Doll 2




アンジェリークがおかしいという情報は、あっという間に聖地中に広まりました。
ヴィクトール様が広めた訳ではありません。
なんとあの日から、ぱったりとアンジェリークは育成をやめてしまったのです。


もう一人の女王候補に比べて確かに派手さには欠けていましたが、その優しい気質、穏やかな物腰、可憐な風貌と聖地でも人気のあった彼女。もちろん行動も注目されていました。
その彼女の突然の試験放棄ともとれる行動。
それは誰が噂をするともなく、瞬く間に広がって行きました。


そのうえ。


暫くすると、育成中止以外にもその奇異な行動は現れてきました。
まず。
ほとんど外に出なくなりました。その部屋は厚くカーテンで閉ざされて。
万が一、出るとすれば。
買い物。
ただ、それに尽きました。


『そうなんよ〜。み〜んな買い占めて行きよるん。ロザリア様に頼まれてたドレスも、オリヴィエ様用に仕入れてたアクセサリーもみ〜んな。一週間にひとつやぁ!って言いよっても、強引にもってゆきよるしなぁ』
『あ〜、部屋にあった珍しい鉱石類をみんな持って行かれてしまいました〜。勉強でもするんですかねぇ〜、うんうん・・』
『私のメイク道具、一通り借りていったわよ。まぁ、女の子が綺麗になりたいって言うのを止める気はないけどね』
等々。


その他の時間は部屋に閉じこもり、誰とも会いません。
ある日、レイチェルがこっそり部屋を覗いてみたところ、部屋の明かりは消え、光源は蝋燭のみ、とまるで誰かの部屋を思わせる感じで、その中央に大きな鏡が置いてあったそうです。
その前で、アンジェリークは山のように積まれた服を飽きもせずとっかえひっかえ着ては、アクセサリーをつけ自分を見入っていたそうです。
レイチェルが見ている事に気付くと扉が何故か勝手にしまったとか、しまらなかったとか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


とうとう、教官、協力者達は首座の守護聖・ジュリアス様の呼び出されました。
「この度の女王候補生アンジェリーク・コレットの行動はみなも聞いていると思う。このままでは女王試験自体の冒涜になるやもしれん」
「と、申しますと?」
「アンジェリーク・コレットを女王試験より辞退させようと思う」
みなの間に衝撃が走りました。
「幸いもう一人の女王候補もかなり実績をあげているようだし、ここで決めてもなんら問題はない筈だが・・・それについて皆の意見を聞こうと思い、こうして来てもらったと言う訳だ」


「なんだ、くだらない。やる気のないものに無理にやらせることないんじゃないかな?」
「セイランさんっ!」
「うむ・・・そういう意見もあるか・・・」
女王試験の終わりは、すなわち自分達が聖地から出ていく事になると言う事です。みんな、おいそれと決断を下す事は出来ません。
「ちょっと、待って下さい」
今まで黙ってたヴィクトール様が声をあげました。
「今、結論を出すのは性急すぎはしませんか? 今の行動はどうあれ、今までの彼女の行動は素晴らしいものがあった。
たまたま、今は『休暇』といった感じに受け取れないでしょうか?」
「うむ・・・」
「それが証拠に、彼女の作った惑星はレイチェルを大きくうわまっています。結論には慎重に慎重をもっても持ち過ぎる事はないでしょう」
「彼のいう事は、もっともです。
ジュリアス様、王立研究院の方で試験にどのような差し障りがあるか計算及び検討を行ってみます。その結果が出てからでも遅くはないのでは?」
研究院主任が意見を述べます。
「そうか・・・そうだな。分かった。この事は、もう少し様子を見る事にしよう」
とりあえず、その場の首はつながったという感じでした。


ヴィクトール様は、その足で寮へと向かいました。
この場は、なんとかおさまったにしてもこれからどうなるか分かりません。
アンジェリークが今までどんな思いで育成を行ってきたのか。
痛い程わかってるヴィクトール様はそのまま放っておく訳にはいかなかったのです。
それに。


アンジェリークがおかしくなったのはあの朝から。というより、あの人形を手にいれてから。
だとすると、責任は自分自身にある。


そんな想いがヴィクトール様をアンジェリークへと駆り立てました。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「困ります。誰一人としてお通ししないよう仰せつかってますから」
「試験について教官が会いに来てるんだぞ。普段とは違うだろう」
寮につくと、女官に面会を頼みました。
が。
話に聞いていたように、あっさり拒否されてしまいました。
『アンジェリーク様は誰ともお会いしたくないとのことです』と。
それで簡単に引き下がるヴィクトール様ではありませんでした。なにせ、これからの事がかかっているのです。
何度か押し問答した上、強引に寮に入りました。
「だからっ、本当にっ、困るんですっっ!!」
女官の声が段々悲鳴じみてくる。
「だからっ、責任はっ、俺がとると言っとろうがっ!!」
負けじとヴィクトール様の声も大きくなります。その大きさは生半可ではありません。
相手に聞かせるだけでなく、寮内中に響き渡りました。
結果としては、それでよかったのです。
「・・・なぁに?」
そんな不毛な言い合いに終止符が打たれました。
「ア、アンジェリーク・・・」
扉があき、言い争いの原因が顔を出したのです。
「・・・ああ、あなたなの・・・この人は、いいわ」
アンジェリークは訪ねてきた人がヴィクトール様だと知ると、そう言い、女官を下がらせました。
「・・・どうぞ」
招き入れられて入った部屋は、前に入った時とは大きく様変わりしてました。
噂通りに明かりもつけず、窓には厚いカーテン。光源は蝋燭のみです。
そんな薄暗い中に立つアンジェリークは、却って輝いて見える程でした。
艶やかな秋色の髪、潤んだようにひかる湖色の瞳、紅もひいてないはずなのに何故か鮮やかに赤い唇、白絹のように妖しくぬめるように輝く肌・・・。
そうです。
いままでは、確かに容姿、容貌は整ってましたが、『綺麗』というより『可愛らしい』『可憐』の言葉がよく似合う少女でした。
が、この時の彼女は、暫く見ないうちに『美しい』という言葉が似合うようになってました。
しかし、それはまた『凄絶』『妖艶』という言葉がつくような変わり方だったのです。


(これは誰だ?)
ヴィクトール様の頭にこの言葉が浮かんだのは、まさにその時でした。


「なにしにいらしたのかしら?」
ヴィクトール様に椅子を勧め、唇に薄く笑いをのせ、アンジェリークは尋ねます。
「・・・最近、育成をまったく行わないそうじゃないか。学習もさぼっている様だしな」
「育成?」
さも、おかしい事のように声をあげて笑います。
「育成なんかしてどうするの? それがなにか私の為になって?」
今までの彼女からは、考えられない台詞が次から次にその桜色の唇に乗せられます。
「わたしはね、今が一番楽しいのよ。綺麗なドレスを着て、化粧をして、宝石を身につける・・・私が一番綺麗になれることだけをする。
それを邪魔するものは誰であれ・・・」
突然、その腕はヴィクトール様の首に回されました。
「消すわ」
そんな言葉とは裏腹に艶然と微笑む姿。
その笑みに、すっかり飲み込まれてしまい二の句が告げられません。
自分を凝視し、すっかり黙りこくったヴィクトール様の頬を、ちらりとだしたピンク色の舌が舐めました。
「!」
「いい? あなたのことは、気に入ってるのよ。だから、邪魔しないでちょうだい。でないと」
すいっとすべての表情が、少女の顔から消え去りました。
「ナニガオコルカ、ワカラナイワヨ・・・」


寮を退去した後、どこをどう通って帰ったか、気付くとヴィクトール様は学芸館の自室の前にいました。
ひとつため息をつくとそのまま部屋にはいります。
部屋の机の上には、あの人形がちょこんと座っていました。
「やっぱり、お前が原因なのか・・・?」
さらさらとした髪を撫でます。
「こんなに可愛いのに・・・」
さっきのアンジェリークを見たせいでしょうか。ヴィクトール様の目には、人形が昔のあの温和な優しい少女そのものに見えました。
「アンジェリーク・・・」
ふと脳裏にこの間公園で会ったときのことが浮かびました。
約束の木の前で穏やかに微笑む彼女を見た時、思った事。


『お前を見てると、どこかへ行ってしまいそうな気がして不安になるときがあるんだ』
『そう、その微笑みだ。
おいおい、頼むからそんなに儚気な顔、しないでくれよ。なんだかそのまま消えちまうような錯覚を起こすじゃないか』


今のアンジェリークは、違いました。
一種強力な磁場のような魅力をもった魔女。

「もし、こいつが原因ならば・・・」
手は無意識に人形の髪や頬を撫でていました。
「俺は、こいつを燃やさなきゃならないんだろうか・・・?」


今のヴィクトール様にとってそれは出来ない相談になってました。
なぜかというと。
その人形は、ヴィクトール様のとってのアンジェリークそのものになっていたからです。
「だが・・・」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


もうすっかり夜も更けた頃、一つの人影が学芸館を抜け出し占いの館を目指し歩き始めました。
言わずと知れたヴィクトール様です。その手には、あの人形がしっかりと握られて。
ヴィクトール様の出した結論とは、『取りあえずメルに鑑定してもらう』ということでした。
もしも、この人形が何か----それこそ『呪いの人形』とか----だった場合、メルならそういうことに対処出来るだろうと考えたのです。
なにせ、目に見えない事を見、聞こえないものを聞く、そういう事に関してならメルが適任ですから。
月もない漆黒の夜の中、ヴィクトール様は足早に歩き続けました。


占いの館と学芸館は、案外と近くにあります。
そう時間もかからず、ヴィクトール様と人形は扉代わりに垂らされた布の前に立っていました。
「すまん、メル。いるか?」
もう結構夜遅くです。案の定、人の気配は占いの場にはありませんでした。
「おい、メル」
ヴィクトール様は、そのまま進み、奥にあった扉を叩きはじめました。
「メル、夜遅くにすまん。悪いがここを開けてくれ」
どの位、叩いてたでしょうか?
「・・・う・・ん、だれ・・・?」
扉の向こうで可愛い声が聞こえました。
「すまん、ヴィクトールだ」
「ヴィク・・・トール・・・ふぁ・・さん?」
あくび混じりの声が聞こえたかと思うと、ガチャガチャと鍵の外される音が響きました。
ぱたん、と扉があくと可愛いパジャマ姿のメルが、目をこすりこすり現れました。
「ふぁぁ・・・hぃくとーるさん、こんな時間に何の用?」
どうやらまだ目が覚めてないようです。目もこすりぱなしでよく見えてない様。
「あぁふぅ・・・ああ・・アンジェリークもいるんだ」
ヴィクトール様が人形の事を言い出す前に、
瞑ったままの瞳でにっこりメルが笑いました。





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