それは、小さな街の片隅で見つけたものでした。
その日、ヴィクトール様はどうしても外せない軍の用事である星を訪れていました。本来ならば、女王試験中の特別教師。自由に外界を歩ける訳ないのですが、そこはそれ、今までの軍の実績故、どうしても彼でなくてはならない仕事もあるのです。
なんとか仕事も終え、帰路につこうと思った時、それに気付きました。
「ほう・・・」
それは可愛らしい人形でした。秋色の肩までの髪、白磁の肌にうっすらピンクがかかってて、ぱっちり大きな瞳は綺麗な湖色です。深い緑色のドレスをきたその人形は、ヴィクトール様にある人を思い浮かべさせました。
「あいつによく似てる・・・」
そう、それは彼の可愛い生徒・女王候補生のアンジェリークにそっくりだったのです。
人形をそっとヴィクトール様の大きな手が、持ち上げます。見れば見る程、似ています。
「どうだい? 可愛いだろう」
店の主人が気付き、近寄ってきます。
「それは年代物なんだよ。その割には、新しいし、掘り出しもんだと思うがなぁ。
どうだい。娘さんのお土産に」
「いや、俺は・・・」
「きっと、喜ぶよ。小さな女の子は」
・・・どうやら勘違いしているみたいですが、敢えて否定する気もなく曖昧に笑っておきました。
(でも、本当に喜ぶかもしれんな・・・)
ヴィクトール様の脳裏に穏やかに微笑むアンジェリークの顔が浮かびました。
最近ヴィクトール様は自分の心にどうやらアンジェリークが住み着きはじめてる事に気付きました。
ちょっと内気でおとなしい彼女。いつも穏やかに優しく微笑むその姿。頼り無く、か弱いだけかと思えば、その実、芯はしっかりもっている。
その存在は、日に日に大きくなって行くのです。
(あいつが喜んでくれるなら)
ヴィクトール様は、その人形を包んでもらいました。この年で人形を買うなんて、とても恥ずかしかったのですがアンジェリークの笑顔には代えられません。
「毎度〜」
ピンクのリボンに包まれたそれを、気をつけて鞄にしまいました。
聖地に戻って直ぐ、ヴィクトール様は、夜だと言うのに寮を訪ねました。一刻も早く、人形を届けたかったからです。
突然の訪問に、アンジェリークも驚きを隠せません。
「ヴィクトール様・・・?」
「ああ、すまん。こんな時間に」
「いいえ。かまいません」
ヴィクトール様の恐縮ぶりを感じ取ったのでしょう。彼女は、にっこりと微笑みヴィクトール様の緊張をほぐしてくれました。
「実は、出張先でこれを見つけてな、お前にやろうと思って・・・」
「? 開けてもよろしいですか?」
「ああ」
アンジェリークの細い指が、ゆっくりリボンをほどいてゆきます。
「わぁ・・・」
可愛い人形に歓声があがります。
「余計な事かとは思ったんだが・・・」
「とんでもないです。すごく嬉しいです!」
その笑顔があまり可愛くて、つい言わなくてもいい事を・・・。
「お前にあまり似てて可愛かったから、ついな」
「え・・・?」
アンジェリークの頬がうっすらと桜色に染まります。それを見たヴィクトール様もちょっと照れてしまいました。
「・・・明日も早いんだろう? もういいから、休んでくれ」
「はい」
アンジェリークは、ヴィクトール様が見えなくなるまで窓辺で手を振ってくれました。
次の日。
昨夜の浮かれた気分を引きずりながらヴィクトール様は日課のロードワークをしてました。
いつものコースは寮の裏を通ります。
(あいつ、もう起きてるかな?)
なんのきなしにひょいっと裏庭を覗いてみると・・・いました。アンジェリークです。
いつもの制服、いつものリボン。
こちらに背を向け、立ちすくんでます。
何をしているのか、道からは分からなくて、ヴィクトール様は声をかけようと庭に入り、彼女に近付きました。
「おはよう、アンジェリー・・・」
続きの言葉は、ありませんでした。
なぜならそこにヴィクトール様が見たものは。
燃え盛る炎に昨日の人形を今にも投げ入れようとしているアンジェリーク!
「何をする!」
間一髪で炎から人形を拾い上げます。その時、少々火傷を負いましたが、そんなのは全然気になりませんでした。
気になるのは、なぜアンジェリークが?ということだけ。
昨日、あんなに喜んだのは嘘だったのか。
ヴィクトール様の強い瞳にアンジェリークは今まで見た事もないような冷ややかな視線を向けます。
「邪魔しないで」
「え?」
「もう、いらないから」
「なに?」
「いらないのよ、それ。もう用は済んだの」
冷たい表情。
冷たい声。
今までヴィクトール様が想ってたアンジェリークはここにはいませんでした。
「いらない・・・?」
「目障りなの」
あまりの事に声がでません。
「・・・じゃあ、俺がもらってゆく」
無理矢理絞り出した声は、自分のものとは思われない程嗄れて。
「そう・・・。
・・・その方が、それも喜ぶかもね」
冷ややかな不可思議な笑みを浮かべ、アンジェリークはヴィクトール様に背を向け、寮へはいって行きました。
こちらを二度と振り返る事なく。