「腕は後回しでもいいわ!ともかく足と腰を重点的に交換しなさい!」
 自身神の領域と言える早技でアキレス腱のパーツを交換しながら原が指示を飛ばす。
「栄養ペースト補給完了しました!」
「フフフ・・・右足人工筋肉応急処置終わり。エライ、エライィィィィ!」
「あ、あの。頸椎シャフト交換完了しました・・・痛っ・・・」
 原は各部に士魂号の取りついた部下達の報告を聞きながら竜を見上げた。逆上し無照準のまま聖銃を乱射している竜の背中で狩谷の顔が恨めしそうに天を仰いでいる。
(・・・竜も、士魂号も・・・素材はヒト・・・なんて罪深い・・・私達)
 

 竜は焦っていた。こんな筈ではない。竜は最強であり、同じく最強である絢爛舞踏以外は敵ではないはずだったし事実これまで竜は数え切れない敵を葬ってきた。
 敵?
 狩谷は自問する。
 抵抗もできない一般人の下半身を食いちぎることが敵を倒すことだろうか。
 竜は自答する。
 そうだとも。僕だけがこんな目にあっていい筈がない。
「みんな、後一息よ!後は椎間板ダンパーを手伝って!」
 ふと、聞き慣れた単語に意識が戻った。背中に付いている狩谷としての目をぎょろりと動かすと装甲は付いていないながらも殆どの駆動装置を修復された士魂号複座型が目に入る。
「馬鹿なっ!こんな短時間で!」
 狩谷としての常識のせいか、思わず声が漏れる。
「・・・!気付かれた!」
 叫びながら見上げる整備主任の目にも、一瞬だけこちらを見て作業に戻る整備員達の目にも、欠片ほどの恐怖もない。絶望もない。憎しみですらも。
 狩谷が囚われている、そして全ての人類に取り憑いているはずのそれがこいつらには・・・いや、さっき無茶な攻撃を仕掛けてきた奴らにも聖銃の光を相殺した精霊戦士と墓守りも・・・5121小隊と呼ばれるこいつらには最強の竜を前にしている恐怖が全くない。
 何故だ!?
 もはや竜とも狩谷ともつかぬその意識が自問する。
 狩谷の部分が自答した小さな呟きを、しかし竜は即座に否定した。
 違う。こいつだ。この絢爛舞踏がまだ死んでいないからだ。今のうちに・・・まだ動けぬうちに・・・今度こそ、死を!


「厚志!機能回復率8割を越えたぞ!」
 舞の声に頷きながら厚志はこちらに聖銃を向ける竜を眺める。
「皆を下がらせよ!撃って来るぞ!」
「・・・大丈夫。援軍が来たよ」
 テレパス能力でそれを感知した速水は呟いて士魂号の首を僅かに動かした。その機械仕掛けの瞳がそれを見つけるより先に竜の右腕が至近距離から赤い光を放つ。
「僕の勝ちだな・・・」
 口の端を歪めて呟いた狩谷の目が驚愕に見開かれた。
「なに?くそ!なんだこの青い光は!」
 士魂号を青い光が包み込むように護る。思わずしゃがみ込んだ整備員達がその中心を・・・士魂号の腹に二本足で立っている見慣れた彼を見てぽかんと口を開ける。
 そこに立っていたのは赤いベストと同じく赤い首輪をつけた大きな猫だった。
 猫族の英雄妖精・・・その名を、ブータニアス・ヌマ・ブフリコラという。
「立て!伝説よ。お前の役割は終わっておらぬ。伝説は最後に、大逆転するものだろう」
 意外に若々しい声で叫ぶブータを竜は深紅に燃える瞳で睨み殺そうとばかりに見つめる。
「・・・万物の精霊。この期におよんで、まだ万物の精霊を呼ぶか!人が太古に捨てた感傷まで動員して・・・。そうしてまで僕が憎いか!」
「感傷ではない。ひとのゆめだ。人が生きる時、ゆめがうまれる。暗い絶望と嫉妬のゆめだ。憎しみと後悔が産む、自分は罰せられるだろうという、ゆめだ」
 喚くような声にブータは毛を逆立たせて叫び返す。
「だが、それでもひとが生きようとするときに、もう一つのゆめがうまれる。はかなく頼りないが、たしかに存在する夢だ。どこかで誰かが自分を見守っている。影で人知れず、あしきゆめと戦っている!弱い自分だが、我もだれかのために戦おうと!」
「みんな、何ぼーっとしてるの!作業を続けるわよ!」
 原の檄に整備員達は慌てて修理を再開した。
「我等神族は、その決意!存在せぬが、ひとが信じるそれゆえに、血肉を与えられ、あしきゆめと永劫に戦うよきひとのゆめ!さもあるように語られる、ありえない伝説。だが、人が戦うには十分な理由!人が人を信じるに十分な理由!され!あしきゆめよ!夜がくれば朝が来るように、希望と言ううすあかりと共に、人の心に、よきゆめが戻ったのだ! 」
 雄々しく叫ぶブータの目がふと和らいだ。竜の背後、指揮車の中にいるはずの少女を思い浮かべてひげを揺らす。
「世界は再び選択した!生きようと!生きて再び明日を見ようと!」
「応急処置完了!テスト・・・運動性能、火器管制、操縦系統、オールグリーン!」
 森の報告に原は大きく頷いた。ちらりと見上げたブータはひときわ大きく声をあげている。
「もっとも新しい伝説よ!人々の願いよ。この悲しみを終わらせるときが来た!生きる者と死んだ者達の願いを拳に託し!万物の精霊となった昔のゆめを飲み込んで!最強の伝説となったそのゲンコツで・・・」
 原が手を振ると同時に整備員達は一斉に待避を始めた。
「一発ギャフンと!大逆転してこい!」
「ああ!」
 速水の声。それと同時に士魂号は立ち上がった!
 間近でそれを見上げる整備員達の口から歓声がもれる。
「そんな物でひとのありようが変わるか!」
「やってみてから言ってみろ!いけぇ速水!」
 憎々しげな竜の声にブータは士魂号の肩へよじ登って叫んだ。青い光が士魂号の中に吸い込まれる。
「む?何故かは知らんが運動性能が上がっておるぞ」
 舞は大して不思議でもなさそうに報告した。
「そういうこともあるって事だね・・・みんなの力、無駄には出来ないよ」
 速水は呟いてから軽く息を吸い込んだ。傷ついた肺が痛むのに顔をしかめながら静かな、それでいて力強い声でメロディーを刻む。
「その心は闇を払う銀の剣 絶望と悲しみの海から生まれでて
 戦友達の作った血の池で 涙で編んだ鎖を引き 悲しみで鍛えられて軍刀を振るう
 どこかのだれかの未来のために 血に希望を 天に夢を取り戻そう
 われらは そう 戦うために生まれてきた・・・」
 竜が吠えた。全身から無数の光条を放ち両の腕を激しく振り回す。
「そうそう当たるものではないぞ」
 舞の言葉をなぞるように速水はその攻撃全てを完璧な機動で回避して見せた。
「それは子供のころに聞いた話 誰もが笑うおとぎ話・・・」
 何度と・・・いや、何十、何百と歌ったそのマーチに乗せて士魂号が舞う。絢爛たる舞踏。その名に恥じぬ華麗な舞を。死をパートナーにしたダンスを。


「でも私は笑わない 私は信じられる あなたの横顔を見ているから・・・」
 通信にのって聞こえてくる速水の歌声にあわせて田代は歌い出した。ふと口を閉ざし、視線を隣に投げる。
「・・・歌えよ。俺達に出来るのはもうそれくらいしかねぇだろ?」
 側に座り込んでる滝川達にそう言って田代は熱でボロボロになったライダーグローブを・・・最後まで護ってくれた相棒を懐にしまった。
「はるかなる未来への階段を駆け上がる あなたの瞳を知っている・・・」
 来須の静かな声が、小杉の豊かな声が、壬生屋の控えめな声がそれに唱和する。
「今なら私は信じられる あなたの作る未来が見える・・・」
 指揮車の外から聞こえてくる合唱に笑みを浮かべて瀬戸口もまたその歌を・・・個人的にはいろいろな思いがあるその歌をくちずさんだ。
「あなたの差し出す手を取って 私も一緒に駆けあがろう・・・」
 のぞみが可愛らしい声で一生懸命歌うのを指揮官シートから眺めて、善行はずれた眼鏡を人差し指で直した。
「負けるわけがない・・・この国が、この部隊が、彼が・・・負けるはずがない。不良も落ちこぼれも子供も・・・皆戦っている・・・我々が、負けるはずがない!」
 善行はシートの手すりを強く掴み部隊の、いや女子校の生徒、教官に至るまであらゆる人々が大合唱するその歌に自らもまた声を合わせた。
「幾千万の私とあなたで あの運命に打ち勝とう
 どこかのだれかの未来のためにマーチを歌おう
 そうよ未来はいつだってこのマーチとともにある
 ガンパレード・マーチ ガンパレード・マーチ・・・」


「餓ぁあああああああっっっっ!」
 竜は何百発目かの聖銃を放った。士魂号はそれを紙一重で回避し精霊手で反撃してくる。
「やめろぉっ!そのうたをやめろぉっ!」
 狩谷の口が叫んだ。
「厚志。遠距離戦をしていてはらちがあかぬ。奴を掴み、下半身だけを吹き飛ばすのだ。分析した結果、奴の身体はウォードレスのように狩谷の身体を包み込んでいると判明した。上手くこそげ落とせば竜の機能だけ停止するやもしれぬ」
 機能の落ちている中央演算機をだましだまし使って分析を終えた舞は歌うのをやめて速水に呼びかけた。
「そうだね・・・うん、わかった」
 速水もまた歌うのを止めて答える。
「精霊手を士魂号の火器管制と同調させるよ。トリガーをお願い。絢爛舞踏は竜を殺す存在かも知れない。でも、今回に限って一度に二人の絢爛舞踏が出たことには意味がある・・・そうだよね?」
 舞は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつも通りの自信に満ちた笑みを浮かべた。
「よかろう。まかせるがよい」
 速水は感覚の無くなってきた下半身を無視して竜の隙をうかがい始めた。


『善行上級万翼長。応答したまえ』
 指揮車の中に響いた声に善行は歌うのをやめて一瞬沈黙した。
「・・・芝村準竜師ですか?」
 疑問符付きの応答を気にする様子もなく通信回線に強制割り込みをかけてきたらしい芝村準竜師は喋り続ける。
『現在きたかぜに搭乗して諸君らの上空にいる。竜が居る座標を指定しろ。煙幕弾を投下する』
「煙幕弾ですか?はい準竜師いいえそれが有効だとは思われません。竜の放っている光学兵器は今までに観測されたどの幻獣の攻撃とも異質な物です」
 芝村準竜師の含み笑いが通信機から漏れてきた。
『貴官に言われるまでまでもない。上級万翼長。これから投下するのは芝村が密かに開発していた対竜用煙幕弾だ。通常の煙幕弾よりも有効時間は短いが竜の遠距離攻撃を完全に無効に出来る。わかったら座標を送れ。それと、総員に対竜煙幕弾を投下すると伝えろ。いいな。絶対に、その場の全員にだ』
 それだけ言って芝村準竜師は通信を一方的に打ち切った。
「座標指定来ました」
 報告する副官に頷いて親指を下に向ける。
「了解、投下!」
 副官が復唱すると同時に戦闘ヘリ『きたかぜ』は軽く揺れた。切り離された煙幕弾は地上へと滑空を始める。
「・・・準竜師?」
 落下していく物々しい弾頭を眺めて副官は問いかけた。
「なんだ?」
「あれは、外見をいじっただけの通常煙幕弾ですね?」
 芝村準竜師は尊大な笑みを浮かべて肩をすくめる。
「当たり前だ。そんなに都合良いものが芝村だからといって用意できるものか。いつものハッタリだ・・・ハッタリだが・・・」
 言葉を区切ると共に準竜師の顔から笑みが消えた。
「Aはかつて言った。その26人が信じている限りそこではそれが真実になる」
 

 ぼしゅっ!
 軽い音を立てて地面に突き立った弾頭は白煙を吹き出した。
「来たようだな。厚志、外部光学装置を赤外線主体に切り替えるぞ」
 舞は言っている間にも忙しくプログラムを書き換える。いかに天才といえども殆ど機能停止寸前の機体を手動に近い状態で一つ一つ操作するのは難しい。
「餓ぁぁぁぁっっっ!」
 白く染まった世界に苛立ったような声をあげて竜は聖銃を撃った。
 だが。
 ぱぁぁぁぁん・・・
 ガラスの割れるような澄んだ音と共に聖銃の赤い光が拡散して消える。
「へぇ、さすが芝村だね。ちゃんと効いてる」
「うむ。私も知らなかったが、そういう物があってもおかしくはあるまい」
 舞が頷く間にも士魂号は常識はずれのスピードで機動を続ける。
「・・・戦えてるじゃないか・・・最強の幻獣と・・・」
 舞は竜を翻弄し続けている恋人を感慨深げに眺めた。
「・・・そうか、そなたは本当にヒーローに変わったのだな」
 暖かい視線と共に呟く。
「ただの人間は、本当に自分自身の力と意志で、血を吐きながら人を護るために、人でない何かに生まれ変わったのだな」
 しばしの沈黙。
「・・・そうか」
 そして、舞は大きく頷いた。
「いけぇ!厚志!!そなたは人の守護者だろう!今までそなたが積み上げてきた力と技の数々は!この一戦のためにあったのだ!ヒーローならヒーローらしく!必ず最後は勝ってみろ!」
 舞の声に答えて速水は大きく頷いた。
「・・・行こう、舞!そろそろ終わりにするときだよ」
「うむ。自由の代償を払うとしよう。我等の好き勝手によって世界は護られるのだ」
 舞が頷き返すと同時に、士魂号が猛然と駆け出した。竜は反射的に拡散レーザーを撃つが周囲に満ちた煙幕がそれを拡散させる。
「逗ぅ、餓ぁああああっっっ!」
 咆吼。それとともに竜は両の腕を振り回し跳びかかってきた士魂号を迎え撃つ。
「見え見えだよっ!」
 速水は鋭く叫び多目的水晶へとイメージを伝達する。士魂号は速水の意志力に従い身をよじり、繰り出された竜の拳をかすめるように体当たりする。
「餓っ爬っ!?」
 よろめいた竜がさらに右腕の聖銃で殴りかかってくるのをすり足で回避し士魂号は精霊の力のこもった光るパンチをその聖銃へと叩き付けた。
「彌ィィィィィィィっっ!」
 苦鳴と共に、聖銃が折れた。最大の武器を失い悲鳴を上げる竜の頭を左手で掴み士魂号は精霊回路の浮き上がった右腕を硬質の鱗に覆われた下腹部に押し当てる!
「何でぇ!僕だけが!なんでぇぇっ!」
 竜の後頭部で狩谷の頭が絶叫するのに答えて速水は静かに口を開いた。
「君だけじゃない・・・みんな辛いんだよ。何かを失い、何かを得るためにみんな生きてるんだ・・・それに・・・」
 速水はこみ上げた血の塊を無理矢理飲み下した。まだ、知られるわけにはいかない。
「君は一人じゃない。僕達は友達だろ?少なくとも僕はそう思ってるし、君には・・・待ってる人がいるじゃないか」
 竜の背中、狩谷の頭部は、ふっとそれに気が付いた。
 指揮車から出てきて一心に歌う、その少女に。
「そうよ未来はいつだってこのマーチとともにある
 私は一人じゃない いつどこにあろうとともに歌う仲間がいる・・・」
 少女は・・・加藤祭は、その大きな瞳に涙をたたえて真っ直ぐ狩谷を見つめていた。竜ではなく、狩谷夏樹を。
「帰ってきてや・・・うち、待っとるさかい・・・うちは自分のこと、好きやで・・・信じてくれへんかもしれんけど・・・」
 勇壮なマーチの中、囁くようなその声を狩谷は確かに聞いた。
「死すら越えるマーチを歌おう」
 速水は静かに歌う。
『時をも越えるマーチを歌おう』
 それに答えた声が自分の物であることに狩谷は驚愕した。
 いまや、竜と狩谷は同一ではなかった。
「どこかのだれかの未来のためにマーチを歌おう
 そうよ未来はいつだってこのマーチとともにある
 ガンパレード・マーチ ガンパレード・マーチ・・・」
 全ての人々の思いをのせて。
 『竜』の断末魔の咆吼を包み込むように。

 今、青い光が竜を撃った。

                                <その4へ>