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夢を見た。
誰かが、責める。誰もが、責める。
罵倒する。詰る。貶す。
数十人が数十の、数百人が数百の、数千人が数千の言葉でもって少女を責める。
偽善者。卑怯者。裏切者。殺人者。背約者。
視界を埋め尽くす糾弾者達。
それは、全て少女自身の顔。
数十人が数十の、数百人が数百の、数千人が数千の悪意でもって少女を責める。
無限増殖する言葉の渦に存在そのものを削り取られながら、少女は手にした凶器を左目に押し当て。
力の限り、そこに突き立てる。
そんな夢を見た。
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夢を見た。
少年が、落ちていく。
少女の差し伸べた手は何もつかめず、少年は堕ちて行く。どこまでも、どこまでも。
そして。
赤い花が、地に咲いた。ねじれた人形のように眼下でひしゃげる少年の顔がぐるりと回転してこちらを見上げ、その表情に少女は絶叫し。
気がつけば、再び落下していく少年に手を伸ばしている。
少女の差し伸べた手は何もつかめず、少年は堕ちて行く。どこまでも、どこまでも。
いつまでも
永遠に。
そんな夢を見た。
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夢を見ている。
どこまでも続く果てしない道を少女はただ歩いている。
一瞬だか永劫だかの時が過ぎた頃、気付けば道は二つに分かれていた。
片方は静かで、穏やかな空気が漂ってくる。
もう片方からは、泣きたいような、苦しいような、締め付けられるような。そんな空気が染み出して繰る。
少女は何も考えずに静かな道へと一歩足を踏み入れ。
しかし、ふと思い直してもう片方の道へと進みだした。
嫌な空気だ。不安な気持ちがこみ上げる。怖い。
でも。
そこには、人の気配がした。少女の大好きな誰かが、みんなと一緒に待っている。
そう思えた。
だから冷ややかな道を少女は歩き続ける。
そんな夢を見ている。
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夢を見た。
荒涼たる砂漠に少女は立ち尽くしている。
見渡せど、叫べど、誰も居ない。誰も応えない。
ただ、時折誰かに呼ばれている気がする。
それが誰かも、どこから聞こえるかもわからず少女は途方にくれた。
少女には、会いたい人が居る。頼りたい人が居る。それは多分この声の誰かではない。
でも、それならば誰に会いたいのだろうか?それが、わからない。
この世界に、その人は居ないから。
だから。
荒涼たる砂漠に少女は立ち尽くしている。
いつかその声に捕らえられるのを予感しつつ、立ち尽くしている。
そんな夢を見た。
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夢を見た。
どことも知れぬ廃屋の暗がりを少年はさ迷っている。
立ち並ぶ仏像。破れた障子。煎餅布団。行灯。
どうやら、そこは寺のようだ。廃寺のようにも見えるが、少年には何故かそこが廃墟とは思えない。慣れ親しんだ家のような、そんなぬくもりを感じるのだ。
ふと、立ち止まった。
どこからか、彼を呼ぶ声がする。
いや、それは彼の名を呼んでいるのではない。だが、確かに少年自身を呼んでいる。
応えるべきか。応えぬべきか。
もしも応えてしまったなら、自分はどうなってしまうのか。
答えは出ない。出すのが怖い。
どことも知れぬ廃屋の暗がりを今も少年はさ迷う。声に答える決心がつかぬまま。
そんな夢を見た。
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夢を見ている。
少女は白い世界を延々と歩いていた。振り返っても道はなく、先もまた白い闇に包まれて見通しは効かない。
相変わらず時間経過がわからない中黙々と歩き続けていると、開けた場所に出た。
そこには、様々な乗り物が並んでいる。飛行機も、列車も、自動車もバイクも三輪車から人力車まで、およそ思いつく限りの乗り物たちが少女を待っていた。そのどれもが自分と同じ顔をした何かが運転してくれるようだ。自分はただ客席に座ればどこかへ連れていってくれるだろう。
どれに乗ろうか?どれも早そうだ。どれも楽そうだ。どれでもいいのかもしれない。
少女はそれらを眺めて迷い、迷い、迷い。
それでも。
結局、どれにも乗らず歩き出した。先の見えない道を、ひたすらに歩く。
背後で乗り物が、選択肢が消滅していく。もう、歩き続けるしかないのだろう。
自分が愚かな方法を選んだ事は感じていた。後悔がないわけでもない。
でも、その道の先を誰かが歩いているのを感じたから。
どこまでも続く果てしない道を少女はただ歩いている。
いつか、みんなで歩いていけると信じて。
今も、少女は夢を見ている。
第五話 序の幕 「ユメノトガビト」 閉幕