カラスが、鳴いている。
勝ち誇るかのように、高く、長く。
「てめぇ・・・こんなとこに居やがったのか」
円を描くように宙を滑るカラスの眼下に一人の少年が居る。
「タイマンなら駄目でも人数集めれば勝てるとでも思ってンのか?」
金髪を逆立てたその少年は、自らを取り囲む不良達を見渡してそう言った。その数、実に10人に及ぶ。
「い、いくらてめぇが強くたってこの人数には勝てねぇぞ!」
「脅しの台詞どもってちゃどうしようもねぇとおもうンだけどな?」
あくまでもからかうような調子を崩さない金髪の少年の態度に不良達の苛立ちが募る。
「今更ワビ入れても遅ぇえからな・・・!」
「あんたらこそさっさと帰った方が身の為だぜ?最近この辺で起きてる事件、知らないわけじゃねぇンだろ?」
少年は言いながらゆっくりとそれを・・・担いでいた1メートル半はあろうかという長い何かを目の前にかざす。
「それに、今のオレ様を相手にするンじゃ・・・10人なんかじゃとてもたりないぜ?おとなしく家で寝てな・・・!」
「糞っ!やっちまえ!」
恫喝じみた忠告に不良達の苛立ちは頂点に達した。
襲い掛かったのは同時に3人。10人で一斉に飛び掛ったところで邪魔になるだけだ。人間は連戦すれば疲労するのだから、互いが邪魔にならない2〜3人の組み合わせで襲った方が実は効率がいい。
そういう意味で、彼らは集団暴力に慣れていた。
・・・人間、相手なら。
「とぅりゃああっ!」
声と共に少年の構えた何かが袋に入ったまま閃く。
「な・・・がっ・・・!」
背後から飛び掛った者は木製の柄で鳩尾を突かれ、正面から殴りかかった者は先端部の平べったい何かで殴り倒されて崩れ落ちる。
「な・・・」
一瞬で一人きりにされた不良の足が止まった。刹那、少年の裏拳がそいつを殴り倒す。
「まだ、やンのか?」
息一つ切らせてないその姿に不良達はたじろぐ。残り七人では、疲れさせることすら出来るかどうか・・・
「怪我とかしたくねぇだろ?さっさと帰ンな」
「てめぇ!それが上級生への口のきき方か!?先輩だぞ!?」
悔し紛れに叫ばれて少年は思わず失笑した。
「センパイ?センパイ扱いしてほしいンなら少しくらいそれらしくしたらどうだい?」
「こ、この・・・」
嘲るというより、むしろ哀れむように言われて不良達が真っ赤になって詰め寄ろうとした。
その時。
「ちっ・・・もう集まってきやがった!」
「何言って・・・うあわっ!?」
空を見上げて呟く少年の視線を何気なく追った不良は思わず悲鳴を上げた。
「か、カラスぅ!?」
そこに、黒い空があった。
「この前より早い・・・!あンたら!さっさと逃げろ!」
太陽を遮り飛び交う限りない数のカラスの群れ。その視線は、地上に張り付く者達に真っ直ぐ向けられている。
「な、なんなんだよアレは!」
「カラスに決まってンだろ!食われたくなかったらさっさと消えな!」
少年は叫び、手にしていたそれの袋をバッと取り去った。
「う、うわぁっ!」
それは槍。鋭い金属の穂先に切り裂く為の横刃が追加された宝蔵院の月型十字槍。委細はわからずとも、それが飾りではなく実戦用のものであることは肉厚の刃が無言で語っていた。
「カァアアアアアアアアアッ!」
漏れさす陽光を反射したその刃先にカラス達は猛り、不吉な叫びをあげる。
「早く行きな!死人が出てるンだぞ!?」
「ひ、ひぃいっ!」
一喝され、不良たちは一目散に逃げ去った。
「・・・さあ来い。どっからでも、かかって来な!」
叫びざま、少年は身を捻る。一瞬前まで頭があった空間を背後から強襲したカラスが通過し、悔しそうな鳴き声をあげる。
「くらえッ!」
そして一閃。
少年の槍は躊躇なくそのカラスの体を貫き、絶命させた。
「こうなりたくなけりゃあさっさと失せな!」
少年は既に何度もこのようなカラスの群れと戦っていた。故に、群れの士気があまり高くなく、2〜3匹もしとめれば逃げ出すのもわかっている。獲物がしとめられないとわかればすぐに退散する。
それは事実だが・・・この日のカラスには、他の標的があった。
「きゃああっ!」
「なンだと!?」
不良のものではない、澄んだ高い悲鳴に少年は素早く周囲を見渡す。
「か、鴉が・・・本当に人を襲うなんて・・・!」
「ちっ・・・!厄介な時に・・・!」
二十メートルばかり離れたところに、一人の女性が居た。年のころは二十代半ば、短い髪が活動的な印象を与える。
「痛っ・・・!」
しきりにハンドバッグを振り回しているが鴉達はひるむことなく襲い掛かる。今や少年を襲っているカラスよりも数が多い。
「そこのあンた!しゃがみな!」
「え・・・?」
少年の声に女は振り向き、すぐに身をかがめた。
「派手に行くぜッ!」
それを確認した少年は手にした槍を大きく振りかぶり、槍投げの要領で投擲する。
「カァアッ!」
嘲るような叫びと共にカラス達は散り散りになりその一撃を回避した。一匹たりとも刃に傷つけられたものはいない。
だが、それでいい。
「ライトニング・ボルトォッ!」
高く、そして力強い咆哮と共に振るわれた少年の腕が閃光を放った。
バチッ・・・!
迸った稲妻は一直線に空中の槍、その刃先に命中した。刹那、拡散した電流が周囲のカラス達を薙ぎ払う。
「カァアアアッ!」
悲鳴にも似た高い鳴き声を上げてカラス達は痙攣し、ボトボトと地に落ちた。
「ほら、あンた、立ちな!」
「え・・・?」
女が顔を上げると、少年は既に目の前に来ていた。
「早くしないとカラスどもが立ち直っちまうンだよ!」
戸惑う女の手を掴み、少年は強引に立ち上がらせる。
「レディに手荒なまねはしたくねぇンだけどな・・・!」
叫びながら走り出す少年に手を引かれ、女もまた走り出した。
仲間を大量に失った・・・この場合は気絶しただけで死んではいないだろうが・・・カラス達は無念そうな声を上げるが追っては来ない。
「・・・ここまでくれば大丈夫だろ」
少年は代々木公園入り口まで女を引っ張ってきてからそう呟き足を止めた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らしている女をちらりと眺め、少年は首を振る。
「何しにきたのかしらねぇが・・・この公園には来ないほうがいいぜ。いつもいつもオレ様が居合わせるともかぎらねぇンだからな」
「き、君・・・は・・・」
荒い息の中、苦しげに聞いてくる女に少年は背を向けた。
「あ、待って・・・!せめて名前を聞かせて!」
立ち去ろうとする少年に女は慌てて声をかける。
「・・・雨紋。雨紋雷人」
少年は言ってちらりと振り返った。
「通りすがりのロックンローラーってとこだな。オレ様があンたを助けたのは偶然だってこと、わすれンなよ?次はねぇぜ?」
この後、その言葉に反して彼はその女性を3度にわたり助けることになり・・・その3度目において、運命を変える出会いを経験することになる。
第四話 序の幕 「金の獣」 閉幕