−真神学園 3−C教室−

 

 キーン、コーン、カーン、コーン・・・

「よし、じゃあ今日はここまでだ」

 犬神杜人教師はチャイムを聞きながら教室を見渡した。

「今日のレポートを忘れた奴は明日必ず俺のところに持ってこい」

 締めの言葉としてそう言ってからニヤリと笑う。

「特に蓬莱寺はな」

「へーい・・・」

 不満げな答えに肩をすくめ犬神は教室を去った。途端、教室内が騒がしくなる。

「ったくよお、犬神の奴絶対俺のこと目の敵にしてやがるぜ!4回も指しやがった挙句にあれかよ!」

「あはは、しょーがないじゃん。京一、ふつーに机につっぷして熟睡してたし。目立つ目立つ」

 龍麻の朗らかな笑顔に京一は唇を尖らせた。

「だってよぉ、午後の授業なんか眠いに決まってるじゃねぇか。こんな天気のいい日にはだな、こう、のんびりと綺麗なおねーちゃんの夢でも見てたいんだよ」

「・・・夢。夢ね・・・」

 口の端を歪めて龍麻は呟いた。掠れ気味の声は、誰にも届かず消える。その隣で小蒔はんーっと首をかしげた。

「それにしてもさ、京一ってなんでそんなに犬神先生が嫌いなの?そんなに嫌な先生じゃないと思うけどなー。どっちかって言うと、ボクは好きかも」

「バ・・・何言ってやがんだよおまえは!あんな陰険なヤロー・・・だいたい、マリアセンセの尻ばっか追いかけてんのも気に喰わねぇ!」

 京一の叫び声に小蒔はきょとんと目を見開く。

「えー?逆じゃないの?ボク、マリア先生が犬神先生を追いかけてるんだと思うけど?」

「おいおい、何処見てんだよおまえは。それでも男か!」

「女だよ!」

 じゃれあうような二人に苦笑して醍醐はふとあたりを見渡した。

「そういえば、美里はどうしたんだ?」

「葵?新聞部に行くって言ってたよ。生徒会の用事みたい」

 小蒔の台詞に京一は大げさに顔をしかめる。

「新聞部〜!?あんなトコに美里くらいの美人が一人で行ったら即犯られちまうぞ!」

「京一ィ・・・相変わらず無茶苦茶言うなあ・・・」

 呆れる小蒔をよそに龍麻は表情を険しくした。

「それは、問題ね。葵ちゃんのハジメテはあたしが貰うって決めてるし」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 京一が、小蒔が、醍醐が、凍りついたような表情でこちらを見ているのに気付き龍麻は苦笑する。

「ちょっと悪趣味すぎた?」

「ああ。洒落にならねぇ」

 しみじみと京一が呟いているうちに当の葵が帰って来た。

「うふふ・・・どうしたの?みんなで集まって」

「ああ、今龍麻が・・・って龍麻、どうした?」

 京一が喋りながら目を向けた龍麻の顔は先程のおどけたしかめっ面とは違う、真剣な険しさに彩られている。

「葵ちゃん。氣が衰弱してるわよ。立ってるのも辛いんじゃない?違う?」

「え・・・」

 葵は作り笑いを凍らせて絶句した。必死で張っていた虚勢が崩れ、表情がやや弱々しいものになる。

「ほんとだ・・・葵、顔色わるいよ?大丈夫?」

「今日はもう帰ったほうがいいわね。家まで送っていくから」

 小蒔と龍麻の言葉に葵は微かに笑みを浮かべた。

「ありがとう、二人とも。もうすぐアン子ちゃんも来るから、みんなで帰りましょう?」

「・・・無理はしないようにね。辛かったらすぐに言って。回復用のアイテムとかあるから」

 葵は頷いて自分の机に向かい、教科書やノートをカバンに詰め始める。

「・・・まさか、なんかの術か?」

 その背中を見つめて京一は小声で尋ねた。龍麻は少し迷い、首を横に振る。

「わからない。最近忙しかったみたいだし。寝不足とか風邪とかが重なるとあれくらい衰弱することもあるから・・・」

 言っているうちに、教室の扉が開く音がした。振り返れば、遠野杏子が眼鏡の下の目をこすりながら入ってくるところだ。

「お待たせ。ささ、みんな帰りましょ」

「入ってくるなり仕切るなよアン子・・・ったくいつもいつも元気な奴だな」

 京一の悪態に杏子は不本意そうに眉をひそめる。

「あのねぇ・・・あたしだってそんなにいつも元気ってわけじゃないわよ。たまには目覚ましや原稿から逃げて思いっきり眠りたい時だってあるわよ」

「ははは、バイタリティの塊のような遠野とも思えない言葉だな。徹夜でもしたのか?」

 それこそ生命力が特盛に溢れていそうな醍醐の笑いに杏子は苦笑した。

「まあね。締め切りは近いし、そういうときに限って調べることは多いし、ね。一段落ついたから今日は帰ったら何も考えずにぐっすり眠りたいわ」

 あくびをして『ねむ・・・』などと呟く杏子に小蒔はうんうんと頷く。

「夢を見ないでぐっすり眠りたいっての、わかるなー。ボク、よく変な夢見るから。おもしろいのもあるんだけど、ほとんど変なのだから気になるんだよねー。昨日のなんか、なにがなんだか」

「へぇ、どんな夢?よかったら夢判断とかしてあげるけど?」

「ホント?えっとね・・・」

 杏子の言葉にちょっと嬉しげに小蒔が説明したのはこんな夢だった。

 

                 ●

何だか分かんないけど目の前に道があって、で、どっかに行こうとしてるの。
 どんどん歩いていくと、道が途中で二つに分かれてて、さらに行くと開けた場所に出たんだ。そこには乗り物がいっぱい並んでて、えっと、たしか列車や飛行機、それにバイクもあったと思う。
 で、どれに乗ろうかなって悩んだんだけど、結局歩いていくことにして。
 その道がまた長くて、歩いている内に疲れて目が覚めちゃった。

                 ●

 

「飛行機の隣にバイクかよ。無茶苦茶な夢見てんなおまえ」

「うるさいなッ京一!夢なんてそんなモンだろ」

 むくれる小蒔に醍醐は重々しく腕組みをして顔をしかめる。

「しかし、疲れて目が覚めたなんて、桜井、何か悩み事でもあるのか」

「醍醐君までそんな事言って、大袈裟だな〜」

 苦笑気味にパタパタ手を振る小蒔に龍麻はひょいっと肩をすくめた。

「そうでもないよ?夢ってのは記憶の整理って面もあるからね。普段意識していない、意識しないようにしている何かを表していることもあるのよ」

「あら、龍麻さんも詳しいの?・・・ええと・・・道というのは多くの場合人生そのものを表すわ。どこかに行こうとしているのならメインテーマは旅立ち・・・途中で出てきた乗り物は多分、どうやって生きるかの象徴ね。列車だったらレールに乗った無難な人生、飛行機なら解放って感じ?」

「ん〜、でも、ボクは結局歩いちゃったよ?」

 首をかしげる小蒔に杏子はクスリと笑う。

「そこが桜井ちゃんらしいわね。自分の足で歩くっていうのは自分で切り開いていこうっていうことだから。気になるのは結局目的地にたどり着けないって所ね。目的地がわからなくて迷っているのか、たどり着くことそのものを迷っているのか・・・」

「うーん、迷う・・・かぁ。たしかに将来のこととか、時々悩んじゃうけどね」

 3年生になってもう2ヶ月がたっている。進路指導の面談なども始まり、いつもお気楽な真神の生徒達ものんきなままではいられないのだ。

「将来か。この中で進路が決まっているのは美里くらいだな。確か大学進学だったと思うが?」

「ええ。でも何か明確な夢があってというわけじゃないから・・・龍麻さんはどうするの?」

 葵に問われて龍麻はニッコリと邪悪に微笑んだ。

「ヒモになる」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「え?ひも?何の・・・え?え?みんなどうしたの?」

 沈黙する男女四名、よくわかっていないお嬢様一名。

「というわけで、葵ちゃん、末永くよろしく」

「美里のかよ!」

「え?え?え?あ、あの、ふつつかものですが・・・」

「はいはい美里ちゃん、それも対応違うから・・・」

 漫才モードに入った面々をよそに、ノリについていけなかった醍醐は一人重々しく頷く。

「将来の夢に夜見る夢、か・・・夢もいろいろ、だな」

 その呟きに杏子はキラリと眼鏡を輝かせた。

 ・・・少なくとも、京一達にはそう見えた。

「夢はいつかかなうから、いつか目覚めるからこそ、夢なのよね。もしもそれが終わらなかったら・・・?」

「おもわせぶりね。ひょっとして、さっきチラリと言ってた『調べること』かしらね?」

 龍麻がそう言って姿勢を正すのを見て杏子は勢い良く頷く。

「墨田区の事件、新聞とかニュースで見てるでしょ?若者の間で原因不明の突然死や自殺が急増、この短期間で犠牲者はもう6人」

「・・・死亡者の多くが同じ学校に通う高校生。死因に不審なところはないけど、どうにも怪しいアレね」

 龍麻の言葉に杏子は我が意を得たりと笑った。

「そう!そしてね・・・警察では重視してないけど・・・彼らの共通点が三つ。さっきもいったけど同じ高校が多い、年代も同じ、そして・・・死ぬ前にある単語にこだわっていたこと。それが、『夢』」

 やや小声になった言葉を聞き逃すまいと龍麻達は耳を澄ます。

「正確には『悪夢』でね、犠牲者達は全員悪夢に悩まされてたらしいの。自殺者ははっきりとそういい残してる人が多いし、眠って、うなされて、そのまま起きてこない人も居る」

「短絡的に考えるのも何だけど・・・かなり怪し・・・」

 言いかけて龍麻はチッと舌打ちをした。

「どうしたの!?」

 戸惑う杏子に答えず龍麻は素早く身を翻した。大きく手を広げた瞬間・・・

「ぁ・・・」

 どさり、と。

 その腕に葵が倒れこんだ。

「葵!?」

「美里ちゃん!?」

 真っ青を通り越して白いとすら言えるその顔色に小蒔と杏子が悲鳴を上げる。

「さっきまでは普通に弱ってるだけなのに・・・今は・・・昏睡に近い」

 龍麻は自らの読みの甘さを内心で罵倒しながら葵を横抱きにして抱えあげた。

(どこへつれていく?拳武の治癒師・・・遠すぎる。この辺りの施設に心当たりもない・・・)

「ボクが悪いんだ・・・ボクが調子にのって自分の夢の話なんかしてるから・・・葵、笑って言っていたから気にしていなかったんだけど・・・。最近怖い夢を見るって言ってたのに。起きた時にはほとんど忘れているんだけれど、時々眠るのが怖いくらいだって」

 京一達もいまや素人というわけではない。その言葉の意味は痛いほどわかる。

「おい小蒔・・・その夢を見始めたのっていつごろからか聞いてるか?」

「・・・お祖父ちゃんの家に遊びに行ってからだって・・・墨田区に住んでる・・・」

 その一言で龍麻の腹は決まった。一度目を閉じ、思考を戦闘用に切り替える。

「あたしはこのまま葵ちゃんを保健室に連れて行くわ。京一は先に行って保険医を追い出しといて」

「お、追い出す!?」

「普通の医術のでる幕じゃないから。小蒔ちゃんは霊研に行ってミサちゃんを、杏子ちゃんは職員室に行って犬神先生を連れてきて。それぞれの場所にいなかったらすぐに戻ってくるように。行動開始!」

 矢継ぎ早に指示を出して龍麻は早足に歩き出す。

「おい!裏密に犬神って・・・!」

「二人とも、本物よ。あたし達と同じでね。ほら!早く!」

 

 

−真神学園 保健室−

 

「・・・これは」

 杏子に引きずられるようにして保健室へやって来た犬神杜人教師の第一声がそれだった。

「風水看しかできないあたしには詳しい霊視が出来ないんです。お願いします」

「そういう方面では俺も同じようなものだがな」

 深く頭を下げる龍麻にそう言いながらも頷いて犬神はベッドに寝かされた葵の顔を覗き込む。

「・・・美里のものではない氣がまとわりついている。頭を中心にだ」

 ポケットから煙草を取り出してくわえ、場所柄を考えてか火はつけずに顔をしかめる。

「嫌な臭いのする氣だ。無意識の悪意・・・人間のもつ嫌な部分が核となる氣だな」

「・・・何らかの呪いですか?」

 龍麻の問いに犬神は首を振った。

「わからん。言っただろう?俺はそっちに関しては素人なんだ」

 保健室内に暗い雰囲気が満ちかけた瞬間。

「うふふ〜、そこからは〜ミサちゃんにおまかせ〜」

 どこからともなく響く声がその雰囲気を吹き飛ばした。醍醐と京一は、別の意味で暗い表情になる。

 小蒔に連れられて保健室へ入ってきた裏密ミサは不敵とも不気味ともいえる笑いと共に、葵の枕元に水晶玉を置いて覗きこんだ。

「ミサちゃん。霊視?」

「そうよ〜。これから〜私の魂を二分して〜その片方を葵ちゃんの魂と同調させて侵入してみるの〜うまくいくと〜私の見たものが〜この水晶玉に映し出されるから〜」

「うまくいくと、って・・・」

 京一の呟きに裏密はにへら〜っと笑う。

「大丈夫〜世界中あわせても〜この術で被験者に被害が出たのは6人だけ〜」

6人か・・・まあ少ないといえば少ないな・・・」

「ちなみに全員廃人に〜」

「「駄目だろそれは!」」

 京一と醍醐の絶叫にまったく耳をかさず裏密は楽しげに呪文を唱え始めた。こうなっては途中で邪魔する方が危険だろうと二人も黙り込む。

「見えてきたよ〜」

 声に龍麻達は一斉に水晶玉を覗きこんだ。その滑らかな球体の中には・・・

「葵っ!?」

 小蒔の悲鳴が響く。

 水晶の中に、葵の姿があった。

 十字架に、縛り付けられて。

「おい龍麻!こいつぁ・・・」

「・・・心象風景よ。即断は避けたほうがいい。あたりは砂漠・・・こんな潤いの無い世界が葵ちゃんの心とは思えないわね。何らかの方法で荒廃させられたのか、あるいは・・・」

「美里の魂自体が別の場所にあるか、だ」

 犬神の言葉に頷き龍麻はギシッと奥歯を噛み締める。

「ミサちゃん、詳しいことわかる?」

「うーん、もうちょっと探ってみる・・・ぁ!みんな下がって〜!」

 急な警句に京一と醍醐が素早く飛びのく。逃げ送れた小蒔は犬神が抱きかかえてかばい。

 

刹那。

 

 パンッ・・・!

 鋭い音と共に水晶玉が粉々に砕け散った。四方八方に鋭い破片が散弾の如くはじけ飛ぶ。

「くっ・・・!」

 刹那、龍麻は神速の拳でもって空中に散った破片に手を伸ばし葵の方へ飛んだものをまとめて薙ぎ払い、掴み取る。一瞬の静寂を経て欠片が床を打つ渇いた音が響いた。

「・・・無事?ミサちゃん」

「大丈夫〜。でもミサちゃんを弾き返すなんて〜凄い力〜」

 ややフラフラしながらも感心したように呟く裏密に僅かな微笑をむけ、龍麻はようやく一息ついた。

「全員無事ね・・・」

「そういう台詞はな・・・自分も含めるものだ」

 その龍麻の腕を犬神は不機嫌そうに掴んだ。無理矢理開かせた手のひらにはびっしりと水晶の欠片が突き刺さっている。

「きゃあっ・・・!だ、大丈夫!?龍麻!」

「い、痛そう・・・」

 悲鳴を上げる杏子と小蒔に苦笑して龍麻はそそくさと傷ついた手を背後に隠した。

「あはは・・・大丈夫ですよセンセ。一応、自分の傷は直せますから」

「・・・・・・」

 笑顔で言って来た龍麻に犬神は何も答えず、じっと見つめ返す。

「・・・・・・」

「・・・・てへ?」

「・・・・・・」

「・・・えと、次から気をつけます」

 十秒後、折れたのは龍麻の方だった。素直に頭を下げて葵の隣のベッドに腰掛け、水晶の破片を抜きにかかる。

「う〜ん、葵ちゃんは〜専門医に〜見せた方がいいかもね〜」

 それをよそに考え込んでいた裏密は突如そう呟いた。

「専門医・・・?」

 その単語に顔をしかめた京一を不審気に見てから小蒔は裏密のほうに目を向ける。

「でもこれってなにかよくわからない力なんでしょ?お医者様でわかるの?」

「桜ヶ丘中央病院、京一君は知ってるみたいね〜」

「バ、馬鹿野郎!お、俺はそんなところしらねぇ!汚らわしい!」

「何言ってんの?京一」

 面白いほどに動揺する京一に小蒔がポカンと口を開けているのを横目に犬神はおもしろがるように口を開いた。

「・・・あそこを知ってるのか?裏密」

「うふふ〜霊的治療の専門医院〜。院長の能力は奇跡認定クラスってお母さんが言ってた〜」

「ああ、ミサちゃんのお母さんって有名な占い師だもんね」

 手のひらに突き刺さった破片を抜き終え、ベッドの上で結跏趺坐を始めた龍麻の台詞に裏密はそうよ〜と笑う。

「あそこなら間違いは無い。それでなんとかなるかはわからんが、最良の手だろう。早く連れて行ってやるんだな。タクシーは俺のほうで呼んでおいてやる」

「・・・妙に親切じゃねぇすか。どういう風の吹流しっすか?犬神先生?」

 京一の疑惑の視線に犬神はふっと笑い目を閉じた。

「これでも教師なんでな・・・」

 そして細く目を開け京一を睨む。

「ついでに言うが、正しくは『風の吹き回し』だ。少しは勉強しろ蓬莱寺」

 

 

−桜ヶ丘中央病院−

 

 そこは、何の変哲も無い病院だった。そこそこ大きく、あまり賑わっていない。何処の町にあってもおかしくない建物。

 目で、見える範囲では。

「うわ、こりゃ凄いわ・・・」

 タクシーを降りた龍麻の第一声がそれだった。義眼の目を一度細め、慣らすようにゆっくりと開きなおす。

そこにあるのは清浄なる氣の海であった。結界となっているらしい外塀の中に渦巻いている氣の量には旧校舎の混沌を見慣れているとはいえ驚かされる。

「醍醐君、葵ちゃんを背負って」

「うむ」

 ぐったりとした葵を醍醐はその怪力でもって抱えあげて軽々と背負った。一歩進みかけたその足がふと止まる。

「京一。まだやっているのかおまえは」

「・・・おまえはわかっちゃいないんだ・・・ここは・・・ここは化け物の棲家なんだ!お、俺は・・・俺は嫌だ!入りたくねぇ!醍醐!おまえも危ない!龍麻は・・・微妙だけどよ・・・」

「???・・・あたし達は?」

 真っ青になって叫んでいる京一に流石に不思議顔で杏子は尋ねてみた。

「安心しろ。女は奴の興味の外だ・・・ああああああああっ!おぞましいっ!」

「ああもう!うるさいなァ!いいから行くよ!ボクは京一が襲われて葵が助かるなら迷わずそっちを選ぶ!」

 血走った目で叫ぶ小蒔に龍麻はその肩を軽く叩いて苦笑する。

「いやぁ、ぶっちゃけたわね小蒔ちゃん。でも、ま。そうね。病院だし、死にはしないわよ。京一」

「命と同じくらい大切何かは失われるかもしれねぇ!」

「でも、このままなら葵ちゃんは死ぬわよ」

 その低い声が龍麻のものであることに、他の4人はしばし気付けなかった。

 それほどにその短い言葉は、重く、鋭い。

「・・・すまん。行こう」

 真っ先に表情を改めたのは京一だ。戦闘時の表情になり、醍醐の二の腕を叩く。

「あ、ああ」

 促された醍醐と共に龍麻も歩き出した。顔を見合わせて小蒔と杏子がおそるおそるその後に続く。

「・・・誰も居ない?」

 ようやく入った建物の中は閑散としていた。受付の事務員も、順番を待つ患者も誰も居ない。

「とりあえず、葵ちゃんはそこのソファーにでも寝かしとこうか」

 指示を出す龍麻の声が普段のものに戻っていることになんとなく安心感を感じながら醍醐は頷いて背負っていた葵の身体をソファーに横たえる。

「葵・・・しっかりして・・・」

 弱々しく呟いて小蒔は葵の手を握った。冷たい手のひらの感触が、否応なしに不安感を誘う。

「患者が居ないのはいいとして、何故受付まで無人なんだ?」

「あたしにわかるわけないでしょ・・・こんにちはーっ!誰か居ませんかーっ!?」

 醍醐に聞かれて杏子は首を横に振り、廊下の奥に向けて声を張り上げた。そのまま耳を澄ますと、パタパタという足音が耳に入る。

「誰か来てくれるみたいね」

「いらっしゃいませ〜」

「・・・病院もいらっしゃいませと言うのか?」

「・・・さあ?」

 足音と共に聞こえてきた声に醍醐は思わず首をかしげ、小蒔もそろって首をかしげる。全員が一抹の不安を感じている中。

「わぁ、お友達がいっぱ〜い!舞子うれしい〜!ゆっくりしてってねぇ?」

 不安は、虚脱に姿を変えた。その甘い声に全員揃って脱力してガクリと肩を落とす。

 やってきたのはピンク色の服を着込み、頭にちょこんと帽子を載せた少女だった。おそらく・・・そう、おそらく看護婦なのだろう。

 普通、看護婦はやってきた患者(と思わしき集団)を前にピョコピョコと飛び跳ねたりしないが。

「あ、う・・・その・・・急患なんだが・・・」

 圧倒されつつなんとか醍醐は話を切り出した。その精神力は賞賛に値するが・・・

「うわぁ!かっこいい制服〜着てみた〜い!」

 当の看護婦?は杏子の制服をつまんだり引っ張ったりして大喜びだ。

「ぐ・・・ぐがああああああっ!なんなんだこの看護婦はァアアアッ!?」

「・・・今は、看護士って言わなきゃセクハラらしいわね」

 絶叫する京一に龍麻は小さく突っ込んで首を振って気を取り直し少女を見つめた。

(清廉な氣。ここに長くいるから?いや・・・この少女自身が放っている。でも・・・)

 ドシン。

 思考は途中で途切れた。

「な、なに?この音?」

 ドシン、ドシンと何かが迫る。

「来たッ!来たぞぉぉぉぉぉぉッ!お、俺は逃げるッ!」

「こら!京一、何処へ行くんだ!」

「離してくれ醍醐ォオオオオオオッ!」

 もみ合い、なんとか醍醐の背後に京一が隠れた瞬間・・・

「うるさいよこの餓鬼どもッ!ここは病院だ!」

 ズシンッと床を踏み抜きそうな音を立てて現れた誰かの声が全員の鼓膜を張り飛ばした。

「!?!?!?」

「に・・・人間・・・!?」

「ぬ・・・お・・・これは・・・」

 それぞれ小蒔、杏子、醍醐の呻きである。それなりに修羅場をくぐり、最近は文字通りの化け物相手に戦いを繰り広げていた魔人達も、その迫力の前には赤子同然だった。

 嗚呼、恐るべきはその巨体。身長、横幅共に人知を超えている。そのまま土俵に上げれば誰もが横綱と称したくなる体格、そして威圧感だった。

「あ、あの人・・・人だよね・・・?が一番うるさいと思う・・・」

「しっ!小蒔ちゃん!?殺されるわよ!?」

 小声でおののく小蒔と杏子をジロリと一瞥して黙らせて声の主はふんと鼻を鳴らす。

「わしはここの院長の岩山たかこだ」

「わたしは看護婦見習いの高見沢舞子で〜す。鈴蘭看護学校の学生だよ〜」

「おまえは黙っとれ」

 満面の笑顔で小蒔たちにまとわりつく舞子の首根っこを岩山は鷲掴みにして吊り上げた。そのまま自分の背後に少女の体を放り投げるようにどけて一同を見渡す。

「で?どいつが妊娠しとるんだ?」

「え、えぇ!?」

 いきなりの質問に素っ頓狂な声を上げる小蒔に岩山はつまらなそうに目を細めた。

「うちは産婦人科だ」

「あ、そーいえば表に書いてあったね」

 龍麻はぽんっと手を打ってそう言い、しかしそのまま真顔になる。

「でも、あたし達の用件はそういう表向きの方じゃないの。仲間が、氣の異常衰弱による昏睡に陥ってます。相談した教師はここに来るのが最良の手だと」

「・・・その制服、真神かい?」

「ええ。相談したのは、犬神杜人先生です」

 龍麻にとって、その名を出すのは賭けのようなものだった。犬神がただの教師ではないこと、敵ではないことはわかっていても彼の敵がどこに居るかはわからない。

 それでも、犬神がこの病院の名を聞いた時に浮かべた表情の優しさに、龍麻は賭けたのだった。

「そうか・・・」

 賭けには、勝った。

 岩山の表情から、一気に警戒心が抜け落ちる。

「ところで、そっちのアンタ・・・いい身体をしてるねぇ」

「は?お、俺ですか?・・・あ、ありがとうございます・・・」

 リラックスしたのか笑顔になった岩山の視線を正面から受け止めてしまった醍醐はぞわりと背筋を舐め上げられたような感覚に恐怖した。

「なにか武道をやっているね?ワシにはわかるぞ。引き締まったおいしそうな身体をしているねぇ・・・」

「いやぁん、先生えっちぃ〜」

 ぞわり、と。

 醍醐だけではなく龍麻達全員がその空気を感じた。

(ほ・・・本気でヤバイ・・・!やられる・・・!)

 この場合の『や』の字が何であるかは言うまでもない。

「おや、よく見れば」

「ひっ・・・!」

 その醍醐の背後に隠れたままの京一はその台詞に思わず悲鳴をあげた。すぐに自らの失策に気付いたがもう遅い。

「やっぱり京一かい!そんなところに隠れてないでその愛らしい顔を見せておくれ」

「い、イエ、ボクはここで十分デす!」

 その裏返った声に杏子と龍麻は素早く視線を合わせた。アイコンタクト・・・声は無くとも互いの意思はしっかりと伝わっている。

Ready!)

Set!)

「「Go!」」

 二人は声を合わせて叫び、そのままの勢いで京一の身体をおもいっきり突き飛ばした。つんのめって醍醐の背中という防壁から飛び出してしまった京一は引きつった笑顔でゆっくりと振り返る。

「あ、あは、あはははははは・・・」

「久しぶりだねぇ。ほれ、こっちへおいで」

「い、いえ。そ、そんなめっそうもない・・・」

 ずりずりとあとずさる京一に岩山はふうと大きなため息をついた。

「やれやれ。おまえもおまえの師匠もつれないねぇ。昔は二人まとめてあんなにかわいがってあげたのに・・・」

(師匠、ね。それにこの化け物じみた氣の持ち主との関係・・・なるほど)

 驚愕の言葉に声にならない悲鳴をあげている京一を横目で眺めつつ龍麻は内心で気になる事項をまとめ、それを脳裏にしまいこむ。

「まあまあ先生、京一とは後でたっぷりと親交を温める場を用意しますんで、今は患者のほうにひとつ」

「た、龍麻ァアアアアアッ!お、俺を見捨てるのかァアアアアアッ!」

 血を吐くような絶叫にウィンク一つ。

「・・・てへ?」

 蓬莱寺京一。ノックアウト。

「はっはっは。なかなか面白い娘だねぇ。名前はなんていうんだい?」

「緋勇、龍麻。それがあたしの名前です」

 豪快な笑いが消えた。

「・・・緋勇かい」

「ええ、その緋勇です」

 短い問答に醍醐たちが疑問を覚えるより早く岩山は龍麻の肩を一つ叩きソファーに横たえられた葵に歩み寄る。

「なるほど・・・確かにただ事ではないな。高見沢、診療室を準備だ。京一、醍醐。この子を運びな」

「はーい。それにしてもー、先生が女の子の名前聞くなんて珍しいですね〜」

「無駄口をたたいてるんじゃないよ!早くおし!」

 

 

 診療室だというその部屋は氣の扱いに不慣れな醍醐や小蒔はおろか、全くの一般人である杏子にすらわかるほど清廉な氣に満ち溢れた部屋だった。京一や龍麻にはそれが外界から完全に切り離された空間であるからだとわかる。

「ふむ・・・この子からは他者の異様な氣がオーラのように立ち上っておる」

 岩山は先ほどまでとはうって変わって引き締まった顔つきになり呟いた。

「これから薬草治療とヨーガの実践による氣の整調を行う。その上でワシの氣を注ぎ込んでやればとりあえず危険な状態は脱するだろう」

 言いながら手は一分の淀みもなく薬草を磨り潰していく。

「応急処置に過ぎんが、まずはそこからだ・・・さあ、説明は終わりだよ。さっさと部屋を出な」

「え!?ぼ、ボク、葵についていたい・・・!」

 邪魔そうに言われて小蒔は泣きそうな顔で抗議を始めた。その腕を龍麻がそっと掴む。

「やめなさい小蒔ちゃん。あたし達がいると文字通り『氣が散る』よ。葵ちゃんを、早く直してあげなくちゃいけないでしょ?」

「だって・・・!龍麻クンは葵が心配じゃないの!?」

 涙の溜まった目で見上げられて龍麻はわずかに悲しそうな顔をした。

「・・・そう、見えるかな」

「あ・・・」

 小蒔はその表情で我に返った。踏み込んではいけないところへ踏み込んだのを本能的に感じたのだ。

「ん。そうかも、しれないね」

「う、ううん。ごめん龍麻クン・・・」

 しょんぼりとした小蒔と薄っぺらい笑みを浮かべる龍麻を先頭に一同は診療室を出た。廊下の壁に寄りかかって治療が終わるのを待つ。

「・・・あのさ、さっき師匠がどうとか言ってなかった?京一」

「うむ。おまえにも師匠が居たのか」

 その場の暗い雰囲気に耐えかねて喋りだしたのは杏子だった。醍醐も興味深そうに京一の方を向く。

「どんな人?やっぱスケベなの?」

「アン子。おまえ俺をなんだとおもってんだよ・・・師匠とは5年ほど前に大喧嘩して以来会ってねぇからな。どっかでのたれ死んでるんじゃねぇか?」

 投げやりな台詞に杏子と醍醐は同時にため息をついた。聞いても無駄だと悟ったのだ。

「・・・葵、どうなるのかな・・・」

 一瞬言葉が途切れた静寂に、小蒔の弱々しい声が滑り込む。

「もしこのまま目を覚まさなかったりしたら・・・」

 誰もが考えてはいた未来を口にされて全員の顔が暗くなる。

「葵が何したっていうの!?なんでこんな目に遭わなくちゃいけないの!?葵をこんな目にあわせた奴が本当にいるなら・・・ボクは・・・絶対に許さないッ!」

「落ち着けよ小蒔・・・」

 京一の言葉に小蒔は今にも掴みかかりそうな険しい形相で地団駄を踏む。

「落ち着けるわけないじゃない!なんでみんなそんなに冷静なの!?なんで他の話なんか出来るの!?わかんないよ!ボク、わかんないよ!」

 激発に醍醐は慰めの言葉をかけようとして何も思いつかず黙り込む。京一はややムッとした顔でそっぽを向き、そして龍麻は・・・

「それでも、落ち着かなくちゃいけないのよ」

 静かにそう言い切った。

「正直ね、葵ちゃんはいつ死んでしまうかもわからないよ。解決をどこかの組織に依頼しようにも・・・時間がない。オカルト的なものに対しての戦力を持っていて、かつ今すぐ動けるのはあたし達だけ」

 言ってから軽く肩をすくめる。

「まあ、言ってるあたし自身ね・・・目の前に犯人が居たら、八つ裂きくらいはしたい気分だから説得力ないかも」

「・・・龍麻」

 言葉に添えた笑顔はそれが冗談であるとの意思表示。だが京一はその目の奥に確かな殺意がこもっているのを見て取って彼女の名を呟く。

(それだけ俺達への義務感が強いってことか・・・守る為なら、殺すこともいとわない)

「お待たせしました〜中へどうぞ〜」

 

 

「治療はすんだ。だが、意識が戻らん」

 静かに寝息を立てる葵を前に、岩山は苦虫を噛み潰すような表情でそう言った。

「氣の回復は上手くいったが、覚醒の段階で引き戻される。今すぐどうこうという状態ではないが、このままでは最悪、衰弱死もありえる」

「そんな・・・!」

 死、の一言に悲鳴を上げた小蒔の肩に龍麻はそっと手を乗せた。

「龍麻クン!葵・・・葵が・・・」

「大丈夫。あたしを信じなさい。あなた達は守る。絶対に、守るから・・・ね?」

 その光景を眺めながら岩山は静かに喋り続ける。

「何者かがこの娘の魂を夢の中へ閉じ込めているのは間違いない。一刻も早くそいつを見つけ出し、捕まえる必要があるだろう・・・高見沢、地図を出しな」

「はーい!」

 バッと広げられたのは件の街・・・墨田区の地図だ。

「送られてきている氣の強さと方向からすると、そいつが居るのはこの辺りだ。ワシの見立てではこの辺りを中心にした、そうだな・・・だいたい500メートル半径のどこかにおる」

「墨田区3丁目・・しら・・・ひげ公園って読むのかな?これ」

 小蒔の言葉に頷き、龍麻は軽く唸る。

「直径1km、ね。広いな・・・誰か、この辺りの地理に詳しい人は?」

「葵だけだよ・・・みんな行ったことくらいはあるかもしれないけど・・・」

 沈黙する一同にふん、と鼻を鳴らし岩山は高見沢に目を向けた。

「高見沢。ついていってやんな」

「はーい!」

 いきなりな言葉にギョッとした一同に岩山は腕組みをして目を閉じる。

「高見沢はその辺の地理に詳しいし、こう見えて人には無いものをもっている。一種のコミュニケーション能力というか・・・人を探すのならなにかの役には立つだろう」

「・・・OK。よろしく、高見沢さん」

 京一と醍醐が異論を唱えようとする前に龍麻は頷いた。高見沢の氣が常人のものでないこともあるし岩山という女傑の推薦を断る余裕も、無い。

「・・・まあ、龍麻が言うなら、俺は反対しねぇよ」

「・・・うむ」

「わーい、がんばりまーす!」

 ピョコピョコピョコピョコピョコ・・・・

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 ・・・陽気に飛び跳ねる姿は、不安ではあるが。

「じゃあ行きましょうか。っと、その前にいつものをひとつ」

 龍麻は肩をすくめて歩き出そうとし、ふと立ち止まる。

「ん?どしたの?」

 きょとんとする杏子にビシッと全員が指を突きつける。

『アン子はここで留守番ッ!』

「ぐ・・・ま、またなの!?」

 異口同音に叫ぶ真神衆に杏子は口を尖らしたが、数秒してふうとため息をついた。

「わかったわよ。足手まといは嫌だしね。その代わり!」

「ん。ネタはちゃぁんと提供するからね。あたしたちが留守の間、葵ちゃんをよろしく」

 

 

 小蒔達が病院の電話でタクシーを呼んでいる間に龍麻は一足早く外に出て携帯電話をかけていた。

「そう。大至急ね。一秒でも早く。じゃあお願い」

手早く言葉を交わして電話を切った龍麻はふと視線に気付き横へと視線を向けた。そこに・・・

「あ、あの・・・緋勇さん・・・ですよね?」

 栗色の髪の少女が、佇んでいた。

「あ、えっと・・・比良坂さん、だったかしらね」

 忘れるはずも無い。渋谷での出会いは一瞬の邂逅ではあったが、その際に覗き込んでしまった氣の強さは危機感とともに脳に刻み込まれている。

(それとなく探りを入れてみる・・・?)

 何故ここに居るのかという疑念より先に浮かんできたその思いを実行しようとして、ふと龍麻は振り返った。

「おーい龍麻!」

病院の入り口から駆け寄ってくる京一の気配を感じたのだ。

「ここに居たか。すぐタクシー来る・・・ぞ?」

 その京一はブンブンと手を振り回しながら龍麻に駆け寄りピシッと硬直した。

 そして。

「こんにちは。真神一の伊達男、蓬莱寺京一とはボクのことです」

「うわっ!?神速のナンパ使い!?」

「えっと・・・ごめんなさい」

「撃沈されるのも早ッ!」

 龍麻のツッコミに京一は天を仰いで嘆く。

「やっぱり俺には龍麻しか居ない・・・!」

「浮気者に、用は無いぞ☆」

 花のような笑顔とは裏腹の中指一本拳でわき腹を抉られて京一は軽くのけぞった。すぐに立ち直り比良坂のほうに目を向ける。

「んで?龍麻の知り合いか?」

え、いえ、あの、私が勝手にそう思っているだけです。あ・・・私、比良坂紗夜といいます」

 ぺこりと頭を下げる比良坂に龍麻はふと気づいて眉をひそめた。

「ところで比良坂さん・・・この病院に用?」

 言って指差したのは病院の看板。書いてあるのは『産婦人科』の文字。

「!?い、いえ!私の友達が入院してるだけで・・・」

「そっか。お大事に・・・っと、タクシーが来たわね」

「ありがとうございます。それじゃあ、またこうやって偶然に会えると・・・いいですね」

 ペコリと頭を下げて去っていく比良坂をヒラヒラ手を振りながら見送った龍麻はその姿が見えなくなってからふと表情を改めた。

「ん?どした?」

 となりで一緒に手を振っていた京一は入り口の方にチラリと目をやってから龍麻に尋ねた。小蒔たちはまだ来ていない。

「・・・死臭がね、したのよ」

「・・・今の子か?」

 静かに頷いて龍麻はため息をつく。

「まあ、気のせいかもしれないけど・・・覚えといてね。京一」

「・・・ああ」

 

 

−タクシー内部−

 

「・・・狭い。狭いぞ醍醐」

「・・・我慢しろ」

「・・・なんでおまえが真ん中なんだよ」

「・・・バランスを取るためだろう。左右に寄ると傾くからな」

「・・・せめて・・・せめて隣が龍麻なら・・・なんで助手席なんだよ・・・しかも二人で・・・」

「べーだ!そう思ったから龍麻クンと離したんだもんね!」

「男と密着してるってんなら今も一緒だろうが」

「誰が男だよっ!」

「小蒔」

「殴るよ!?」

「ほらほら小蒔ちゃん。狭いんだから暴れない」

「わ!?わわ!?ちょ、ちょっと龍麻クン!どこ触って・・・」

「ふふふ、言っていいの?」

「あ・・・あン・・・あ・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あれ〜?醍醐君と〜蓬莱寺君〜、どうしたの〜?前かがみ〜」

「・・・いえ、僕達のことは気にしないでください」

「・・・うむ」

「???〜」

「ほらほら小蒔ちゃ〜ん?」

「や、やめて・・・あッ!」

「ふふふ、口はそんなこと言っても体は・・・」

「ボ、ボク・・・ボク・・・あ・・・!」

「いいのよ。素直に・・・」

「あ・・・ン、あ、あぁっ・・・あああああああっ!」

「あの、お客さん。いい加減にしてくれませんかね・・・」

「・・・はい」

 

 

− 白髭公園 −

 

「怒られちった☆」

 ぺろりと舌を出す龍麻に小蒔は無言で抗議の視線を送った。少し涙ぐんでいる。

「さって、どうやって探そうかしらね〜っと」

 ウィンクひとつ残して公園の中へと足を進める龍麻をニコニコしながら高見沢が、頭を抱えながら小蒔が追いかける。

「・・・どした?タイショー」

 三人に続こうとした京一は様子がおかしいのに気づき隣に立ち尽くしていた醍醐に声をかけた。

「い、いや。なんだか寒気がな・・・」

「風邪・・・のわけねーな。はっはっは。醍醐は風邪ひかねぇもんな」

「おまえに言われるのはひどく腹が立つ」

 醍醐はむっとしたように呟いて歩き出した。肩をすくめて京一も足を進める。

「しかし京一・・・龍麻はどこまで本気なんだ?さっきから真面目になったりふざけたり・・・」

 首をかしげる醍醐に京一は肩をすくめて見せた。

「今回は小蒔が追い詰められてっからな。気を使ってんだろ・・・抜けすぎてもいけねぇし、気張りすぎててもいけねぇ」

 背負った木刀を意識しながら息を吸い、吐く。

(龍麻自身がブチ切れねぇようにってのもあるんだろうけどな)

 だからこそ、今回の自分はクールに。そう自分に言い聞かせていると・・・

「わ〜い、こんにちは〜」

「た、高見沢さん?誰としゃべってるの?」

 どちらも素っ頓狂な声のやりとりが聞こえてきた。

「あ、元気〜?うん〜!そうそう!」

「ど、どうしたの?」

 目をやると、何もない空間にニコニコと話しかける高見沢とオロオロしながらその袖を引く小蒔、そして汚いものでも見るように通り過ぎていく通行人達が目に入る。

「ほ、ほら、高見沢さん。みんなこっち見てるから・・・」

「うん〜、みんな力持ちだから珍しいって言ってる〜」

「はぁ?」

 噛み合わない会話に龍麻はぽんと手を打って片目を閉じた。そのまま義眼で周囲を見渡して頷く。

「高見沢さん、霊視能力者だったんだ」

「れ、レイッ!?」

 びくっと震える醍醐を無視して龍麻は話を続ける。

「なるほど、コミュニケーション能力ね・・・うん、たいしたもんだ」

「わーい、ほめられちゃった〜!ダーリンは舞子をわかってくれるひと〜」

「じゃ、じゃあさっきから話しかけてるのって・・・幽霊?」

 目と口を真円に広げて小蒔は絶句した。これまでのことを考えればあってもおかしくないとは思うが、もともとが常識家の身ではどうにも戸惑いが隠せない。

「そうね。あたしの『目』ではこの辺に居るなぁ程度しかわからないけど」

「この辺はねぇ〜昔の戦争のとき〜空襲でいっぱいいっぱい人が死んじゃったの。それでね〜?今も〜自分が死んでることがわからなくてどこにもいけない人がね、いっぱいなの」

 舞子は時々周囲の空間に挨拶しながらニコニコと舞子はしゃべり続ける。

「だから、ときどき話に来てるの!いつも楽しいお話だけっ!」

 あまりにもあっけらかんとした様子に龍麻は僅かに目を細めた。

 この少女は、いかなる人生を送ってきたのか。

魔術要素や霊能力の中でも視覚系能力は発現しやすく、しかしその性質上日常生活に支障をきたすケースが多い。

そして・・・自分に見えないものが見える存在を、人間は酷く恐れるのだ。数が多いだけに噂だけ伝わり虐待が酷くなる。結果霊視能力者は誰も内気で陰鬱な人格になりがちだ。

ここまで明るく振舞う姿は、よほど幸せに育てられたのか、さもなくば・・・

「そ、そうか。それは素晴らしいな。で、では僕たちは進もうじゃないか・・・」

 物思いを中断させた細い声が誰のものなのか龍麻は数秒間わからなかった。

「・・・だ、醍醐君?」

「た、龍麻。ちょっと来てくれないか・・・」

 確認すると、醍醐は青ざめた顔で龍麻の腕を引いて歩き出す。

「あら大胆。でも強引な人も嫌いじゃないかも」

 いつも通りのからかいに醍醐は反応しない。

「お、俺は幽霊の類は苦手というか、その、余り得意な分野ではないのだ・・・肉体の無い相手には何をやっても通じないからな」

 そうでもないけどなあと思いながら龍麻はポンポンと醍醐の背をたたいてやる。

「それでさっきから、ね」

「うむ・・・すまないがみんなには黙っていてもらえるだろうか・・・」

「うんいいよ〜。でも、残念だなぁ。醍醐くん、霊感強いのに〜」

 醍醐は反論しようとして硬直した。龍麻が居るのは右隣。今、声がしたのは左隣。

「!?た、高見沢ッ!?」

「うふふふふ、大丈夫〜!みんなにはないしょね〜?あ、これ、約束のおしるし〜」

 押し付けられた栄養ドリンクを片手に醍醐は呆然と立ち尽くし、京一達のほうへテケテケと走り去る高見沢を見送る。

「・・・えーと、まあ・・・彼女のことは気にしないほうがいいと思うよ?」

「・・・・・・」

 解脱しかかっている醍醐に苦笑気味のフォローをしていた龍麻だったが、腰につけていたポーチの中で携帯電話が鳴っているのに気づき京一を手招きした。

「ちょい、ちょい。醍醐くんをお願い」

「あん?うわ、なんで醍醐が念仏を!?」

 騒ぎ始めた二人と走り回る高見沢、それを追いかける小蒔という環境に背を向けて龍麻は電話の通話ボタンを押す。

「こちらドラゴン1」

「・・・なにかな?それは・・・」

「軍用無線ごっこ。どう、見つかった?」

「もちろんだよ。この東京に居る限り、僕の目を逃れられるものはいないからね・・・そこからほど近い廃ビル・・・そこに男女二人組みの魔人が潜んでいる。偶然そこに居たという可能性はあるけど、おそらくはそのどちらかが呪いをかけているのだろうね。とすれば、もう一人は護衛・・・残念ながら、それ以上はわからない」

「ん、十分よ。詳しい住所を教えて」

 龍麻は電話の向こうに・・・禽の王の声に耳を澄まし、メモを取る。書き留め、確認し。深呼吸。

 手の震えは、それで収まった。

「さんきゅー、バード1」

「・・・それが僕のコードネームかい?ドラゴン1。まあかまわないが、クロウ1の方がいいのだけどね」

「はは、考えとく」

「では、これで切るわけだけど・・・」

「ん?」

「・・・落ち着くことだね。君たちのチームはまだまだ君がしっかりしていなければ分解してしまう幼い組織だよ」

「・・・・・・」

 龍麻はもう一度深呼吸。なんとなく見上げた空に、輪を描いて舞う烏が一羽。

「ん。大丈夫。心配してくれて、多謝」

「こんなところで躓かれては見極めるどころではないからさ・・・それじゃあ、また」

 切れた携帯を眺めて苦笑。

「しっかりしゃなきゃあ、ね。緋勇龍麻」

 龍麻は気合を入れなおしてクルリとステップを踏んだ。

「よぅし皆の衆!目的地がわかったからカチ込むよー!」

 

 

− 墨田区 廃ビル近く −

 

「つうか、このねーちゃんはどうすんだ?龍麻」

 目的のビルが見えてきたと同時に放たれた京一の問いに龍麻は軽く首をかしげた。

「ん?もちろん最後までつきあってもらうよ」

「いいのかよ。客を危険にさらして」

 言ってはいるが、京一自身には特に反対する理由は見つからない。それでもあえて発言したのは龍麻に選択肢を与える為である。

「回復能力者抜きで戦闘ってのは・・・あたしはしたくないのよね。高見沢さんは院長先生お墨付きの優秀な術者だしね」

「う〜ん確かに・・・なにか意外なことをやってくれそう」

 舞子を連れて行けと言ったときに浮かべた岩山院長の微妙な表情を思い出して小蒔はうんうんと頷いた。

「舞子、がんば〜りま〜す!」

 話を聞いているのかいないのか、ぶんぶんと手を振り回して叫んでいる舞子を眺めて京一はやれやれとため息をつく。

「わーったわーった。あぶねえから俺の後ろにいるんだぞ?」

「は〜い。ぺたーっ!」

 その台詞に舞子は元気よく手をあげて京一の背後に回り、べったりと抱きついた。柔らかく、しかし弾力のある双丘がデュアルショックで彼を襲う。

「を・・・ををっ・・・はっ!?」

 数秒間恍惚に身を任せていた京一だったが、鋼の精神力でもって立ち直り龍麻の方へ目を向けた。

「・・・・・・」

 にっこり。

「い、いや、別に俺は・・・」

「ぺたー!」

「にっこり」

 背後からは理性を吹き飛ばそうとする感触。正面からは口元に笑みを、二色の眼光に殺意を浮かべた視線。

「京一、ぴぃんち・・・」

「嘘よ。嘘嘘。健全な男子がそれで萎えてたらその方が怒るわよ。ちゃんと守ってね。あたし、今回は攻めに回るからさ」

 もう一度にっこりと笑う龍麻に京一は一瞬だけ目を伏せ、ぐっと木刀を握る。

「まかせとけ・・・は、跳ねるな!高見沢!」

「いや〜ん、舞子って呼んで〜」

「わかったから・・・離れろ!舞子!」

「・・・京一って、意外と純情なんだね」

 ドタバタしている二人を眺めて意外な思いで小蒔は呟いた。

「うむ・・・嬉々として背負ったまま進んでいくかと思ったのだが」

「うるせぇっ・・・!」

「はいはい、遊びはここまでね」

 龍麻はパンッと手をたたいて全員の目を自分に向けてからゆっくりと言葉を続ける。

「・・・迎えの人が、来たみたいだから」

「あら、気づいてたの?」

 言葉とともに現れたのは少女と呼ぶのを躊躇わせる妖艶なボディーラインをわざと短くカットしたらしき制服で際立たせている女だった。長い髪をかきあげる仕草に何とも言えない色気が漂う。

「そりゃあ、ね。あたしの眼は特別性だから」

 パチリと片目を閉じ義眼でもって見つめてくる龍麻に女は口元を笑みにゆがめた。

「本当に片目が赤いのね、緋勇龍麻」

「!?・・・こいつ、龍麻のことを知って・・・!」

 京一の声に女はさらに笑いを深め龍麻達を一人一人指差し名前を呼んでいく。

「蓬莱寺京一、桜井小蒔、醍醐雄矢・・・おや?そっちのあんたは見ない顔だねえ?」

「は〜い!舞子は、高見沢舞子で〜す!鈴蘭看護学校の生徒だよ〜。よろしくねっ!」

「あ?・・・あ、ああ・・・」

 何の気なしに呟いた台詞に対して返ってきた純度100%のエンジェル・スマイル・・・この場合はナースエンジェル・スマイルか?・・・にたじろいでいる女を眺めて龍麻はひょいっと肩をすくめた。

「自己紹介の手間を省いてくれてありがとう。それで?キミは名乗る気はないの?」

「・・・アタシは藤咲亜里沙。覚羅高校の3年だよ。ふふ・・・それにしても、あんな面白みのないお嬢ちゃんを助ける為にわざわざこんなところまで。あんたら、イかれてるんじゃないのかい?」

「っ・・・なんだとぉッ!?」

 真っ先に反応したのは小蒔だった。これまで張り詰めていたあせりや怒り、もどかしさが、目の前に立つ『わかりやすい敵』の言葉に一気に解放され弾け飛ぶ。

「・・・ストップ。まだ、駄目」

 だから、龍麻は素早く小蒔の肩を掴んだ。あまり手加減をせずに、強くそこを握る。

「っ!いた、痛いよ龍麻クン!」

「落ち着いた?」

 出鼻をくじかれた小蒔がしょんぼりと頷くのに頭を撫でることで返答し、龍麻は口元に笑いを貼り付けた表情で藤咲へ視線を移す。

「いいからさ、主犯のところに連れてってくれない?夢使いは中でしょ?」

「・・・へぇ?まんざら馬鹿じゃないのね」

 やや警戒の見える声に龍麻は静かな声で答える。

「魔人能力の発現は個人の個性と名前に縛られる。雷の一字が電撃能力を導いたり醍醐山の苗字が霊能力を宿らせたり・・・癒したいと思う願いが回復能力を発現させたりね。藤咲にも亜里沙にも明意な意味は無く、そしてキミに人を呪い殺すような個性は見受けられない。むしろキミは直接その手で復讐を果たそうとするタイプね」

「・・・俺達と同じ身体能力強化タイプか」

 京一の言葉に頷いて龍麻はゆっくりと藤咲へと近づいた。

「さあ、早く案内しなさい。これは交渉ではないわよ。中にいるのはわかってるんだし、キミを人質に突入してもいいんだからね」

 無表情のまま間近に迫った少女の眼光に紛れも無い殺意を感じて藤咲はじっとりと汗ばんでいる自分に気がつき舌打ちをした。

「・・・黙ってついてきな」

 踵を返しビルの中へ消える藤咲を龍麻達は急ぎ追いかける。

「あのね〜」

 黙々と階段をあがる一同の最後尾で、高見沢は目の前の京一に話しかけた。

「ん?なんだよ高見沢」

「あのね、あの人を嫌いにならないでほしいの〜」

 唐突な言葉に京一は眉をひそめる。

「なんでだよ。そりゃあいい女を嫌いにはなりたくねぇけどよ。仲間を苦しめてるやつと仲良くはなれねぇぜ」

「ん〜でもね〜・・・みんながね、助けてあげてって言ってるの〜」

 むしろほのぼのといった口調で言ってきた言葉に京一はしばし考え、

「龍麻」

「ん」

 一度だけ視線を交わしてから高見沢に向き直る。

「わかった。俺達は恨みとかでやってるわけじゃねぇからな。必要以上に痛めつけたりする気はねぇ」

「わ〜い、ありがと〜」

 ニコニコと笑う高見沢にやや複雑な思いで笑い返して京一は木刀を袋から引き抜いた。

 小蒔は弓を、醍醐は脚甲を用意し、龍麻も手甲を身につける。

 戦闘準備。だが。

(戦うのが目的じゃねぇ。葵を助けて・・・事件がこれ以上起こらないようにするのが俺たちの目的だ。そこを、間違えないようにしなくちゃな・・・)

 

 

「それじゃあ、お客さんはここで待っててもらおうかねぇ」

 そう言って藤咲が振り返ったのは裸電球一つしかない狭い部屋に入ったときだった。窓の無い薄暗い部屋の壁際に立ち、嘲るような笑みと共に龍麻達を眺め回す。

「おい藤咲!その夢使いとやらはどこに居るんだよ!」

「ふふふ、焦るんじゃないよ。すぐに連れてってあげる・・・麗司の夢の国へね・・・!」

 瞬間。

「な・・・!逃げる!?」

 藤咲は身を翻し傍らのドアから外へ飛び出した。頑丈な鉄製のドアが閉まり、ガチャリと外側から鍵をかけた音が響く。

「糞ッ!罠だぜこれは!」

「ええっ!?ど、どうしよう!龍麻クン!」

 京一の悪態に慌てる小蒔の声にプシュゥと言う音が重なった。途端、何か鼻につく臭いが部屋に満ち始める。

「む・・・これは・・・ガスか!?・・・く・・・」

 醍醐が片膝をつき、小蒔が力なくその場に崩れ落ちる。

「舞子、眠い〜」

「俺も・・・もう・・・」

「・・・畜生・・・取り敢えず・・・催眠ガスみてぇだし・・・覚悟・・・決め・・・」

 次々と仲間が崩れ落ちていく中。

「・・・・・・」

 龍麻は一人、部屋の中心で動かなかった。固く結ばれた口を開かず、二色の双眸に強い意志を漲らせ、唯一の出入り口であるドアへと歩み寄る。

 一度ぐらつきながらもドアノブを掴んだ龍麻は、しかしそれを開けようとはしていなかった。上着のポケットから取り出したのはワイヤー。絹糸の細さとしなやかさを持ちながら車一台を吊り上げられるだけの強度を持つ特注品である。

「・・・・・っ」

 苦しげに顔を歪め、噛み締めた唇が裂けて血が滴る。

「まだ・・・」

 呻きながらドアノブにぐるぐるとワイヤーを巻きつけて手近に転がっていた鉄骨に結びつけ、ピンと張る。鉄骨の重量は生半可なものではない。外開きのこの扉は事実上外からは開かなくなったと見てよいだろう。

「この子達の体・・・寝てる間に弄られるのは・・・ごめんだからね・・・」

 呟くと、膝がガクリと落ちた。

 見渡せば、既に深い眠りに落ちた仲間達。

 その姿に微笑みを一つ残して龍麻もまた深い眠りの闇へと落下した。

 

 

− ??? −

 

「あ、龍麻クン起きた!」

「・・・?」

 間近で聞こえる元気の良い声に龍麻は頭の中にかかった薄煙を振り払った。

「うーん、目覚めさっぱりとは・・・いかないわね・・・」

 苦笑混じりに言って起き上がると他の仲間たちは既に目覚めている。

「龍麻クンが一番最後まで寝てるのって、なんかちょっと意外だね。なんだかいつも起きてるイメージだもん」

「現実の方じゃ最後まで粘ってたんだろ。多分」

 京一はちらりと振り返ってそう言い、あたりを見渡した。視界に映るのは砂、砂、砂。どこまでも続く広大な砂漠のど真ん中に、京一達は立っている。

「さてっと」

 龍麻はひょいっと立ち上がり京一の横へ並んだ。

「この夢を作り出してる張本人はどこかしらね。麗司とやらは・・・」

「ふふふ、ここに居るじゃないのさ」

 呟きに答えたのは藤咲の声だった。同時に龍麻達の周りにぼんやりと何かの影が浮かび上がる。

「・・・公園?」

 わずか数秒。それだけの時間で、周囲の光景は一変していた。無限砂漠のその上に、置き忘れたおもちゃのような唐突さで児童公園が築かれ龍麻達はその中に立っている。

「ようこそ、麗司の国・・・夢の王国へ」

 その奥に立つ藤咲と、顔色の悪いひょろりとした少年。

 そして。

「あ・・・葵ッ!」

 その背後にそびえ立つのは巨大な十字架。3メートルに届こうとするそれに磔られた葵の姿が、そこにあった。眼は伏せられ顔色にも生気は無いがかすかに上下する胸元がその命が尽きていないことを物語る。

「・・・ボクの名前は嵯峨野麗司。亜理沙と同じ高校に通っているんだ」

 息巻き、今にも走り出そうな小蒔を静かな・・・ぼそぼそとした声が止める。

「みんなにここへ来てもらったのは、誤解を解きたかったからなんだ・・・」

「誤解!?葵をこんなに苦しめて何が誤解なんだよッ!」

 烈火の如き怒りを隠しもせずに叫ぶ小蒔に少年・・・麗司は目を伏せた。

「ボクは葵を苦しめてなんかいない。ボクなりに見守っているだけなんだ」

「苦しめてんじゃねぇかよ!美里は今病院で死に掛けてるんだぞ!?」

 京一の弾劾に麗司はヒクヒクと神経質そうに頬を吊り上げて笑う。

「死ぬ?・・・葵は死なないよ。ここで・・・このボクの王国で永遠に一緒に暮すんだからね・・・」

 頭上の葵を見上げながら麗司はもう一度笑みを浮かべた。

「あの日・・・いつものように殴られて、笑われて、トイレに転がされて・・・構わなかったんだ。どんなことをされたって、もう死んでいると思えばたいしたことじゃなかったから。道端で倒れていても、誰も気にしてもくれない。生きてなんかいなかったボク・・・」

 暗い独白を聞きながら藤咲が一瞬だけ辛そうな顔をしたのを確認して龍麻は表情無く耳を傾ける。

「でも、葵だけは違ったんだ。ハンカチでボクの顔を拭いてくれた・・・血をぬぐって、大丈夫かって聞いてくれたんだ。ボクを見てくれたのは葵だけ・・・だからボクはその日に初めて生まれたんだ!葵を・・・葵を守る為のボクに・・・!」

 変貌。カオが、変わる。まさにそう表現するしかない形相だった。青白かった頬にも血色が生まれ、大きく見開いた眼が執拗な視線を葵へと注ぐ。

「今日まで葵を守ってくれたのはお礼を言っておくよ。でも、これからは葵に近づいて欲しくないんだ。葵にはボクが居る。君たちはもういらないんだよ」

 薄ら笑いに、小蒔はカッと燃え上がる怒りに目の前が真っ赤になる思いだった。

「そんな!葵の・・・葵の気持ちはどうなるんだよ!葵がそんなことを願ったって言うの!?」

「気持ち?そんなもの考える必要もないさ。ボクが一番葵を愛しているんだ。ボクの国で暮すのが一番幸せに決まってるよ」

 京一と醍醐は唖然とした。男として、好きな女にとって唯一の存在で居たいという気持ちはわかる。だが、その思いが無条件に報われるなどというのは妄想以外のなにものでもない。

「キミは・・・間違ってるよ・・・」

 小蒔は呟いた。もはや気持ちは怒りとも悲しみともつかない。

「キミは・・・葵の優しい気持ちを・・・踏みにじってる・・・」

「あは、ははははははははははっ!」

 その声に答えたのは意外にも麗司ではなく藤咲の方だった。高笑いを上げ、一転怒りの形相で小蒔を睨みつける。

「ぬるま湯に浸かったお嬢ちゃんが笑わせんじゃないよ!気持ちだって?それがなんだってんだい!?それじゃ、踏みにじられた麗司の気持ちはどうなるのさ!人間扱いされないできたこの子の気持ちは無視するけど、ちやほやされて生きてきた、このお嬢ちゃんの気持ちだけ大事にしろってのかい!?」

 吐き捨てるように叫んで藤咲は口元を歪める。

「いじめなんて、ヤるほうもヤられるほうも悪いなんて言うヤツがいるけど、それはヤられた経験のない、強いヤツの言うセリフさ。ヤったヤツのドコに傷が残る?ヤられたほうは、一生消えない傷を背負って生きて行かなきゃいけないんだよ!?」

 強い言葉とは裏腹にその眼には深い悲しみが沈んでいる。それに気づいたが、しかし龍麻は表情を一筋たりとも変えなかった。

「いじめ、ね。一連の事件の被害者はそいつをいじめてた連中ってわけ?」

「そうさ!麗司が味わった苦しみをあいつらにも味あわせてやったのさ!」

「嵯峨野って言ったっけ?あんたの望みはそれだったってわけ?」

「・・・どうでもいいんだよ。そんなことは」

 藤咲の燃え盛るような激情に対し、麗司はどうでもよさそうに葵を見つめ続けている。

「昔のボクと同じ。生きてても死んでてもどうだっていい。ボクに必要なのは葵だけ。葵に必要なのも僕だけなんだ。もう葵に近づかないって誓ってくれれば君達は帰してあげてもいいよ」

 暗に必要でないと言われて藤咲はやや寂しそうな表情で虚ろなその横顔を眺めている。その顔に京一はちらりと背後の高見沢を見やり、納得の表情で一つ頷き、一方で龍麻の表情は麗司が現れてから一度も変わらない。徹底した無表情で二人を見つめるだけだ。

「葵は・・・葵はボクの親友なんだ!葵がキミと一緒に居たいって言わないなら・・・キミみたいなのと一緒にいさせられないよッ!」

「桜井の言うとおりだな。美里が好きだというのなら現実の世界できちんと言いに来ることだ。暴力で自分の所へ縛りつけようなどという行為を見過ごしてはおけん」

 小蒔と醍醐の言葉に麗司は薄ら笑いを浮かべて首を振る。

「生きて帰してあげようと思ったのに・・・僕の優しさがわからないなんて、馬鹿な人達だね。ここはボクの世界、僕に勝てるはず・・・」

「うるせえ馬鹿!」

 余裕と嘲りの台詞を京一は真正面から断ち切った。

「そんな御託はいらねぇ!てめぇの許可なんか無くたって俺達は生きて帰る!美里も連れて帰る!邪魔はさせねぇ!」

 つきつけた木刀ごしに睨みつけられ、麗司は暗い笑みを浮かべる。

そんな顔をしたってボクはもう、怖くない。ボクは生まれ変わったんだ」

そう言い、傍らの藤咲に眼をやる。

「ねェ亜利沙、いつもみたいに、殺っちゃっていいよね?ボクをいじめた他の奴らみたいに・・・」

 藤咲は一度眼を閉じ、それからゆっくりと口を笑みの形にした。開いた眼に、もはや寂しさや悲しさの色は無い。

見返してやりなさい、あなたを虫ケラのように扱った薄汚い人間たちと同じように!」

「ふふ・・・ふふふふふふふふふ・・・」

 どす黒い笑みと共に麗司はくいっと指を曲げた。

瞬間。

「わぁっ!?」

 小蒔が思わず悲鳴を上げた。鉄棒の陰、砂場の中、シーソーの脇。公園のあちこちの地面を突き破ってボコリボコリと現れたのは人形。フランス人形や何かのキャラクターらしきプラスチック人形、大きさや形は様々な人に似た物体。その手には一様にナイフがに握られている。

「おいおいおい・・・高見沢。あちこちの木になんか鎌持った黒マントが居るように見えるんだけどよ、俺の気のせいか?」

「ううん〜死神さんみたいなのが居るよ京一くん〜。でも〜、なんだか〜、本物と違うよ〜?」

「そうか。じゃあこいつらは全部あの薄気味悪ぃ野郎が作った人形だな。ぶちのめせば消える!」

 ブンッと木刀を振る京一を見て醍醐と小蒔もそれぞれ構えを取る。醍醐はやや青ざめてはいたが。

「・・・・・・」

 そして龍麻は。

「・・・おい、龍麻。指揮を頼むぜ」

 京一の台詞にゆるゆると頷く。その表情は、いまだ無表情。

「醍醐と小蒔は人形どもを抑えて。二人の実力ならあの程度余裕。高見沢はその援護。京一は女の方をお願い。他の戦いに参加させないで」

 言うなり龍麻は歩き出す。京一達が一斉に動き出したのには眼もくれず、ただ静かに麗司へと歩き続ける。

「は、はは、ははは!行け!僕の人形たち・・・!」

「あんたに、言っておくことがある」

 狂ったように笑う麗司に龍麻は静かな声で告げた。背後では小蒔と醍醐が人形の群れと戦っている。確かに実力差は明白だ。瞬時に十もの人形が砕け散る。

「葵の優しさは万人に向けられている。あんたが受けた優しさはその程度のもので、これっぽっちも特別じゃないよ」

「は・・・」

 笑いが、止まった。

「断言してもいいけど、葵はあんたのことなんて覚えてもいないね」

「麗司!そんな奴の話を聞いちゃ駄目!」

 駆け寄ろうとした藤咲の進路を塞いで京一は木刀をすっと突きつける。

「っと、あんたの相手は俺だぜ?」

 龍麻は背後の戦闘にも京一のけん制にも目を向けずゆっくりと言葉を続けた。

「確か、『ボクを見てくれたのは葵だけ』だっけ?残念だったわね。葵が見てたのは『公園に転がってたかわいそうな男の子』であって『嵯峨野麗司』じゃない。そりゃそうよね。あんた、名乗ってすら居ないじゃない」

「それがどうしたって言うんだい?そんなもの、これからいくらでも・・・」

「その前に葵は死ぬわよ」

「死なないさ!この世界はボクの世界なんだ!何もかもボクの思い通りになる!」

 麗司の声と共に公園の片隅に配置されていた鉄棒がボキリと折れた。鉄杭となったそれは眼に見えぬ投擲手の手によって正面から龍麻を襲う!

「っ!よけろ龍麻!」

「・・・・・・」

 京一の警告。だが、龍麻は動かなかった。その場に足を止めただ鉄杭を見つめ。

 そして、ズブリと。

 その鋭い切っ先は龍麻の左目に突き立った。貫通するほどの勢いで打ち込まれた杭はそこから生えているかのごとく顔面に埋まり衝撃で上半身を大きく後ろへとのけぞらせる。

 悲鳴は無かった。文字通り悪夢の如き情景に、それを見つめる小蒔達の感情は凍結されて何一つ感じることが出来ない。

「あはははははははは!どうだい!?ボクを怒らせるからそういうことに・・・」

「はははは・・・どういうことに?」

 哄笑を、嘲笑が断ち切った。

「な・・・!?」

「それで?これがどうだっていうのかな」

 のけぞっていた体をバネ仕掛けのように戻し龍麻は正面から麗司を見る。鉄杭の刺さったままの、隻眼になった顔で。

「ひ・・・ッ!?」

 恐怖。その感情のままに麗司は後ずさった。その意志に応えてジャングルジムがバラバラに砕け散り、先のものより短い鉄杭となり四方八方から龍麻を襲う。

「で?これがなんだって言うの?」

 ズブリ、ズブリと体に突き刺さる鉄杭に抗うことも無く龍麻は歩き続ける。

「な、なんで・・・こ、ここでの傷は現実になる筈なのに・・・」

 腕に、足に、胸に、腹に、ありとあらゆる場所へ明らかな致命傷の筈の攻撃を喰らって尚こちらに向かってくる少女の姿にその場の全てが静止した。敵も味方も無く、凄惨な行進を続ける龍麻を呆然と見つめることしかできない。

「あんた如きの悪夢で・・・あたしを傷つけられるとでも、思った?」

 声。そして煩げに振り払った腕に薙ぎ払われた鉄杭がバラバラと地に落ちた。その下から現れたのは傷一つ無い肌。そして、揺ぎ無い瞳。

「夢の中はボクの国なんだぞ!こ、ここだけはボクの思い通りになるはずなのに!」

「なってるじゃない。『この世界』は。この乾ききった、何もない世界は確かにあんたのもの。思い通りのね」

 緋勇龍麻の名を持つ少女は、ついに麗司の目前へとたどり着いた。残酷な笑みと共に夢使いを見下ろす。

「でも、あたしはあんたのモノじゃない」

 言葉と共に、大きなモーションで引き絞られた拳。

「あたしの中の世界には、あんた如きじゃ触れられない・・・!」

 響くのはドン・・・という鈍い音。鳩尾に突き立てられた拳はそのまま天へと突き上げるように振りぬかれた。

「・・・!・・・!?」

 今まで味わったことの無い灼熱するような痛みと共に視界がぐるりと回転する。

「ぎゃッ!」

 のけぞるように吹き飛んだ体は一回転して顔面から地面に落ちた。勢いのままゴロゴロと転がり葵の囚われている十字架の足にぶつかりようやく止まる。

「麗司!」

 藤咲はその光景に歯噛みした。今すぐにでも駆けつけたいが、それを遮る京一からは全く隙が見出せない。

「くっ・・・!」

 それでも、藤咲はスカートの後腰に挟んでいた鞭を引き抜き無駄の無い動きでそれを京一へ叩きつける。

「おっと」

 だが、京一は鮮やかなサイドステップであっさりとその一撃をかわした。一瞬前まで立っていた地面が爆ぜ、小さなクレーターのように抉れるのを見て軽く口笛など吹いてみせる。

「やるねえ。だが、ちゃんとした師についたってわけじゃねぇな。我流には限界があるぜ?」

「うるさいッ!」

 からかうような口ぶりに苛立った藤咲は再度鞭を大きく振りかぶった。前と同じモーションを見て京一がサイドステップしたのを横目に嘲笑を唇に載せる。

「甘いよ!」

 藤咲は叫びと共に体を大きく捻った。身体全体を捻るようにして腕の軌道を変え、縦への打ちつけを強引に横薙ぎの軌道へとずらしてやる。

「おぉっ!?」

 声を上げる京一の中段に構えた木刀に鞭はグルリと巻きついた。間髪を入れず引き戻すと確かな手ごたえが返ってくる。

(武器をもぎ取って、そのままブチのめすよ!)

 藤咲は心中で気合の声を上げ、木刀をもぎ取るべく鞭を引き・・・

「狙いは悪くねぇけどな・・・抜刀ッ!」

 声が響いた。同時に、鞭の柄に伝わっていた重みが一気にゼロになる。

「え・・・?」

 全力で引いたその力が全て空回りした藤咲はその勢いで後ろへと倒れこんだ。尻餅をついたその手に残ったのは、中途から切り落とされた鞭。

「ちっと反則だけどな。俺の木刀、刀と同じにズバッと切れるぜ?」

 京一はむしろ静かな声でそう言って無造作に一歩踏み出した。

「くっ・・・まだ・・・!」

 その動きに反応して藤咲が飛び起きようとした、瞬間。

 すっ、と。

「え・・・?」

 肩に硬いものが当たった。

「動くなよ?あんま痛い思いさせたくねぇしな」

 それは木刀。しかも感触は正しく日本刀のそれである。

(レベルが違う・・・)

 藤咲は大きく眼を見開いたまま呆然と考える。目を離したわけではないのだ。ほんの一瞬立ち上がろうとして視線がぶれた瞬間に京一は残りの距離を詰めてきた。行動が完全に見極められていたとしか思えない。

(それでも・・・)

 麗司の殴り飛ばされた姿を思い浮かべギリッと奥歯を噛み締める。

「今度こそアタシが助ける・・・!」

 叫び、遮二無二飛び起きたその肩へ。

「・・・なら、やり方をもっと考えやがれ!」

 京一は容赦なく木刀を叩き込んだ。

「っ・・・!」

 両断された鞭が脳裏によぎる。血飛沫が吹き出る自分の体を夢想する。勢いからして、肩から先を切り落とされるくらいはあるかもしれないと予想し戦慄する。

 久しく感じたことの無い怯えが体中を這い回り、

 しかし。

 パンッ!

「ぁ・・・」

 響いたのは、打撃音だった。弾けるような痛みと衝撃でその場に叩き伏せられたが、それだけだ。腕も、ちゃんと両方ついている。

「・・・言っただろ?あんま痛い思いはさせたくねぇって。切れ味は俺の意思しだいなんでな」

「・・・あなたって・・・強いのね」

 敗北。打たれ上がらぬ右腕にそれを悟り、藤咲は悔しげな顔で麗司の方へ顔を向ける。

(麗司は、こちらを見ても居ない。あの子と同じように・・・私を必要としていない)

 諦めと虚しさに支配され呆然と見つめるその視線に気づかず、麗司はガタガタと震えて十字架にすがりついていた。

「助けて・・・助けてよ葵!みんなボクをいじめるんだ!葵!葵だけはボクをいじめないよね!?早くボクを助けてよ!」

 その言葉に龍麻の顔が怒りに歪んだ。食いしばった歯がギシリときしむ。

「そういう・・・」

 声が、漏れる。

「そういう独りよがりな『好き』が!一番むかつくのよ!」

 刹那、手加減抜きの右拳が麗司の腹を突き破らんばかりに叩き込まれた。内臓が全て潰れたかのような衝撃に声も無くうずくまったその顎を間髪居れずに蹴り上げる。

「おめでとう王様。ここはあんたの世界。死ぬことは無いわよ」

 吹き飛び地面に叩きつけられた麗司に歩み寄り、その首を片手で掴んで吊り上げながら龍麻は笑った。

「かわいそうな王様、哀れな王様、そして・・・何よりも、愚かな王様」

 己を律することにこれほど苦労するというのは、龍麻にとっては新鮮な感覚ではあった。少しでも油断すれば、目の前の肉体を原型がとどめないところまで破壊したい衝動がこみあげる。

「首をねじ切られても、臓物をぶちまけられても、死ぬことは、死ぬことだけは無いわよ〜?んん、すてき!サービス満点なあたしが好きなとこから壊してあげるけど、どこがいいかな〜?」

 歪に歪められた笑顔に、腕から伝わる怒気に、麗司は抗えずガタガタと震える。

夢の世界は彼のイメージで構成されている。意思の無いものは、全て彼の思い通りに操れる。創り出せる。

 だが。

「ぁ・・・ぅ・・・」

 どれだけ想像しても目の前の魔人に勝つ方法が、勝っている自分が思い描けない。

「ぁ・・・」

 だから喋れない。否。喋らない。いじめられ続けてきた自分が、喋れば喋るほど長くいじめられるのだと囁く。

「ほら、どうしたの?王様。お言葉をいただけませんかねぇ?」

「・・・・・・」

 ゆったりとした口調で言ってくる龍麻から眼をそらし麗司は口を結んだ。

(何も喋りたくない。何もしたくない。どうせ何を言っても、何をしてもいじめられるだけなんだ・・・)

 ただ震え続けるだけの麗司に龍麻はひとつ息をついた。自分を落ち着かせる為に首を振り、その場に少年の体を落とす。

「ひっ・・・」

「あんたは・・・最悪だね。なんだか怒るだけ怒ったら興味なくなった」

 踵を返した背に恐怖と怒りの眼を向ける麗司を龍麻は一度振り返った。慌てて視線をはずす姿に冷たい視線を投げつけて再び歩き始める。

「葵は返してもらうわよ。葵にあんたは必要ないし、あんたに葵は必要ない」

「ボ、ボクから葵を奪うの?力づくで・・・弱いボクから何もかもを・・・き、君たちなんてそんなに強いのに!」

 龍麻の足が止まった。

「・・・あんたさ、人殺しだってこと、自覚してる?6人殺しの嵯峨野麗司くん。どの口で弱いとか言ってるの?」

「殺した・・・ボクが・・・?ち、違うよ!あれは亜里沙がいいっていったから!」

「ふざけんじゃねぇ!」

 眼を剥き叫ぶ麗司に京一は思わず叫んでいた。握った木刀がギシリときしむ。

「こいつはおまえのこと助けてくれたんだろうが!一緒に居て、大事にしてくれたんだろうが!」

「あんた・・・」

 足元にうずくまる藤咲の見上げる視線に気づかず京一は鋭い視線で麗司を睨んだ。

「おまえが殺したくて殺したんだろうが!人のせいにすんじゃねぇ!」

「黙れ・・・黙れ黙れ黙れ黙れ!き、キミ達になにがわかるんだよ!強い力とか、美しい顔とか、何もしなくたって人に好かれるくせに!いじめられたことなんかないくせに!」

 その叫びを背に龍麻は葵を十字架から降ろした。縛り付けていた鎖は触れただけでひとりでに外れていく。

 もたれかかってきた脱力したままの体を優しく抱きとめて龍麻は一息ついた。一度眼を閉じてからゆっくりと麗司の方へと振り返る。

「・・・ボクにはなにもない。ボクには葵しかいないのに・・・なんで・・・それも持ってっちゃうんだよぉ・・・」

「・・・そんなのだから、いじめられるんだよ」

 静かな声で、龍麻は語りかけた。

「あんたがいじめられていたのはね、弱いからなんかじゃない。眼をつぶっていたからよ。

いじめられないようにするんじゃなく、いじめられてる自分をみないことで誤魔化していたから。だから、いつまでも何も変わらなかった」

 ちらりと眼を向けたのは俯き、うずくまる藤咲の姿。

「だから、自分に差し伸べられた手に気づかず、安易な逃げ場所にしかできなかった。弱いのはあんただけじゃない。あんたをいじめて自分がくだらない存在だってことを忘れようとしていた馬鹿共も弱い、それに口出しできずに眼をそらしてきた連中も弱い。あんたの独りよがりな復讐を止められなかったその娘も、弱い」

 うつむく藤咲を視線で撫でて龍麻は麗司に視線を戻す。

「あたしはあんたを断罪する。眼をそらしたまま人を殺したあんたを。護ってくれた人を裏切ったあんたを。そして何よりも、あたしの大事な人たちを・・・標的に選んだあんたを、許せないから」

 葵をそっと地面に降ろし、拳を麗司に向ける。

「あたしを憎むんだ。その力でもう一度攻撃して来な。ただし今度は、あんた自身の意志で。あんた自身の殺意で・・・あたしを殺してみろ!」

 叫びと共に力強く地面を蹴る。間合いを一瞬で詰め、氣の閃光を纏った拳を振りかぶる。

「さあ!あたしを見ろ!嵯峨野麗司!」

「・・・ボクは・・・」

 そして、麗司は顔を上げた。

「・・・ボクは、もう、疲れた・・・」

 顔を上げ、力なく笑う。

 その腹を龍麻の拳が抉った。噴出した氣の奔流に呑まれ吹き飛ぶ麗司の体がさらさらと末端から砂になっていく。

「結局・・・ボクの居場所・・・ボクの王国なんてなかったんだね・・・」

 呟きに龍麻は首を振った。

「いくらでもあったよ。ただ、あんたがそこへ行こうとしなかっただけで」

「・・・そうかも、しれないね・・・少なくとも、亜里沙は・・・」

 そこまでだった。砂漠の地面に落下した少年の体は完全に砂と化し飛び散り、周囲の砂塵にまぎれて消える。

 残ったのは、荒涼たる砂漠。荒れ果てた世界。それすらも白い虚ろに飲み込まれ、消えていく。

「っておい!なんかやばくねぇか!?これ!」

「・・・・・・」

 龍麻は一度大きく呼吸し、背後で騒ぐ京一に向き直った。

「この世界にあたしたちを縛り付けていた嵯峨野の力は消えたし・・・眼が覚めれば自然に抜け出せるんだけど・・・」

「俺達、ガスで眠らされてんだぞ!?」

「ん〜。そだよねぇ。どうしよっか」

 吸い込んだ量を考えれば龍麻が一番危ない。夢世界での時間が現実世界と同じかどうかはともかく、覚醒まではまだ時間がかかる筈だ。

「おい!藤咲!どうやったらこの世界から抜けだせるんだよ!」

 京一はよろよろと立ち上がった藤咲に声をかけた。だが、夢世界について彼らより詳しい筈の女は弱々しく首を横に振る。

「いつも麗司が戻してくれてたから・・・」

「く・・・万事休すか・・・」

 醍醐が悔しげに呟いたときだった。

 ・・・ン・・・ァン・・・ワン・・・!

 崩壊しつつある空のどこかから、甲高い声が聞こえてくる。

「な、なんだぁ?これ」

「犬、だよね」

 小蒔が首をかしげて呟いた台詞に藤咲がバッと顔を上げた。

「エル・・・?エル!あたしの犬だよ!エル!エル!」

 その呼び声に応えるように大きくなる鳴き声を聞きながら龍麻はそっと眼を閉じる。

「一人目覚めれば、後は私が同調して全員を転送できます。心を、静かに・・・」

「・・・?龍麻クン?なんかしゃべり方、変だよ?」

 小蒔の問いへ唇に人差し指を当てる仕草で答えて龍麻は深く呼吸をした。

(できる。ここは夢。現よりもイメージの展開は容易な筈。私は、龍の、巫女・・・)

 

 

− 廃ビル内一室 −

 

「ん・・・」

 龍麻は急速な目覚めの気配を逃さず意識を覚醒させた。大量に吸い込んだとはいえ、肉体強化型の魔人能力を呼び覚ませれば分解は難しくない。

「なんとか・・・戻ってこれたわね」

 ややぼんやりとする頭を振って周囲を見渡すと同じく浄化に成功したらしい京一が起き上がるところだった。続いて、身体能力的にはメンバー中最強である醍醐が自然回復したのかのっそりと起き上がる。

「小蒔ちゃんは無理に起き上がらない方がいいわよ。薬が中和されるまでもう少しかかると思うから。高見沢さんは・・・」

「は〜い、舞子、起きてま〜す!」

 元気だ。ぴょんぴょんと跳ね回ってはしゃいでる姿はなんとも頭痛を誘う。

「っと、そろそろあの子がこっち来るね」

 龍麻はその姿に苦笑しながら立ち上がり、ドアを固定していたワイヤーをやや苦戦しながら解除した。すると。

「・・・全員、本当に帰ってきたみたいね」

 弱々しい声と共にドアが開いた。入ってきたのは勿論藤咲亜里沙だ。

「おかげさまで。嵯峨野は?」

 問いに藤咲はゆっくり首を横に振る。

「死んではいないよ。でも、もう眼は覚まさないかもしれない。麗司は行ってしまった・・・もう誰にも怯えないでいいところに・・・」

「藤咲・・・」

 京一はその声の弱々しさに思わず声をかけた。

「また、置いてかれちまったみたいだね・・・アタシは・・・弘司にも麗司にも・・・」

「・・・弘司って誰だ?」

 問われた藤咲は気だるく笑う。

「アタシの弟さ・・・もう、死んでるけどね」

 龍麻は眼を細めて首を振った。

「いじめられて自殺した・・・のかな?」

「ああ、そうだよ。あの子は誰にも何も言わないで・・・このビルから飛び降りたのさ。残っていた遺書になんて書いてあったと思う?『生きていくのに疲れました。お姉ちゃんごめんなさい』・・・たった10歳の子供にそんなことを言わせるんだよ!?いじめってやつはね!」

 吐き捨てるような台詞に京一が、小蒔が、醍醐が目を伏せる。それぞれ生まれつきに強くいじめとは縁のない身だ。理解できないだけに話すべき言葉が見つからない。

「・・・だから、嵯峨野を焚きつけたの?」

「そうだよ!自分を殺せるくらいの強さがあるないじめた奴にやりかえせばいいじゃないか!」

 瞳にこらえきれず溢れる涙を光らせ藤咲が叫んだ、その時。

「・・・勘違いもいい加減にしといたらどう?」

 龍麻の声が、その場の時間を止めた。

「勘違い!?あんたに何が・・・!」

「あたしは、自分を殺すことに強さなんか認めない。自分を殺すのはいつだって負けたあげくの逃げ道だよ。優しい人が居てくれるのに・・・それに気づかないだけ。そこに強さなんてある筈・・・無い」

 激昂を、静かな声が断ち切る。龍麻の表情は皮肉気な笑み。嘲笑が向けられているのは己の外か、それとも。

「・・・あんた・・・」

 その表情に含まれた闇に自らと同じ色・・・取り残された者特有の自棄を見つけた藤咲は躊躇いがちに口を開き、しかし。

「ぁあ〜!そっか〜!優しい人〜!」

 素っ頓狂な叫びに遮られて眼を白黒させた。

「そうだよ〜!弟さんだ〜!ほら〜」

 声の主はもちろん高見沢だ。藤咲の背後を指差してぴょんぴょん跳ねる。

「な、何をいい加減なことを・・・」

 一瞬動揺を見せた藤咲は怒りの形相で高見沢を睨むが、何の邪心も無く笑い返してくるその顔に更に動揺を深くした。

「・・・高見沢さん。その男の子はなんて?」

「えっとねぇ、みんなにはごめんねだって〜それと〜亜里沙ちゃんには〜」

 びくりと震えた藤咲に高見沢は微笑む。完全な笑み。それ以外のない、純粋な笑み。

「お姉ちゃん、ごめんね。もう僕の為に苦しまないで・・・だって」

「ふざけるなッ!そう言えばあたしが改心するとでも思ったのかい!?」

 今度こそ藤咲は激昂した。負けは認める。何を言われようがそれは覆らない。だが、弟への、そして自分への哀れみを利用することは・・・

「・・・それだけは許せない。弟を利用しようとすることだけは!」

「そう?じゃあまず、あんた自身を断罪しなさいよ。何も出来なかったっていう罪悪感を代理で誤魔化して人にぶつけて、あげくそれを弟のせいにしてる馬鹿を」

 龍麻の台詞には容赦が無い。そして、それ故に藤咲はそれを認めていた。

 そんな事・・・とうに自覚していたのだから。

「でも・・・だったら!どうしろっていうのよ!何も出来ないアタシに・・・!」

「ん〜それならね〜、耳を澄ませばいいんだよ〜」

 高見沢はそう言ってまた笑う。

『お姉ちゃん・・・』

「ほら・・・」

 声と声が重なる。

『お姉ちゃん・・・』

「こ、弘司!?そんな・・・なんで!?」

 それは、藤咲にとって慣れ親しんだ声。今、誰のものよりも聞きたかった・・・

「おい龍麻・・・こいつは・・・」

「・・・本物だね。残留霊体を何の素養もない第三者にまで声が聞こえるレベルに具現化するなんて媒介なしじゃ考えられないけど・・・彼女なら、あるいは」

「弘司!?どこなの!?どこ!?」

 小さく声を交わす京一と龍麻のことなど完全に眼中に無く藤咲はオロオロと周囲を見渡し声を上げる。

『お姉ちゃん・・・ありがとう・・・』

「あなたにも、聞かせてあげる・・・この世界では誰にも等しく愛が降り注いでいること・・・けして、誰も一人なんかじゃないってこと・・・」

 暖かい氣の奔流を身に纏い、高見沢は口ずさむ。葵を全てを浄化し染め上げる聖女とするならば、浄なるものも不浄なるものも等しくかき抱く慈母の微笑で。

「弘司・・・ごめんね・・・おねえちゃん、なにもしてあげれなくて・・・!」

『そんなこと、ないよ・・・だから、僕の分まで幸せになって・・・』

 百万の言葉よりも重い、その短い台詞と引き換えに、声は徐々に小さくなっていく。

『お姉ちゃんが想ってくれたから、間違えた僕も、逝けるみたい・・・』

「そんな!ちょっと待って!まだ話したいことがいっぱい・・・!」

 藤咲の言葉はもはや泣き叫ぶと言って良いほどに乱れていた。通夜でも、葬式でも、出棺され、埋葬され、どの瞬間でも泣けなかったその分を取り戻すかのように。

『ごめんね・・・バイバイ・・・』

「一人にしないで・・・おねえちゃんを・・・」

 薄れ掛けた声に縋りるく言葉に、声はクスリと最後に微笑んだ。

『一人じゃないよ。ほら・・・』

 そして、静寂が冷たくあたりを包み込む。終わりだ、と皆がそれを悟る中。

「あ・・・」

 ふらり、と高見沢はその場に倒れ付した。咄嗟にその手をとって引き寄せた龍麻の胸にぼすっと顔をうずめる。

「・・・大丈夫?」

「えへへ、ちょっと疲れちゃった〜」

 照れ笑いのような表情でそれだけ言って気を失った高見沢にごくろうさまと声をかけ、龍麻は少女の軽い身体を横抱きに抱き上げた。

「・・・罪を償う方法がわからなければ・・・準備はあるわよ」

 呟き、龍麻は踵を返した。振り返ることなく去っていくその背中を同じく無言で京一達が追う。

 それが、事件の終焉。

 そして、物語はもう一幕続く。

 

− 廃ビル前 −

 

「今日は・・・なんていうか、大変な一日だったね〜」

 暗い雰囲気を吹き飛ばそうと小蒔はビルを出るなり明るい声で仲間達に話しかけた。

「でもボク、なんだか誰が悪いのかわからなくなっちゃった」

 結局愚痴のような台詞になってしまったその言葉を受け、醍醐はうむと頷く。

「時としてそういうことはあるものだ。いろんな小さなことが積み重なり、気づいたころには既に取り返しがつかなくなっている・・・緋勇にも、そういうことはないか?」

「あはは、まあね〜。あたしの人生なんて、長く続くロスタイムみたいなもんだし」

 明るい声に反する不吉な台詞に醍醐は静かに空を見上げる。思い出すのは、かつての過ち、そして裏切りを詰るあのまなざし。

「・・・俺に言えたことではないかもしれんが・・・済んでしまったことならば、あまり気にしないことだ」

 首をゆるゆると振りながら呟く醍醐に龍麻はひょいっと肩をすくめる。

「うん。まぁ、お互いにね」

「あーもう、辛気臭ぇなぁ!特に醍醐!龍麻なら『愁いを帯びた美人☆』とかで済むけどおまえがウジウジしてても暑苦しいだけなんだよ!」

「そーだよ〜!笑顔が一番!」

 暗い空気を嫌って大声をあげた京一に援護を送ったのは未だ龍麻に抱かれたままだった高見沢だ。

「あ、起きた?」

 龍麻はよいしょっと高見沢をおろして一息ついた。思い出すのは、今はもう見ることの出来ない笑顔。

「そうだね。今回はちょっとあたしも怖い顔ばっかだったし・・・最後はきちんと笑顔でしめようかな!」

 にゃははと笑う龍麻の顔に皆の雰囲気が柔らかかくなった時だった。

「ちょっと!ちょっと待って!」

 背後から聞こえた叫びに京一達は素早く振り返った。1テンポ遅れて龍麻が大きく頷いて振り返る。

「おまえ!?まだなんかあるのかよ?」

 廃ビルから走って追って来たのか、荒れた息を整えているのは藤咲だった。決然とした顔で龍麻と京一を順繰りに見つめる。

「アタシも・・・あんたらの仲間に入れてくれない?」

「えー!?な、仲間!?」

 素っ頓狂な声をあげたのは小蒔だ。声こそ出さないが醍醐も信じられないというように首を振る。

「あんた達といると楽しそうだしさ」

「楽しそうってねぇ・・・」

 京一があきれたように言い始めた途端、龍麻はグッと親指突き出した。

「千客万来☆」

「本気!?龍麻クン!この人は葵を・・・!」

 詰め寄ってくる小蒔に龍麻はにっこりと微笑んでみせる。

「じゃあ、殺しちゃう?」

 言葉と共に細められた眼に小蒔は思わず後ずさった。そこに潜む殺気の光が本物であるのかどうか、それはどうにも見分けつかない。

「あたしは構わないわよ。自分のしたことを忘れないで・・・あとは葵にきっちり詫びを入れてくれれば文句は無いわ」

「・・・忘れないよ。絶対に。アタシが殺したやつらのこと・・・アタシが死なせた二人のこと・・・」

 強い視線を受け、龍麻は仲間達を見渡す。

 京一は満面の笑顔で、醍醐は迷いの見えるしかめつらで、小蒔は割り切れぬ困惑顔で、高見沢は慈母の表情で。それぞれの意思を返す。

 そこに迷いはあっても否定は無い。だから。

OK、藤咲亜里沙。ようこそあたし達のチームへ!」

 龍麻は大きく手を広げて新しい仲間を迎え入れた。

 倒すのではなく、許すことができることに微笑みながら。

 

 

 

        第五話  本幕  「ユメノマガヒト」       閉幕

第五話  追の幕 「ユメノマレビト」       開幕