○ 第一幕 「日常/緋勇龍麻」 ○
「ん、そう。覚醒したのは3人・・・一人は強化だったみたい」
緋勇龍麻は下着だけというあられもない姿でベッドに寝転がり、耳に当てた携帯電話に言葉を紡ぐ。
「わかった。報告しておこう。それと、報奨金だけど・・・」
「うん、口座のほうに入れといて。討数の監査、する?」
電話の向こうから落ち着いた声と小さな笑いが届いた。
「いや、必要ない。信用しているからね・・・それよりも、調査方から報告があったよ。この間依頼された武器の調達先・・・メールで送っておくから見ておいて欲しい。解読ツールはBの3番を」
「さんくー。愛してるよん」
「・・・心にも無いことを・・・では、また」
最後は苦笑気味になった電話の向こうの声はやれやれと電話を切った。
「戦力は上々、武器もスケジュール通りに揃う。敵はまだ本格的に動いているようでもない・・・まずは優位にたっていると見ていいかな」
龍麻は電気をつけていない部屋の中でぼぅっと天井を見上げる。
「実戦はやっぱつかれるね・・・」
呟き、ふと手を顔の前にかざした。
「・・・血の匂い、とれないな・・・気のせいかもしれないけど」
沈黙、そして低い笑い。
「そのうち慣れるよね。どうせ・・・はははははは・・・」
暗闇の中、乾いた笑いは眠りが安らぎをもたらすまで、延々と続いた。
● 第二幕 「非日常/真神学園」 ●
「あら、醍醐君」
生徒会室に顔を出すだけで戻ってきた葵は教室の中をきょろきょろと見回している醍醐雄矢に気づき声をかけた。
「あ、ああ美里か・・・」
醍醐はやや戸惑ったような顔で振り返る。
「生徒会の仕事はどうしたんだ?」
「ええ・・・昨日のことがやっぱり気になっちゃって・・・」
憂い顔の葵に醍醐は同じような表情で頷いた。
「ああ、俺も緋勇を探していたのだが。教室にはもういないようだな」
「ええ。もう帰ってしまったのかしら?」
「いや、部室から戻ってくるときに下駄箱を見たんだが、まだ靴があった」
二人は顔を見合わせて歩き出す。
「緋勇さん、どこに居るのかしら・・・?」
「うむ、職員室か蓬莱寺のところではないだろうか」
小声で相談しながら歩く二人の姿に向けられる生徒達の視線は驚きに彩られたものだった。
美里葵は生徒会長であり入学以来成績トップを維持している表の有名人、一方で醍醐雄矢は真神学園どころか新宿中にその名をとどろかせる裏の有名人である。その二人が一緒に歩いているなど、滅多に見られるものではない。
だから。
「ん?珍しい取り合わせだな・・・」
一階と二階をつなぐ階段で二人とすれ違った犬神教師は思わず声をかけていた。
「先生、こんにちは」
礼儀正しくお辞儀する葵にああと答えて犬神は軽く笑う。
「この組み合わせだと・・・緋勇か?職員室には居なかったぞ」
「え・・・そうですか。ありがとうございます」
にこっと微笑む葵と居心地の悪そうな醍醐にふっと笑って犬神は再び階段を昇り始めた。
「そこの影でかくれてる馬鹿にも教えてやるんだな」
「・・・馬鹿でわるかったな」
捨て台詞と共にその背が視界から消えると共に階段の影からぼそりと声が聞こえる。
「京一・・・なにをやってるんだそんなところで?」
「おまえらと同じだ。龍麻を探してちょっと、な」
現れた京一はそう言って一階のほうを振り返る。
「多分あいつもだろ」
「あ、みんなこんなとこにいたんだ!」
小蒔はぶんぶんと手を振りながら階段を駆け上がってきた。何故だか弓道着のまま上履きを履いている。
「緋勇クン見なかった?」
「私たちも探してるんだけど・・・どこに居るのかしら?」
4人集まっても行方のわからない龍麻に一同が首をかしげた瞬間だった。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム〜」
どこからとも無く響く声が男二人を戦慄の海に叩き込む。
「あら、ミサちゃん・・・」
「うふふ〜、緋勇くんなら新聞部よ〜」
「な、何でお前が知ってるんだよ」
4人の誰も気づかないままに至近距離にまで近づかれた恐怖をこらえて京一が尋ねると裏密ミサは手製の人形を抱きしめてうふふ〜と笑う。
「水晶玉で視えたのよ〜。通販で買ったばかりだからためしに使ってみたの〜」
「そ、そうか。ともかく居場所がわかったのだから、い、行ってみないかみんな」
「?・・・醍醐君、どうしたの?なんか慌ててない?」
小蒔の不思議そうな問いに醍醐は動揺もあらわにぶんぶんと首を振った。
「そんなことはないぞ!さあみんな!は、早く行こうじゃないか!」
「う〜ん、やっぱり変だよ・・・」
足早に階段を駆け上る大きな背に首をかしげて小蒔は裏密のほうに顔を向ける。
「よくわかんないけど醍醐君がいっちゃったからボク達も行くね」
「わかった〜わ〜。緋勇君によろしく〜ね〜?」
○ 第三幕 「日常/新聞部部室」 ○
「おーいアン子、入るぞ〜」
京一はノックもそこそこに新聞部の部室のドアを開けた。
室内には幾つもの本棚と窓際に置かれた編集机、部屋の中心におかれたテーブルが見える。
「あれ?みんなどしたの?」
京一の声に答えたのは杏子ではなかった。
編集机で一心不乱におんぼろワープロのキーを叩く彼女に代わって口を開いたのは、テーブルで何かを描いている両眼の色が違う少女・・・つまり龍麻だ。
「緋勇、本当にここにいるとは・・・」
「緋勇クン、新聞部でなにしてんの?」
戦慄のままに呟く醍醐の横をすり抜けて小蒔は龍麻に駆け寄る。
「ん?だってあたし、新聞部入ったし」
ニコニコと笑う龍麻を見つめて、入ってきた4人は等しく硬直した。
沈黙が続く1秒、2秒、3秒・・・
そして。
「なにぃ〜!?な、なんて無茶なことすんだおまえは!アン子に犯られちまうぞ!」
「京一っ!馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
首だけ振り返って叫んで杏子はむぅと息をつく。
「忙しいから相手できないけど入ってよ。冷蔵庫に水が入ってるからそれでも飲んでて」
「ええ、おじゃまします」
いつもの通り口元に軽く手を当てた菩薩スマイルで美里は楚々と龍麻の傍に歩み寄った。
「緋勇さん、新聞部に入ったの?」
「うん。体育会系の部活に入っちゃうと自由に動けないし、かと言って帰宅部ってのもつまんないしね。ネタの提供とちょっとした手伝いをしてんのよ」
龍麻はにこっと笑ってテーブルに広げていた原稿用紙を4人に見せる。
「・・・まぢんくん?」
京一は無表情に呟いた。そこに書かれていたのは4コマ漫画だ。ディフォルメされた小蒔と醍醐とおぼしき人物がやるせないギャグを繰り広げている。
(わ、笑えねぇ・・・)
「シュールでしょ?」
「確信犯かよ!」
京一が力いっぱい突っ込むと龍麻はぐっと親指を突き出して力強く頷いた。
「・・・わたしは面白いと思うんだけど・・・?」
「葵・・・その感性、結構危険だから注意した方がいいと思うよ・・・」
不思議そうな葵とやや青ざめた小蒔に苦笑してから龍麻はふと表情を消す。
「さて、十分に和んだし・・・そろそろマジな話でもしようか・・・杏子ちゃんも記事、仕上げたみたいだしね」
その表情に昨晩の怪異の残滓を見て4人は自分たちが何をしに来たのかようやく思い出した。
日常が、閉じていく。
● 第四幕 「非日常/魔人」 ●
「さて、なにがあったか聞かせてくれるかな?」
龍麻はテーブルを囲んで座った4人を見渡して尋ねる。
「俺から話すぜ」
口ごもった3人より一足早く口を開いたのは京一だった。
「今朝、庭で巻き藁打ちをやってたらよ・・・木刀で巻き藁が真っ二つに切れやがった。折れたんでも裂けたんでもねぇ。切り口はそのまんま刀傷だったぜ」
続いて意を決したように醍醐が顔を上げる。
「俺も似たようなものだ。昨晩ジムでトレーニングをしていた時に、サンドバッグの下半分を蹴り斬った。古くなっていたのかと思ったが、買い換えたばかりだったらしい・・・」
「ボクは、これ・・・」
続いて小蒔が背負っていた弓袋の紐を緩めた。中から出てきたのは一本の矢。だが、鏃から羽まで、綺麗に二つに裂けている。
「さっき練習で二本続けてうったら・・・二本目が一本目に当たったんだ。こんなの何十年も練習したひとしか出来ないはずなのに・・・」
「そっか・・・美里さんは?」
「私は、あのあと足を擦りむいてるのに気づいて。ためしにあの時みたいにしたら傷が・・・」
それぞれの視線を受けて龍麻はふぅと息をついた。
「魔人化が進んでるね。もう、戻れないよ?」
「魔人・・・?」
聞き返したのは杏子だった。メモをとりながら、いぶかしげに龍麻を見つめる。
「そう。人間の枠を越えた力を持つものたちの総称。長い修行の果てにその域に達するもの、術で限界を越えるもの、そして・・・何らかの要因で覚醒するものの3パターンがあるとされているわ。みんなはその3パターン目に当たるね」
淡々と説明しながら龍麻は制服の胸に縫い付けられている真神学園の校章をなんとなく撫でる。
この学園の異名は魔人学園。偶然か、必然か・・・
「魔人には2タイプいてね、肉体が強化されるタイプと特殊能力が開花するタイプが居る。小蒔ちゃんが前者、美里ちゃんが後者の典型的な例ね。どちらにも共通するのは生命力の強化。覚醒したばっかの今でも銃弾の一発や二発じゃ死なないよ」
真剣な顔の5人に龍麻は衝動的に笑いがこみ上げてくるのを感じた。こんな異常な事を真面目に聞いている。真面目に話している。
「いずれにせよ、魔人化が始まったらもう元には戻らない。あとは、そうだね・・・魔人は魔人と惹かれあう傾向にあるから事件に巻き込まれやすくなる、と。わたしが知ってるのはそんなトコだね」
新聞部室にシンと沈黙が降り積もる。それぞれの顔にあるのは常識と事実のせめぎあう明暗。
「今は信じられないかもしれないけど、無理することはないよ。疑えるのは、今だけなんだからね」
龍麻は飄々とした表情でそう言って席を立った。冷蔵庫から水のボトルを持ってきてコップに注ぐ。
「・・・ちょっとぬるいかな」
来がけに買ってきたその水はまだ冷え切っていない。龍麻はコップの中に小指をいれ、練った氣を冷気に変えて注ぎ込んだ。
ピンッ・・・と軽い音をたてて水の一部が凍結してコップに浮かぶ。
「ん。これでよし」
ひとつ頷いて水を飲み始めた龍麻に京一はにやりと笑った。
(そうかい。ほんと、芸の細かい奴だぜ)
「おいおい龍麻!んな事でわざわざ≪力≫使うこたぁねぇだろ?」
「え〜、でもほら、せっかく持ってるんだし使わないと意味ないからねぇ」
一転して軽い調子でじゃれあう龍麻と京一の姿に残りの四人も表情を緩める。
「緋勇さん、あたしにも氷作ってよ。原稿書いてたら喉渇いちゃったし」
「あ!ボクも!練習場から走ってきたからもう、喉からから!」
「ふふふ、小蒔ったら・・・」
そこにあるのは、もはや日常のひとコマだった。
予定、通りに。
○ 「日常/非日常」 ●
「おまたせー!」
一度部室に戻って制服に着替えた小蒔は校門前で待ち合わせていた龍麻達にぶんぶんと手を振った。
「ボクおなかすいちゃったよ!ラーメン食べにいこ!」
「ふふふ、小蒔ったら。放課後の買い食いは・・・」
「駄目なの?」
苦笑しながら言いかけた葵に龍麻は上目遣いになって尋ねる。
「・・・え、あの・・・」
途端、真っ赤になって葵はぷちぷちと呟きだした。
「い、いちおうわたしはせいとかいちょうだからちゅういしないといけないけどたつまさんがいくならわたしこじんはべつにってなんでわたしまたなまえよびになってたり・・・」
「あ、葵?」
きょとんとしている小蒔に気づいて葵はあうと呻いて俯く。
「はいは〜い、じゃあ葵ちゃんも同意のうえってことでGo!」
「え?その、あおいちゃんって・・・」
「ほぅら、今日もおごりよ〜!」
いつものラーメン屋に、今日は6人。店長も大喜びである。
「いただきまーす」
龍麻はのんきに言って箸をぱんっと割った。
「なんかいいね。こうやってみんなでラーメンすすってんのも」
「そうだな。なんか、ずっと昔からこうやってる気すらするぜ」
京一の台詞に龍麻は笑みを浮かべ、その裏で目を細める。
(それはそうでしょうね。そうなるように、なってるんだから)
でも。
(それでもいいか。あたしの償いとしては上等よね・・・)
「よぅし!」
だから龍麻は笑顔で叫んだ。
心に淀む全てのものを覆い隠す為に、いつものように元気の良い声を作って。
「これからは最低でも週に一回はみんなでここに食べにこよう!」
「お?それはつまり、週に一回は全員におごるってか?」
即座に反応した京一にびっと親指をたてる。
「おぅいぇ。毎回ってほどじゃないけどね。あたしこれでも収入多いから」
「・・・学生ではないのか?」
醍醐の小声の突っ込みは無視して龍麻は5人をぐるっと見回した。
「ね。こうなったのも何かの縁でしょ?」
「うふふ、そうね」
葵は緩みそうになる頬を一生懸命隠しながら何度も頷く。
模範的な優等生であることを求められ、自分でもそうあろうとしたこれまでの日常、不意に現れた朱と黒の瞳を持った非日常。そして彼女のもたらす新しい日常。
変化していく自分は怖いが、それもみんな一緒なら・・・
「うん、ボクもおごってもらえるなら大歓迎だよっ!」
「桜井・・・」
「緋勇さん、お金あるんなら新聞部のほうにも少し入れてくれない?」
「アン子、おまえってやつは・・・」
賑やかな5人、それを観察する自分。
(こんなときまで・・・)
再度こみ上げてくる嫌悪を感じ、それを隠して笑う。
それは、緋勇龍麻の日常。
「・・・?どうしたの、緋勇さん?」
「ん?」
不意に葵に声をかけられて龍麻は僅かな忘我から我に返った。
「なにが?」
「えっと・・・よくわからないけど・・・何か、物凄く悲しそうな目をしてた気がして」
自信なさげにこちらを見つめる葵に緋勇は何も言えずただ視線だけを返す。
「あの、的外れだったらごめんなさい・・・」
「ううん」
やがて、笑みが漏れる。
「ありがと。だいじょぶだよ」
心から、何もつくろわない笑みが。
それは、緋勇龍麻の非日常。
「・・・大丈夫」
きっと。みんな一緒なら。
第二話 追の幕 「日常/非日常」 閉幕