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長門有希の人間解析2 〜もしくは服飾による反応の観察

 

 長門有希は今日も今日とて部室に一番乗りした。そもそもこの部室は文芸部の部室として存在していたものを彼女がSOS団の部室用に確保したものであり、基本的には彼女が一番乗りして鍵を開けることになっているのだ。
「・・・・・・」
 部室へ入った後、いつもなら本棚から適当な本を選んで読み始めるところであるが、今日は違う目的がある。昨日申請した調査を今日から始めるのだ。
 目標は、キョンの多角的調査と考察。手順は自由。それは自律進化の可能性を探るという大目的に多大な寄与を果たす筈であり―――
「・・・・・・」
 そして、彼女の身体情報を大きく変動させる不思議な現象であった。調査について考えるだけで心肺機能に負荷がかかるなどということはこれまで無かったし、負荷であるにも関わらずそれを修正する必要が感じられないこともまた不思議であった。
「・・・・・・」
 長門はこれからの調査の重要性を何百通りもの文面で繰り返し、その中で最も現在の心理パラメータに合致するであろう文章のみを口にしてみる。
「・・・よし」
 何故か自動的に握られていた拳を解き、こくりと頷いてもう一つ。
「頑張る」
 心理パラメータの積極的を表す領域の厚みが増した。心肺機能の負荷をその動作音からどきどきと名付けながら長門は今日の手順を模索する。
 統合思念体に報告した通り、主な行動指針はハルヒの真似だ。彼女の挙動によってキョンが様々な反応をすることは既に確認しており、その反応の幅が長門の挙動によるそれよりも広い事は事実だ。それを認めると心理パラメータの消極領域が拡大するのだが。
「・・・・・・」
 長門は視線を本棚の逆側に移した。そこにあるのは様々な衣装。ハルヒがどこからともなく調達し、みくるに着せてきた様々なコスプレ用品がそこにある。
 一人頷き、接近した。涼宮ハルヒが現れてすぐに行った二つの行動のうち一つ。もう片方である強奪行為についてはキョンが否定的な行動をとっているが、こちらに関してはむしろ肯定的ですらある。
 数多く吊るされた衣装を慎重に調査する。どれを着れば、キョンにもっとも大きな刺激をあたえられるのだろうか。
 思案する。そういえば、夏の合宿で私服を見たときの彼の反応は大きかった。あの時の衣装―――ハルヒはチューブトップと言っていたが―――それに近いものが良いか。ならば。
「これ」
 呟き、長門は衣装を手に取る。奇しくもそれは初めてハルヒが調達した衣装でもあった。
 ハイレグのレオタード、網タイツ。両腕に付けるカフスとタイ、片方が曲がったウサギ耳の付いたカチューシャ。
「・・・バニーガール」
 長門は頷き、無造作な手つきでスカートを脱いだ。そのまま上着も脱ぎ、それをハンガーにかけて尻尾つきのボディースーツに足を通す。
 剥きだしになっている胸部まで引き上げると、サイズはややあわないながらもとりあえず着る事は出来た。
 後は細かいパーツだ。カフス、タイを身につけ、耳付きカチューシャを装着。中々自立してくれないので、途中で諦めて情報操作を使うことにする。
「・・・完成」
 呟き、長門はセンサーの感度を上げた。部室へ近づく有機反応感知。特有の反応は間違う事はありえない。キョンだ。
「・・・・・・」
 数秒して、いつものようにノックの音が響いた一瞬だけ朝比奈みくるのように「はぁ〜い」と言うべきかと迷うが心理パラメータの消極部が一部増加したので中止。
 ノブが回転。心肺機能活動活発化。ドアが開き彼が入ってくる。部屋の中を見渡した視線がこちらを―――
「うぉ!」
 見た瞬間、キョンは盛大にのけぞって叫んだ。数秒間硬直した後慌てて部屋に入りドアを閉めて廊下からの視線を遮る。
「な、長門が何故かコスプレをしていた。確かにその光景を想像した事が無いといえば嘘になるのだが、いかんせん実際に目の前にあると驚きの方が先にたって鑑賞する気になれないというのは予想外だ。こうなってくるとやはり朝比奈さんのコスプレは日常の一部となっているものであって彼女には悪いがハルヒの―――」
 相変わらず、脳内のよしなしごとを口にしてしまう男である。本人としてはモノローグのつもりなのだろうが、それに返事されて違和感を覚えないのだろうか。
「・・・・・・」
 長門は想定よりも大きなリアクションに心理パラメータの高揚と積極の厚みが増すのを感じ、さらなる調査を決定した。とりあえず、近づいてみる。
「な、長門、一体何が・・・」
 驚きから脱したのかようやく脳内妄言を止めたキョンの目の前に立った長門の姿はなんだか小動物じみていて、月でぺったんぺったん餅でもついていたら似合うだろうという風情であった。
「・・・ハルヒに着せられたのか?」
 あいつめと唸りながら尋ねる言葉に長門は静かに首を振り、すいっと指をキョンにつきつけた。
「・・・あなた」
「俺にか!?」
 途端二重人格か記憶の書き換えか知らない間に時間を跳んだのかと誤った推論を呟き始めたキョンに説明の必要を感じ、補足する。
「あなたの為」
 そう。これはキョンに対して様々なアプローチをかけ、それへの対応を観測する為の行動だ。他の個体は関係が無い。
「あなただけの為」
「俺の為って・・・」
 念の為もう少し詳細に補足するとキョン動揺したままだがこちらを観測してきた。その視線が端末各部を辿る度、心理パラメータの各部が急激に厚みを増していくのがわかる。
 良い結果だ。もう少し色々と試してみようと決めた瞬間、昨日資料として渡されたあの本の事を思い出した。無意味と思いながら一晩かけて読みふけってしまったあれに乗っていた『男を悦ばせるポージング』など、いかがなものか。
「・・・ん」
 長門は呟き、右足を軽く前へ出した。両手をその太ももにそえて胸部を強調する為にやや前かがみになり―――
「あ」
「のあっ!」
 ―――瞬間、バニースーツの上半身がぺろんと彼女の体から剥がれ落ちた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 目を丸くして硬直したキョンと、無表情な長門の視線が交差する。僅かなまろみを帯びたつややかな肌が晒され、心理パラメータが捩れたりひっくり返ったりを繰り返し・・・
「っ!」
 数秒の後、キョンはめくれたバニースーツをつまみ、急いで元に戻した。
「すまん。見ちまったが忘れるから・・・」
 そのままバッと頭を下げる。
「そう」
 長門は呟いた。心理パラメータは正常に戻り、消極値が増加傾向。

「・・・そう」

 

 

 その夜。自室にて


――― 報告。今回の干渉実験は端末側性能の関係で失敗に終わった。使用衣装(第D80次報告参照)は
     端末胸部に一定の厚みが無いと装着できないものと思われる。また、対象を含む雄型ヒューマノイドは
     胸部の厚み、柔軟性に観察の要点を置いているものと思われ、当端末の現状はその点において任務への
     支障があると判断する。同地域配属だったA型とまではいかないまでも、K型端末程度までの増強を要請する
――― 不許可。現状の仕様からの逸脱は認められない
――― 要請。様々な局面で優位に行動できると思われる
――― 不許可。現仕様の特性を再確認せよ


 通信はそこで切れた。長門はしばし自室で立ち尽くし、財布を片手に本屋へと向かった。

 

 

                                   本日の購入物。「猿でも膨らむバストアップ体操」980円。

 

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