


 

                                <その2へ>